表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/58

兄の威厳を取り戻そう⑭

「うぅん……爽やかな目覚めだぜ」


 就職効果により妹が柔らかくなったおかげで、リビングのソファーで惰眠を貪っても起こされない環境を手に入れた俺。

 しかも毛布付きと来ている……今まではフローリングの床の上でバスタオル一枚を羽織って眠っていたのだから、それに比べればまさに極楽だった。


(騙されたと思って仕事を始めた途端、妹は優しくなるし大金でパンツは売れるし毛布でぐっすり眠れるようになりましたっ!! 今では毎日が幸せですっ!! こんな不思議なことが本当に起こるなんてビックリですっ!!)


 自らの境遇の変化にどこぞの怪しいキャッチセールスのような謳い文句を思い浮かべてしまう。

 それどころか思わず踊りそうになり……実際に妹が出かけて閑散とするリビングの中をくるくる回りながら移動する。


「おお~っ!! 何と優雅な昼下がりぃ~……昼下がり?」


 自分で口にしといてその言葉に引っかかりを覚える俺。


(そう言えばヒルサガリに似た発音の怪獣が居たような……ええと確かブルサガリだったけ? ちょっと違うような……ってそうじゃなくて、今何時だ?)


 目が覚めた時間を確認していなかったことに気づいた俺は時計を見上げる……よりも窓に掛かったブラインドから差し込める光の方へ目を向けた。

 あれだけ日の光が激しく自己主張しているということは朝でもなく夕方でもない時間帯だろう。

 つまり昼とか昼下がりと呼ばれる時間のはずだが、念のため窓に近づきブラインドの隙間を開けて外の世界を眺めてみた。


 果たして思った通り太陽が真上で燦燦と燦然と燦爛と煌々と輝き照り付ける光が世界の社会の大地の大気の全てを染め上げていて……要するに眩しかった。

 そんな頑張っている太陽君に向かいブラインドの隙間から何となくウインクしてみると、まるで自分がハードボイルド小説の主人公になった気分になってくる。


「お前って奴は相変わらず情熱的だな……俺はいつだってそんなお前を眩しく思っ「ぐぅぅ……」……腹減ったぁ~」


 だからそれっぽい台詞を口にしてみたが、お腹がブーイングするように鳴ったのでさっさと止めることにした。

 尤もお腹が減っても手持ちにお金がない以上は何も口にすることはできないのだが……。


(朝と夕方は俺が居合わせた場合には妹がお情けで多く作って分けてくれてるんだけどなぁ……妙央が小学生の頃なんかは食べきれない給食を内緒で持ち帰ってくれてたから三食食べれてたんだけど……あいつもう一回、小学校に通ってくれないかなぁ?)


 何ならば俺自ら通ってもいいぐらいだが、流石に成人男性がランドセルを背負ってる姿は誰より俺が見たくない。

 その点、どんな格好をしても似合う花の女子高生であり顔も悪くない妙央ならばピンクのランドセルを背負っても様に……返り血を浴びて真紅に染まるランドセルなら良く似合いそうだ。


(……とまあ、そんなどうでもいいことを考えてもお腹が膨らむわけも無し……素直にもう少しお休みしてお腹をごまかし……ん?)


 しかしそこで食卓の上にラップの掛かっている食事が用意されていることに気が付いた。

 そして朝食っぽい単純なメニューが盛り込まれた皿の下には、メモが記された紙まで敷かれているではないか。


『仕事も決まったことだし、初任給が出るまで食事ぐらいは用意してやる』

『冷めてたらちゃんと温めて食べろよ?』

『冷蔵庫にお昼の分も入れてあるけど、時間を考えて食べろよ?』

『夕食の時間はいつも通りだからな……■■■■■■■■■ちゃんとお腹空かせとけよ?』


(あれれぇ? 一部分が黒塗りになってるぞぉ?)


 妹の筆跡で書かれたメモの一覧、しかし俺はその内容よりも黒く塗りつぶされたところが気になって仕方がなかった。

 

「ふっふぅん、この名探偵であるこの俺に挑もうとは千年早「ぐぅぅ……」……いただきまぁ~す」


 だけどもう一度お腹が鳴ったらもう何もかもどうでもよくなってしまい、メモ書きなど放り出してさっさと食事を始めてしまうのだった。


「はぐっ!! はむっ!! んぅぅっ!! うんめぇえええっ!! あいつマジでどんどん料理の腕が上がってやがるっ!!」


 あいつが台所に立つようになったのはいつからだったか。

 お袋が居なくなった後だったのは覚えているが細かい時期は忘れてしまった。

 ただ確かまだランドセルを背負っていた頃のはずだ……背丈が足りないからと乗り台を用意したり自分が乗り台になってあげてたからそこは忘れようもない。


(ずっと頑張ってたよなぁあいつ……少しでも安くて美味しい料理を作れるようにって中学とか高校に入った後も……一体何があいつをあそこまで駆り立てたのか不思議だったけど、ひょっとしてこれって彼氏の為に頑張ってたのか?)


 幼い頃はともかく年頃になってなお友人などとの遊びより家に帰っての家事や料理作りにモチベーションを維持できているのが不思議だったが、もしも彼氏がいるのだとすれば少しは納得が行く。

 或いは近々、それこそ高校卒業した辺りで同棲とかの話が出ていてそれに備えて予行練習をしているのかもしれない。


(それ自体は物凄く良い事なんだが……それより暴力癖を治さないと即座に里帰りする羽目になりそうなんだがなぁ……世間一般の男は兄のようにサンドバッグには慣れておらんのだぞ?)


 むしろ俺が単純に世界で最も……は言い過ぎかもしれないが日本で上位に入れる程度にはサンドバック役が似合っているだけの話なのだが妹がそのことに気づいているかは不安そのものである。


「モグモグ……まあでもあいつの人生だからなぁ……むぐむぐ……それに下手な男が相手なら泣き寝入りせずに済むってもんだし……ハグハグ……兄としては適当に見守るとしますかねぇ……パクパク……はぁぁ……ご馳走様でした~」


 尤も妹の交際関係などという面倒なことに首を突っ込む気など欠片も無い。

 だから食事を終えるとすぐにそんなことを考えるのは止めてしまう。


(まあもしもあいつがあの頃みたいに泣いて縋ってきたら多分俺は……って今のあいつが泣くところなんか逆に想像できねぇけどなぁ……そんなあり得ないこと考えるよりは前みたいに違法な広告チラシを見てイタズラ電話した方が有意義ってもんだぜっ!!)


 ちょうど良いアニメも放送していない時間帯なので、やることも無い俺はポストに入った郵便物でも確認して暇つぶしできそうな物を探すことにしたのだった。













「おお、今日も色々来てる来て……ん? 何だこれ? 速達郵便ってそんなもんうちに送ってくる酔狂な奴……ってこれ俺の就職先かっ!? いやぁ速達で採用結果を送って来るなんて期待されちゃってますねぇ~っ!! でわでわ早速、拝見させていただくとし……っ?」

『不採用』

「ほぇ?」

『夕食の時間はいつも通りだからな……一緒に食べたいからちゃんとお腹空かせとけよ?』

「……///」

『夕食の時間はいつも通りだからな……■■■■■■■■■ちゃんとお腹空かせとけよ?』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 小さいときから、妹に女王様教育をしていたのか/w 犬でございますと/w ああー やっぱり不採用になっちゃったあ。取り繕っていくんだろうなあ。妹の気持ち兄知らず。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ