共犯者
「ニック・ロビンソン。聞きたいことは山ほどあるが。……どうした?」
俺の表情の変化を、ホールデンは見逃さなかった。
上書きだ。また未来の俺が戻ってきた。場所はこの取調室、目の前のホールデンが机に突っ伏して死んでいる。
「ホールデン室長。少し発言してもよろしいでしょうか」
「君はこちらの質問に答れていればいい。話はあとで聞いてやる」
ホールデンの左隣に立つ局員が口を開く。しかしホールデンは俺に興味があるようで、
「サム、とりあえず聞いてみよう。彼は何か知っている」
と彼を制止した。俺は一呼吸置いて、出来るだけ深刻な表情を意識して口を開いた。
「ここは、間もなく襲撃されます」
目の前の二人が、お互いに顔を見合わせた。サムは怪訝な表情で、ホールデンは多少驚いた様子でこちらに向き直る。
「それは……、俄かには信じがたいが……。なぜ分かる?」
「いえ、勘といいますか……。ただ、狙われているのは室長かもしれません」
「おい、ふざけたことを!」
サムは気が立っているようだ。そりゃそうだろう。俺が諜報局の立場だったら、同じ反応をするはずである。だがホールデンは、再びサムを制止した。
「君の話を信じよう。それで、襲撃犯のめどはついているのか?」
「それもわかりません。しかし恐らく、犯人は俺を狙わないでしょう」
するとホールデンは確信めいた笑みをこぼした。えらく満足げな表情である。そしてまっすぐ俺を見据え、次のように語りかけた。
「狙わないのではなく、狙えないのだよ」
狙えない? まるで彼の発言の意味が理解できなかった。共犯者には、俺を殺せない理由があるとでも言うのだろうか。しかしホールデンには何かが分かったらしい。
「サム、容疑者の拷問を中止させろ。それと諜報局内の一切の出入りを禁止するよう、局長へ伝えるんだ。取り調べ中の新任衛兵には、我々の動きを察知されないようにしろ」
「分かりました」
ホールデンの命を受け、サムは開け放たれた扉の向こうへと消えていった。そしてホールデンは、用心深く扉を締め切った。
「さてニック、君の記憶を注意深く辿ってみてほしい。まず、ジェイソンが容疑を疑わせる様子を見せたのは、いつ、どこでの話だ? そして彼の様子はどうだったのかね?」
「式典直前のことです。王宮内の控え室で式典を待っていた時、彼が異常なほど緊張していたのを見ました。同期のアランも一緒に見ています」
アランに話しかけられ、二人でジェイソンの様子を見に行ったんだ。アランが調子を聞くと、彼は問題ないと答えた。しかし俺の目には、彼の様子が不自然に写ったんだ。アランは特に気にしていないようだったが……。
「アラン・リッチーか。今は第四取調室だな……。その時のアランの様子は?」
「え、アランの様子ですか? いえ、普通に……。ジェイソンの異変に気付いたのはアランでした。アランは新任衛兵の首席で、代表を任されていましたから」
「なるほど……。次に、ジェイソンが持っていたという短刀についてだが」
「短刀は、その時見たわけではありません。しかし式典会場の壇上で彼がこちらへ向かってきたとき、彼は懐へ手を忍ばせていました」
「すると、短刀そのものを見たわけではないんだな?」
「直接見たわけでは、無いと思います……。ただ、絶対に持っていたはずです。木製の柄に、シンプルな十字の紋が刻まれていました」
そう、直接見たわけではないのだ。未来の俺が見せた光景に、その短刀は映し出されていた。右手に握られた短刀と、横たわるアナスタシア王太子妃。そもそもジェイソンが犯人である確証は無いのである。未来の俺は暗殺者の姿を映さなかった。ただあの状況で、ジェイソン以外に容疑者となり得る人物がいただろうか。
「しかし短刀は見つからない、そこが問題なのだよ。もちろん私は君の証言をある程度信用している。壇上でのジェイソンの動きは明らかにおかしかった。だがそれは君も同様だ。王太子妃の前で突然固まったり、不自然に立ち上がったり。君が瞬間移動をしたように見えたとの証言もある。そして、肝心の物的証拠である短刀が見つからない限り、君の発言は裏付けのない妄言となってしまう」
俺が契約を結んだとき、周囲の時が止まっていた。契約前には跪いていた俺が、契約後には立ち上がっていたのである。周囲の人間から見れば、俺が一瞬で立ち上がったように見えたのだろう。その後二度も未来の光景を見せられて、俺は不自然に固まっていた。
そもそも精霊の発言も信用しきれない。俺の脳裏に過る光景は、本当に未来の俺が見せたものなのか。この能力は未来の記憶を引き継げない。引き継げないがゆえに、未来の俺がどのような経緯で能力を使用したのか、それすらも分からないのだ。
話してしまおうか。目の前の尋問室長ホールデンに、契約のすべてを。
(ホールデンには近付くな)
幼年学校時代、散々言われてきた台詞が脳裏に過る。あいつは危険だ。情報を握られたが最後、お前は奴のパペットに成り下がる、と。
考えろ。壇上での光景は王太子妃暗殺後のものであるはずだ。そして俺の脳裏に短刀が現れた直後、ジェイソンが迫ってきた。恐らくあの光景は極めて直近の未来のものであったはずだ。俺が過去に戻ったところで、短刀の存在しない状況が生まれるはずがない。そして奴は懐に手を忍ばせていた。あの時ジェイソンは、確実に短刀を握っていたのだろう。となると考えられるケースは……。
「壇上に上がった時点で、やはりジェイソンは短刀を隠し持っていたと思います。奴が短刀を手放すとすれば、俺に殴られ倒れた後でしょう。もし本当に共犯者がいるならば、我々に気付かれず短刀を隠すこともできたはずです」
「気絶したジェイソンの身体調査をした衛兵の中に、共犯者がいたとでも? それは考えにくいな。あの式典で警護に当たっていた衛兵は、全王室衛兵中でも選りすぐりの精鋭だ。忠誠心も高く、我々諜報局から見ても、後ろ暗い部分は全く見られない。まさか王太子妃の暗殺に関わる人間などいないだろう」
「……そうですか」
「だが、短刀の喪失が共犯者によるものという推測は、悪くない。盲点だったがな。もし遠隔で物体を移動させる能力持ちがいたならば……」
「遠隔で……まさか」
控え室での会話がよみがえってきた。手を触れずに、対象物を移動させることができる能力。俺はその時さほど驚かなかったから、すっかり記憶から抜けていたが。
「アラン・リッチーの能力は、空間転移だったな」
ホールデンの瞳が鋭く光ったように見えた。真実を追求する冷徹な瞳。しかしその表情からは、彼の感情が読み取れなかった。あの確信めいた薄ら笑いも、疑るような険しい表情も見られない。ただ無表情で、どこか一点を鋭く見つめているような彼の様子に、俺は底知れぬ恐怖を感じたのである。