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兄の尊厳を取り戻そう①

 俺は激怒した。

 必ず、かの邪智謀逆(じゃちぼうぎゃく)の妹を除かねばと決意した。


(毎日毎日あんなにボコボコ殴りやがってぇ……おのれこの恨みはらさでおくべきか……こうなったら成人男性の恐ろしさを力づくで分からせ……うん、無理だ)


 俺は、ただの非力なニートである。

 かつては社畜としてブラック企業に営業として勤めたこともあったが、社用車を五台事故でお釈迦にした時点でシュレッター係へ転属となった。

 それでも向上心溢れる俺は自ら動いて仕事を探し、不要と思われる書類を会社中から処分して回ったものだ。


 しかし不幸なことに時を同じくして会社内で重要書類の紛失が続発し、最終的に会社が倒産という形で俺もまた無職となった。

 邪悪で何人もの新卒を精神病院へ送っていた上司達も最後の別れ際には因果応報とばかりに放心状態であったが、その後どうなったかは分からぬままだ。


(転職が上手く行かないとかどこも雇ってくれないとか、挙句に全部俺のせいだからどうにかしろ、してくださいとか言ってた気がするが……全く言いがかりにもほどがあるぜ……まあそんなことはどうでもいいんだが、とにかく俺は運悪く職を失って傷心してる可哀そうな奴なんだからもう少し優しく接するべきなのにあの鬼妹ときたら……)


 話が逸れたが、とにかく俺はただのニートである。

 メンタルの強靭さには多少の自信があるが、腕っぷしの方はからっきしだ。

 そんな俺があの暴力の権化にして世が世なら武力で日本を統一できたであろうと(俺の中では)謳われている妹に正面から挑んだところで適う筈もない。


(くぅぅ、昔は可愛げがあったのになぁ……たった八年ぽっちニート生活を続けただけじゃないか……それなのに就活しろ就活しろと魔法のように連呼しやがって……だけどいい加減、俺も金欠で苦しくなってきているのも事実だが……)


 今日まで俺はテレビでアニメを鑑賞し、基本無料ゲームを嗜みながら質素に暮らしてきた。

 しかし不思議なことに労働者時代に貯めたお金は徐々に減って行った。

 仕方なくフリマサイトを利用して身の回りの物を処分して食い繋いできたが、そろそろ限界である。


 何せ自分の部屋に残っている物は電源の入らないエアコンと寝具代わりのバスタオルぐらいのものだ。

 かつては本棚や机にパソコンなどの家具もあったが、動かせる物は全て中古屋へ持っていき買い取ってもらった。


(あの時はまだ仲の良かった妹に持ち運びを手伝って貰ったんだよなぁ……中身が空とは言え本棚と机とパソコンを三つ同時に持ち上げて見せて末恐ろしさを感じていたものだが……というかあの時期から妙央の態度が変わってきたような……まあ偶然だなっ!!)


 またしても話が逸れたが、とにかく幾らお金に困っているのが事実とはいえ働けと強要してくるのは如何なものか。

 何より仮にも年上の兄に対して乱暴な言葉遣いで接してくる上に、軽いお茶目にも暴力で返してくるのはもはや許しがたい蛮行である。


(やはりどうにかして思い知らせてやらねば……そう、今こそ兄の威厳を取り戻す時なのだぁあああっ!!」


「あぁんっ? テメェまた何か企んでやがんのかぁ?」

「ひぃっ!? こ、これはこれは妙央様っ!! いえ、私は貴方様の忠実なる僕っ!! 何を企むことなどございましょうかっ!?」


 感極まってつい叫んでしまったところで、いつの間にか部屋に入っていた妹に睨みつけられてしまう。

 もちろん計画がバレようものなら今度という今度こそ身も心も物理力で粉砕されかねない……なので即座に土下座して媚びを売る俺。


「よく言うぜ……風呂出たぞ馬鹿兄貴……お湯が冷めないうちにさっさと入って来い」

「は、ははぁ……え? お風呂?」

「気づいてねぇのかよ……外見ろ、もう日も落ちてるだろうが」

「い、いつの間に……?」


 妹に言われるまま締め切っていたカーテンを開き外を見れば、既に世界は闇に包まれていた。


(妙央対策に集中しすぎて全然気づかなかった……しまったなぁ、日曜日の定番アニメを二つも見逃してしまった……これもそれも全部カーテンが日の光を遮っているのが悪……おおっ!! まだ売れるの残ってんじゃんっ!! この際だ、この部屋の電球も売っちまおうっ!!)


 しかしそんな事よりまだ売れそうな物が残っていたことに気づき歓喜する俺。

 早速ウキウキしながらカーテンを外そうとする俺だったが、そこで後ろから盛大なため息が聞こえてくる。


「……はぁぁ……お前、カーテンまで売っぱらう気かよ……だからさっさと働けって言ってんのによぉ……マジでいつまでこんな生活続けるんだ……?」

「出来れば一生このまま……じょ、冗談だから拳を握り込むの止めようね妙央ちゃんっ!? そ、それに今日は一緒に履歴書を書いたし近くのコンビニに連絡も入れたじゃんっ!! 明日の面接が上手く行けば晴れてフリーターになれるからっ!! だからほら拳を下ろしてください、お願いしますっ!!」

「……たく、本当に冗談なんだか……明日の面接はそんなふざけた態度で挑まず真面目にやれよ……」

「イエッサーっ!! 妙央軍曹のおっしゃるままにっ!!」


 敬礼する俺に妙央は呆れたような視線を向けていたが、すぐに背中を向けて部屋を出て行こうとする。


「……まあいい……夕食は作っておいたから勝手に食え……それと明日の面接に備えて早めに寝とけよ……後、眠るときは私の部屋から適当に毛布もってけ……暖かくしてゆっくり身体を休めとけ」

「はーいっ!! ありがとう妙央お姉ちゃんっ!! だぁい好きぃっ!!」

「キメェんだよ、クソが…………マジで頑張れよ……応援してっからさ……じゃあなっ!!」


 後ろを向いたままぽつりぽつりと語った妹だが、最後には気恥ずかしくなったのか大声で叫びながら乱暴にドアを閉めて去って行った。

 その衝撃で部屋全体が揺れたような気がして、改めてあの怪力がこちらに向かなかった事実に安堵の息を漏らすのだった。 


「はぁぁ……あな恐ろしや……くわばらくわばら……寿限無寿限無後光の擦りきれ……ってこれは違うか?」

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