ラーミナの目的
どうもココアです。
本日更新でございます
――次の日。いつもの変わらない学校生活を終え、少しだけゆっくりとした進み足で帰り道を歩いていた。その理由は、昨夜ラーミナが最後に言った一言がずっと頭の中に残っていたからだ。
俺と別れる際、確かにラーミナは『また明日』と言った。その直後は特に気にしたりはしなかったけど、時間が経つに連れて気になり出してしまった。
「あっ」
その瞬間、目立つ赤髪のツインテールが目の前で揺れる。そこから少し目線を下げてみると、こちらを威嚇するような目つきで見ているラーミナの姿があった。
「何してるんだ?」
見るからに俺のことを待っていた、という雰囲気を感じるが一応聞いてみる。
「あんたのことを待っていたに決まってるでしょ。昨日私が言ったこと覚えてないの?」
「『また明日』ってやつか?」
「そうよ」
どうやら本当にまた俺と会うつもりだったらしい。心のどこかで社交辞令的な別れ挨拶と思っていたので、こうして会いに来てくれるのは素直に嬉しかった。
「それにしても何でゾンビになったあんたが普通に学校に行ってるのよ……。別にもう行かなくてもいいじゃない」
「一応これでも心は人間のつもりだからな」
ラーミナの言い方からして学校が終わるのを待っていたということだろう。そして、その時間が苦になるほど俺と話がしたかったということだ。
「それで?今日は何の用なんだ?」
「昨日は冥界の話のせいで、私の話が出来なかったでしょ?だから今日は私の目的を話そうと思ったのよ」
「ラーミナの目的?それは俺には関係ないんじゃないのか?」
一体どんな目的があるのかは知らないけど、俺が冥界の事情に首を突っ込んでいるとは考えられない。
「それが関係大ありなのよ」
ラーミナは心底めんどくさそうにつぶやく。
「どうしてだ?」
「私の目的はミクト様を冥界に連れ帰ることだから」
「えっ?」
ラーミナの言葉に、頭を打たれたような衝撃が走った。そしてその衝撃が無くなると共に、頭の中が
真っ白に染まっていく。
(ミクトを連れ帰る……?冥界に……?)
ラーミナが言った言葉を心の中で呟く。しかしそんなことをしても、ただ空しくなっていくだけだった。
たった一か月。
ミクトと出会って生活してきたのはそれだけの期間しかない。それなのにミクトが居なくなるという想像をしただけで、こんなにも胸が痛むのはなぜだろう。
「……どうして、ミクトを連れて帰るんだ?」
動揺を悟らせないよう、冷静を装ってラーミナに問いかえる。
「簡単に言えば上からの命令。正確に言えば他の死神からの」
「違う、そういうのを聞いてるんじゃない。何のためにミクトを連れて帰るのは聞いてるんだ」
「ミクト様が冥界に必要だからよ」
きっぱりと、はっきりとラーミナは告げた。その言葉が表す意味を知った俺は、何も言えずにただ俯くことしかできなかった。俺が知ってるミクトは、マイペースで俺に全く気を使わないで食いしん坊。けど、俺の知らないミクトはそうじゃない。
俺は死神としてのミクトを全く知らない。知りたくないわけじゃないが、特別知りたいとも思わない。
ただ一緒に居るだけでよかった。
「……どうして俺にそのことを話したんだ?」
「あんたに協力してもらうためよ。……まあ、乗り気じゃないのは見て分かるけど」
どこか気まずそうにラーミナは言う。どうやら俺が反対するとは思っていなかったらしい。
「まっ、別に協力してくれないならそれでいいわ。元々私一人でやるつもりだったしね」
「ちょっと待て」
勝手に立ち去ろうとするラーミナに声をかけ、一度引き留める。すると緑色の瞳がこちらを向く。その瞳からは、さっきまでには感じられなかった敵意を感じさせたられる。
「昨日の素振りから見てお前がミクトに真っ向で行くとは考えられない。一体、何を企んでいるんだ?」
ラーミナはミクトに対して明らかに怯えていた。もしあれが演技だというなら大したものだが、恐らくそれはないだろう。それにミクトも話し合いで何とかなるようなタイプにも見えない。だから、口車に乗せられてなんてことはないだろう。
「それをあんたに教えると思うの?予想が当たってたら味方って見たかもしれなけど、外れたからあんたはもう私の『敵』よ。下手なことはしない方がいいと思うけど?」
さっきよりも声のトーンが大分低くなっていた。それは最後の忠告のようで、『これ以上首を突っ込むなら攻撃する』という意思も感じられた。
「それじゃせいぜい死なないよう頑張ってね」
そう最後に捨て台詞を吐いて、ラーミナは姿を消した。
住宅街に一人取り残された俺は暫くの間この場から動かず、どうやってミクトを連れて帰らせないかを必死で考えていた。
「……」
正直に言って、ラーミナが誘拐するようにミクトを連れ帰るとは考えられない。上からの命令とは言え、上司であるミクトをそんな雑に扱うことはできないだろう。そうすれば考えられるのは話し合いだけど、簡単に説得されるミクトではない。
「何を企んでいるんだ?」
そう呟きながら、俺は再び帰路についた。
◆◆◆
――冥界。
地球の夜よりも黒く染まっている空が浮かび、少し赤みを帯びた大地がどこまで続いている。草木は生えておらず、海や川と言ったものもない。
あるのは不気味な雰囲気を漂わせる巨大な城のような建物だけだった。城は至るところに散らばっていて、冥界の管理棟のようなものだった。
地球で命を落とし、肉体を失った魂がやってくるこの世界。それを維持しているのは、ミクトを含めた死神である。
「それで?奴は一体どこにいたんだ?」
城のとある一室でたった一つしかない椅子に腰かけている男が、目の前で膝をついているラーミナに問いかけた。氷のような冷たさを感じさせる声が、壁に反響して部屋中に響く。
「……昨日ミクト様との接触に成功しました。ハーデス様の予想通り、地球にいました」
顔を上げず、床を向いたままラーミナは告げる。ミクトと話している時のように怯えていないようだが、その時よりも気を張っているような雰囲気だ。
そしてハーデスと言われていた男が薄く笑みを浮かべながら立ち上がり、足音を鳴らしながらラーミナに近づく。
「無断で地球に行ってひと月。まだ生きているとはな」
小馬鹿にするように鼻で笑い、パチンっと指を鳴らす。
「ちなみに奴を連れ帰る算段はついているのか?」
「ご期待に沿えなく、申し訳ありませんがまだです。単独ならできたかもしれませんが、ミクト様は地球で従者を見つけていました」
「どういうことだ?」
ラーミナの一言をきっかけに、少しピリついた空気が漂う。そんな中でも、ラーミナは全く動揺を見せず膝をついたまま淡々と説明を続ける。
「出会いのきっかけは不明ですが、ある人間の男をゾンビにさせたようです。今はその人間と共に暮らしています」
「ほう……。それは実に興味深い話ではあるが、その程度お前なら問題ないのではないか?」
「……」
ハーデスがそう問いかけるが、ラーミナは少しだけ口を閉ざした。答えられないのではなく、どう答えたらいいのかが分からないのだ。
しかし、死神相手に長い間無視することなどラーミナにはできない。そのため自分が死っている言葉を精一杯探して、それを口にした。
「もちろんただの従者であるなら問題は無かったです。しかし、彼はただの従者ではありません。彼とは昨日会い、少し話した程度ですが、それだけで分かるほどミクト様を好いています。そして……それを自分自身で自覚していないのです。
自分の気持ちに気づくのは時間の問題だと思いますが、もし気づいてしまえば手遅れです。どんな手を使ってでもミクト様を守るでしょう」
「……死神を守るゾンビか。随分と面白そうなことになりそうだ」
「ハーデス様?」
思いの外、高揚しているような雰囲気を感じさせる声色に、思わずラーミナが顔を上げる。するとそこには不気味そうに笑うハーデスの姿があり、ラーミナは思わず身震いしてしまう。
「ラーミナ、引き続き監視を続けろ。私の指示が出るまでは手を出すことはするな」
「承知致しました」
深々を頭を下げてからラーミナは部屋を後にした。そして、一人部屋に取り残されたハーデスは、ため込んでいた欲望をさらけ出すようにして笑いだす。
「ふふふふ」
それはラナウェイが上げる奇声とは違うが、それよりもどこか恐怖を感じさせるような笑い方だった。
「全く、お前は一体何度失敗すれば気が済むんだ」
そして最後に意味深が言葉を呟き、近くに置いていたワイングラスを手に取りそれをゆっくりと口に近付けた。
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