死神の指導
どうもココアです。
ちょっと前話のサブタイトルを変えて、こちらに持ってきました。
「それでは始めましょうか」
メタトロンの指導のためにやってきたのは、家の近辺にある広い墓地だ。確かにここなら深夜に暴れたとしても、近づいてくる人はいないだろう。俺はミクトとメタトロンが互いに向かい合うところの、ちょうど間辺りに座って戦いを見張ることにした。
「よろしくお願いするのです」
「一つ言っておきますが、私には殺すつもりで向かってきてください」
始める前にミクトがメタトロンにそう告げる。そして、メタトロンの返事を待たずに再び口を開いた。
「メタトロンさんの全てを見ないと強さは分かりません。そして全力を出すためには、殺すつもりで来ていただくのが手っ取り早いですから」
至極当然のことのようにどんどん話を進めていくが、メタトロンは今になってミクトが言ったことを理解したようだ。
「そんな殺す気だなんて……そんなことを」
――やりたくないのです。
きっとそんな言葉が続いたのだろう。しかし、その言葉がメタトロンの口から聞こえることはなかった。何故なら瞬間移動のような速さで距離を縮めたミクトが、平手打ちをメタトロンの頬に放ったからだ。
ただの平手打ち。しかしその威力は絶大で、バチンっという音と共にメタトロンは数メートル吹っ飛ばされてしまった。
「あんまり壊すなよ」
メタトロンに巻き込まれて幾つかの墓石が崩れてしまい、俺はミクトに注意をした。
「大丈夫です。後で戻しておきますので」
俺の顔も見ずにそう言ったミクトは、追い打ちをかけるように吹っ飛ばされたメタトロンの元へかけていった。
「そういう意味じゃねえんだけどな」
ミクトの背中を見ながら呆れた声で呟き、俺もミクト制御役として役目を果たすようその背中を追った。
「取り合えず最後は一つ一つ頭を下げてから帰るか」
そして今度はお供え物も持ってくることにしよう。そんなことを考えながらミクトのことを追いかけていると、目の前で巨大な砂煙が舞い上がった。
「全然手加減してねえな」
これほどまでに巨大な砂煙は俺を指導していた時でも見たことが無い。どうやら、本当に本気で指導をしているみたいだ。
「ちゃんと本気でやらないと死んでしまいますよ」
死を思わせるような足音を響かせながらミクトは闊歩する。そして言葉の意味を理解させるように鎌を構え、それを思い切り振りかざす。
「くっ……!」
紙一重といったタイミングでメタトロンは回避する。しかし、無理な姿勢で回避したためかなり隙がある。
「甘いですね」
その隙を逃さず、一気に距離を縮めたミクトが右の回し蹴りを放つ。何とか腕で防ぎ、腹部を直接というのは避けたメタトロンだけど衝撃と共に勢いよく後ろに飛んでいく。
「はあ。はあ。はあ……」
まだ指導が始まって数分だが、メタトロンは息を切らしていた。見るからにボロボロで、真っ白だった服も砂と自身の血で色づけられている。
「まだ本気を出さないんですか?それとも、このまま殺されるつもりなんですか?」
これだけの傷を負っていながらもメタトロンは一向に本気を出さない。それどころか、反撃といったことも一切していなかった。ミクトの猛攻が凄まじかったというのもあるが、メタトロンは反撃の素振りすら見せていなかった。
「一回目の攻撃を覚えていますか?」
「えっ?」
ミクトが突然問いかけた。メタトロンはまさか質問をしてくるとは思っていなかったのだろう。完全に動揺し、呆けた声を上げるので精いっぱいだった。
そして、メタトロンの答えを待っていられないと判断したミクトが自ら口を開いて答えを言い出した。
「最初の平手打ち。あれはあなたの罪悪感を消すためです」
含みがあるような言い方をするが、返って理解ができなくなったメタトロンがどう言葉を返せばいいのか困っている。
「いくら指導とはいえ、敵ではない存在を攻撃するのは難しいです。それは誰かを傷つける罪悪感や、罪の意識の高さからそうなりがちです。
しかし、『攻撃をされた』という事実があるだけでその意識は驚くほどに低くなります」
そう、これがミクトの指導方法だ。一見、『何を言っているんだ?』となるかもしれない。しかしこの方法は俺の指導の時も使われたものだ。
メタトロンと違って完全に手を出せなかったわけではないけど、『本気でやっていたか』と問われると頷きにくくなってしまう。
そして一方的にミクトにやられた後では、繰り出す拳や蹴りの質が違っていた。それは相手による怒りや恨みと言った感情によって、相手を傷つけるという罪悪感が薄れるからだ。
誰だって人に殴られていい気分になる奴はいない。それを利用し、俺やメタトロンに本気を出さそうとしていたんだ。
「でも、ここまでされて本気どころか反撃すらしてこない人は初めてですね」
少し困ったような表情をしながらミクトはメタトロンの元まで足を進める。今のミクトからは殺気は感じない。巨大な鎌もどこかにしまったようで、手には何も持っていなかった。
「まだ続けますか?」
ミクトがそう問いかけた瞬間、メタトロンは見つからないよう片翼に手を伸ばして自ら一枚羽根を抜いた。
その刹那、俺の視界からメタトロンの姿が消えた。
「……なるほど。あなたは最初からその姿勢なのですか」
しかしミクトは動揺する素振りすら見せず、何かを確認するように辺りを見渡して右足で地面を踏みつける。大きな砂煙が再び舞い、ミクトの姿もそれに飲み込まれるように見えなくなる。
「あなたが最初から私を攻撃しない理由が分かりました」
「……」
「あなたは本気を出していなかったんじゃない。むしろ、私が忠告する前よりも私に殺そうとしていたんですね。さすがの私も分かりませんでしたよ」
砂煙の中で何かぶつぶつ言っているようだけど、具体的なことは分からなかった。
「弱者を装うということ一つに限ればあなたほど優れている者はいないでしょう。ですが……」
「……!!?」
「真の強者に対しては、あなたの戦術は全く役に立ちません」
――砂煙が晴れる。二人の姿が見えるようになる。
改めて視界に映った景色は、暗殺者のような冷えた瞳をしたメタトロンがミクトの瞳に触れるギリギリにまで針を突き付けている光景だった。
「羽根の形状を変えることもできるんですね」
「天使の翼には天使の力が宿るのです。だからこうすることもできるのです」
「それはいいことを聞きましたね」
薄く笑みを浮かべながら、ミクトはメタトロンの腕を掴む力を弱める。それに気が付いたメタトロンが同じように力を抜いて、針を再び一枚の羽根へと形状を戻した。
声は全く聞こえてこないけど、状況を見る限り指導が一段落したとみていいだろう。俺は小走りで二人の元へ行き、改めて状況を確認しようとした。
「取り合えず今日は終わりでいいのか?」
俺が声をかけると、二人の瞳が同時にこちらを向く。向けられた瞳には少しだけの殺気が残っていたけど、声をかけてきたのが俺だと気が付くとそれを消してくれた。
「そうですね。メタトロンさんの実力もある程度は知れましたし」
そう言いながらミクトは首を縦に振る。メタトロンの方は少しホッとしたように息を吐き、服についた汚れを掃う。
「ところでメタトロンさん。さっき私が言った意味は理解していますか?」
油断しているところに漬け込むようにミクトはメタトロンに声をかける。すると、猫が驚いた時のように体を撥ねらせ、小さく首を縦に振った。
「さっき言ったことってなんだ?」
恐らく二人が止まっている時にでも話したのだろうが、会話の内容までは聞こえていない。純粋な興味で聞いてみると、ミクトは呆れたようにため息をついた。
「さっきの戦い。鷺沢さんにはどう見えていましたか?」
「何だよその質問」
抽象的な言い方に何を求められるか分からず、とりあえず見た光景をそのまま言ってみることにした。
「一方的って言うか。メタトロンが全然反撃しないし……。最後のやつは反撃しようとしてたんだよな?」
「……」
視線を向けると共に回答権をメタトロンに譲ってみるが、特に言葉は返ってこなかった。そして、メタトロンが何も答えない代わりにミクトが口を開く。
「その『一方的』というのが肝なんです。メタトロンさんは戦っている間、ずっと反撃をせずにずっと攻撃を食らっていました」
「……どういうことだ?」
「つまり、一方的に攻撃を受けることで相手の“油断”を誘ったんです」
いつもより力強い物言いでミクトは言い、さらに言葉を続けた。
「攻撃を食らい相手が油断したところで反撃に移る、相手の虚を突くとでも言いましょうか。メタトロンさんの戦術はまさにそれです。
しかし、それだけでは強者と戦うことはできないです」
「どうしてだ?」
「本当の強者は油断さえも反撃に変えます。つまり、油断と反撃は表裏一体なんです」
そう言いながらミクトはそっとメタトロンに右手を差し出す。
「だからまずは真正面から戦うことを覚えましょうか」
「分かったのです!」
その手をメタトロンは笑顔でとった。その笑顔を見るのは少し久しぶりな気がして、どこか心が癒されるのを感じる。
「それでは毎日この時間で指導することにしましょう」
「は?この時間!?」
突然の決定に、思わず声が大きくなる。
「当たり前じゃないですか。やっぱり人の目がつきにくい時間でやないといけないですし、この場所なら滅多に人も来ません。まさに最高の場所です」
「それじゃ俺の睡眠時間はどうなるんだよ!」
ただでさえ今直ぐ帰って眠りたいのに、これが毎日続いては授業中に寝ることになってしまう。
「それは頑張ってください。それにメタトロンさんのために協力すると決めたのでしょう?それなら最後まで責任を持ってくださいね」
「うっ!?」
そう言われると否定できない自分がいた。チラッとメタトロンの顔を覗いてみると、不安そうに瞳を少し潤わせながらこちらを向いていた。
「そんな目しないでくれよ」
断れないじゃねえか、とその続きを心の中で呟いた。
読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。