神が神に願う
どうもココアです。
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「に、人間になるためって……。ミクト様、自分が何を言っているのか分かっているんですか?」
ミクトの力強い告白に、ラーミナは動揺を隠せていないようだった。その証拠に声色にも焦りがにじみ出ている。
「死神であるあなたが人間になったら、冥界がどうなるのかよくご存じでしょう!」
ラーミナの体はどんどん熱くなり、その温度が声や心に移っていくようだった。現に、今までミクトに対してどこか委縮していたラーミナが諭すように言った。
死神は冥界の存在維持に大きく関わっている。一人だけで担っていないとはいえ、一つ穴が開いてしまえば維持できるかどうか危ういほどだ。
ミクトの『人間になりたい』という願望は、同時に冥界の消滅を意味するものでもあった。
「それでも私は人間になりたいんです」
しかし、ミクトは全く折れようとせず真っすぐな瞳でラーミナのことを見つめ言葉を返す。
「――っ!」
その瞳を見たラーミナは、ミクトがどれだけ強い思いを抱いているのかを悟る。その水晶玉のような瞳の奥に宿る、強い意志を感じとったからだ。
「どうしてそこまで人間になりたいんですか?」
踏み込んでいいものなのか、それとも地雷なのか。どちらか判別ができなかったラーミナは恐る恐るその境界線へと足を踏み入れる。
「……」
ラーミナに尋ねられたミクトは口を閉ざしたまま目を瞑ることなく、ラーミナのことを見ていた。さっきのような熱を感じさせる瞳ではなく、今度はどこか寂しそうな瞳を向けている。
「ミクト様?」
沈黙に耐え切れなくなったラーミナが確認を取るように名前を呼ぶ。しかし、相変わらず返事はなく口は閉ざされたままだった。
なぜなら今のミクトにはラーミナの声も聞こえず、ラーミナのことも見えてはいなかったからだ。
ミクトは今、脳裏に焼き付いているある思い出を見ていた。
――僕を殺してくれないか
――君と生きていくことができないなら、僕のことを殺してくれ
――僕は永遠を生きる君と一緒にはいられない
――だから僕を殺して――
誰かの声と、それを必死に伝えようとする姿をミクトは見ていた。良くも悪くも忘れることのできない記憶。それはまるで鎖のようにミクトの頭から離れなかった。
「
ミクト様?」
「えっ?」
そして、あの後も何度か繰り返されたラーミナの呼びかけでミクトはようやく我に返る。目の前には心配そうに見つめるラーミナの姿が映り、さっきまで見ていた自分に強く懇願する人間の姿は無くなっている。
そして、ラーミナに言われた最後の質問を思い出しいつの間にか流れていた汗を拭きとってから質問に答えた。
「私が人間になる理由は特に説明はしません」
「そう……ですか」
そう告げると、ラーミナは素直に引き下がるように声を漏らす。きっとミクトはもっと食い下がられると思っていたのだろう。意外そうな顔をしながらラーミナを見る。
そんなミクトの視線を感じたラーミナは思わず顔をそらす。
「別に聞きたくないわけではありません。でも、私にはそれよりもやるべきことがあるので」
「やるべきこと?」
「私もこれについては話すつもりはありません」
そう突き放すように言い、この場から立ち去ろうとする。ミクトとしてもこれ以上ラーミナを引き止める理由はないので、そのまま見送ろうとしていた。
しかし、数歩歩きだしたところで足を止めたラーミナが再び口を開く。
「ところで彼……鷺沢拓巳には言ってあるんですか?あなたが人間になりたいということを」
「いえ。鷺沢さんには話していないです。これは私だけの問題なので」
いつもと変わらない機械的で、淡々とした口調でミクトは話した。普通の人からしたら、今の言葉には強い意志と揺るがない覚悟のようなものを感じるだろう。
しかし、ラーミナが感じているのはまた別の感情だった。
ミクトは知らない鷺沢拓巳を知っているが故に、湧き上がってしまった感情。
さっきのミクトの言葉で、ラーミナの心は寂しさでいっぱいになっていた。
「ラーミナさん?」
動かなくなってしまったラーミナを心配するように、ミクトは声をかける。
「いえ、何でもないです……」
そよ風にもかき消されてしまいそうなほど弱々しく、か細い声でラーミナは返事をした。そして、次のミクトの言葉が聞こえる前に足早に帰っていった。
「何だったんでしょうか?」
いまいち要領を得ないようなラーミナの言動と行動に思わず声を漏らすが、特に気にせずミクトも家に帰ろうとゆっくりと歩きだす。
空はまだ青空が広がっているが、それでも冷たい北風が吹いていて天気と温度が比例していないようだった。
ミクトはそんな中を一人で悠々と歩きながら、ポケットからさっきラーミナに見せていた巾着袋を取り出す。その中には沢山の魂の結晶が入っているが、その中で一つ青い光を放つものがあった。
それは魂の結晶とは全く違う、ラピスラズリという宝石。
ミクトはそれを手に取り、寂しそうな表情をしながら何かを思い出すように見つめる。
――この宝石を君にあげるよ。
――やっぱりこれは、君の瞳にそっくりだ。
――ああ。でもやっぱり、君の瞳の方が奇麗だね。
再びミクトの頭に声が響く。
響く声はさっきと一緒の声で、ただひたすらにミクトの瞳のことを褒めていた。
ミクトはその声を聴きながら、ギュッと全身で抱きしめるようにラピスラズリを胸に近づける。
それはまるで神に何かを願う人間のように――
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