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死神に魅入ったゾンビの話  作者: ココア
ゾンビと死神
11/22

俺とミクトだけ

どうもココアです。

今回もよろしくお願いします。


――数時間後、顔に涙を流したような後を残しながらミクトは帰ってきた。その表情には、『今は何も話したくない』と書いてあるようでとても話しかけられる雰囲気ではなかった。

 無言のままリビングに入り、特に何もしないまま時が過ぎるのを待つミクト。時計を確認すると、午後7時を示しておりぼちぼち夕食の時間となっている。

 しかし、とてもじゃないが食事をするような雰囲気でもなくこの場から離れることすらもできなかった。


「……」

「……」


 この部屋だけ特殊な重力がかかっているかのように空気が重く、もう何度も開け閉めを繰り返している口はその度に多量の空気を吸い込んでいる。何も言葉が出てこないのではなく、言葉が何も出ていかないのだ。

 伝えるべき最初の言葉は「ごめん」で決まっている。しかし、その一言が出てこない。

 ミクトのことを傷つけたあの一言は意識をしなくても出ていたのに、謝罪の言葉はどんなに自分で背中を押しても出てこない。


「鷺沢さん」

「うえい!?」


 必死に葛藤しているところで、ミクトに声をかけられ思わず変な声が出てしまった。誤魔化すように咳払いをしてミクトの方に目を向けると、水晶のような瑠璃色の瞳が揺れるほど潤っている。


「さっきは出て行ってしまってすみませんでした」


 そして、ミクトの口から出された言葉は俺の方から伝えたかった謝罪の言葉だった。


「いやいや、むしろ謝るのは俺の方だろ!」


 先に言わせてしまったことを後悔し、自分自身に怒りを立てながら言葉を返す。

 するとミクトはゆっくりと首を横に振り出した。


「私が悪いんです。私が鷺沢さんにそう思わせてしまっていたのが悪いんですから」

「だからそれも……」

「私の勝手な事情に突き合わせてしまってすみませんでした」


 言い途中の言葉を遮り、ミクトはもう覚悟を決めたような物言いで話を進める。

 次に言われる言葉は、馬鹿な俺でもさすがに分かってしまうくらいだ。


「だからもう終わりにしましょう」


 その言葉はいつものように雑談をしているものとは、一線を画すほど真摯なものだった。強い意志と覚悟を感じさせる言い方には、どんなことを言っても訂正してくれないという凄みすらも感じさせる。


「どうして……そんなことを」


 だから、ミクトの提案を全力で抵抗したいはずなのに上手く言葉が出ていかないのだ。

 このまま何も言わなければ本当にこの関係が終わってしまう。

 俺がしたかったのはミクトにそんなことを言わせるためじゃない。

 どうして何も言い返せない。もう喉にはこれ以上なにほど言葉が詰まっているのに。


「――それは俺もつまらんな」

「「!!?」」


 リビングに響いた声は、俺でもミクトでもない別の誰かの声だった。

 俺たちの意識は一瞬でその声の主に集中させられ、声が聞こえた方に目を向けてみるとそこにはスーツのような恰好に身を包み、こちらを酒の肴にするような目で見ている男の姿があった。

 銀髪ではなく、完全な白髪であるが外見や顔を見てもそこまで老けているようには見えないので老化で染まったわけではないだろう。それよりも何よりも特徴的なのは、目が重瞳であるということだ。両方とも赤い目は二つ入っていて、薄く見せる口許からは鋭い牙のようなものが見えていた。

 急にこの場に現れたことと、人間とは違う独特の雰囲気からして冥界の関係者なのだろう。


「は、ハーデス……」

「ハーデス?これが?」


 ミクトが静かな声でそう呟き、俺はさっき聞いていた話を思い出す。ミクトから聞いていた印象は、死神の中でも最も強く好戦的であるということらしい。後者はまだ分からないが、前者はほぼ間違いないだろう。

 ハーデスからは本当にミクトとも違う、異常な空気を纏っている。野生の本能というのか、ゾンビとしての本能なのか分からないが絶対に敵わないということだけは理解した。


「それで?冥界の死神がわざわざ何の用なんだ?」

「気にするな。ただの暇つぶしでこちらに来ただけだ。ラーミナにミクトのことを連れ帰れと命令したが、なかなか時間がかかりそうだから様子を見てきただけにすぎん」

「あなたが命令を出していたんですね」

「ああそうだ。ミクト、早く冥界に帰って来い」


 人差し指を向けながら簡潔にそう告げるハーデス。特にこの世界に来ている理由も聞かないところを見ると、ミクトの話を聞く気など最初からないのだろう。


「おい、少しは話を――」


 俺が二人の会話に割って入ろうとした瞬間、


「しゃべるな。俺はいまこいつと話している」


 ハーデスは捉えることができないほどの速さで移動し、立ち塞がるように目の前に現れた。

 まだ文句の一つでも言いたかったけど、そんなことを言わせてくれる余裕を与えてはくれなかった。そしてハーデスは再びミクトの方に体を向け、呆れるようにして大きく息を吐き出す。


「お前、何度失敗したら気が済むんだ?」

「……」


 ハーデスの問いかけに対し、ミクトは黙秘を貫こうとする様子だった。

 俺は、ハーデスが口にした『失敗』という言葉が気になり食い入るようにして二人の会話に耳をかたむける。


「これまでもお前は人間になるためと言って、人間と手を組んでいたな。だが結局は人間になれずに終わっている」

「人間になりたい……?」


 思わず声が出てしまった。次声を出したらハーデスに殴られそうだったんので耐えていたが、それを忘れてしまうくらいにはさっきのハーデスの言葉に耳を奪われた。


「そのことは……!」


 ハーデスに隠れていてミクトの顔は見えない。でも、声色から相当に動揺しているのが伺えた。『なぜ知っている』という考えからくる動揺ではなく、『この場で言うな』という意味が込められているような言い方に、ミクトへの不信感が募る。


「ミクト……どういうことだよ。人間になりたいってどういうことなんだよ」


「なんだ。貴様はまだ知らなかったのか」


 ハーデスが意外そうな目で俺のことを見つめる。そして、次にその目は同情のようなものに変わって見下したまま何も言わなかった。

 ミクトは永遠と口を閉じたままで、俺からの問いに答えてすらくれなかった。ハーデスで丁度姿が隠れていることもあり、どんな顔をしているのかも分からず、まるで壁に話しかけているような気分だ。


「なあ……何か言ってくれよ」


 急かすように再びミクトに発言を促す。

 しかし、それでもミクトは言葉一つ発してはくれず沈黙の時間が訪れる。


「つまらん」


 その沈黙を破ったのは俺でもミクトでもなく、間に立っているハーデスだった。

 乾いたような声がリビングに響き、思わずハーデスの顔を見上げる。


「お前はいつまでそうしているつもりなんだミクト。この男はお前が選んだパートナーなんだろう?どうして何も言わないのだ」

「それは……」

「お前のこれまでの失敗。それを考えての行動のつもりか?」

「!!?」

「だとしたらそれはただの愚行だ。現にお前と手を組んでいる男は、お前に不信感を抱いている」


 チラッと俺のことを横目で見てからハーデスは言った。俺も何か言いたかったけど、口を挟めるような雰囲気ではなかったのでハーデスの言ったことからミクトの過去について探ろうとした。


 これまでのハーデスの話を整理すると、ミクトの目的はラナウェイを倒すことではなく人間になること。

 それを俺に話さなかったのは、ミクトの過去に何かトラウマのようなものがあるということだ。そんなことは話を聞いていれば誰にでも分かることだけど、俺が知りたいのはもっと先のことだ。

 ミクトの過去に何があって、どうして人間になりたいと思っているのか俺はそれが知りたい。


「いつまで黙っているつもり――」

「……」


 ミクトに口を開かせようと、圧をかけるように言葉を放つハーデスを遮るようにして俺は前に立った。暫く見えていなかったミクトの表情は、捨てられた子犬のような顔をしていて今にも瞳から涙が零れそうになっていた。


「ハーデス。ちょっと席を外してくれないか」

「……貴様俺に何を言っているのか分かっているのか?」


 俺の提案にハーデスは明らかに乗り気ではない態度を示した。それでも関係ない。今、ミクトと話をするのにはハーデスの存在が邪魔だ。


「いいから外してくれ。お前がいたらミクトと話ができない」

「貴様……!」


 さっきよりも強い言い方で伝えると、ハーデスは余計に怒りを露にする。それは当然のことだ。いまさっき会ったばかりで、自分より格下の存在であるゾンビに上から目線で命令されては腹も立つだろう。

 実際、戦ってみれば俺が確実に負ける。どうやっても死なないにしても、ハーデス勝つことはできないだろう。でも、いまこの瞬間は引くわけにはいかない。それが死神であっても、誰であっても引くわけにはいかない。


 これは俺とミクトの問題だからだ。部外者に口を挟まれてしまってはいけない。


「いいからさっとここから消えろ。俺はミクトに話があるんだ」

「ちっ、仕方ねえ。今日だけは聞いてやる」


 俺が絶対に降りないということを悟ったのか、拍子抜けするくらいあっけなく手を引いたハーデスはそのまま紫色の光に包まれながら姿を消した。


「さて、邪魔者も居なくなったところで話をしようかミクト」


 改めてミクトの方を向き、そう話を持ち掛ける。

 まだ状況が整理できていないのか、ハーデスに追い詰められたからなのかミクトは頷きもしなければ首を横に振ることもなかった。


「ミクト」


 俺はそんなミクトの頬に優しく右手を伸ばす。すると、迷子になっていた瑠璃色の瞳が正しい道のりを経て俺の顔を映す。

「鷺沢さん……?」


 確認をするように俺の名前を呼び、溢れそうになっていた瞳から大粒の涙が一つだけ零れた。

 そして、細かく震える唇をゆっくりと開いて胸を裂くような声で


「ごめんなさい……」


 囁くようにそう言った。

読んでいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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