兄と仕事とパンツ④
「さて、どうしたらいいと思うピエール?」
『そりゃっ!! うりゃっ!!』
「……面倒だからってそんな投げやりな返事しなくてもいいだろぉ?」
家に帰った俺は早速妹の部屋に忍び込むと、かつての相棒であるピエールに話しかけてみた。
しかしどうもこの野郎は妹を敵に回すかもしれない危険行為には加担したくないようで、まともな返事すらしてくれなかった。
いやまあぶっちゃけ俺が演じてるだけなので、その俺自身が答えを出せていない以上はなんて返していいか分からなかっただけなのだが……。
「はぁ……どうしたもんかなぁ……ブラウンはどう思う?」
『う~ん!! う~ん!!』
「そうだよなぁ、迷うよなぁ……諭吉さんは大きいもんなぁ……ダニーはどうだ?」
『プシューッ』
「おおい、お前もかぁ……うぅ……何て頼りにならない仲間達なんだ……」
所詮ヌイグルミはヌイグルミのようだ。
仕方なくこいつらは元の場所に戻しておき、改めて一人でどうするか考え始める。
(どうするかなぁ……命懸けで妹の品物を売っぱらって行くか、それともこの儲け話を諦めるか……迷うところだなぁ……)
しかし額が額だから興奮していたが、冷静に考えてみると別に俺はそこまでお金が欲しいわけではない。
もちろんあればやれることが増えて嬉しいが、無いならそれはそれで今までのように暮らしていくだけの話だ。
「それに身の回りの物が減って行ったらいつかはあいつも違和感に気づくだろうしなぁ……」
俺の頭の中で妹の私物をどんどん処理していき、困窮しながら狼狽えている妹の姿が思い浮かぶ。
『うぇ~ん……気が付いたらお布団もお洋服もなくなっちゃったぁ……きっと悪霊さんの仕業だよぉ……おっかないよぉ……お兄ちゃぁん、助けてぇ~』
バスタオル一枚だけを身体に巻いた簀巻き状態で俺に助けを求める妹……違和感バリバリだ。
ちょっとだけ修正して考え直してみる。
『あぁああっ!! くそっ!! 何であれもこれも無くなってんだぁああっ!? 兄貴、テメェ何か知ってんだろぉおおおっ!!』
「ひぃいいっ!! す、すみません妹様っ!! ちょっとばかり欲に目が眩んでしまいましてぇええ……はっ!?」
同じくバスタオルを身体に巻きつけながらも、今度は壁に穴をあけて俺の部屋へと乗り込んでくる妹。
その姿を想像しただけで気が付いたら土下座していた……どうやらリアルに妄想し過ぎたようだ。
(何て恐ろしい奴なんだ……やっぱり止めといたほうが……いやでも、逆に言えば気づかれる前に辞めればいいんじゃないか?)
考えてみれば既に俺は一枚とはいえ妹のパンツ=私物を売却してしまっているのだ。
しかし全く気付いていないらしい妹は怒るどころか、むしろここ最近はずっとご機嫌ではないか。
(まあご機嫌なのは俺が就職したからなんだろうけど、そう考えれば気づかれさえしなければ今のご機嫌が続……就職したからご機嫌……あっ!?)
そこでようやく俺は就職が駄目になったことを思い出した。
例の通知音ラッシュのせいですっかり忘れていたが、考えてみればこれもまた問題だ。
「や、ヤバい……早いとこ次の仕事見つけないと、また妹の暴力に怯える日々……次の仕事……はっ!?」
頭を悩ませること一秒、ふととあることが思い浮かぶ。
(仕事とはつまりお給料を貰える労働のことだ……つまりはフリマでの売買も立派なお仕事と言えるのではないかなっ!?)
我ながら天才的な発想だった。
もしもこの理論が通るのならば、楽な商売でお金が貰える上に妹のご機嫌も取ることができる。
もちろん失敗したときは確実に暴力が飛んでくるが、やらなかったとしても就職が駄目になったと伝えた時点で近いうちに暴力は振るわれることになるだろう。
つまりはやってバレてもやらなくても暴力を振るわれるのは同じこと……ならば一か八か、上手く行くかもしれない方に掛けたほうがずっといい。
「よしっ!! 今日から俺の職業は妹の私物転売屋……いや怪盗マサノブだっ!!」
新たな天職を見出した俺は指を鳴らしながらポーズを取る。
「兄を虐げる悪逆非道なる妹から奪い弱き者に恵みをもたらす、義賊マサノブ小僧ただいま見参っ!! うぅん、いまいちだなぁ……仕事なんだからちゃんと決めポーズと決め台詞も考えないとなぁ」
ちょっと角度を変えて見たり、指を突き付けるタイミングでウインクして見たり……妹の部屋にある姿見を前に練習する俺。
「ふははははっ!! 我こそは伝説の大泥棒である石川五右衛門の従姉妹の親戚の娘の孫の嫁の実家のお隣に住んでいた男を先祖に持っていた女の隣の席に座っていたこともある由緒正しきマサノブ三世っ!! お宝は頂いていく『ドサッ』ひぃいいっ!! お、お許しくださいお代官様ぁああっ!! おらが悪かっ……あれっ?」
何か柔らかい物が床に落ちる音がして即座に自首しそうになるが、振り返っても誰もいない。
ただ俺がタンスの上に置いたピエール達が床に落ちている……どうやら戻し方が悪かったようだ。
「……ふっ、俺を止めようとしてくれたのか……だが悪いなお前ら……俺はもう手遅れなんだ……この手は既にパンツ色に汚れてしまっているんだ」
『相棒……』
「せめてお前たちはここで無事に暮ら……そう言えばお前らも妹の私物だよな?」
『『『っ!!?』』』
かつての仲間を値定めするような視線で舐めまわす。
(これなら売っぱらってもあいつも気づかなそうだなぁ……今更ヌイグルミを可愛がろうって歳でも性格でも無いだろうし、何よりあんま好かれてないっぽい俺からのプレゼントだし……)
「……なあお前ら、ここより安全な新天地へ出向くつもりはないか?」
『ま、待て相棒っ!! 俺達のサイズをよく見ろっ!! 封筒じゃ送れねぇぞっ!!』
「おおぅ……それもそっかぁ……残念残念……」
しかし封筒に入らないサイズの物を送っては送料で足が出そうだし、何よりも失ったことが目立ってしまう。
できる限り気づかれないよう立ち回るつもりなので、やっぱりこいつらを送るのは無しだ。
再度ヌイグルミ達を棚に戻した俺は怪盗マサノブの初仕事として相応しい獲物を求めて妹の部屋の中を見て回るのだった。
(うぅん、何か無くなってもあいつが気づきそうにない物……それこそ俺が後で秘密裏に補充できそうな物なんかがあればいいんだが……何がいいかねぇ?)




