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レシピを確認した甲示はメモをテーブルの上に置き、まずは皮を作る作業から開始しました。
ココナッツファイン、米粉、塩、カルダモンなどを量り、次々とボールの中に入れ軽く混ぜ合わせます。
「えーっと……。これに熱湯を入れて混ぜる……」
手順を都度確認しながらの作業。
甲示は熱湯を準備する為、片手鍋に水を入れ、コンロでお湯を沸かし始めます。
懸命にモーダカ作りに勤しんでいる甲示の居る台所に忍び寄る1つの影……。
トタッ……。
軽い着地音が甲示の背後から聞こえます。
物音に気が付き振り返る甲示。
……甲示の目に映ったのは、テーブルの上で興味深気にボールに手を伸ばすなーくんの姿でした。
「あっ!だめー!!」
その後の展開が予想出来た甲示は思わず大声を出してしましました。
しかし、甲示のその行動は悪手だったのです……。
甲示の声に狼狽したなーくんはその場で飛び跳ね、着地の時にボールの淵に前足が接触。
ボールは中身を撒き散らしながら床に落下。
カーン!と大きな音を立て床に落ち、数度のバウンドをし、少し転がった後、停止。
災難は続き、ボールが床に落ちた時の音で更にパニック状態に拍車がかかったなーくん。
テーブルの上で暴れ回り、調理器具を次々と落としてしまいます。
床に落ちた調理器具の音に驚き更にパニック……。
手の付けようのない悪循環に陥ってしまいました。
テーブルの上の物を粗方落とし終えたなーくんは、勢いそのまま混乱した状態で部屋を飛び出してしまいました。
甲示が大きな声で注意をしてから1分足らずの出来事。
その間、口をポカーンと開けたまま何も出来ずにいた甲示……。
ピタゴラスイッチも驚愕する程の大惨事。
甲示の不用意な一声から始まった事だったので呆然としてしまうのは仕方がない事なのかもしれません。
「あー……」
なーくんを驚かせてしまった事への罪悪感。
そして、今の惨状……。
甲示は言葉も出ず、しばらく硬直したまま立ち尽くします。
我に返った甲示は箒と塵取りを準備。
床に撒き散らされた粉状の材料を黙々と掻き集め、落とされた調理器具はシンクへ。
「これを使うのは流石にマズイよな……」
床に撒かれた材料を一通り掃除し終えた甲示は塵取りの中身を見ながら呟きます。
材料を無駄にすることに対する抵抗。
しかし、作ったモーダカを最終的に食べるのはガネーシャと言う事を考え、材料は破棄する事にしました。
破棄する事は決定したのですが、塵取りの中身を何処に捨てるのか迷い、床に置いたまま放置します。
そして、調理器具は一度洗い、再度テーブルに並べます。
分量を量り終えた材料は袋の口をしっかりと止めていた為、買い直す必要はなさそうです。
不幸中の幸いと言った所でしょう。
「まだ、床が汚いけど掃除は後でしっかりしよう……」
台所のドアを閉め、気を取り直してモーダカ作りを再開します。
材料を量り直し、先程までの工程までのやり直しが完了。
お湯も無事に沸かし終え、モーダカの皮に使用する生地作りを開始。
米粉や塩などを混ぜ合わせた物に熱湯と油を少しずつ足しながら硬さを調整。
「耳たぶくらいの硬さ……?このくらいかな……?」
実際に自分の耳たぶを軽く摘み、生地の硬さの確認。
耳たぶを摘み生地を摘まむ。その作業を数度繰り返す甲示。
「うーん……。分からない……。耳たぶがもう少し厚ければ分かるかもしれないんだけど……」
硬さの目安が理解出来なかった甲示。
結局、分量通りのお湯を使用し、硬さの調整は問題ない事にして次の作業に移る事にしました。
「えーっと……。あとは一塊に丸めて乾かないようにラップをする」
生地作りの工程を完了。
次は中身の餡作りの作業を開始します。
「水、砂糖、ココナッツ、カルダモンを煮立たせる……」
材料を鍋に入れ、火にかけます。
鍋の中身がグツグツと煮立ち始め、色は徐々に透明から茶色に変化。
「確か写真ではもっと黒くなるまでだった気が……。プリンのカラメルの色より少し黒かったような……」
検索時に見た画像の記憶を頼りに鍋を傾けたり回したりしながら餡の色合いを調整。
まだ煮詰めるのに時間が掛かると予想した甲示はメモを見て作業工程を再確認します。
「この後は……。沸騰して泡が大きくなったら弱火。焦げないようにヘラなどで混ぜ、とろみが出てきたら火を止め荒熱を取って完成か……」
メモをテーブルに置きコンロの方へ向き直る甲示の視線の先にあったものは……。
鍋から立ち上る黒煙!!
甲示は終始から強火で餡を煮立て、メモにも沸騰したら弱火と書いてあったにもかかわらず強火のまま放置。
更には餡を混ぜ合わせもせず、途中でメモを確認する為に目を離す始末……。
「あわわわわわ……」
黒煙を見た甲示は慌てた様子でコンロの火を消します。
火を消した後も鍋から黒煙は立ち上り続けます。
火を消す時に少し黒煙を吸い込み咳き込む甲示。
換気扇の換気だけでは間に合わないと感じ、窓を全開にします。
暫くすると鍋からの黒煙も止み、台所内の煙たい空気の換気をし終え一安心。
失敗した鍋を洗おうとシンクに移動をさせ、水を流し込みます。
……しかし、粗熱が取れた餡は鍋底にこびりつき、一筋縄では落とせそうにない状況。
亀の子たわしに持ち替え、ゴシゴシと力を入れて洗うも表面の餡が削り落ちるのみ。
残念ながら焦げ付いた部分にまでは届いていない様子です。
「……後でゆっくりやろう」
ポツリと呟くと甲示は焦げとの闘いを一旦諦め、別の鍋を取り出します。
「沸騰したら弱火。出来上がるまで目は離さない……」
餡作りの部分を再度熟読。
同じ失敗を繰り返さないように重要な事をブツブツと呟きながらイメージトレーニング。
工程を暗記し終え、再度餡作りに挑戦します。
同じ轍を踏まないよう、火の調整をしっかりとしながら餡をかき混ぜます。
程無くして餡の色は少し濃いめの茶色になり、粘度も良い感じのトロトロ感。
しかし、混ぜ方に斑があったり、火の調整が雑だったりで多少焦げらしき黒い粒々が見え隠れしています。
……が、今回が初めての作業。
ギリギリ及第点と言える出来でしょう。
「よしっ。あとは荒熱を取って完成。……今のうちに皮を作ろう」
粗熱を取る為、一時的に餡を放置。
まな板をテーブルの上にセットし、生地を棒状に伸ばします。
そして、伸ばした生地を適当な大きさに切り分けます。
「えーっと。打ち粉をして伸ばす……。打ち粉って確か生地がくっつかないようにするアレだよね?レシピに書いてなかったから米粉しか買ってないけど米粉で大丈夫かな?」
メモを書き写していた時には何の疑問も持たなかった一文に戸惑う甲示。
今更強力粉などを買いに行く事も出来ず、米粉での代用を試みます。
まな板の上に米粉を薄く広げ、切り分けた生地を1つ置き、手の平で押し潰すように伸ばします。
手を放してみるとまな板には付かず、甲示の手に生地が付きます。
「大丈夫っぽい」
打ち粉の効果を実感した甲示はレシピ通り周囲より中央を少し厚めにしつつ生地を伸ばしていきます。
程無くして1つ目の生地が完成。
「手で伸ばすのって少し面倒……。麺棒みたいな物があれば良いんだけどな……」
甲示は台所を見渡します。
……ですが、めぼしい道具はありません。
「うーん……。菜箸とかは転がらないように角があるし、ペンとかは使えそうだけど……。衛生面がな~……」
色々と考えた挙句、道具の使用を諦めます。
残りの皮も伸ばし終え、餡を詰める作業に移ります。
「中央に餡を乗せ包む……?どう包むんだろう?見た目は肉まんとか小籠包みたいな感じだったけど、そもそもアレってどう包んでるんだろう?」
メモを取っていた時には気にならなかった事。
実践して初めて気が付く疑問。
しかし、皮も餡も作り終わっている状況です。進める他ありません。
甲示は悩んだ挙句、雑な餃子の包み方の様な感じで包む事にしました。
皮の中央に餡を乗せ、半分に折り半月状にし、見様見真似でひだを4つ作り、力を込め無理矢理圧着。
「よしっ!」
全く良くありません……。
何故か満足気に1つめのモーダカ(蒸す前)を完成させた甲示。
同様の方法で残りの皮に餡を詰めていきます。
そして、最後の1つ……。
「少し多いけど大丈夫かな」
餡の配分を見誤った甲示。
今まで詰めた量の倍近い量の餡を皮の中央に乗せ、包もうと試みます。
……ですが、皮を半分に折った時点で両サイドから溢れ出る餡。
「うわっ」
溢れ出た餡が手に付き、思わず声が出てしまいました。
しかし、声を出した所でどうする事も出来ず、そのまま無理矢理に皮の口を閉じます。
一応、全ての餡を包む工程が完了。
餡の所為で少しべとつく手を洗い最終工程に移ります。
「あとは中火で蒸して完成っと」
手を洗い終えた甲示は更に鍋を用意。
生前、母親が使用していた折り畳み式の蒸し器をセットします。
水を張りモーダカを乗せ、蓋をして着火。
キッチンタイマーをセットし、あとは蒸しあがるのを待つのみ……。
~待つ事約20分~
ピピピピッピピピピッピピピピッ
指定時間が経過した事を告げるタイマー音が鳴り響きます。
タイマーを切り、火を止め、蓋を開け中身を確認。
白い湯気が立ち込め一瞬甲示の視界を奪います。
湯気が霧散し、鍋の中身が露わになります。
「出来たのかな?」
菜箸を持ちモーダカを軽く突いてみます。
「……分からない」
実物を見た事が無いので当たり前です。
少し悩んだ末、甲示は完成したモーダカをタッパーに詰めます。
「まあ、もしもの時は余熱?で火は通るでしょ」
勝手なアレンジ。火の調整が下手。味見をしない。などなど料理初心者がやりがちな過ちを一通り犯しながら、なんとかモーダカを完成(?)させる事が出来ました。
そして、楽観的な考えでタッパーに詰め終えた甲示はチラリと視線を移し時計を確認。
時計の針は15時52分を示しています。
「微妙な時間……。モーダカって日持ちするのかな?」
どうやら甲示はモーダカを隠世に持って行くべきかを悩んでいるようです。
甲示は手元にあるモーダカの出来には満足している様子ですが、第三者からすると日を改めて作り直した方が良いと思わせる出来栄え……。
「なーくんの食事の時間には間に合う気がするし……。出来立ての方が良いよね」
隠世へ行く事を決意した甲示はリュックにモーダカを詰め山の祠を目指します。
~山の祠前~
「少し急いだ方が良いかも……」
赤く染まり始めた空と斜陽を見た甲示はポツリと呟き、隠世へ移動します。
~有珠邸~
「ごめんくださーい」
「おや?甲示君、何かあったのかい?」
甲示の声掛けに対応したヘルメス。
甲示の予想外の訪問に疑問を投げかけます。
「はい。ガネーシャ様の好きな食べ物をお持ちしました。ガネーシャ様は戻られていますか?」
「もう正解に辿り着いたの?予想以上に早かったね♪ガーくんなら戻ってきてるよ♪それに、今、新アイテムの試験中だから丁度良いかも♪」
「新アイテム?」
「まあまあ上がって♪見れば分かるよ♪」
ヘルメスに促されるまま家に上がり部屋へ移動します。
部屋に入ると有珠とガネーシャの姿を確認。
有珠は普段通りですが、ガネーシャは前回とは違い大きな看板を手にしています。
「ガネーシャ様、お待たせしました。先程はなーくんがご迷惑をおかけしました。それと、馴れ馴れしく『ガーくん』とお呼びしてしまい申し訳ありませんでした」
甲示は先ずガネーシャの許に行き謝罪をします。
【問題ない】
ガネーシャが手にしている看板に文字が表示されました。
「ほぇ?」
看板の変化に気が付いた甲示が素っ頓狂な声を上げ反応。
「それがさっき言ってた新アイテムだよ♪手にしている者が相手に思っている事を伝える事が出来るアイテムだよ♪」
「す、凄い!!じゃあ、ガネーシャ様はなーくんが迷惑をかけた事は問題がないと思っていると言う事なんですね?」
【それもある】
「それも?」
【ガーくんで問題ない】
「変換し難い単語も存在するのが玉に瑕じゃが、今の所は問題なく動いとるようじゃのぅ」
性能は見ての通り。
有珠もヘルメスも詳しく説明する必要はないと考えているのか、説明する素振りを見せません。
「持ってみても大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ♪」
「ガネーシャ様、申し訳ありませんが少しお借りしてもよろしいでしょうか?」
【ガーくん】
「いや、流石にそれは……」
【ガーくん】
遠慮する甲示と譲ろうとしないガネーシャ。
大きな看板風のアイテムを借りようと手を伸ばした甲示ですが、ガネーシャは先程まで片手で持っていた看板を両手で抱え込むように持ち替えます。
更に余っている2本の腕で甲示が触れようとするのを阻止しながら表示されている『ガーくん』の文字を甲示の視界に入るよう移動させたり角度を変えたりしながら圧を掛けます。
────甲示とガネーシャ、暫く間の攻防戦。
「ガーくん……。お借りしてもよろしいでしょうか?」
根負けしたのは甲示でした。
甲示の発言を聞き、満足した様子で看板を手渡すガネーシャ。
看板には『ため口でも良いよ』と表示されていますが、甲示は見なかった事にして看板を手にします。
「重っ……」
看板の大きさは横幅約100cm、縦幅約70cm。
持ち手の部分を含めると高さは甲示の身長よりも少し高い程度なので170cmと言った所でしょう。
重量もそれ相応にあり、10kg~15kgと予想されます。
ガネーシャが軽々と扱っていたので甲示は油断していたようです。
「持ち手に触れている者の思考を読み取り表示するアイテムじゃ。名付けて『考察し高察する高札』じゃ」
「また長い名前……。しかもダジャレ……。『プチ出の小槌』の様なスマートな感じが呼びやすいのに……」
有珠の名付けに不満気な甲示。
ついつい本音をポロリと呟いてしまいます。
「あれは大黒が名付けたものじゃ」
「だから言ったじゃないですか♪もっと普通に名付けましょうって♪私の提案した『トランスレ板』の方が良かったんですって♪」
【ヘルメス様の名付けも微妙。団栗の背比べ。でもヘルメス様の方が短いから若干良いかも】
甲示の心の声を看板が反映し表示されます。
「甲示君……。私はショックです」
ヘルメスが何を言っているのか理解出来ていない甲示。
甲示は看板に自分の心の声が表示されている事に気が付いていないようです。
「考察し高察する高札を見てみるのじゃ」
有珠に促され看板の正面を覗き込むようにして確認します。
そこには甲示の心の声が……。
「あわわわわわ……」
驚いた拍子に看板を手放す甲示。
看板がバランスを崩し倒れかけますが、ガネーシャが手を伸ばし支える事で難を逃れました。
「すみません」
有珠とヘルメスに対する謝罪なのかガネーシャに対する感謝なのか微妙なニュアンス。
【気にしないで大丈夫】
一番早く反応したのはガネーシャの心の声でした。
「ありがとうございます。……有珠様、1つお聞きしたいのですが、これは日本語にしか対応してないのでしょうか?」
看板を見ていた甲示が素朴な疑問を有珠に投げかけます。
「そんな事はないのじゃ。甲示よ、それを使ってガネーシャに何でも良いから話しかけてみるのじゃ」
「はい」
ガネーシャに支えてもらっていた看板を受け取りガネーシャに話しかけたい事を思い浮かべます。
看板には【モーダカをお持ちしました】と表示されています。
「ガネーシャよ。そこに書かれている文字をこれに書き写してみるのじゃ」
有珠はガネーシャに紙を渡しながら指示を出します。
ガネーシャは軽く頷き、紙に文字を書き出します。
【मैं मोडैक लाया】
「あれ?」
甲示は看板に書かれている内容を再確認します。
「日本語で書かれているのに……?」
「見る者の扱う言語によって見え方が変化するのじゃ」
「おぉ!!」
これ以上ない素晴らしい機能に歓喜の声が漏れてしまいます。
「でも、文字を使わない相手の場合はどうなるんですか?」
「それは……」
「それは?」
「使えんのぅ」
有珠の回答に思わずズコーッとベタな反応を見せる甲示。
「まあ、それは仕方ないですね……。でも、とっても便利!!」
「でも逆の事は出来るよ♪」
「逆……ですか?」
ヘルメスが手短に補足をするものの甲示は理解出来ていない様子。
首を傾げ、疑問を口にします。
「うん♪例えば、甲示君がなーくんに伝える事は出来ないけど、なーくんが甲示君に何かを伝える事は出来るって事だよ♪」
念いを文字に変換して相手に伝えると言う事は伝えるべき相手が文字を使用出来るか否かが唯一の条件なのでしょう。
つまり、看板の機能を使用出来るか否かは伝えるべき相手次第で使用者の条件は無し。
「なるほど」
ヘルメスの説明を聞き納得する甲示。
【それで甲示、持ってきたものは?】
ガネーシャの持つ看板の文字が変化。
ガネーシャは看板の話よりもお題に対しての甲示の回答の出来の方が気になるようです。
「そうでした。これです!」
看板を確認した甲示が少し慌てた様子でリュックからタッパーを取り出します。
甲示はガネーシャに直接手渡すべきか少し悩んだ末、テーブルに置きました。
ガネーシャのみならず、有珠とヘルメスの評価が欲しかったのかもしれません。
「開けても良いかい?」
タッパーを指差し、ヘルメスが甲示に質問をします。
「はい」
自信有り気に返事をする甲示。
甲示の返答を聞き、この場に居る全員の視線がタッパーへと集まります。
全員が甲示の持ってきた回答に興味津々のようです。
「ぎょう……ざ……?」
ヘルメスがタッパーの中身を確認して困惑しながら感想を述べます。
餡の包み方が分からなかった甲示が見様見真似で餃子の包み方を採用したのでヘルメスの感想も致し方ないでしょう。
「違いますよ。モーダカですよ。モー・ダ・カ!」
「これが……?」
甲示の返答を聞いて尚、信じられないと言う表情を隠しきれないヘルメス。
目の前にある『モーダカ』と主張された物体は例え餃子だとしても歪な形。
見た目の段階で不安材料しかないのでヘルメスが半信半疑で問い直してしまうのも無理はない事なのかもしれません。
「見た目はアレですけど、しっかりレシピ通り作ったので味は問題ないと思います」
レシピ通りとは……?と疑問を持ちたくなりますが甲示は何故か自信満々の表情。
タッパーをテーブルの中央に移動させます。
「「「……」」」
テーブルの中央に置かれたモーダカを眺めながら押し黙る3人。
見た目と味は別物だとしても、眼前にある禍々しいオーラを放つ物体はどう考えても見た目と味が一致していると予想が出来るほど酷い見た目。
全員が心の中で『どう処理すべきか?』と悩み、アイコンタクトで意思疎通を試みます。
「こ、今回はガーくんの依頼なので~……」
「!?」
どうやらアイコンタクトでは解決しなかったようです……。
ヘルメスの思いもよらぬ一言でギョッとした表情を浮かべ、声にならない声を出すガネーシャ。
味方だと思っていたヘルメスが伏兵だったのです。
……いや、伏兵と言うよりは只の裏切り。
または保身の為にガネーシャを生贄にして逃走したと表現しても良い行為。
ガネーシャは軽くヘルメスを睨みつけますが、ヘルメスはサッと目を背けます。
何か助かる手立てはないかと懇願するような眼差しで有珠を見つめます。
……が有珠もヘルメス同様に目を逸らし、俯いたまま微動だにしません。
甲示の圧と有珠とヘルメスの我関せずを貫き通そうとする強い意志を感じ取ったガネーシャは諦めます。
意を決しタッパーからモーダカを1つ手に取り、プルプルと震える手を恐る恐る口に運びます。
「どうですか?」
甲示に問われるが時間稼ぎの為に一生懸命咀嚼し続けるガネーシャ。
正直、可もなく不可もなく……。
いや、寧ろ不可。
お世辞にも美味いとは言えない。
正直マズイと感じざるを得ない味。
どう返すのが正解なのか……。
咀嚼しながら悩むガネーシャ。
暫く目を瞑りながら咀嚼をして回答を考えていたガネーシャですが、嘘をついて褒めても甲示の為にならないと思い至り、正直に自身の感想を伝える事にしました。
看板を手に取り、甲示への返答をします。
【40点★2.5】
『正直に』と考えたものの、かなり甘めの採点。
ガネーシャの本心としては30点以下。
しかし、お題を出してからのスピード感などから熱心さを感じ取っての加点。
「見た目はアレですが、意外としっかりとしてるんですね♪」
ガネーシャの心許りの優しさ採点を真に受けたヘルメス。
ガネーシャを毒見係とし、ある程度までの味の保証があると思い込んだヘルメスはモーダカを手に取り、口に放り込みます。
「……ッ!!」
噛んだ瞬間に訪れる微妙な甘み、苦みと仄かに口内で広がる独特の臭み。
悪い意味で甘みと苦みが主張します。
苦みと独特の臭みの原因は餡の焦げ。
完全に餡作りの雑さと味見をしなかった甲示の落ち度です。
口に含んだモーダカの処理方法に困窮し、汗が頬を伝います。
(さて、どうしたものか……)
ヘルメスの場合、ガネーシャとは違い咀嚼するフリ。
モーダカ本体は中央に残し、皮の端の部分を軽く咀嚼しながら口内のモーダカの処理に思いを巡らします。
「どうですか?」
部屋をこっそり出てから甲示の見ていない所で吐き出して処分しようと決めた矢先の出来事。
テーブルに手をついて立ち上がろうとした瞬間、甲示からの質問。
甲示に問われた事でヘルメスは完全に逃げるタイミングを失ってしまいました。
始めに噛んだ部分を基点にし、モーダカを2分割。
半ば無理矢理2回に分け飲み込みます。
「う、うん……。モーダカは初めて食べたけど、想像していたのと違って独特な味だったよ……」
いつもの軽いノリとは違い、テンション低めに答えるヘルメス。
『独特』『個性的』『独創的』などなど……。味を評価する時は『マズイ』をオブラートに包んで使われる事の多い常套句です。
「本当ですか!?そう言ってもらえると頑張った甲斐があります」
そんな事とは露知らず、素直に褒められたと勘違いをして歓喜する甲示。
甲示の喜ぶ姿を見て複雑な気持ちになったヘルメスは原因の一端を担っているガネーシャを一睨。
お題を出した事に関する責任はあるものの、その他の行動はヘルメスの自己責任だと考えているガネーシャはヘルメスを無視します。
「じゃあ、報酬の話に移ろうか……」
未だにテンションの低いヘルメス。
モーダカの話から違う話へ変更したいのか、強引に報酬の話を切り出します。
相当衝撃的な味だったのでしょう。
「因みにですが、一番良い報酬って何を予定していたのでしょうか?」
【これ】
甲示の問いに答えるガネーシャ。
看板を指差し、表示されている文字で甲示も理解します。
「なるほど……。確かに良い品ですね」
甲示も納得の報酬のようです。
しかし、今回の採点は40点。
満額報酬とは考えられません。
「それで、今回の報酬はどうなりますか?」
【これ】
「へ?」
ガネーシャの思わぬ返答に間の抜けた声を出す甲示。
【但し条件がある】
「条件?」
【たまに美味しいモーダカ持ってきて】
「僕が作ったので良いですか?」
甲示の問いに暫時固まるガネーシャ。
正直、甲示の手作りモーダカでは不満なのでしょう。
【ガー、油嫌い。お腹壊すから油使わないで。中身焦がさないで。しっかり包んで。もっと上手に作れるようになってね】
色々とガネーシャからの注文が表示されます。
今回40点になった原因一覧と考えるのが妥当でしょう。
甲示が次回以降モーダカを作る際の改善点一覧と言い換えられるガネーシャからの注文。
「はい。今回は間に合わせの材料もあったので次は今回よりも美味しいモーダカを作れるように頑張ります」
『完璧』とは言っていたのものの甲示にも改善点の心当たりはあったようです。
甲示の主張する改善点以前の問題が山積みの様な気もしますが……。
「まあ、双方が納得したならそれで良いのじゃ。今回の依頼は無事達成と言う事にするかのぅ」
ガネーシャの依頼を熟し、報酬として『考察し高察する高札』を入手。
しかし、甲示には1つ疑問があるようです。
「有珠様、このアイテムを現世に持ち出す条件や制限はありますか?」
それは、現世ではオーバーテクノロジーになり得るアイテムに対する制限。
言うまでもなく今回のアイテムもその一種。
現世にも自動翻訳する機械などは一応あるものの、完璧には程遠く、誤訳なども多い状態です。
しかし、今回のアイテムは心の声を相手の扱う言語に置き換える事の出来るアイテム。
贔屓目に見てもオーバーテクノロジーと言わざるを得ない代物。
甲示が疑問に思うのも無理はありません。
「今回、制限は無しじゃ」
「へっ?ほ、本当ですか!?」
「うむ……。じゃが……」
「じゃが?」
制限はないものの、他の問題がありそうな雰囲気。
有珠は少し間を置き、続けます。
「それはガネーシャとお主がコミュニケーションを取る為に考案したアイテムじゃ。現世に持ち帰るのは自由じゃが、毎回持ってくるかガネーシャとのコミュニケーションを諦めるか選ぶ必要があるのじゃ」
「うーん……」
有珠の言葉を聞き、私生活での出来事を色々と思い浮かべながら悩む甲示。
現世に持って帰るべきなのか……?
隠世に残しておくべきなのか……?
暫く悩んだ末、甲示の出した答えは……。
「分かりました。置いておく事にします。ガーくんに預けておいても大丈夫ですか?」
【問題ない】
「本当に持って帰らなくて大丈夫かい?」
「はい。現世で使う場面が思い浮かばなかったのと、万が一使う場面があったとしても何処で手に入れたのかを問い詰められると困るので」
ヘルメスの問いに素直に答える甲示。
その言葉を聞いた誰も口を出す事無く受け入れます。
もしかすると全員『考察し高察する高札』を持ち出してほしくなかったのかもしれません。
「お主が納得するなら何でも良いのじゃ」
「ありがとうございます。……では、今日はモーダカを持ってきただけなので失礼します」
「少し待つのじゃ」
今回の用件を済ませ退室しようと立ち上がる甲示ですが、有珠に呼び止められ中腰の状態で止まります。
「はい、何でしょうか?」
「まだ客が来る事はないとは思うが、ちょくちょく顔を見せるのじゃ」
「そうですね♪何方か交易したい方が現れるかもしれないので偶に確認に来てください♪店番は私とガーくんがやっておきます♪当人が居なくても伝言とかがあるかもしれませんので、その辺りの手配はお任せください♪」
「了解しました。ガーくんは住み込みですか?任せても大丈夫なんでしょうか?」
【問題ない】
「ガーくんもこう主張してますし問題ないでしょう♪元々マスコット兼従業員として来てもらってますので♪」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
【オーケー】
「他に何かありますか?」
「それだけじゃ」
「僕も特にないので失礼します」
甲示は立ち上がり、一礼をして退室。
甲示が玄関を出る音を聞き、3者が同時にテーブル中央のモーダカを覗き込むように動きます。
「……さて、どうしましょうか?」
甲示の持ってきたモーダカ。
残り5つ……。
処理に困る3者。
【ゆず食べてない】
「ワシには関係のない話じゃ!!」
「そうですね♪今回はガーくんの依頼なので♪」
【!?】
【ヘルメスが勝手に依頼した。ヘルメスの責任は重大】
「何を仰っているのですか?……やはり、有珠様も1つは食してみた方が良いと思います♪」
【そうそう。それで残りは分ければ良い。ゆず2、ヘルメス2、ガー1】
「ヘルメスとガネーシャ、それぞれ2.5個ずつで問題ないのじゃ!!」
…………
……
その後も醜い争いは続くのであった……。
一方、現世に戻った甲示は……。
「ただいまー。なーくん戻ってるー?」
すっかり日は沈み、街灯と民家などから漏れる明かりが街を照らす頃、甲示は自宅に到着しました。
帰宅しているか不明のなーくんに向け玄関から声を掛けます。
居ても居なくても基本的に返事はありません。
独り言のように「ただいま」と呟くのを嫌い、何とは無しに声を掛けている体を取っているだけ。
甲示としてもなーくんからの返事は期待していません。
ただ、偶に玄関まで歩いてきたり、顔を覗かせてくれたり反応があると嬉しくなるのは否定出来ないのは事実。
例えそれがエサを強請る時だけだったとしても……。
そして、今日もそれは同じ。
日は暮れているとはいえ、まだ夕食には少し早い時間帯。
なーくんからの反応はありません。
甲示も声を発した事で満足をし、夕食やなーくんのエサを準備する為、台所へ足を運びます。
「今日は色々あって疲れたなー……」
独り言ちながら台所の扉を開けた甲示は硬直します。
「な、なんじゃこりゃー!!」
床は粉で白く染まり、シンクには焦げた鍋などの山……。
そして、テーブルの上は散らかり放題。
荒れ果てた台所の姿。
そう、甲示はモーダカを作り終えた事に満足し、そのまま隠世へ向かっていました。
なーくんを驚かせてしまった一件から色々な失敗や後片付けをしていない事……。
その全てを今の今まで頭から抜けていた甲示。
『料理』と言う名の戦をする場所。
『戦場』と化した台所に残る『傷跡』は要所要所に深く刻まれています。
「はぁ……。こんなに散らかしてたのか……。僕……」
戦場に立っていた時には気が付かなかった惨状。
一度、戦地を離れ冷静になって初めて気が付く事もあります。
甲示は溜め息をつき、ガックリと肩を落としてしまいます。
洗面所に移動をし、掃除道具一式を手にして台所へ帰還。
テーブルなどの高い位置の片づけを済まし、残すは床とシンク内の汚れ物のみ。
「なー」
そんな折、なーくんが帰宅しました。
「あっ、なーくんおかえりー」
雑巾片手に四つん這いの状態でなーくんに声を掛ける甲示。
「なー」
「ごはん?ちょっと待ってね。今、台所の掃除してるから終わってからね」
なーくんの夕食の準備をせず、雑巾掛けを続ける甲示。
「……な゛ーーー!!」
一向に食事の準備をする気配のない甲示になーくんは飛び掛かります。
「ギャー!!イタイイタイ!!ゴメンって。今、準備するからー!!」
こうして無事、下僕の躾を完了し、食事に有り付き満足気ななーくん。
それとは対照的に、なーくんが暴れ回った時に掃き溜めていた粉を荒らされ、掃除をし直す羽目になり、踏んだり蹴ったりの甲示なのであった……。
─ つ づ く ─