都内へ
どうもココアです。
今回もよろしくお願い致します。
――メタトロンと出会って数週間が経過した。
もしかしたらまた下校途中にでも会えると思っていたけど、一度会ったきり会えていない状況だ。
死神と天使の関係性を考えると会えないのではなく、意図的に会おうとしていないのだろうが、何となくメタトロンのことが頭の片隅に残っている俺は、こうして回り道をしながら家に帰っている。
「そう言えば最近ラナウェイを見なくなったな」
日課となっている深夜の見回りは欠かさずやっているが、ちょっと前までは毎日出現していたラナウェイがここ最近では三日に一日程度の頻度になっている。
ラナウェイの数が減っているということは喜ぶべきことなのだろうが、魂の結晶が集められないことが唯一の難点だ。
「何か打開策でも考えないとな」
そう呟きながら歩き、家のドアを開ける。
いつもの声のトーンで「ただいま」と言うと、リビングの方から「お帰りなさい」という声が返ってきた。どうやらミクトは家にいるらしい。
「今日は少し遅かったですね」
「ちょっと回り道して帰ってきてたんだよ」
現在の時刻は午後5時。買い物などの寄り道をしなければ4時半には家に着くことが出来るので、どうやら30分ほども回り道をしていたみたいだ。
「最近ラナウェイが減ってる気がしてな。それを探すためにもちょっと回ってたんだ」
「確かに夜でも姿を見なくなりましたね。死神的には喜ぶところでしょうけど、私個人ではあまり嬉しくはありません」
「魂の結晶が集められないからな」
「その通りです。でも大丈夫です。私に案がありますから」
まるで俺の心の声が聞こえたかのように、模範解答をしたミクトはそのまま再び口を動かした。
「ラナウェイは人間の負の感情が暴走し、魂が汚染されるのを繰り返すことで誕生します。結局のところ人がいないとラナウェイは誕生しません。なのでもっと人が沢山いるところへ行きましょう」
「人が沢山……となると都内の方か」
ここは都心からそう離れてはいないものの、やはり都内の中心と比べると人の数は少ない。人の数が少ないと結果的にラナウェイが誕生する確率も低くなるというのがミクトの考えで、だから人が沢山いる場所に行こうということらしい。
「都内か……」
正直、俺はミクトの意見に対してあまり乗り気ではなかった。
ミクトの考えも理解はできるし、確かに言った通りだけど都内に行くとなると少し賛成しにくかった。
「どうかしましたか?」
すると、なかなか答えを出さない俺を見ていたミクトが急かすように顔を覗いてきた。
「いやその……すっげえくだらないことなんだけど」
「はい」
「絶対ミクト目立つと思ってさ」
「はい?」
俺がそう言うと、ミクトは首を傾げながらいかにも呆けたような声を上げた。
自分でもくだらない悩みだということは自覚しているが、どうしても素直に賛成できない理由がこれだった。
一緒に暮らしていてすっかり慣れつつあるけど、ミクトはテレビに出てくるアイドルよりも可愛くて、それでいて女優よりも美しい。一回外に出れば誰の目線も集まるほどの容姿を持ち合わせている。
それでいてクールな顔立ちはどこか儚げな雰囲気を感じさせるし、男と女問わず注目が集まるだろう。
「私が注目されるとまずいんですか?」
「まずいというか、嫌って言うか……」
ミクトのことを知っているのは俺だけが良いなんて言うつもりはないけど、それに近しい独占欲なものが湧き上がってきてしまっていた。我がながらこれほどまでにミクトに執着しているとは思っていなかったので、自分でも驚いている。
「まあでも俺の勝手な感情だから深く考えないでくれ。別にどうしても嫌だって訳でも――」
説明の途中で、俺は思わず声が出なくなってしまった。
それは目の前にいたはずのミクトが、体を前のめりにしながら右手を俺の頬に伸ばしていたからだ。
「えっ?なに?どうかしたのか?」
想像もしなかったミクトの行動に動揺し、しどろもどろになしながら声を上げる。
「分からないです。でも、鷺沢さんの顔を見ていたら手が伸びていました」
どうやら本人にも行動の意図が分からないらしい。その証拠にいつも無表情な顔しているミクトが、
分かりやすく目を大きく開けている。
「取り合えずそろそろ手をどけてくれ。原因不明な行動だって言うことは分かったから」
「はい……」
そろそろ俺の心臓が持ちそうにないので、勿体ない気はするけど手をどけてもらった。手をどけている時、ミクトが少し残念そうな顔をしていたのは目の錯覚だろう。
「話を戻しますけど……人が沢山いる場所には行ってくれますか?」
再度ミクトに言われて、今まで何の話をしていたのかを思い出した。
「うん。もうなんか大丈夫になったから都内でもどこでも行こう」
さっきのことがあり、胸の中で渦巻いていた感情が奇麗に無くなりどうでも良くなっていた。
「それではさっそく行きましょうか」
「え?今から行くのか?」
俺が都内に行くことに賛成すると、ミクトは待っていましたとばかりに立ち上がった。
都内に行くには電車に乗る必要があるのだが、最寄りの駅から都内に行くには最低でも30分はかかる。時計を見てみると、もう五時半になろうとしているところで今から行っては着くのは6時になってしまう。
「今から行かなくても明日は土曜日で学校も休みだから、明日にしないか?」
ラナウェイを探すために都内に行くということは分かっているけど、せっかく都内に行くなら色々見て回りたい。そんな願いも込めながらミクトに提案してみた。
「それではだめです」
しかし、ミクトは特に考えることもせずにきっぱりと断ってきた。意外と賛成してくれると思っていたが故に、想像以上にがっかりした気分になる。
「どうして今から何だ?」
「先ほど『何者かによる大量殺害』というニュースが流れていました。そこには事故現場も映っていま
したが、ラナウェイによる大量殺害で間違いないです」
「ラナウェイによる大量殺害……」
その言葉を聞いて思わず背中が凍り付く。
ゾンビになってからはラナウェイは倒せる存在となっていたけど、普通の人間からしたら姿も見えない敵にただ蹂躙されるだけということだ。
「それに一つ言い忘れていましたが、ラナウェイは他者の魂を得ることで力が増す傾向があります」
「他者の魂?」
「ラナウェイとなった魂は新しい器を得るために人間を殺します。その時に殺した人間の魂を取り込む場合があるんです」
「つまりさっき言っていた大量殺害をしていたラナウェイは、それだけ多くの他の魂を取り込んでいる可能性があるってことか」
「被害が拡大するだけでなく、最悪の場合私たちでも手に負えない可能性もあります」
だからいち早く都内へ行きたがっていたのか。
「分かった。でもちょっと準備するから待ってくれ」
「何を準備するんですか?」
「今から言ったら晩飯食えねえだろ?片手間でも食えるの作ってくるんだよ」
そう言いながら俺は台所へ向かい、直ぐに食べられそうなサンドイッチを手早く作りリビングへと戻った。
リビングへ戻ると、いつもより勇ましい雰囲気を醸し出しているミクトがソファーに腰掛けていた。
「もう準備できたぞ」
「もうできたんですか?」
「直ぐに行きたそうな顔してたからな。簡単なサンドイッチにした」
サンドイッチが入った袋を見せるように持ち上げて左右にふる、今度は目を輝かせてそれに意識を持っていかれたように目で追う。
「そんなに食べたいなら今食ってもいいぞ?」
「大丈夫です……。ちゃんと我慢できます」
「別に我慢するところでも無い気がするけどな」
これはまじめと言うのか、ラナウェイの討伐よりも食欲を優先させるということはプライドが許さないらしい。しかし、まだ相当な葛藤があるようでチラチラとこちらに視線を向けてくる。
「やっぱり食べるか?」
「……食べます」
どうやらプライドより食欲が勝ったみたいだ。どの道食べることになるので俺としては変わらない。むしろ持っていく手間が無くなった分、少し楽になったかもしれない。
「ご馳走様でした」
「あいよ。じゃあ改めて行くか」
「はい。行きましょう」
少しばかり腰が折れてしまったが、今度こそラナウェイを倒すために都内へと出発することになった。外に出てみると、さっきはまだギリギリ太陽が顔を見せていたけど今はすっかり夜となっていた。気温も少し下がったようで、制服のまま出るのは少々寒い。
「上着羽織ってくれば良かったか」
一人で行くなら一度戻っても良いけど、今回はミクトがいるので待たせることになってしまう。それに今日に限っては妙に気合が入っているようで、ミクトは家を出るや否や駅の方へ走り出していた。
俺もミクトに置いて行かれないよう、駅まで全速力で向かった。
読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。




