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兄の威厳を取り戻そう⑪

「ぐぅ……すぅ……むにゃ……んんぅ?」


 我が家のリビングにあるソファーで眠っていた俺だが、何やら良い香りを感じて目を覚ました。


(何か美味しそうな匂いが……はれ?)


 上体を起こしたところで身体の上に掛けていたはずのバスタオルが毛布へと進化していることに気づく。


(……沢山使い込んだからなぁ……懐き進化ってところかな?)


「♪~~♪~~」

「んん?」


 ふかふかの毛布は心地よい肌触りで、その感触を堪能していた俺の耳に今度は鼻歌が聞こえてくる。

 台所の方から聞こえてくるその声はまるで子守唄の様に優しい響きで、俺の意識は再びまどろんでいく。


(良い匂いに気持ちいい触り心地と安らぐ歌声……ここが極楽かなぁ……後は味覚と視覚が満たされれば最高……って誰だこんな声出す奴はっ!?)

 

 しかし我が家にこんな可憐な声を出す奴がいないと気づき、慌てて跳ね起きた。

 そしてすぐに音源である台所の方を見れば、いつの間にか帰ってきていたらしい妹の姿があった。

 こちらに背中を向けているから何をしているのかまでは分からないが、既に私服へ着替え終えている上にエプロンを身に着けている。


「♪~~♪~~」

「っ!?」


 何か作業をしている妹の動きに合わせるように例の可憐な声が聞こえてくる。

 どうやら信じがたいことだがこの鼻歌は妹が発しているようだ。

 あの暴力の化身に育ってしまった妹がまだこんな優しい声を出せたことにも驚くが、それ以上に鼻歌を口ずさむほどご機嫌な様子であるのもビックリだった。


(ど、どうしたんだ妙央の奴っ!? 俺の前だといつだって苦虫をかみ殺したような顔をしてるお前が何故……そ、それによく見たらこの毛布もあいつのじゃないかっ!?)


 いつもの妹ならば昼寝している俺など見かけようものなら、強引に叩き起こして喚き散らしていたはずだ。

 それが毛布まで持って来て寝かせておいてくれるなんてあの妹にあるとは思えないぐらいの優しさだった。


(そ、そう言えば面接後のメッセージもなんか変だったし……や、やっぱりおパンツ様の呪いなんじゃ……?)


 余りにも普段とはかけ離れている妹の奇行に、何が起こっているのか必死に確認しようとする中で……俺は見てしまった。


「♪~~(トントントントン)♪~~(トントントントン)」

「っ!?」


 妹の鼻歌に合わせるようにトントンと軽快なリズムが聞こえてくるが、その音の正体が右手に握られた煌めく刃物であることに……。


(ほ、包丁ぉっ!? い、一体何の料理がお前をそこまでご機嫌にして……ま、まさか俺が寝ているうちに気づかれないよう何かを混入するつもりだったり……ん? 寝ている隙に料理……包丁……はっ!?)


 そこでふと何かの折に聞いた覚えのある昔話を思い出した。

 確か山に住まう山姥が旅人を家に連れ込み、良く研いだ包丁でもって寝込みを襲って食べてしまうという物だ。

 

(ま、まさかな……幾らおパンツ様に祟られていたとしても実の兄をそんな……だけど妙央は見た目はともかくあの乱暴性は山姥と言っても差支えが無いのでは……?)


 更に俺を眠りに誘うかのように妹は良い香りを流しフカフカな毛布で包み子守歌の様な鼻歌を聞かせている。

 そして何よりご機嫌そうに振るわれているその右手に握られた包丁……俺の頭の中でそれらが全て全てが一つに繋がっていく。


(ま、マジで俺を料理して食べる気なのかぁっ!? そ、そんなぁあああっ!? そりゃあ駄目な兄貴だったかもしれないけどそこまでしなくてもいいじゃんっ!!)


「♪~~♪~~……ん?」

「っ!!?」


 嘆いている俺の前で、ふいに妹が何かに気づいたように顔を上げて、こちらに振り返ろうとした。

 慌ててソファーの背もたれに隠れるように横になり毛布を被って、目を閉じ寝たふりする俺。

 すると軽快な足音と共に、妹が近づいてくる気配がした。


「……お兄ちゃん、起きてるのぉ?」

「っ!!?」


 瞼越しに妹が顔を覗き込んでいるのがぼんやりとだが伝わってくる。

 しかし俺の脳裏にははっきりと包丁を片手に薄笑いを浮かべながらこちらをじっと見つめている妙央の姿が浮かんでいて、とても目を開ける勇気はなかった。


(だ、駄目だ……起きたってバレたらその時点でグサリッだ!! このまま寝たふりを続けて逃げる隙を伺うしか……うぅ……まるでホラーゲームだぁ……)


 ドキドキしながら俺の様子を観察しているであろう妹に気づかれないよう寝たふりを続ける俺。


「……起きてるだろ? 寝息が全く聞こえないぞ?」

「っ!? ぐ、ぐぅ……ぐがぁ……っ」

「……ぷっ……あ、あれあれぇ~? お兄ちゃんの寝言ってもっと怪獣の鳴き声みたいだったはずなのになぁ……?」

「っ!? ぐぎゃぁおぉおっ!! がぉおおっ!! カラカラカラァっ!! ギャォオオオスっ!!」

「……ぷっ……くく……そ、そうそうこんな感じ……なぁんだ寝てるのかぁ……?」


 自分の寝言など知る由もなく、俺は妹が呟いた言葉を元に知識にある限りの怪獣の鳴き声を再現してみた。

 すると妹は少しだけ言葉に詰まりながらも、納得した様子で台所へと戻っていった。


(ふ、ふぅぅ……何とかなったぁ……一時はどうなることかと……)


「……あれあれぇ? お兄ちゃんの寝言は二十種類ぐらい鳴き分ける間で止まらないはずなのになぁ……やっぱり起きて……」

「っ!? くるくるきゅぅううううっ!! ピギァアアアアっ!! ヘアっ!! ジュワっ!! コワァコワァっ!! ピキュゥっ!! パルパルキュゥっ!!」


 しかし妹は俺が声を止めた途端に再び戻ってきやがった。

 慌てて鳴き声を再開するが、段々怪獣だけでは厳しくなってくる。


「モエルゥワっ!! バリバリダァっ!! トゥトゥっ!! ぴりぴ……」

「く……くく……あはははははっ!! おいおい、途中からアニメかゲームのモンスターになってんぞ?」

「仕方ねぇだろうがっ!! 二十種類も怪獣の鳴き声しらねぇよっ!! 俺は怪獣博士じゃねぇんだよぉおおっ!! はっ!?」


 妹の突っ込みに耐えきれなくなった俺は反射的に飛び起きてしまい、ソファーの背もたれから頭を覗かせてこちらをじっと見つめている妹と目が合ってしまう。

 その顔には久しく見ていなかった笑みが浮かんでいて俺は……いやそんな事よりマジで右手に握られている包丁が気になり過ぎてそれどころではないっ!!


「おはよう兄貴……たく、寝たふりなんかしやがって……よく眠れたかぁ?」

「あ、あはは……や、やぁ妙央ちゃんおはよう……え、えっとその手に持った鏡とハサミのお友達みたいな道具は……その、何のために……」

「あぁん? これかぁ……そりゃあ新鮮な食材をザックリとなぁ……くく……っ」

「ひぃっ!! か、勘弁してください妙央様ぁああああっ!!」


 もはや恥も外聞もなく……まあそんなものは最初から持ち合わせてはいないが、とにかく必死で土下座して許しを請う。


「ふぅん……一応聞いておくけど何を勘弁してほしいんだ?」

「そ、そりゃあその……えっと……ザックリやらないで欲しいなぁって……駄目?」

「ほぉ、じゃあザックリじゃなければいいのか? カリカリだったりジュワァだったりはいいんだな?」

「ひぃっ!? 炒めるのも茹でるのも揚げるのも生け作りもお許しくださぁああいっ!! ど、どうかお怒りをお鎮めくださいおパンツ様ぁあああっ!! 私がわるぅございましたぁああっ!!」

「お、おパンツ様ってお前……いやまあ昨夜のこと気にしてんのは分かるけど……たく、本当にしょうがねぇ奴だなぁ……許してやるよ」


 もはや夢中で謝罪し続けた俺はつい反射的にパンツのことも謝罪してしまいそうになる。

 しかし妹はそれを昨夜に散らかした件と勘違いしたのか責めることもなく、むしろ優しい声で俺を許してくれるというのだった。


「ふぇ? え、えっと……許してくださるのですか?」

「ああ……つーかあの件は許すも何もお前が面接上手く行ったら許すって言っといたろうが……」

「そ、そうでしたか……で、では何故私めを寝かしつけた上に包丁を持って近づいてきたのでございましょうか?」

「あのなぁ、あたしがいつも怒ってんのはお前がふざけてばっかいるからだってぇの……真面目に就活してきて成果も出したんだから休んでたって文句言わねぇよ……包丁はまあ、ちょっと悪ふざけが過ぎたかな……お前の寝たふりがあんな面白いからもうちょい脅してやろうかと……くくく、いつもあたしがやらればっかなんだからたまにはこういうのもいいだろ?」

「あ、あはは……な、なんだぁそうかぁ……はぁぁ……マジビビったぁ……」

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、本当にちゃんとアルバイトさせてもらえるんだろうなあ… ダメだった時が怖い/w まあ間違いなく、一番怖いのは全部バレたとき、なんでしょうけれど。その後までお話続けられるのかどうか… …
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