兄の威厳を取り戻そう⑩
「あ、あの……本当の本当に危険物じゃないんですよねコレ?」
「もちろんですよぉ~こんな手書きで書いた医薬用外劇物表記なんか冗談に決まってるじゃないですか~、じゃあ後よろしくぅっ!!」
「うぅ……な、中見が気になるぅ……」
妹のパンツ入り封筒を物凄く触りたくなさそうに受け取った配送業者をしり目に、俺は足取りも軽く帰路を歩き始める。
(まさか面接が上手く行っただけじゃなくて妹のパンツまで処分できるだなんて……ふふふ、今日はなんて良い日なんだっ!!)
しかもこの後で妹に本日の成果を報告するが、向こうの反応次第では朝に約束した通り晩御飯は豪勢なご馳走になることだろう。
まああのガサツで傲慢で乱暴で兄をこれっポッチも尊敬していない極悪非道な妹のことだから、難癖をつけて約束を反故にした挙句に殴り掛かってきても不思議ではないが……。
(だが今日の俺はやることなすこと全て上手く行っているっ!! きっと妹のことも言い負かせるに違いないっ!! いやむしろ兄の威厳を取り戻したりも出来ちゃうんじゃないかっ!?)
これまでの成功体験が自信となり俺に勇気と希望を与えてくれる。
今ならばあの暴虐の化身である妹にも勝てるかもしれない……そう思った俺は堂々と妹へとメッセージを送ることにした。
『妙央へ、俺は頑張ったぞぉっ!!』
『よほどのことが無い限り採用してくれるってよっ!! どうだ、凄いだろっ!!』
『これもそれも全て妙央が履歴書作りから贈り先まで見繕ってくださったおかげでございますっ!!』
「『本当にありがたく感謝の言葉もなく……』ええと後は……はっ!?」
気が付いたらへりくだっていた。
どうやら既に俺はあいつに逆らえないよう調教され尽くされているようだ。
(うぐぐ……連日の暴力によりまるで鞭で躾けられるサーカスのライオンのように条件反射でひれ伏してしまうのかぁ……でも百獣の王であるライオンと同等の立場なら悪く無くね?)
何より仕事で鞭を振るうサーカスの調教師よりも日常的に乱暴してくる俺の妹の方が恐ろしさでは上だろう。
つまりライオンより俺の方が凄いと言っても過言ではない。
そう考えてみれば別にへりくだっても仕方がないような気がしてくる。
「うぅん……取りあえず今日のところは下剋上するのは勘弁しておいてやろう……パンツも売っちまったしなぁ……」
それと勝手に妹の私物を売ってしまった罪悪感もあって逆らう気力も無くなった俺は、素直に打った文章をそのまま送ることにした。
後は返事を待つだけ……もちろんこの場所から勝手に移動したら携帯が無力化するのでそれまでこの場に留まり続けなければならない。
(でもまあ授業中とかだと連絡できないだろうし、しばらく待たないといけないかもなぁ……まあどうせ帰っても寝るぐらいしかやることないから別に……んんっ!?)
『ピコン』
「……早すぎない?」
気長に待とうと適当に休めそうな場所を探そうとした、次の瞬間には返事が届いていた。
何かの間違いだったりしないかと送り主を確認するが間違いなく妹の名前が表示されている。
『ピコン』『ピコン』『ピコン』
「はいはい、わかったわかった今見るから……」
更に続けて数通のメッセージが届いてくるが、例のフリマサイトからの通知爆撃の記憶も新しい俺は冷静に中を確認する余裕があった。
(ええと、まず最初に届いた奴は……)
『(*^▽^*)』
「…………ふぅ」
携帯から目を逸らし天を仰いで深呼吸。
(……疲れてるのかなぁ俺……何か幻覚が……幻覚だよなぁ?)
恐る恐る携帯の画面へと目を戻す俺。
『(*^▽^*)』
「…………」
携帯から目を逸らし天を仰いで深呼吸。
(……どうしたんだろう俺の目玉……見えない物を見ようとしないでしっかり現実を見つめてくれ)
自分に言い聞かし、改めて携帯の画面へと目を戻す俺。
『(*^▽^*)』
「…………はぁ」
やっぱり何度見ても顔文字が表示されている。
あの妹の送ってくる文面とは思えない……というか脳が乱暴な妹とこの朗らかな顔文字を関連付けるのを拒絶している。
(な、なんなんだコレは……ひょ、ひょっとしてこれ全部夢なんじゃっ!? そ、そうだそうに決まってるぅううううっ!!)
しかし何とか飲み込んだところで、妹がどんな気持ちでこれを送ってきたのかまるで想像できなくて逆に恐怖が湧き上がってくる。
同時に今日起きたことは全て夢なのではとすら思えて来て、必死になって自分の頬を抓るが嫌なことにしっかりと痛みを感じてしまう。
(い、痛いってことはこれはやっぱり現実……うあぁああああっ!! み、妙央が狂ったぁああああっ!? ま、まさか俺が勝手にパンツを売り払ったからっ!? パ、パンツの祟りじゃぁああああっ!!)
半ばパニックに陥りかけた俺はそんな訳の分からない考えに囚われそうになる。
そして反射的に『怒りを鎮めくださいおパンツ様』と返信しそうになるが、その直前にもう一通のメッセージが届いた。
「はっ!? お、俺は何を……そ、そうだとにかく続きを読んであいつの正気を確かめなければっ!?」
メッセージの通知音で何とか正気を取り戻した俺は、次に妙央がとち狂ってないか確認しようと勢いよく残りのメッセージを読み進めて行った。
『良かったな兄貴、これで社会復帰の第一歩は踏み出せたわけだ』
『本当に良かったな……じゃあ約束通り今晩はお前の好物をたくさん用意したご馳走を作ってやるよ』
『細かい話も聞きたいけどまだこっちは学校だからな、詳しくは帰ってから聞くよ』
(うぅん、まともだ……いやちょっと優しすぎる気もするけど……最初の一通は何だったんだよぉ……ビビらせやがってぇ……)
とにかくパンツの呪いなどでおかしくなったわけではないようで一安心だ。
だからさっき血迷って打ち込んだ返信用のメッセージを削除しつつ、最後に残った一つだけ遅れてきた妹のメッセージを開いてみた。
『おめでとうお兄ちゃん(*^▽^*)これからも頑張ってね(*^▽^*)私もいっぱい応援するから(*^▽^*)』
「…………ふぅ」
携帯から目を逸らし天を仰いで深呼吸。
(……やっぱりあいつ頭がどうかして……いや心もか……)
あの妹が一体どんな顔とテンションでこのメッセージを送ってきているのか、まるで想像がつかない。
ひょっとしてこれは何かの不吉な前兆のような気さえして、俺は訳の分からぬ不安に駆られてしまうのだった。
(これじゃあ一雨、どころか天変地異が起こりかねんぞぉ……そう言えば面接のときに採用は天変地異でも起こらない限り確実だって……ま、まさかなぁ……)
「はぁ……と、とりあえず隠されたメッセージでも仕込まれてないかもう一度確認……あっ!?」
『このメッセージは削除されました』
(……実は勢いだけで送ってて後で恥ずかしくなって削除したパターンかなぁ……うぅん、その場のノリで動くところはまさしく俺の妹だぜ)




