失敗
(今の光景は……)
廃墟と化した王都の姿を見せられた俺は、立て続けに現れた次の光景に衝撃を受けていた。
また未来の俺が能力を使ったのか。右手に握りしめられた短刀と、血塗れで横たわる王太子妃アナスタシア。恐らくこの未来はすぐそこに迫っている。
「お前か!」
式典前から怪しいと思っていたんだ。あの震えと汗の量、ただの緊張とは思えなかったが。今その真相が明らかになった。
「ジェイソン殿、お待ちください。それにニック殿も……」
進行役の制止を無視して歩み寄るジェイソン。右手を懐に潜り込ませ、荒い息遣いでこちらに迫ってくる。
やはり短刀を隠し持っているんだ。俺は全力で床を蹴り、勢いよく彼に飛び掛かった。
ジェイソンは身構えたが、俺の右ストレートは彼の顔面を確実に捉えていた。一撃だ。会場は騒然となり、王族一同が席を立つ。うつ伏せに倒れたジェイソンを押さえ付け、俺はありったけの叫び声を上げる。
「暗殺未遂だ! 短刀を隠し持っている!」
どこに隠れていたのか、数十名の王室衛兵が舞台上へ躍り出た。俺と暗殺者の周囲を取り囲み、一斉に銃口を向ける衛兵。
「捕えろ! 二人ともだ!」
衛兵隊長の号令と共に、俺の両手にも手錠が掛けられる。
「ニック! 貴様の発言に嘘偽りは無いだろうな?」
「誓ってありません! おそらく懐に短刀を隠しています!」
「調べろ」
数名の衛兵が、気絶したジェイソンの制服を脱がしていく。俺はその様子を凝視した。しかし興奮状態にあった俺の心情は、次第に焦りへと変化した。凶器が見つからないのである。早まったか。凶器の確認をしてから飛び掛かるべきであった。
「隊長、凶器が見つかりません」
隊員の報告に俺は絶望した。相手を間違えたのか。いやしかし、彼以外に怪しい人間が思い当たらない。ジェイソンは明らかに異様だった。彼でなければ一体誰が……。
(もう一度戻るか)
特に引き継ぎを考えなくてもいいだろう。何度でも戻れるんだ。成功するまで試せばいい。
俺は目の前に立つ衛兵隊長をしかと見据えた。
「ニック、説明しろ。一体何のつもりだ」
しばしの静寂が訪れた。俺と隊長は互いに向き合ったまま静止している。状況は、何も変わらない。
(……どうなってる。能力が発動しない)
「何も答えぬか。二人とも連行しろ、諜報局に引き渡す」
隊長の命令を受け、両脇の衛兵が動き出す。俺は引きずられるようにして、王宮敷地内の諜報局庁舎へと連行されていった。