死神は遅れてやってくる
どうもココアです。
随分と空いてしまいましたが、更新いたします。
肩を叩かれた俺は足を止めたまま直ぐには振り向かなかった。
なぜなら、俺の第六感が『危険』であると訴えかけているからだ。何の根拠もないし、証明もできない第六感だけど、俺はそれを何よりも信じて振り向かなかった。
「……どうしてこっちを向いてくれないんだい?」
優しさで包まれたような柔らかい声が耳に響く。きっと、俺が振り向かないから声をかけてきたのだろう。足を止めたのに振り向かないといは、自分の存在に気づきながらも無視をされているということ。
警戒されないよう高圧的ではなく、なるべく穏やかな話し方をしたのだろうが、俺には薄っぺらい皮で包んだようにしか聞こえない。
「警戒されたくないなら、もう少し殺気を隠す練習をした方がいいぞ」
「おや。これでも結構定評があるんだけど、君には分かってしまうのかい?」
「せめて声をかけてきただけなら分からなかったかもな」
男は俺に声をかけるだけでなく肩に触れてきた。その手から嫌な熱とほんの少しの殺気を感じ、警戒心を強めたのだ。
「話があるならまた今度にしてくれ。今はメタトロンを安全なところに運ぶのに忙しんだ」
「そういうことなら安心してよ」
そこで一度言葉を切った男は俺の肩に触れていた手をゆっくりと外した。
「――代わりに僕が運んであげるよ」
そう、囁くように男は呟く。俺はそれを聞いた瞬間、飛び跳ねるように一気に駆け出し、路地裏の道を風を切りながら進んでいった。
直接動きを見たわけでもない。けど、明らかにさっきの言葉には強い殺気と敵意がこめられていた。
俺は夢中で路地裏を走り、今までずっと放置していたメタトロンに声をかける。
「メタトロン。お前はさっきの奴のこと知ってるんだ?どんな奴なのか教えてくれよ」
「……」
しかし、数秒経ってもメタトロンから返事は返ってこない。
「おいメタトロン?」
走る速度を落とし、振り向いてメタトロンのことを確認しようとする。
「メタトロン!」
――そこには頭から血を流したまま全体重を預けるように眠るメタトロンの姿があった。俺は動く足を 止めて、メタトロンを一度おろして生死を確認する。
「……心臓は動いてるっぽいな。じゃあ気絶してるだけか」
心臓の鼓動と脈が動いていることを確認し、生きていることが分かってところで一先ず一安心だった。
「いつメタトロンに攻撃をしたんだ?」
さっき声をかけてきた男の仕業とみて間違いないだろうけど、問題はいつ攻撃をしてきたかというところだ。もしメタトロンに攻撃をしたとなれば微量でも衝撃が俺に伝わるはずだ。けど、背中に衝撃が伝わった覚えはないしもちろん音が聞こえたわけでもない。
「どうやって攻撃をしたかって?」
そう考えていると、頭上から再び男の声が聞こえた。
「……そりゃあメタトロンのことを狙ってるってことは、お前も天使だよな」
ここに来て初めて声をかけてきた男の姿を目視し、携えている二つの翼に気が付いた。
生地の薄い白いローブのような恰好に身を包み、模写したような笑顔を浮かべる姿はまさに本やゲームなどで出てくる天使そのものだ。
しかし、自分たちの想像している姿に近しいからこそ皮を被っているようにしか見えななかった。
「随分と立派な翼を持ってるな」
「天使として生まれたなら当然のことだよ。まあ、そこにいる半端者しか見たことが無い君には分からないと思うけどね」
「半端ねえ……」
男の言葉を聞いて反射的に殴りかかろうとしたが、拳を強く握りしめて何とか耐え、冷静なのを装いながら話を続ける。
「メタトロンをどうするつもりだ?」
「それは君には関係のないことだよ」
まるで吐き捨てるかのように言い、俺からメタトロンへと視線を移した。きっと最初から俺に興味なんてないのだろう。だからこうして視線を外すなんてことができるんだ。
もし俺に警戒心を抱いているとするならば、視線を外すことなどしないからだ。つまりこの男は俺のことを舐めているということ。いつでも踏みつぶすことが出来る矮小な存在であるという認識なんだ。
「おい――」
威嚇をするように右足を強く踏み出しながら声を上げる。そしてそれと同じタイミングで、俺の左胸をレーザーのような光線が貫通した。
「がっ!?」
直径10センチ程度の風穴が瞬きもしないくらいの間で出来上がり、不安定となった血のめぐりによってどす黒い血が口から零れる。
「ほら。君が知りたがっていたことだよ?実際に体験した方が分かりやすいだろう」
薄気味悪い笑みを浮かべながら男は高度を下げた。どうやら俺がゾンビであることはまだ気が付いていないらしい。
「まだ意識を保てているのはすごいね。当たり所が良かった……。いや、長く苦痛が続くことを考えると悪かったというべきなのかな」
やがて地面に足をつけるほどまで降りてきた男は、カツっカツっカツっとわざとらしく足音を鳴らしながら近づいてくる。
一歩、また一歩と距離を縮めてきて男が十分に近づいてきた瞬間、飛び跳ねるようにして男の懐に入り込み、無防備になっている顔面に全力で拳をぶつけた。完全に油断をしていた男は俺の拳を回避することはできず、そのまま吹っ飛ばされていった。
「ば、馬鹿な……。体に風穴が空いている状態で動けるわけ……」
殴られた頬を気にするように触れながら、男は立ち上がった。致命傷を食らわせたわけではないが、
確実にダメージは与えられているみたいだ。
「残念だったな。俺は普通の人間じゃないんだよ」
少し気取ったような口ぶりで声をだした。
「俺はゾンビだからな」
胸に風穴が空いた程度で死ぬわけがない。もちろん痛みは感じるけど、それはミクトに散々慣らされ
てきたので痛みで動けないということもない。
「なるほど……この人間離れした力もあなたがゾンビだからですか」
俺の正体を知って納得がいったような素振りを見せる男は、口許から出ている血を適当に拭って、冷え切ってしまいそうなほど冷徹な視線を向けてくる。
「あなたは私に手を出した……その意味が分かっていますか?」
さっきのように取り繕った穏やかな話し方ではない。一瞬で凍り付いてしまったような冷たい声に、張り詰めたような緊張感が一瞬で場を包み込む。
「ゾンビというのは死神の力なしに存在できないのですよ。つまりゾンビは死神の味方ということで
す。死神の味方ということは冥界の味方ということ。冥界の味方ということは我々天使にとって敵ということです。
そして、あなたは私に手をあげた……。それは冥界と天界の戦争を意味するのです」
「戦争のゴングを俺が鳴らしたってことか?けど、先に手を出してきたのはお前の方だろ?」
「我々天使には穢れた魂を浄化するという使命があります。……そう。死んでもなお動き続けるあなたのような存在をね」
鋭い眼光と殺気を向けながら男は言い、狙いを定めるようにして人差し指をピンを伸ばす。
「だから私があなたのことを浄化することは使命であって、私情ではないのですよ」
小さい子供の言い訳のようなことを長く長く話し、人差し指から細い光線が放たれた。さっき俺の右胸を貫通したものより細い光線は、一ミリのずれもなく俺の方へと向かってくる。
「――いえ、あなたの行動は完全に私情ですね」
その瞬間、熱が全くこもっていない機械のような声と共に銀色の髪を靡かせた死神が現れた。
巨大な鎌を持って現れた死神は、俺の前に立つと軽々とその鎌を振り回し男が放った光線を容易くかき消してしまう。
「鷺沢さん大丈夫ですか?」
「ミクトっていつも良いタイミングでくるよな」
まるでヒーローのような登場の仕方に思わず笑いが込み上げてきてしまう。
「良いタイミング?胸に穴が空いているところを見ると、大分遅れたと思いますけど?」
「細かいことはいいんだよ。それより、問題はあの天使だよ」
長くなりそうな会話を強引を断ち切り、向こうでぽかんと口を開けている天使を指差す。
「ああそうでした。そう言えばあんな方がいたんですね」
「めちゃくちゃ他人行儀だけど、敵ってことでいいんだよな?」
「まあそれはそうですけど。私があの天使を殺したら本当の意味で戦争が始まってしまいますから、それは避けたいので……」
そう言いながら、ミクトは男の元へ歩いて行った。ようやく我に返った男は、ミクトが近づいていることにようやく気付き、後ずさりながら睨みつける。
「ぼ、僕を殺したら本当に天界と冥界の戦争が始まるぞ!天界全ての天使がお前を浄化するためにやってくる。死神のお前でも倒せない天使だっているんだ!」
喚くように次々と言葉を並べる男の姿を見て、俺は今日初めて『醜い』という意味を目の当たりにしか気がした。
「僕を殺すことはできないだろ?分かったら早くどこかに行って――」
どこまでも喚き散らす男に怒りが湧いたのか、ミクトは言葉ごと全てを断ち切るように鎌を地面に突き刺した。丁度、男の足に当たらないギリギリのところへ。
「今すぐどこかに消えてください。鷺沢さんに怪我を負わせたことは今回は見逃すので、今日のところは今すぐに消えてください」
すっかり腰が抜けている天使の殺気とは次元が違った。気を抜けば魂を奪われそうなほど圧を感じる殺気をミクトは放った。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
そして男は最後の最後まで喚きながらどこかへ飛んでいき、ミクトは突き刺した鎌を抜いてこちらに戻ってきた。
「さっきのは大丈夫なのか?なんか言いがかりでもつけられたりしたら……」
物理的に攻撃をしていないにしても、精神的にかなりダメージを負わせたはずだ。もしさっきの男が『ミクトに殺されかけた』とでも告発されてしまっては戦争が始まってしまうかもしれない。
「それなら大丈夫でしょう。あれはそんなことをするような天使ではないです」
「どういうことだ?」
「そのうち分かりますよ」
ミクトの言い方的に、本当に全て分かっているのだろう。けど、俺には話してくれない。これはきっと話せないから察しろということのなのだろう。
「では、メタトロンさんを連れ帰りましょうか」
「そうだな。大分怪我を負ってるし」
暫くの間地面に寝かせていたメタトロンを背負い、ミクトと共に家に帰る。メタトロンを背負った時、妙にミクトの視線が刺さったのはきっと気のせいだろう。
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