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大きなネズミに乗り、有珠邸の玄関前に移動する甲示と着ぐるみ(?)の2人。
「ヘルメス様―、ちょっと来てもらっても宜しいでしょうか?」
甲示はネズミから降り、玄関の戸を開けヘルメスに声を掛けます。
暫く待つと、足音と共にヘルメスが廊下を歩いてくる姿が確認出来ました。
「甲示君、どうだった?」
「はい、ログハウスの中も見てきました。それで、あのー……。マスコット?の方がお見えになられていたのでお連れしたのですが宜しかったでしょうか?」
ヘルメスは甲示の後ろに立つ着ぐるみ(?)に目をやります。
「おぉ♪意外と早い到着だったね~♪さぁさぁ、立ち話も何だから上がって上がって♪おや?今日はムシカ君も一緒なのかい?蔵の近くにグリフの寝床があるから、ムシカ君はそこで休ませておくと良いよ♪」
ヘルメスは蔵のある方向を指しながら着ぐるみ(?)に話し掛けます。
因みにグリフとは現在、家出中のグリフォンの事です。
家主不在の為、使用しても問題が無いのでしょう。
着ぐるみ(?)はヘルメスの言葉を聞くと、大きなネズミを連れて蔵の方へと歩いて行きました。
「ムシカ君……?」
「あの大きなネズミの名前だよ♪お店の運用の話とかもあるから、甲示君も上がって♪」
「はい」
ヘルメスは甲示の質問に答え、甲示を招じ入れます。
「有珠様、お邪魔してます」
居間へ案内され、入室した甲示は茶を啜る年配の男性に挨拶をします。
「待って居ったぞ甲示。して、栗羊羹は無いのかのぅ?」
甲示に声を掛けられ、姿を確認した有珠は返事がてら軽い会話をします。
「ありません!」
有珠の第一声に甲示は少しイライラした様子で返します。
「まぁまぁ、甲示君も座って♪今、お茶持ってきますね♪」
ヘルメスは甲示の肩を掴み半ば強引に座らせると、お茶の準備をする為、奥の部屋へと姿を消します。
甲示は座布団の上で丸くなっているなーくんを見遣ります。
暫くするとヘルメスがお茶を3つお盆に乗せて戻ってきました。
それとほぼ同時に着ぐるみ(?)もムシカを所定の場所に待機をさせ居間へと到着。
着ぐるみ(?)が空いている席に座ろうと移動を開始したその時……。
聞き覚えの無い足音で目を覚ましたなーくんが着ぐるみ(?)の姿を確認し、普段見る事の無い異形の姿に驚き、飛び出す様に部屋から逃亡してしまいました……。
「あー……なーくん……」
「逃げちゃいましたね……。きっとすぐに戻ってくるでしょう♪」
ヘルメスはあまり気にするでもなく申し訳程度に反応します。
そして、ヘルメスはボーッと佇む着ぐるみ(?)に声を掛け、話をし始めました。
「はいはい♪ガーくんも座って♪今日はタイミング良くガーくんも合流したので、色々なお話があります♪」
ヘルメスはお茶をテーブルに置きながらガーくんと呼ばれた着ぐるみ(?)の座る席を示唆しながら着席を促します。
「お話?ログハウスと交易のお仕事の件でしょうか?」
「主題はそうだね♪有珠様と話し合った結果、改善点もあるからそう言う話もね♪甲示君とガーくんが同時に来るとは予想してなかったから、別々に話す事になるかなって思ってたんだよね♪だから、ガーくんに関係の無い話が多いけど大丈夫かい?」
ヘルメスは甲示の質問に回答しつつ、ガーくんに質問を投げかけます。
ガーくんは首肯する事により意思表示をします。
それを確認したヘルメスは話を続けます。
「じゃあ、まずは改善した点から説明すよ♪有珠様『アレ』お願いします」
「うむ」
ヘルメスから促され、有珠は懐から1枚のカードを取り出しました。
「カードですか?」
「そうじゃ」
疑問を口にする甲示に有珠はカードを手渡します。
甲示はカードを受け取ると、カードの表裏を何かを確かめる様に、じっくりと眺めながら質問をします。
「このカードは何に使うんですか?」
どうやら、カードを観察しても何も情報を得られず、理解も出来なかったようです……。
「通貨みたいなものだよ♪ポイントカードとかクレジットカードの類って言えば理解し易いかな?」
「名付けて……『神通力ード』じゃ!」
「じんずうりきいちど……?」
「だから言ったじゃないですか♪文字にしないと伝わらないからダメですよって♪」
「どう言う事ですか?」
「神通カードだね♪カタカナの『カ』と『長音符』を『力と一』って読んで神通力一だよ♪それで、残った部分が『ド』だね♪神通力は分かるかな?人には使えない不思議な力の事だよ♪」
「……」
ヘルメスの説明を聞き、カードを眺めたまま黙る甲示。
恐らく反応に困っているのでしょう……。
「どうやって使うんですか?『神通力』とは『神通力』と同じものでしょうか?」
甲示の出した答えは『アイテムの命名理由を聞かなかった事にする』でした。
「そうだね♪甲示君は『じんずうりき』じゃなくて『じんつうりき』派なんだね♪」
「名前の件を無視するでない」
何事も無かったかのように話を進める甲示とヘルメス。
有珠は名前にも触れてほしかったのか2人の話を中断させます。
「触れた方が良かったですか?」
「今後の名付ける際の参考にするので、感想くらいは聞きたいのじゃ」
反応を見れば聞く必要は無いと思いますが、具体的な意見を聞く事で次回以降の命名に活かせる可能性があると考えたのでしょう。……たぶん。
もしかしたら、単純に感想を聞きたかっただけなのかもしれません。
「そうですね……。普通に『神通力カード』か『神通カード』で良いのではないでしょうか?それと、発音し難いのも難点ですね」
甲示も多少は気を遣い、オブラートに包みながらダメ出しをし、代案を提示します。
予想は出来ていましたが、甲示の口からは否定的な意見しか出ません。
「まあ、お主がそれで良いならそれでも……。じゃが、古来より『言葉』には力が宿るとされておるのをお主は聞いた事が無いかのぅ?言霊と呼ばれる物なのじゃが────」
甲示の感想を受け、何やら有珠が語り始めました。
「はいはい♪じゃあ、甲示君の意見を採用して『神通力カード』にしましょう♪」
言霊について熱く語り続ける有珠を無視し、ヘルメスが勝手に改名してしまいました……。
「ヘルメス様『神通力カード』も少し長いので『ツーカ』などと略しても大丈夫でしょうか?僕的には『じんずうりき』よりも『じんつうりき』の方が聞き馴染みがあるので『通カ』です。日本語の『通貨』とも発音が同じなので理解もし易いです」
ヘルメスの勝手な改名からの流れの序でに略称の許可申請する甲示。
「日本人って略称が好きだよね♪有珠様の命名よりセンスがあるし、分かり易いんなら良いんじゃないかな♪でも『通貨』と『ツーカ』全く同じ発音で混同しないかい?お金の話をする機会は少ないと思うけど、話してる途中でどっちの話か混乱する可能性はない?」
「言われてみれば……。じゃあ『神カ』でも大丈夫でしょうか?」
「『ジンカ』じゃなくて『カミカ』ね♪発声もし易いし良いと思うよ♪」
甲示の説明を聞き、ヘルメスが一部修正した案を提示。
ヘルメスの案を聞き、甲示が再提案。
ヘルメスも甲示の案に納得し、略称も決定しました。
有珠は有珠で延々と『言霊』について熱く語り、甲示とヘルメスはカードの改名話で盛り上がる。
そして、ガーくんは黙って3人の動向を見守っている状況。
何とも言えないカオスな空間が広がっています……。
暫くすると全員が落ち着きを取り戻しました。
「それで有珠様、この『カミカ』はどのように使用するのでしょうか?」
「そう逸るでない。あとの説明はヘルメスに任せるのじゃ」
「お任せください♪基本的に甲示君は交易相手と交渉をして────」
掻い摘んで説明すると……。
1.基本的には甲示と交易相手とで交渉をして交易する物品と報酬を決める。
以下の2つの場合は『カミカ』の出番となる。
2-1.甲示が相手の提示したアイテムでは釣り合いが取れないと感じた場合。
3-1.甲示が隠世に持ち込む物をポイントに換算し支払ポイントを提示。
4-1.交易相手がポイントで支払い。
2-2.有珠が現世には持ち出せないアイテムと判断した場合。
3-2.現世に持ち出せないアイテムを有珠がポイントに換算する。
4-2.有珠がアイテムを回収しポイントと交換する。
5.ポイントで有珠から何かしらのアイテムの制作依頼を出したり購入が可能。
「────ってな感じです♪有珠様、何か補足説明はありますか?」
「ポイントについてじゃが、1ポイントで『プチ出の小槌』100振り分と交換可能じゃ。逆に『プチ出の小槌』で貯めた10円分を1ポイントにも交換可能じゃ。勿論、最終的に双方が納得出来ない場合は交渉決裂。不成立で終わる事も有り得るのじゃ」
「そうでしたね♪その説明を失念していました♪甲示君、何か質問はありますか?」
ヘルメスの解説と有珠による補足でポイント制度の説明は一応終了したようです。
「はい。2つ質問よろしいでしょうか?」
「何だい?」
「1つめの質問は『プチ出の小槌』とのポイントの交換についてですが、100振りって確か期待値は5円ですよね?何故、逆は10円で1ポイントなのでしょうか?」
甲示の1つ目の疑問点は交換率の差異についてです。
2つの違いに疑問を呈した甲示。
「……余計な事には気が付くんじゃのぅ」
甲示の質問を受け、有珠が小声で呟きます。
「えっ?何か言いましたか?」
どうやら有珠の呟きは甲示の耳に届いていなかったようです。
「何でも無いのじゃ。気にするでない。多少の手数料は必要なだけの話じゃ。それに、10円は10円で固定じゃ。変化する事は無いのじゃ。しかし、期待値は所詮期待値なのじゃ。ブレもあるしのぅ……。1ポイント100振りの方が10円1ポイントより得する可能性も極々僅かながらあるじゃろぅ?お主の世界でも売り値の方が買い取り価格より高いじゃろぅ。同じ事なのじゃ。単なる上下関係の話なのじゃ」
先程の呟きは無かった事にし、有珠は説明をします。
納得出来るような納得出来ないような微妙な説明です。
しかし、1振り1~9銭。100振りで最大900銭です。
つまり、最大で9円。
得する事の無い交換率なのは確実です……。
それだけではなく、交換にかかる金額は倍。暴利と言わざるを得ないでしょう。
「なるほど……。言われてみれば納得です。10円を有珠様に渡して1ポイントにしてもらう事も可能ですか?」
甲示は有珠の説明に何の疑いも持たず鵜呑みにし、交換率の違いによる損には全く気が付く様子がありません。
そして、有珠の説明を聞き疑問に思った事を口にしました。
「それは無理なのじゃ。必要なのは10円相当の『神通力』であって10円では無いのじゃ。お主が小槌を振る力を『神通力』に変換して『プチ出の小槌』に貯めてあると考えれば分かるかのぅ?『プチ出の小槌』の能力も直接お金が出る事は無いと説明したのも同じ原理だと考えれば良いのじゃ」
「甲示君が何かを売ろうとして、現金での取引をしたいのに物々交換をしたいって言われても困る感じかな♪少し分かり難いかな?まあ、現金とポイントの直接交換は不可能って事を理解してれば十分だよ♪」
有珠の説明での不足部分をヘルメスが補足します。
例え話が少し微妙な気がしますが、有珠が取引出来と言っている以上、無理矢理取引する事は不可能です。
通貨の違いと言う事で納得するしかないでしょう。
日本で支払いをする時にドルなどの他国の通貨を出されても困りますしね……。
「そうですね。交換が出来ないって事は理解しました。次の質問をしても宜しいでしょうか?」
「うむ」
甲示は難しい事には触れず、『無理なものは無理』そう言うものだと納得したようです。
そして、2つ目の質問に移ります。
「アイテムをポイントに変換する場合と、有珠様からアイテムを購入する場合のポイントはどのように決まるのでしょうか?」
「基本的にはワシの言い値じゃが、多少の交渉は可能じゃ。しかし『打ち出の小槌』を現世に持ち出せるように『プチ出の小槌』に変更する様な制限を加える様な改造は無料で行うのじゃ。これはワシらの事情なので致し方ないのじゃ」
「制限を加える場合は無料。何かを作ってもらって購入する場合はどのような流れになりますか?」
「例えば『打ち出の小槌』を売却して『タラリア』を購入する場合は、『打ち出の小槌』をまずは有珠様が鑑定をし、買い取り価格を決め甲示君へポイント付与します♪次に甲示君が有珠様に『タラリア』の作成を依頼します♪出来上がったら甲示君が有珠様にポイントでお支払いして、商品の受け渡しって感じの流れだね♪直ぐに欲しいアイテムが無い場合はポイントで貯めておいても問題無いよ♪」
「制限を掛ける場合は制作前に事前通知するから安心するのじゃ」
「分かりました。ご説明ありがとうございます」
「うむ。使用して不明な点があれば都度聞くが良い。それと次、隠世に来る時は『プチ出の小槌』を持ってくるのじゃ。試運転は必要なのじゃ」
「はい。……今、取りに戻っても宜しいでしょうか?」
「構わんのじゃ。……では、お主が戻るまでの間に色々と準備でもしておくかのぅ」
「ヘルメス様のアンクレットがあるので、すぐに戻れると思います」
甲示は有珠に声を掛け『プチ出の小槌』を取りに一度帰宅するのでした。
『プチ出の小槌』を手にし、有珠邸に帰還する甲示。
「お待たせしました」
「戻ったか。早速じゃが『プチ出の小槌』を貸すのじゃ。少し加工が必要なのじゃ」
有珠は甲示から『プチ出の小槌』を受け取ると、奥の部屋へ移動します。
暫くすると有珠が『プチ出の小槌』とカードリーダーの様な小さな道具を携え戻ってきました。
「これで使えるはずじゃ」
「どうやって使うんですか?」
「お主が使う事は無いのじゃが……。まずはカードを出すのじゃ」
甲示は有珠の指示を受け『カミカ』を差し出します。
甲示から『カミカ』を受け取った有珠はカードリーダーに『カミカ』を挿しカードリーダーを操作。
「今回は特別に1P付与したのじゃ。右下のポイント欄を確認するのじゃ」
有珠は甲示に『カミカ』を返却しながら説明をします。
『カミカ』のポイント欄が0から1に変化しています。
「これで1Pって事ですよね?『カミカ』から『プチ出の小槌』へのポイント変換はどのような手順で行うのでしょうか?」
「順に説明はするのじゃ。そう逸るでない」
有珠はポイントの確認が完了した甲示からカードを掠め取ると再度カードリーダーに『カミカ』を挿します。
次にカードリーダーから伸びているコードを『プチ出の小槌』に繋ぎます。
以前は無かったコードの差込口。先程『プチ出の小槌』に加工を施した部分なのでしょう。
そして、コードを繋いだ状態の『プチ出の小槌』を甲示に手渡します。
「数値を見ておるのじゃ」
甲示が『プチ出の小槌』を受け取り、カウンター部分の数値を見ているのを確認した有珠は再度カードリーダーを操作します。
「あっ、動きました」
「うむ。今のが1P……。つまりは100振り分じゃ。今回は517銭増えておるな」
「つまり、5.17円……」
「そう言う事じゃ。逆に小槌からポイントに変えたい場合もワシに変換したい分を申告すれば交換するのじゃ」
「『プチ出の小槌』と『カミカ』の両方が揃った状態じゃないと交換が出来ないんですよね?」
「無論じゃ。小槌は必要な時だけ持ってくると良い」
「それと、ポイントでの支払いをする相手の為にレジも準備してあるよ♪使い方は後でガーくんに教えておくね♪」
「はい。分かりました。ありがとうございます」
ポイントへの変換の説明は終了しましたが、ガーくんが何かを訴えたい様な雰囲気を醸し出しつつヘルメスを見つめています。
「ガーくん、どうかしたのかい?」
ヘルメスの問いにガーくんは身振り手振りで何かを伝えています。
「ふむふむ……。なるほど♪確かにガーくんの指摘通りだね♪私の早合点な部分もあったね♪遠路遥々来てもらえたし、了承してくれたものだと勘違いしてたよ♪」
「何と仰っているのですか?」
甲示の質問に対し、ヘルメスはガーくんの代弁を始めます。
「ガーくんは甲示君のお店の手伝いをするとは言ってないって事だね♪」
「えぇー!!じゃあ、何で来訪したのですか?」
「まぁまぁ、落ち着いて♪話の続きがあるからね♪」
「はい。すみません」
話の腰を折る甲示を宥め、ヘルメスは代弁を続けます。
「それで、甲示君の実力を確かめてから協力をするかどうかを決めるってさ♪」
「実力……ですか?具体的に何をどのようにすれば実力を示せるのでしょうか?」
甲示はヘルメスに対して問うたつもりですが、ガーくんがジェスチャーで答えます。
1本の腕を使用して自身を指し、2つの手を使い胸の辺りでハートマークを作ります。
「ガーくんが好き?」
甲示の言葉を聞き、残る1本の手で握り拳を作り、親指を立て、サムズアップで意思表示をします。
甲示が確認したのを視認したガーくんは軽く頷きハートマークを解除。
次のジェスチャーは両手で何かを持ち、口元へ運ぶ動作に変化しました。
「食べる?」
ガーくんは再度、甲示が正答を出している事を示唆します。
「ガーくんは食べるのが好き?」
ガーくんは首を大きく左右に振り、誤答であることをアピールします。
「んー……。好きな~~……食べ物?」
甲示の言葉を聞いたガーくんは首肯します。
「ガーくんの好きな食べ物を持ってくれば良いって事かな?」
再度首肯。
「ガーくんは何が好きなの?」
甲示の言葉を聞いたガーくんは2本の腕を交差させ×印を作ります。
「どう言う事?好きな食べ物は無いから探せって事?」
「そうじゃないよ♪ヒントは無しだって♪」
見かねたヘルメスが通弁を買って出ます。
「へっ?」
ヘルメスの言葉を聞いた甲示は素っ頓狂な声をあげます。
予想だにしていなかった回答なのでしょう。
「ガーくん、甲示君も私も理解出来ていないから説明して貰えるかな?」
ヘルメスの言葉を聞き、ガーくんは多様な動きで伝えます。
「なるほど、なるほど♪つまり、何個か好きな食べ物があるから、その中から甲示君が任意で1つを選択して持ってきて欲しいと♪……で、報酬ならびに協力の可否は持ってきた物によって変動する……と♪なかなか面白い案だね♪」
「それで、ガーくんの好きな食べ物とは何でしょうか?」
「それはね……」
甲示の問いにガーくんが紙に絵を描き答えようとしたその時……。
ドーーン!!
戸外から衝突音らしき騒音が鳴り響きました。
「な、何事じゃ!?」
一同は状況を把握する為、慌てた様子で外へ駆け出します。
移動している最中も謎の衝突音は何度となく鳴り響いている状況です。
外に出た一同の目に飛び込んできた光景は……。
塀や壁、庭木などに衝突しながら逃げ惑う巨大なネズミのムシカとムシカを追いかけ回す仔猫のなーくんの姿でした。
庭は暴れ回るムシカとなーくんに荒らされ、見るも無残な状況です。
一同、予想外の光景に開いた口が塞がらない状態です。
暫く口をポカーンと開けたままの状態で眺めていた一同ですが、最初に有珠が正気を取り戻しました。
「ヘルメス!ネズミを落ち着かせるのじゃ!!甲示は猫を捕まえるのじゃ!!」
少し大きな声で有珠が指示を出します。
有珠の指示を受け、2人はハッと正気を取り戻します。
呆けている余裕などありません。
「了解♪」
「は、はい!」
有珠の指示に従い、即座に行動に移す2人。
甲示がアンクレットの力を駆使し、なーくんを追いかけます。
「なーくん、悪戯したらダメっていつも言ってるでしょ!!」
まるで母親の様になーくんを叱りながら近づく甲示。
甲示の接近に気が付いたなーくんは甲示の魔の手(?)から逃げる様に方向転換します。
アンクレットの力で最高速度は甲示に多少の分があるように見えますが、なーくんも引けを取らない速度です。
ですが、自分が思うがまま縦横無尽に逃げ回れる仔猫と障害物の事を考え、ぶつからないように速度調整をする甲示では甲示の方が若干不利な状況とも言えるでしょう。
そして、捕獲作業は困難を極めます。
ましてや今回の相手はなーくんです。一筋縄ではいきません。
一方、ムシカとヘルメスは……。
「ムシカ君、落ち着いてください♪なーくんはもう追いかけてきませんよ♪」
懸命にムシカを宥めようと声を掛けますが、一向に聞く耳を持ちません。
混乱状態でヘルメスの声が聞こえていないのでしょう。
並走しながらの説得は困難と感じたヘルメスは、作戦を変更します。
そして、ヘルメスは辛うじてムシカの背中に飛び乗る事に成功しました。
「ムシカ君、聞こえていますか?落ち着いてください♪」
ムシカの背中に乗る事で前方の確認が不要となり、多少声を掛けるのが楽になったヘルメス。
先程よりもゆっくりと落ち着いた声でムシカに語り掛けます。
しかし、ヘルメスの声はムシカの耳には届きません……。
何度も何度も根気よく声を掛けるヘルメスですが、ムシカが塀にぶつかった衝撃で振り落とされてしまいました。
ヘルメスは上手く受け身を取り、再度説得を試みようと態勢を整え、身を翻します。
ムシカへ再接近をしようとしますが、ムシカは勢いそのままで暴れ回りながら門を潜り敷地外へ遁走……。
「あー……」
流石のヘルメスも言葉がありません。
ガーくんは敷地外へ遁走したムシカを追い、慌てた様子で走り出すのでした……。
ヘルメスは遁走するムシカと追蹤したガーくんを見送ることしか出来ず、唖然として立ち尽くしてしました。
しかし、すぐに正気を取り戻したヘルメスは今回の事件の元凶にターゲットを変更し、なーくんの捕獲に乗り出します。
甲示の使用している劣化版タラリアのアンクレットとは違い、本物のタラリアの力は偉大でした。
一瞬でなーくんの前に出て、いとも簡単になーくんの捕獲に成功。
暴れるなーくんを捕縛し、折れた庭木に括りつけます。
手際の良さなどを考慮すると、道具の違いと言うよりは甲示とヘルメスの能力の差だったのかもしれません。
甲示とヘルメスの役割分担が逆だったのなら、もっと早くに事態は収束したのかもしれませんが、生身の人間に仔牛ほどの大きさのムシカ(しかも暴れる状態)を抑え込ませるのは危険。と一瞬で判断をし、ヘルメスに対処を任せた有珠の采配を糾弾する事も出来ないでしょう……。
「な゛ーーー!!」
不満気な声を上げながら腰で結ばれた紐を解こうと地面を転げ回ったり、木に擦り付けたりし試行錯誤をしますが、全く解ける気配はありません。
「暫く、そこで反省していてくださいね♪」
ヘルメスは鎖でつながれた猛獣よろしくな状態で暴れ回っているなーくんに声を掛けます。
ヘルメスは満面の笑みで対応していますが、憤慨しているのは隠しきれていません。
ヘルメスの怒りを察し、なーくんも大人しくなります。
但し、騒がなくなっただけで、紐を解く為の試行錯誤と言う名の無駄な足掻きは止めません……。
「ヘルメス様、ありがとうございます」
「さて、どうしましょう……」
ヘルメスに駆け寄りお礼の言葉を述べる甲示を他所にヘルメスはポツリ一言呟きます。
ヘルメスの一言は庭の惨事か、ムシカとガーくんの事か。将又その両方の事なのか……。
「申し訳ありません。なーくんの躾が行き届いていなかったのでこのような事態に……」
「起きてしまった事は仕方がありません♪それに、躾については、甲示君の所に行って間もないので仕方が無いでしょう♪甲示君に全ての責任を押し付けるつもりもありませんよ♪なので、謝る必要はありませんよ♪」
「は、はぁ……?」
ヘルメスは優しく微笑みながら甲示の責任を不問とします。
甲示は曖昧な相槌を打ちますが、内心ではあまり納得していない様子です。
「私はガーくんの捜索に向かいます♪甲示君はガーくんの好物を持ってきてください♪」
「あのー……。勝手に話を進めてしまっても宜しいのでしょうか?」
「たぶん大丈夫だよ♪もしもの時は私が間に入るから安心して♪但し、今回は持ってきた物で評価を決定するって話だから私からのヒントは無しです♪下手にヒントを出してしまうと、持ってくるものが固定されかねませんからね♪甲示君の実力が測れなくなってしまいます♪ガーくんの事が知りたい場合は頑張って調べてくださいね♪現世でも一部の人達の間では割とポピュラーだと思うから調べれば何か出てくると思うよ♪」
「了解しました。あのー……なーくんの事はどうなさるおつもりでしょうか?」
「そうですねー……何らかの処罰が必要!……と言いたい所ですが、事前に悪戯猫との情報はあったので、私を含め全員が監督不行き届きだった部分もあります♪今回はお咎めなしと言う事にしましょう♪ですので、甲示君が責任を持って一緒に帰宅してもらっても良いでしょうか?」
ヘルメスの返答を聞き、甲示はホッと胸を撫で下ろします。
甲示に帰宅を促したヘルメスはなーくんに何かを耳打ちします。
紐を解こうと無駄な足掻きを続けていたなーくんですが、耳打ちされた後は態度を一変。
まるで借りてきた猫を体現したかのように大人しくなってしまいました。
なーくんが従順になったのを確認したヘルメスは木に括りつけた紐を解き甲示に手渡します。
受け取った紐の先には、なーくんが繋がれたままの状態です。
甲示は少し戸惑いながらヘルメスとなーくんの双方を何度も確認します。
「現世に行けば紐は消えますが、それまでは逃げ出さないように甲示君が責任を持ってくださいね♪」
戸惑いながら何度も顔色を窺う甲示にヘルメスは優しく声を掛けます。
「はい。ご迷惑をおかけしました。……では、今日はコレで失礼します。指定の物が入手出来たらまた来ます」
甲示はペコリとお辞儀をします。
そして、ガーくんの好物を探すべく現世に帰還するのでした……。
─ つ づ く ─