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死神に魅入ったゾンビの話  作者: ココア
ゾンビと死神
12/22

人間になりたい

どうもココアです。

本日もよろしくお願いします。


「ごめんなさい……」


 心の底からのごめんなさいは、みずのようにゆっくりと俺の胸に浸透していくようで時間が経つほど胸が痛くなってきた。ミクトに触れている右手が細かく揺れているのを見ると、まだ体を震わせているということだろう。


「別に謝らなくていい。俺はミクトに謝ってほしいわけじゃないんだ」

「だって私は……鷺沢さんに一番大事なことを隠して……!鷺沢さんは私を信じてくれたのに、私だけ隠し事をしていて……」


 子供のように泣いているミクトに、もう人形のような姿は見えなかった。今までも表情を動かすことはあったけど、こんなにも崩れているところは見たことが無い。


「私は言わなくていいと思っていました。だってこれは私の身勝手な目的だから、鷺沢さんを巻き込むのは違うと思って……」


 人間になりたい、それがミクトがこの世界にやってきた本当の理由だった。正直それを隠されたことはショックだったけど、今はそんなに気にしてもいなかった。


「もういいんだって。それよりも俺はミクトに聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと?」


 まだ大粒の涙をこぼしながら、ミクトは瑠璃色の瞳をこちらに向けた。


「全部を話さなくてもいい。でも、ミクトの過去に何があったのか聞かせてくれないか?」

「私の過去を……」


 俺の問いかけにミクトが表情にわずかな曇りを見せる。きっと踏み込んでほしくはない話なのだろう。ハーデスに問い詰められた時も、過去の話を持ち掛けられたところで激しく動揺していたのを覚えている。


「分かりました」


 数十秒ほど考えた末、ミクトから強い決意を感じさせる声が聞こえた。


「とは言っても大しておもしろい話でもありません。そこまで深い理由があるわけでも、辛い過去があったわけでも……」


 力を失うように段々と声が小さくなっていき、言葉の途中で聞こえなくなってしまった。恐らく言っているうちに過去のことを色々と思い出したのだろう。ミクトの表情がどんどん曇っていく。


「ゆっくりでいい。急かすつもりはないから、ゆっくりミクトのペースで話してくれ」


 そんなミクトの手を両手でギュッと握り、もう傍を離れないと伝えるように瞳を合わせる。


「……私がこの世界に来たのは今から何十年も前のことです」


 大きく深呼吸をし、心を一度落ち着かせてからミクトは語り出した。


「当時の私がこの世界に来た理由は、冥界にやってくる前にラナウェイと化す魂が多かったからです。

つまり、ラナウェイを討伐するためにこの世界にやってきました」


 俺がミクトと出会った時に聞いたものと同じことだった。


「この世界に来るには、冥界からは一つ掟のようなものがありました。それはこの世界の人間と関わっ

てはいけないということです。私が死神であるということ、冥界の存在があるということ、そういうことが公にならないように」


 そう言いながら視線を落としたミクト。それはまるで何かを取り返したいと思うような表情だった。


「でも、私は掟を破ってラナウェイに襲われていた人間を助けました。ちょうど鷺沢さんと同じような状況です。私が助けた人間は、ラナウェイのことを視覚してはいませんでしたけど。

 そして、その人間は私のことを見てこう言ったんです。『奇麗な瞳だ』と」

「……」


 最後の言葉をミクトは微笑みながら言った。きっと、本人はそのことには気づいていないのだろう。言葉を発するとき、無意識に口角が上がったんだ。


「正直、私は理解ができませんでした。人間にとって私は巨大な鎌を持っている変人です。死神だとは思わなくても、不審者であることには変わりないはずなんです。でも、その人間は私のことを見て私の瞳のことを褒めてくれました」


 ミクトがこれまで抱いていた人間の印象とは全く違っていたと、そのまま言葉を続けた。それがきっかけでミクトは人間に興味を持ち始めたらしい。

 最初はある程度の数のラナウェイを倒したら冥界に帰る予定だったらしいが、人間と関わってはいけないという掟を破ったこと、何より人間のことがもっと知りたいという感情が強くなってこの世界に残ることを決めたらしい。


「私はこの世界でラナウェイを倒しながらその人間と定期的にかかわるようになりました。鷺沢さんのように一緒に暮らすことはしてませんでしたけど、よく一緒にはいましたよ」


 楽しそうに話しながらも、話に出てくる人物の『その人間』としか呼ばず名前を言うことは無かった。さすがに名前を忘れたということはないだろうが、名前を言えばもっと鮮明に記憶が蘇ってしまうからだろう。


「大分……長い時間を共に過ごしてきたと思います。どれくらい長かったのかは分かりませんが。その

人間に私の正体を話したことも、いつだか覚えていません」


 ミクトは人間と関わるなという掟を破っただけではなく、自分が死神であることを話した。時間を共に過ごしているうちに相手への信頼や愛情といった感情が芽生えたのだろう。隠し事、ミクトの場合は正体になるがそれを打ち明けたくなるほどの関係ではあったということだ。


「死神であることを話しても態度を変えずに接してくれました。よく分かりませんが、それがとても嬉しかったんだと思います」


 ミクトが言う『その人間』は、きっとミクトに惚れていたのだろう。話を聞いていれば分かるが、普通の人間は巨大な鎌を持っている美少女が現れた時点で逃げ出す。しかし、その人間は逃げ出したり違和感を覚えることもなくミクトのことを褒めたのだ。


 それは完全な一目ぼれということだろう。


 このままミクトの愛され話を聞き続けることになるのかと思っていると、今まで流暢に話してくれていたミクトが急に口を閉ざした。


「ミクト?」


 ミクトの顔を確認してみると、話す前の時のように唇を震わせて再び表情が曇りを帯びてきていた。

 ついさっきまで楽しそうに話していたので、俺はどう声をかけるべきなのか迷っていた。続きを話すよう促すべきなのか、それともここでもういいと切ってしまうか。


 そう迷っていると、とても弱々しい震えたミクトの声が届いた。


「結局、その人間は……私が殺したんです」


 耳に届いたのは、嘘だと思いたくなるほど残酷な告白だった。

 楽しそうな表情が一気に覚めていたのも、なかなか過去のことを話してくれなかったのも、全部このことを言いたくなかったからなのだとはっきりと分かった。



「その人間は……私と生きることが出来ないなら殺してほしいと。私と共に生きることが出来ないなら、私を覚えているうちに殺してほしいと言ってきました」


 自ら傷口を抉るように話すのを止めないミクト。その瞳からは、さっきよりも小粒で滝というよりも小川と言った量の涙が零れている。しかし、その涙はさっき流したものよりも哀しみの感情で詰まっているような気がした。


「私は言っている意味が分かりませんでした。殺してほしいなんて、どうしてそんなことを言うのだろうと。私はあの人間を殺したくなかった。でも、殺してほしいというのが願いだったから、私の手で殺めて……」


 小川だったものが川になり、そして再び滝となった。

 もう止めようにも止められない涙を、何とか防ごうとミクトは両手で目を抑える。


「……」


 この話をする前にミクトが言っていたことを思い出す。

 深い理由があるわけでも、辛い過去があったわけでもないと。それは個人の認識の違いであって、自分の辛さを他人と比べるものではない。ミクトが辛いと思っていることは、それは他人にどうこう言われるものではなく紛れもない本心だ。

 そして、、今回の話は誰が聞いても人間の心を持っていれば誰もが胸を痛める話だ。


「もし私が人間だったら。もし私が人間と時間程度の寿命だったら……」


 もっと一緒に居られたと、ミクトが言葉を続けた。


「私が人間になりたいのは、もっと人間と一緒に居たいからなんです。人間と同じ寿命で、人間と同じ

時間を過ごして、人間と同じ時間で死にたい。だから私は人間になりたいんです」


 永遠を生きるからこそ、人間の寿命だけでは長い時間は一緒にいられない。ミクトは初めて関わった人間に、人間として人間と共に生きる尊さを知ったのだ。


「ほら……別に大したことは無かったじゃないですか。私が人間になりたい理由も、過去に何があったのかも」


 そう、笑みを見せるミクトだがその瞳の奥にはまだ哀しみが残っている。

 それが分かった途端、俺の体は勝手に動いてミクトの体を強く抱きしめていた。


「鷺沢さん?」


 急に抱きつかれ、驚いた声を上げるミクトだけど激しい抵抗は見せず、むしろ俺の抱擁を肯定するように胸に顔をうずめた。


「そんな哀しい顔で笑うなよ。大したことないなんて言うなよ……。ミクトの気持ちを全部分かったわけじゃないけど、そんな言葉で誤魔化していいことじゃないことくらいは分かってる」


 まだ溜まっている涙を押し出すように言葉をかける。

 すると、確かに俺の胸の中でミクトが声を出して泣いているのが分かった。その声はとても小さいけれど、瞳の奥の奥からかき出しているのが分かるようだった。


「もしミクトがこのまま人間になれなくても俺が傍にいるよ。ゾンビになったから死なないし」

「えっ?」

「俺が絶対にミクトを一人にしないから」

「どうしてですか?どうして、鷺沢さんはそこまでしてくれるんですか?」


 不安そうに見つめてくるミクトを見て、俺は抱きしめる力を少しだけ強めていった。


「ミクトのことが好きだからだよ」

「えっ……?」

「初めて会った時からミクトのことが好きだから。だからずっと傍にいるし、傍にいたいって思ってる」


 もっと言いたい言葉は山ほどあるのに、口から零れたのはこの言葉だけだった。自分の情けなさに怒りを覚えていると、ミクトは呆けたように口をあけ、そしてその次には今まで見せてくれなかった温かい笑顔を見せる。


「……こういう時、どんなこと言えばいいのか分からないです。でも、嬉しい……。嬉しいです」

「その言葉だけで十分だよ」


 そう言って、ミクトのことを再び抱きしめる。

 

 そう。ここからだ。ここからは始まった。

 お互い、胸に秘めていたことを打ち明けてようやく始まったんだ。

 ミクトの目的のために、人間にするために戦う日々が――


読んでいただきありがとうございます。

とりあえずここで、一区切りということで1章終了です。

次回は第2章に突入します。

次回以降もぜひ、よろしくお願いします!

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