死神の提案
どうもココアです。
本日も更新でございます。
「こ、ここは……」
「おっ。目が覚めたか?」
まだぼやけている視界をはっきりさせようと、数回瞬きを繰り返しながらメタトロンは目を覚ました。そしてゆっくりと体を起こし、俺の顔と自分がどういう状況であるかを確認するように周りを見渡す。
ここは俺の家の俺の部屋。そしてメタトロンは俺のベッドで寝かせていた。
「取り合えず怪我していたところには包帯を巻いておいた。傷口が開くかもしれないから、あんまり激しく動くなよ」
「……」
声をかけてもメタトロンは言葉を返してはくれなかった。普段のメタトロンなら喧しいほど元気なの だが、今はその面影すらも感じられない。
「さっきのこと気にしているのか?」
「……( こくり)」
言葉を返すことはない。けど、メタトロンは心底申し訳なさそうに頷いた。
「まあ気にするなとは言わないよ。メタトロンだって天使としてもプライドだとか、個人としての役目もあるだろうし。けど、少しくらいは頼っても良かったんじゃねえか?」
「頼れる人なんて……いないのです」
細い糸のように弱々しい声でメタトロンは答えた。まるで捨てられた子犬のような瞳をするメタトロンを見て、俺は無意識に右手をそっとメタトロンの頭に重ねていた。
「鷺沢さん?」
何ですかと、尋ねるような瞳を向けるメタトロンに俺は言葉を返すことはなく、
そのまま優しく頭を撫でた。今にも泣きだしてしまいそうな子供を宥めるように。メタトロンがしてきたことを肯定するように。
そして、救いの手を出すように俺は言った。
「俺を……いや、俺たちを頼ってくれ」
「え?」
いきなりの申し出にメタトロンは呆けたような声を上げる。状況が把握できていないみたいだけど、冷静さを取り戻される前に言ってしまおうと、どんどん言葉を続けた。
「ミクトは俺から説得するから俺たちにメタトロンを手伝わせてくれ。魂の結晶が必要なら集めるし、他の天使から狙われているなら守ってやる。幸いなことに俺は今ゾンビだから、ちょっとやそっとじゃ死んだりはしない」
そもそもゾンビだから元々死んでいるのだが。そんなことを心の中で呟きながら、メタトロンの返事を待った。
「だ、だめなのです!百歩譲って魂の結晶集めを手伝ってくれるのはいいのですけど、他の天使から私を守るのはだめなのです!」
「俺たちが天使に手を出せば、天界と冥界との戦争が始まるからだろ?」
今日だけで耳にタコができるくらい聞いた言葉だ。頭は悪いけど、馬鹿ではないのでそれくらいは分かっている。
「それが分かっているのにどうしてそんなことを言うのですか。大体、鷺沢さんが私を助ける理由だって無いはずなのです!」
「“助けたいから”それだけの理由じゃダメなのか?」
メタトロンを助けたことで天界と冥界の戦争が始まったとしても、本当の意味で俺が死んでしまっても、どんなデメリットがあろうと俺はメタトロンを助けたい。その気持ちが一番大きい。
「もっと他に言い方は無かったのですか?」
どんな言葉を返せばいいのか分からない様子のメタトロンは、嬉しさ半分戸惑い半分と言った表情をしながら口をモゴモゴしている。
「俺にはこんな感じの言い方しか浮かばなかったんだよ」
そう言いながら最後にもう一度だけメタトロンの頭を撫で、そのまま手を離す。しかし、俺の手が浮いた瞬間メタトロンが両手で手首を掴んできてねだる様な視線を向けてきた。
「もっとしてほしいのです」
そよ風にもかき消されそうなほど小さな声が聞こえた。それでも俺の耳にはしっかりと届いていたので、俺は確かめるようにしてメタトロンの顔を覗く。
するとそこには、熟れたリンゴよりも顔を真っ赤に染めているメタトロンの姿があった。
「撫での延長は俺の提案を受け入れるってことでいいのか?」
「……」
特に返事はなかった。頷くような仕草もなく、ただ俺の右の手首を両手で握ったまま微動だにしない。
(取り合えずメタトロンの希望を叶えてやるか)
そう心の中で呟きながら、俺は再びメタトロンの頭に右手を重ねて優しく撫でる。するとメタトロンの両手は直ぐに離れて、もっと撫でてほしいと訴えるように頭を強く押し付けられる。
俺はそのまま無抵抗に、メタトロンの気が済むまで頭を撫で続けた。途中からどうしてこんなことになったのか分からなかったけど、メタトロンは心底嬉しそうな顔をしていから別にいいか。
◆◆◆
「私に力を貸してほしいのです」
あのから結局15分もの間メタトロンの頭を撫で続けていた。すっかり満足したらしいメタトロンは、急いでリビングへと向かって出会いがしらにミクトに頭を下げていた。
「……こうなることは想像していました」
ため息をつくように言ったミクトは、持っていたティーカップに口をつけることなくそのままテーブルに置いた。
「もちろん分かっているとは思いますけど、私があなたに協力した場合冥界を裏切ることになります。死神としての仕事や立場を全うしていないとはいえ、完全に裏切るというのは無理です」
少しの希望も抱かせないような、毅然した態度でミクトは言う。ミクトが言ったことも筋が通っているし、理解ができるからこそ付け入る隙は無かった。
「ですが……直接的ではなく、間接的になら協力はできるかもしれません」
「えっ?」
ミクトの思いがけない言葉に、メタトロンの声と瞳に色が宿った。諦めかけていたから、全く期待をしていなかったからメタトロンは呆けたような声をあげたけど、声はいつもよりも明るかった。
「他人を教えることは専門外ですが、私があなたを指導すれば少しは強くなれるかもしれません」
「指導……?私を鍛えてくれるってことなのです?」
「そういうことです。私はあくまでも倒す力をつけることを協力します。でも、ラナウェイを倒したり、さっきのような天使を倒したりするのはあなた自身でやってください」
「あ、ありがとうなのです!」
子供みたいに飛び跳ねて喜ぶメタトロンの姿を見て、俺は思わず目を瞑りたくなってしまう。ミクトが言った『指導』というもの。俺もゾンビになってから幾度となく受けてきたけど、端的に言うならただの地獄だった。
だからこんな風に喜んでいるメタトロンを見ると、可哀そうで仕方がない。
「今は午前2時ですか……。今なら人の目もなくて丁度いいですね」
時計を見てミクトは直ぐに立ち上がった。そして、どこからともなく巨大な鎌を顕現させて背負うように背中に回す。
「早速一回目の指導をやりましょうか。メタトロンさんが今、どのくらいの実力を持っているのか知るためにも」
「よろしくお願いするのです!」
目をキラキラさせながらメタトロンはミクトにすり寄り、カルガモの親子にようについていった。
「何をしているのですか?」
その光景を完全に第三者の立場として見ていると、ミクトが首を傾げながら声をかけてきた。
「鷺沢さんも行くんですよ?」
何でついてこないの?とでも言いたそうな瞳をこちらに向けてくる。
「いやいや……俺はもう寝たいんだけど」
死神とか天使ならこの時間に行動してもおかしくないけど、俺は今すぐにでもベッドに飛び込んで寝たい。ただでさえ学校が終わった後で都内に行ったので、いつもより眠気が強いのだ。
「メタトロンの指導って言うなら俺はいなくてもいいだろ?二人で行ってきてくれよ」
「それでは誰が私を止めるのですか?」
「……」
ミクトが言ったことに何故かすごく納得してしまった自分がいた。ミクトの言葉の意味は、『やり過ぎた場合どうするの?最悪殺しちゃうよ?』と言ったところだ。
「分かった……俺も行く」
さすがにメタトロンを殺されるわけにはいかない。ミクトがやり過ぎないよう注意してみておきたいところだけど、一体どこまで怪我を負わせられずに済むだろうか。
読んでいただいてありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。