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~1週間後~
朝から甲示は準備万端整えてあります。
「なーくん、今日は有珠様の所に行く日だよ。準備は出来てる?」
「みー」
準備と言ってもなーくんは付いて行くのみ。
何か荷物を持つ訳ではない。出来ている以外の返事は無いでしょう。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
「みー」
甲示となーくんは元気よく家を飛び出し、裏山に向かいます。
例の如く獣道をひたすら上り、祠の前に到着。
「じゃあ、有珠様の所に行くよ」
甲示はなーくんに声を掛け、ポケットから鈴を取り出すと祠に奉納した青銅鏡に向かい音を鳴らします。
……すると、青銅鏡から眩い光が漏れ出し2人を包み込みました。
次の瞬間、有珠の居る世界に移動完了。
2人は歪な形の門の前に立っています。
「よし、無事到着出来たみたいだね。じゃあ、有珠様の家までしゅっぱーつ!」
「みー」
1週間前に有珠が『金銭面をどうにか出来るかもしれない』と発言していた所為か、甲示はいつも以上に元気です。
~有珠邸~
「初めて来た時よりは歩きやすくなってるけど、やっぱり遠いなー……」
「みー」
少し疲れた様子で道中の感想を述べつつ、慣れた感じで敷地内に入り、玄関の戸を開けます。
「ごめんくださーい。有珠様居ますかー?」
「おぉ、甲示か。入るが良い」
甲示が声を掛けると、家の奥から有珠の返事が聞こえてきました。
「入れって言ってるけど、何処に行けば良いんだろう……?」
少し戸惑いつつ、靴を脱ぎ玄関を上がります。
甲示が靴を揃えていると、後ろから女性に声を掛けられました。以前『スレイプニル』を運転していた方です。
「甲示様、こちらです」
「あっ、ありがとうございます」
どうやら今回は案内役の様です。
女性に案内され、甲示は有珠の居る部屋に通されます。
「待っておったぞ」
「おぉ!この子が噂の子ですかな!?」
部屋には有珠と恰幅の良いオジサンの2人。
恐らく、この恰幅の良いオジサンが有珠の話していた『心当たり』なのでしょう。
「うむ。甲示ならお主の望みを叶えられる可能性が高い。甲示にとっても悪い話ではないはずじゃ」
「あのー……。有珠様、全然話が見えないのですが、説明していただいてもよろしいでしょうか?」
急に知らないオジサンとの対面。更に話しかけられた挙句、有珠も知っていて当然と言わんばかりの態度で話を進めています。
しかし、甲示は話の内容が理解出来ず、頭の上には大量の『?』が浮かんでいる状況です。
「スマン。スマン。この大国主大神こそ、前話した当てじゃ」
「はぁ……」
見ず知らずの人物を紹介された所で何も理解出来ず、パッとしない返しをする甲示。
「おろ?お主も知っとるような有名神だと思ったんじゃが、拍子抜けな返事じゃのぅ。もっと喜ぶと思ったんじゃが……」
「聞き覚えの無い名前なので反応が出来ませんでした。すみません」
「それはそうですな。その名で聞き覚えのある日本人の方が少ないですぞ。それに、その名は習合されたもので正確には別物ですな」
「では、何と紹介すれば甲示は理解出来るかのぅ?マハーカーラで良いのかのぅ?」
「日本人になら、大黒天と言えば良いですぞ」
「だ、大黒天!?大黒天って、あの大黒様ですか!?」
「ほっほっほっ」
日本でも有名な七福神の1柱。
甲示も大黒天の事は知っているようです。
大黒天本人も認知されている事を理解し、上機嫌の様子。
甲示の多少不躾な態度も大目に見てくれているようです。
「まあ、疑うのも無理はないかのぅ。ホレ、大くn……大黒、アレを見せてやらんか」
有珠に促され、大黒天は徐に小槌を取り出しました。
かの有名な『打出の小槌』でしょう。
大黒天は取り出した小槌を数回振ります。
すると……。
大量の大判小判が湧き出ます。
「お、おぉ!!!」
その光景を目の当たりにした甲示は歓喜の声を上げます。
そして、目の前に落ちている1枚の小判に手を伸ばす甲示。
しかし、既の所で小判は大黒天に回収されてしまいます。
「コレは……ダメですぞ」
「えー……」
「もし、持って帰っても出所不明な物をお金に換えても色々と問題が出ますぞ?」
「た、確かに」
大黒天の説明で納得する甲示。
「コホン……。そこで今回の本題じゃ。大黒の持っとる『打出の小槌』の代わりになる物をお主に譲ろうと思う」
軽く咳払いをし、説明に入る有珠。
「本当ですか!?…………お金がザックザク……」
有珠の提案に目を輝かせる甲示。
始めの驚愕の声以外は小声で呟くように言ってますが、ブツブツ呟きながら今にも涎を垂らしそうな程の愉悦な表情で、ニマニマしながらお金の事を想像している姿は傍から見ると完全に危ない人です。
振るだけで大判小判が大量に生成される小槌……。
例え代替品だとしても期待してしまうのは仕方ない事でしょう。
「う、うむ……。じゃが、話は最後まで聞くのじゃ。タダで渡すとは言っておらん」
どうやら有珠の話はまだ途中だったようです。
甲示のあまりの食い付き具合とか、圧とか、色々な事に有珠も多少引き気味です。
「じゃあ、どうすれば良いんですか?」
少し残念そうな雰囲気を醸し出していますが、最終的には貰えると考えているのでしょう。
先程までの熱は多少冷め、ギリギリ正気を取り戻した程度には冷静な返答は出来ています。
「大黒、説明するが良い」
「実は先日、息子とこの周辺に遊びに来たんですな。その時、チョットした事件が発生して困ってるんですぞ」
「事件ですか?」
大黒天は事の成り行きを話し始めました。
「息子と一緒に釣りに来ていたんですな。息子は釣りが得意なので、その日は大漁だったんですぞ。しかし、いつの間にか1匹の猫が近づいてきていたんですな」
「猫ですか……。息子さんは猫が嫌いとかですか?」
事件……。猫……。
色々と嫌な予感がします。
「違うんですぞ。猫が近づく事自体は問題無いんですな。問題なのは猫の行動ですぞ……。その猫はあろう事か息子が魚を入れていた魚籠の中に飛び込み、釣り上げた魚を荒らした挙句、大切にしていた魚籠を水中に落とし、紛失してしまったんですな」
想像するだけで大惨事です。
ここまで凶悪な悪戯をする猫に心当たりが有るような無いような……。
たぶん気のせいでしょう……。たぶん……。
「うわー……」
甲示も当時の状況を想像して言葉も無いようです。
「そこで相談なんじゃが……」
「はい!その猫を見つけ出して、捕まえれば良いんですね!?」
「いや……犯人は……」
大黒天は甲示の意見を否定しつつ、甲示の近くの座布団で丸くなっている生物を横目で確認します。
「犯人はそやつじゃ」
有珠が大黒天の言葉の続きを補いつつ、犯人を顎で指します。
……はい、犯人の予測は出来ていました!!
「そやつ……?えっ?えーーーー!!!!」
甲示は有珠の指し示す方向になーくんの姿を確認し、驚きます。
どうやら甲示はなーくんの話をしているとは思っていなかったようです。
「そ、それで、大黒様の息子さんはどうなってしまったんですか?」
「どうと言う事は無いんですな。多少気落ちしているだけなんですぞ。……ただ、最近は痩せ細ってきたような気がしないでもないんですな。少し心配になって有珠殿に相談していた所、甲示殿ならどうにか出来るかもしれないと言う事で、今日、対面する運びになったんですぞ」
「そう言われましても……」
急に話を振られた所で甲示に解決策も打開策もありません。
反応に困るだけです。
「そうですな。有珠殿、詳しい説明をお願いしますぞ?」
「なに、大した話ではない。甲示に魚籠を新しく作ってもらうだけじゃ」
「あのー……。1つ質問してもよろしいでしょうか?」
「なんじゃ?」
「さっきから『びく』って単語が出ていますが、『びく』って何ですか?」
「おろ?」
神妙な面持ちで話していた有珠ですが、思わぬ質問に拍子抜けした表情に変わります。
「魚籠とは釣った魚を入れる籠の事ですな」
「クーラーボックスですか?」
釣りをした事の無い甲示にとってはテレビなどで見た知識が全てです。
魚籠=クーラーボックスと想像とするのが精一杯なのでしょう。
「ま、まぁ、強ち間違うてはおらんのじゃが……。何と説明すれば良いかのぅ……」
「竹で編んだ籠を息子は使っていた訳ですな」
説明に困る有珠に続き、大黒天が補足説明をします。
「なるほど……。僕が竹で魚籠を作ると……。って無理ですよ!魚籠なんて言葉自体知らなかったのに、作るだなんて無理です!!それに、神様たちの方が適任だと思います。僕が作るよりも立派な物を早く作れるんじゃないですか?」
甲示の意見も尤もだと思います。
「うむ……。それはそうなんじゃが……。材料の問題があってのぅ。お主の世界にワシらはそう簡単に行けんのじゃよ。無理ではないんじゃが、力が制限されて思うように行動が出来んかったり、色々と制約もある。それに、お金も持ち合わせておらん」
甲示の意見に対し、有珠が反論します。
神様にも色々な事情があるようです。
まあ、人間にとっても神様が気軽に現世に降り立ち『あーだこーだ』と指図してくるよりは平穏に暮らせるので良いと思います。
「じゃあ、僕が竹を購入してくるので、作れる方にお願いしてもらうのでどうでしょうか?」
甲示も有珠の意見を考慮し、違う方法を提案します。
「うーむ……」
「是非、甲示殿に作ってほしいんですな?人などの信仰心や気持ちなどの『心』が大切なんですぞ。他の神に頼み、作らせることは可能ですな。しかし、そんな物で気落ちした状態の息子が元に戻るとは思えないんですぞ」
「そう言う事でしたら、頑張ってみますが……。大きさとかはどうすれば良いですか?」
「以前使っていた物は────」
身振り手振りを交えながら全体の大きさや形などを細かく説明し始めます。
「あっ、すみません。大黒様、少し待ってください。……有珠様、紙とペンは無いでしょうか?」
「少し待つのじゃ」
有珠は部屋を出ると紙とペンを手に再度入室し、甲示に手渡します。
「ありがとうございます。大黒様、説明よろしくお願いします」
甲示に促され、先程と同様の説明をし始める大黒天。
甲示は大黒天の説明を受け、紙に形や大きさ、特徴などをメモしていきます。
「────と言った感じですな」
大黒天の説明が終了。
「こんな感じですか?」
甲示は自分が書いた物を大黒天に見せて確認します。
「この部分がもう少し────」
あーだこーだと甲示のメモを確認しながら細かい部分を調整していきます。
「これで大丈夫ですか?」
「たぶん、大丈夫ですぞ」
「大黒様、細かい指示をしていただいたんですが、僕の実力ではイラスト通りの品が出来上がるとは限りません。それだけは事前にご了承していただけますか?」
甲示は竹細工をした経験がありません。
思い通りに作れないのは当然です。
「そこまで立派な物は期待してないですな。出来る限り、懸命に作ってくれるだけで満足ですぞ」
今回の大黒天の発言は先刻の発言内容の『心』が重要だとしたものに起因しているのでしょう。
「頑張ってみますが、本当に期待しないでくださいね。……で、あのー……。材料費なんですが……」
甲示は言出し難そうに材料費の話を持ち出そうとします。
甲示の懐事情を考えると金銭面を気にするのは仕方の無い事でしょう。
大黒天は甲示が材料費の話をし始めた途端、打出の小槌を軽く構え、顕示します。
その姿を見た甲示は何かを悟ります。
「出来る限り、全力で取り組ませていただきます!!」
「よろしく頼みますぞ。暫く、有珠殿にお世話になるつもりなので完成したら教えて欲しいんですな」
「はい!」
甲示は元気よく返事をします。
その後、有珠と大黒天に暇乞いをし、有珠邸を後にするのでした。
甲示が有珠邸を出たのを確認した有珠と大黒天……。
「素直で良い子に育っていますな」
「そうじゃのぅ。多少、純粋すぎる所もあるが良い子じゃ」
「そうですな。最後も小槌を見せただけで、何を勘違いしたのか、やる気を出してくれたので何よりでしたぞ」
「金は渡さんのか?」
「そんな約束はしてないですな。小槌を見せただけですぞ?」
「お主も悪いヤツじゃのぅ」
「有珠殿も大概だと思いますな。しかし、代用品は渡す予定ですぞ」
なにやら不穏(?)な感じです……。
2人は一体何を考えているのでしょう……?
そして、甲示は材料費に見合うだけの報酬を得られるのでしょうか……?
一方、元の世界に戻った甲示は……。
「まずは竹を手に入れないとなー……。なーくん、ケンちゃんのところに寄ってから帰るけど良い?」
「みー」
甲示は材料を確保する為に材木店へ向かうのでした。
「こんにちはー。……ケンちゃん、今日も店番?おつかれさまー」
入店し健太の姿を確認した甲示は健太に声を掛けます。
「あれ?甲示、また何か探し物?」
「うん、今日は竹が欲しくてね」
「竹?何に使うの?竹垣でも作るのか?」
「チョット、魚籠を作ろうと思ってね」
「びく?びくって何?」
「魚を入れる籠の事だよ」
「あー……アレか。でも、アレって竹じゃなくて竹籤じゃないの?」
「竹籤……?それって竹とは違うの?」
「竹は竹なんだけど、表面の緑色の部分だけを取った感じ?って言えば良いのかな?……んー……今、現物が無いから説明し難いけど、竹を薄く加工した物って言えば分かるかな?……あっ!少し待って……」
健太は何かを思い出し、紙に書き始めました。
甲示が健太の手元を覗き込むと地図らしき物を描いているようです。
「地図?ケンちゃん、これ何処?」
「……よし、出来た~!これ、爺ちゃんの家。爺ちゃん、家の近くに竹林を所有してるから、聞けば分かると思うよ。俺の名前を出せば竹も貰えると思うから行ってみれば?」
「本当!?ココから遠い?」
渡りに船とは正にこの事。
材料費が浮き、竹籤の事まで聞けるとなれば、行く以外の選択肢はないでしょう。
甲示の目も心なしか希望に満ち溢れ、キラキラと輝いて見えます。
「んー……自転車30分くらいだから、歩きだと2、3時間くらいかな?」
「意外と近い。ありがとう。早速行ってみる……って今日、行っても大丈夫かな?」
「多分、誰かは居ると思うけど……。今、電話して確認してみる?」
「うん、お願い。色々ゴメンね、ケンちゃん」
「じゃあ、電話してくるから、少し店番頼んでいい?お客さんが来たら呼んで」
「分かった。店番は任せて!」
何から何まで至れり尽くせりです。
閑古鳥の鳴く店の番を数分するだけなら恐るるに足らず。
甲示は二つ返事で店番を引き受けます。
甲示の返事を聞き、健太は店の奥へ電話を掛けに向かいました。
~数分後~
「おまたせ~。今日は出掛ける予定が無いってさ。誰かは家に居るから何時来ても大丈夫だって」
「じゃあ、早速行ってみるね。ケンちゃん、ありがとう」
甲示は健太にお礼を言い、店を後にしました。
一旦、帰路に就き、甲示は自転車を前に何かを考えます。
自転車、なーくん、健太の地図を順に眺めながら再考します……。
「自転車で行った方が良いのかな……?なーくん、一緒に行く?」
「みー」
「なーくんも一緒なら、通学で使ってる自転車の前カゴだと、隙間が大きいし、足が落ちたら危ないし心配だなー……」
甲示はなーくんの反応を見て一緒に行くと判断しました。
通学用の自転車になーくんを乗せて走ると、隙間から落ちた足がタイヤに巻き込まれる危険性が有ります。
「お母さんが使っていたママチャリなら……」
甲示はブツブツと呟きながら、生前に母が使っていた自転車の下へ足を運びます。
甲示母が使っていたママチャリは、甲示の通学用で使っている自転車に搭載されているワイヤーカゴとは違い、籐を編んで作られた少しオシャレな前カゴです。
「これなら大丈夫そう」
甲示は自転車の前カゴの状態を確認し、玄関まで自転車を押して移動します。
「なーくん、おまたせー。これで行くから前カゴに乗って」
「みー」
甲示は前カゴを軽く叩きながら、なーくんに移動するように促します。
……しかし、なーくんは、前カゴをジーッと見つめたまま動きません。
「なーくん、ココだよ、ココに入って」
甲示は再度、前カゴを軽く叩きます。
「なー」
なーくんは不満そうに前カゴを見つめながら鳴きます。
「もしかして……乗れないの?」
「なー!!」
いくら猫でも、小さな前カゴにピンポイントで飛び乗るのは困難なのでしょう。
「仕方ないなー。僕が乗せてあげるね」
『仕方ない』と面倒臭そうに言ってますが、甲示の顔は満面の笑みを浮かべています。
今まで散々、なーくんに触れる事を拒否されていたのです。触れる機会が訪れて嬉しいのでしょう。
「じゃあ、持ちあげるよ。せーの……。……うわっ!伸びた!」
「な゛ー!!」
初めての猫あるあるですね。
猫は人間よりも骨の数が多く、関節同士の可動域も大きいので伸びます。
通常時と比べ、最大2倍程度伸びる猫もいます。
「……」
持ち上げられた瞬間は、甲示のバカな反応の所為で不機嫌でしたが、その後は大人しく甲示に抱え上げられ、自転車の前カゴに収納されます。
甲示も今までのなーくんの反応で多少は学習したのか、なーくんをカゴ内に移動させる以外の余計な行動はしませんでした。
「これでヨシ!なーくん、危ないからカゴから出たらダメだよ」
「みー♪」
甲示はなーくんに注意をし、自転車を走らせます。
なーくんは前カゴに入ることが出来て満足そうです。
「じゃあ、しゅっぱーつ♪」
甲示は地図を頼りに健太の祖父の家を目指します。
途中、何度か地図を確認しながら、甲示はそれらしき家の前に到着しました。
「ココで合ってるのかな?表札は『財城』だから合ってるよね?間違えてたら嫌だな……」
甲示は周囲の家の表札を一通り見て回り、『財城』の文字が無い事を確認します。
「うん、ココで間違いない」
甲示がインターホンに手を伸ばした瞬間……。
「もしかして、宮司君?宮司甲示君?」
財城邸の庭付近から初老の女性に声を掛けられました。
「はい、宮司です。ケンちゃn……じゃなくて、健太君の紹介で伺わせていただきました」
「ケンちゃんで大丈夫よ。話は聞いてるから、上がって上がって。……お爺さーん、宮司君が来ましたよー」
健太の祖母と思しき女性は甲示を招き入れ、家の中に向かい声を掛けます。
お婆さんの声に反応して健太の祖父が家の億から鉈を片手に玄関まで出向いてきました。
「おぉ、来たか。健太から話は聞いとる。じゃあ、行くか」
「行く?何処にですか?」
「そりゃ、竹取りだろ」
お爺さんはそのまま車庫の軽トラに向かいます。
甲示は隅の方へ自転車を置き、なーくんに声を掛けます。
「なーくん、降りる?」
「みー」
甲示がなーくんを抱き上げようと手を伸ばしました。
……しかし、なーくんは甲示の手の隙間を縫うようにジャンプをし、勝手にカゴから降りてしまいました。
「……」
再度なーくんに触る機会が訪れた!と心の中で歓喜していた甲示は口を開けたまま呆然としています。
「あらあら、可愛いお客さんも一緒だったのね」
お婆さんは、なーくんの姿を確認し、少し驚いた反応を見せます。
「はい。一緒に来たかったみたいなので連れて来てしまいました。ご迷惑だったでしょうか?」
「別に迷惑じゃないわよ。お爺さんも私も猫は大好きよ。お世話が大変だから飼ってはいないんだけどね……。もし良かったら、少しの間、面倒を見させてくれないかしら?」
「なーくん、どうする?ケンちゃんのお婆さんとお留守番してくれる?」
「みー」
「大丈夫だそうです。なーくんをよろしくお願いします」
「なーくんって言うのね。じゃあ、お家の中に入りましょうね」
「みー♪」
甲示はなーくんのお世話をお婆さんに任せ、お爺さんの乗り込んだ軽トラの助手席へ乗り込みます。
軽トラの荷台にはノコギリや鉈、チェーンソーなどの道具が積載されていました。
「よろしくお願いします」
「しっかりシートベルト締めてな」
「はい」
甲示がシートベルトをしたのを確認し、車は出発します。
10分程度車を走らせ、竹林に到着しました。
「わぁ、凄い」
視界一面の竹に感動する甲示。
「見た目は良いかもしれんが、竹害が多くて、想像している以上に手入れが大変なんだよ」
「竹害?」
「まあ、簡単に説明すると、竹が生える事による悪影響の事だな。竹の根は下に伸びず、横に広がる習性がある。だから、土を支えられず土砂災害などを引き起こす。定期的に手入れをしてやらなあかん」
「へー。綺麗に見えても裏では色々と大変なんですね……」
「そうだな。自然を相手にするんだ。しっかりと責任を持って管理せんとな。……で、竹籤を作るんだったな?健太のヤツ、碌な説明をせんと『友達が竹籤を使うから、竹を分けてあげて』としか説明せんかった。ほんにしょうも無いヤツだ」
「ハハハ……。ケンちゃんらしいって言えばケンちゃんらしいですね。竹で魚籠を作りたいので、ケンちゃんに相談したら、お爺さんなら詳しく教えてくれるし、竹も貰えるかもしれないと言われて伺いました」
「魚籠ねぇ……。今時珍しい。まあ、そう言う事なら竹籤用の竹だな……。真竹か淡竹が良いな……。少し前に間引いた竹もあるが、新しい方が良いだろう……」
お爺さんは竹の種類などを呟きながら周囲を見渡します。
「コレが良さそうだな。危ないから少し離れてなさい」
お爺さんは1本の竹の前に移動し、目当ての竹を軽く擦りながら目的の竹を示し、甲示に離れるように指示を出します。
「はい」
お爺さんは甲示が十分に離れたのを確認し、チェーンソーで竹を切り倒します。
「竹はどれくらい必要なんだ?」
「あっ……。すみません。竹籤の事とかも分かってなくて、量も決まってないんです」
「そうか……。じゃあ、取り敢えず1本で良いな」
甲示の回答を聞き、お爺さんは切り倒した竹を適当な大きさに切り分けます。
「2つ3つ軽トラまで運ぶのを手伝ってくれ」
「はい」
甲示とお爺さんの2人で適当な大きさに切り分けた竹を軽トラに積み込みます。
「足りない時は勝手に採っても良いし、そこに切ってあるの竹を持ち帰っても良い。声を掛けてくれれば手伝うから、人手が必要な時は健太経由でも良いから連絡をすると良い。道具が無い場合は腰くらいの高さに切ってある竹を引っ張れば抜ける物もある。まあ、勝手に腐るのを待つ竹だから質は保証せんがな。あと、取りに来る時は足元に気を付けるようにな。竹を選ぶ時は緑の濃い竹を選ぶと良い。真竹って言う種類で撓りもあって扱いやすい」
「はい。色々と教えてくれてありがとうございます」
「よし、一旦戻るか」
お爺さんは軽トラに乗り込みエンジンをかけ帰宅します。
帰宅した2人は伐採した竹を庭へ運びます。
「竹籤だったな……。今、作り方を教えるから少し待っとれ」
「はい、よろしくお願いします」
お爺さんは甲示に待機するように言い、何処かへ行ってしまいました。
暫くするとお爺さんは小さめの鉈や小刀、軍手、新聞紙など竹籤作りに使う道具一式を携えて戻りました。
「まずは竹を綺麗にする」
バケツに水を汲み、タオルを濡らし、竹を拭きます。
「洗い終わったら、手を怪我せんように軍手をはめる」
甲示に軍手を渡します。
甲示は軍手を受け取り装着します。
「今回は練習で節を1つ挟んで切るか……。切る時のコツは次の節の1~2cm手前で切り落とす事。まず、半分程度切込みを入れ、180度回転させて逆側から切る。これで皮が捲れ難くなる」
ノコギリ片手に説明をしながら手本を見せるお爺さん。
あっと言う間に竹を切り落とします。
「次は節の部分を平に削る。竹皮部があると編む時に引っかかる原因になる」
ノコギリを鉈に持ち替え、竹を軽く回しながら竹皮部を器用に削り取ります。
「そして、まずは半分に割る。割る時は先端側から……。どっちが先端でどっちが根本か分からなくなった時は節を見れば判断できる。さっき削った竹皮部が根本側。節峰が先端側だ。節峰側から刃を入れる」
お爺さんは竹を真っ二つに割ります。そして、手付かずの竹を手に取り、節の部分を見せながら説明してくれました。
「あとは幅を決めるんだが……。計算し易いから今回は5mm幅の竹籤で練習するか」
半分に割った竹にメジャーを当て、採寸したお爺さんは5mm幅の竹籤を作る事を告げました。
「まずは少し余裕を持って、5.5mm間隔で印を付けていく。今回の竹だと半分の半分の半分の半分だな」
つまり、今、お爺さんが持っている半分に割った竹から16本の竹籤が作れる計算です。
「鉈の扱いに慣れていない場合は、根本の使う部分以外はテープなどを貼り、切れないようにする事。こうすると滑った時などに手を傷つける心配が減る」
お爺さんは別の鉈に持ち替え、更に説明を続けながら鉈に細工を施します。
「鉈は滑らないように親指と人差し指以外の指でグッと柄を握る。親指と人差し指で竹を挟むように抑えて割る。そして、節の部分を綺麗に均す。刃を入れる時に力を少し入れるが、コツとしては押し込むように力を入れる事だな。あとは、繰り返して好みの大きさにするだけだ。ホレ、やってみ」
お爺さんは最初に半分に割った竹の残りを甲示に渡し、実践するように指示します。
「はい。こうですか?」
甲示はおっかなびっくり竹に鉈を当て、お爺さんに手解きを受けながら竹を割ります。
何とか5.5mm幅の竹を8本作ることが出来ました。
「これで完成ですか?」
「まだだな。次にコレを薄くしていく。まあ、基本的には3回に分けて薄くしていけばと良いだろう。荒剥ぎ、中剥ぎ、薄剥ぎの3工程で最終的に0.6~0.7mmの厚さにする。荒剥ぎで2.5mm、中剥ぎで1.5mm、薄剥ぎで0.6~0.7mmになる感じだな。荒剥ぎと中剥ぎはさっきと同じように割れば良い。薄剥ぎはこんな風に鉈ではなく手で剥く感じだ。節の部分で力を入れる時に怪我をする事が多いから鉈に力を入れる時は気を付けてな」
手慣れた感じで説明を続けながら竹を薄くしていきます。
一通り手本を見せた後、甲示に鉈を渡し同様の作業をさせます。
苦戦しつつ、竹を薄くし終えた甲示。
「……で、使うのは表皮の部分だけだな。使う部分は今から整える」
「残りの部分はどうするんですか?」
「捨てるだけだな。内側も竹籤に使う事もあるが、今回は表皮以外を使うつもりが無かったから、雑で結構ボロボロだし使い物にならん」
「えー……。何か勿体無い」
「まあ、素人の竹籤作りだから仕方が無い。いつもは切って捨てるだけの竹だ。少しでも使われるだけ本望だろう」
お爺さんは甲示の質問に受け答えしながら丸太を用意します。
「今回は5mmで作るから……」
お爺さんはボソボソと何かを呟きながら丸太に印を付け、小刀を2本、丸太に打ち込みます。
「これで、この間を通せば5mm幅の竹籤になる。竹が浮かないように削る時は竹を抑えながら間を通す事だな」
説明をしながら2本の竹籤を作り、甲示と交代します。
「次は面取りだな」
丸太に打ち込んだ小刀を抜き、角度を変えて再度打ち込みます。
そして、竹籤の面取り作業。
今まで同様、説明と手解き交え甲示に残りの作業を任せます。
「最後の仕上げで厚みを整える」
膝の上で竹を軽く削り厚みを整えるお爺さん。
仕上げ作業はお爺さんが全て行うようです。
「これで完成だな」
「意外と大変な作業だった……」
一通りの作業を終え、16本の竹籤を完成させる事が出来ました。
「そうだな。これは練習用だから、竹籤の長さと幅、厚みが決まったらまた来なさい」
「はい。ありがとうございます。あの……。何から何までお聞きしてしまい恐縮なのですが、竹の編み方ってご存じですか?」
「流石に編み方は分からんなー。……おーい、婆さんや」
居間でなーくんと遊んでいるお婆さんに声を掛けます。
「何でしょうか?」
「竹の編み方は分かるか?」
「編み方ですか?残念ですけど、分からないですね。ごめんなさいね。でも、健太くらいの年齢の子ならピコピコで色々調べられるんじゃないの?」
「ピコピコ……?」
「スマンな。婆さんは極度の機械音痴な上に、機械も詳しくない。大抵の電子機器は『ピコピコ』や『ゲーム機』って言う癖があるんだ。婆さんが言いたいのはスマホかパソコンの事だろう」
稀にいますね……。そう言う御年配の方。
据え置き型のゲーム機は全て『ふぁみこん』で一括り……。
恐らく、興味のない分野なので分類する必要が無いのでしょう。
「あっ!なるほど!そうですね。後で自分なりに調べてみます」
(どうしよう……。僕、スマホもパソコンも持ってないんだけどな……)
「また何かあったら何時でも良いので来なさい」
「はい。今日は色々とお世話になりました。……なーくん、帰るよー」
「なー」
「あらあら、もう帰っちゃうの?……あっ!そうだ。甲示君、1つお願いしても良いかしら?」
なーくんとの別れを名残惜しそうにするお婆さん。
何かを思い出した様子で甲示への頼みごとがある事を伝えます。
「はい、僕に出来る事なら」
「大した事じゃないのよ。健太に偶には遊びに来なさいって伝えてもらえるかしら?あの子ったら、お盆とお正月にしか遊びに来ないのよ。家の手伝いが忙しいのは理解してるんだけど……。昔はもっと遊びに来てたのにねぇ……」
健太もお店の手伝いなどで時間が無いのでしょう。
お婆さんも事情は理解していますが、孫に会えない事を寂しがっている様子で甲示に頼み事を伝えます。
「分かりました。帰りにケンちゃんに伝えておきます」
「ありがとうね」
「はい。じゃあ、なーくん帰ろうか」
「なー」
「なーくん、竹籤に気を付けてね」
甲示はなーくんに軽く忠告をし、竹籤を前カゴの内側に沿うように丸く収納。
竹籤の内側になーくんを納めます。
「……では、失礼します。今日はありがとうございました」
甲示は暇乞いをし、帰路に就きます。
途中、甲示は材木店に立ち寄ります。
「なーくん、チョット待っててね」
「なー」
甲示は店の横に自転車を止め、なーくんに一声かけてから店内に入ります。
「ごめんくださーい」
「何だ甲示、今日も何か入用か?」
今回は健太の親父さんが店に居ました。
「おじさん、こんにちは。ケンちゃん居ますか?今、ケンちゃんのお爺さんの所に行ってきたので、お礼をしたくて」
「何で親父の所なんかに……?まあ、いいや。待ってろ。…………おーい、健太!!甲示が来てるぞー!!」
親父さんは店の裏手に回り、大きな声で健太を呼び出します。
ドタドタと忙しなさそうに階段を下りる足音。
その後、ひょっこりと顔を覗かせる健太。
「あれ?甲示。爺ちゃんの所に行ったんじゃなかったの?」
「うん、行ってきたよ。今、帰る途中。竹籤もどうにかなりそう。ケンちゃんにお礼とか言いたくて少し寄っただけ」
「別にいいのに。俺は爺ちゃんの事を教えただけだし」
「うん。お礼もそうなんだけど、お爺さんとお婆さんがもっと遊びに来てってケンちゃんに伝えてって言ってたからソレも伝えに来たの」
「そっか……。そう言えば最近遊びに行ってないかも……。今度遊びに行こうかな」
「お爺さんとお婆さんも喜ぶと思うよ。……あっ!なーくんを外に待たせてるから、今日は帰るね。またねケンちゃん」
「あぁ、またな。言伝もありがとうな」
「うん、バイバイ」
甲示は健太に別れを告げ、そそくさと外へ出ます。
自転車の傍へ行き、カゴの中を確認。
なーくん、竹籤、共に無事です。
なーくんも悪戯をせず、大人しく待っていてくれたようです。
「おまたせ、なーくん。じゃあ、帰ろうか」
「なー」
健太への伝言を終え、甲示となーくんは帰路に就きました。
帰宅した甲示は竹籤を居間へ運び、現在、竹籤とにらめっこ中……。
「うーん……。どうしようかな……。パソコンの使えそうな場所~~~。パ~ソ~コ~ン~……」
手持無沙汰な状況に飽きたのか、竹籤を適当に弄りながら考え中……。
「……そうだ!学校の授業で使ってるパソコン!明日、パソコン室を使わせてもらおう!」
考えた末に導き出した答えは『学校のPC』の使用。
セキュリティ上の問題などが有り、授業や部活以外で個人に使わせるのは難しいと思いますが、何故か甲示は使えると確信しているようです。
何か妙案があるのでしょうか……?
~翌日の昼休み~
「失礼します」
職員室に入る甲示。
担任を見つけ、近寄り声を掛けます。
「先生、相談があるんですが、宜しいでしょうか?」
「どうした宮司?」
「はい、インターネットを使って調べものをしたいので、パソコン室を使いたいんです。開けて貰えないでしょうか?」
「ダメだ」
「何でですか!?」
甲示にとっては想像していなかった回答の様です。
思わず声を荒げ詰め寄ってしまいます。
「学校のPCはプライベートでの使用は禁止だ。私用での使用は禁止でしようってな」
「……」
少し興奮気味な甲示に対し、冷静な対応をする担任。
最後のダジャレは不要だと思いますが、言っている事は至極真っ当な意見です。
「反応なしか?面白すぎて言葉を失ってしまったか……」
「いえ、ダジャレについては今年聞いた中で1番つまらなかったです。パソコンが使えない事はショックです」
「因みにだが、何を調べるつもりだ?先生に言えないような事か?」
ダジャレについての批評を聞き流し、甲示の目的を質問します。
問題解決の為に動いてくれそうな雰囲気です。
「はい、実は────」
甲示は一部フェイクを交えながら竹籤の編み方を調べたい事を伝えます。
フェイクを入れた部分は魚籠を作るに至った経緯や人間関係などです。
「なるほど。知り合いに手作りの魚籠を贈りたいと。ん~……。図書室に工芸関連の書籍とかは無いか?流石にPCを生徒に使わせるのは先生の一存では無理だ。調べても無いようなら、また相談に来てくれないか?その時は先生の自宅PCを使って調べた物をプリントアウトして渡すくらいは可能だ」
甲示の事情を理解し、暫く考えた後、学校の図書室を提案。
それでも解決しない場合、先生個人が動いてくれるようです。
「分かりました。ありがとうございます。……失礼しました」
甲示は職員室を退室し、その足で図書室へ向かいます。
「ダメだったか~。パソコンいっぱいあるし、イケると思ったんだけどな~」
独り言ちながら廊下を歩く甲示。
どうやら昨晩の自信は何の根拠も無かったようです。
図書室のドアを開け入室。
「あれ?甲示君?図書室に来るなんて珍しい」
声を掛けてきたのはカウンターで作業をしていた杠葉です。
「杠葉さんも何か調べもの?」
「違うわよ。ワタシは図書委員の仕事。今日、当番なの。甲示君は調べもの?」
「うん。チョット竹籤の編み方を知りたくて、先生にパソコンを使わせてもらおうと思ったんだけどダメだってさ。それで、図書室の工芸の本に書いてあるかもって言われて調べに来たの」
甲示は杠葉に図書室に来た経緯を説明しました。
「ふーん。珍しい事するのね。竹籤で何を作るつもりなの?」
「魚籠って分かる?魚を釣った時に入れる入れ物」
「浦島太郎とかの昔話に出てくる人が腰に付けてるのかな?」
「そうそう、それそれ」
「甲示君、釣りするの?」
「いや、僕じゃなくて、知り合いのオジサンにプレゼント」
「知り合い?……猫ちゃんの元飼い主さん?」
「違う違う。その人の知り合いの人で……。あっ!そうだ!杠葉さん、猫の名前!『なーくん』って言うの。名前が無いから自由に決めて良いって言われて『なーくん』に決定したよ」
「『なーくん』か~。可愛い名前ね。……でも、甲示君、図書室では静かにね。人が居ないから今は良いけど、大声禁止」
以前、猫の名前が判明したら杠葉に教える事を約束していた甲示。
その事を思い出し、ついつい大きな声を出してしましました。
杠葉はソレを責め立てる訳でもなく、軽く諭します。
注意するのに慣れている感じです。
「ごめん……」
甲示も図書室の基本的なマナーは理解しているのでしょう。
素直に謝罪します。
「次からは気を付けてね。……で、竹を編むんだっけ?工芸の本だから……5類かな?それとも編み物だから7類の芸術かな?」
杠葉は手元の紙を確認しながら何やら悩んでいます。
「5類?7類?」
「ワタシも詳しくは知らないんだけど、日本十進分類法?って言うのを採用しているみたいで、背表紙の下の方に3桁の番号が貼ってあるでしょ?それで分類してるみたい。5類だと500~599、7類だと700~799が該当する本になるの。……でも、似たような本は同じような場所にあるから、最初どの辺りにあるかを探すか調べるだけね」
「へー。じゃあ、背表紙の番号を確認すれば良いんだ。便利だね。他の分類はどうなってるの?」
「ワタシもこの紙に書いてある事しか分からないわよ」
杠葉は甲示に手元の紙を見せながら、軽く説明をします。
0類 総記
1類 哲学(哲学、宗教、精神科学)
2類 歴史
3類 社会科学
4類 自然科学
5類 技術(工芸、工芸学)
6類 産業
7類 芸術
8類 言語
9類 文学
図書委員の担当教師が作った簡単な表です。
甲示は表を杠葉に返し、示教された5類の本を探し始めます。
「ごひゃく……ごーひゃーく……ごひゃ……あった。えーっと……電気回路、衛生、土木、工業、電気……?ココじゃない気がする」
さっさと見切りをつけた甲示は7類の本探しへ変更します。
「ななひゃーく……なーなーひゃーく……。ココだ。美術、彫刻、粘土、デザイン、音楽、茶道、華道、木工芸……!!って木か~。竹細工は無さそう……。でも、5類よりは7類っぽいかな?」
気になった木工芸の本の中身を確認しましたが、木と竹は別物でした。
一通り本のタイトルを確認し、目的の本が無い事を認識。
甲示は杠葉の下へ戻ります。
「どう?あった?」
「木工芸ってのがあったんだけど、チョット違うかな。でも、5類よりは7類かなって思ったよ」
「ふーん……。じゃあさ、美術の先生か家庭科の先生に聞いてみたら?何か分かるかもよ」
「なるほど……。杠葉さん、色々とアドバイスありがとう」
甲示は杠葉にお礼を言い、図書室を後にします。
再度、職員室へ移動開始。
「まずは美術の張江先生に聞いて、ダメなら家庭科の西方先生の順かな」
甲示はブツブツと呟きながら速足で移動します。
「失礼しまーす」
職員室に入った甲示はキョロキョロと辺りを見渡し、お目当ての人物を探します
「居た居た」
張江先生は他の先生と談笑していました。
談笑相手は西方先生。2人揃っているとは運が良いです。
「先生、少しお時間よろしいでしょうか?」
「あら?宮司君、どうしたの?」
「先生たちにお聞きしたい事があります。竹の編み方って分かりますか?図書室で調べてみたんですが、それらしい本が見つからなかったので、分かれば編み方を教えてほしくて……」
「私は専門外ね。普通の毛糸なら編めるんだけど、竹は分からないわね。張江先生は分かる?」
「残念だけど、竹細工は私も専門外。図書室に無いなら、図書館はどうかしら?本が見つからなくても、パソコンが使えるから調べられるんじゃない?多少の制限はあるけど」
「そうか、図書館か。……ありがとうございました」
新たな情報の入手先を教えてくれた先生方にお礼を言い、職員室を後にします。
「図書館か……。確か、利用カードは小学生の時に作った記憶が……。家に帰ってからカードを探して、図書館に行くと、遅くなりそうだな。利用カードは忘れた事にして、今日の帰りに寄る……?でも、なーくんの食事の準備とかもしてないしな……」
またもやブツブツと独り言を呟きながら甲示は教室へ戻ります。
教室近くに到着した時、偶然にも杠葉と鉢合わせました。
杠葉も昼休みの仕事を終え、教室に戻る途中だったようです。
「あっ、甲示君、どうだった?」
「先生も編み方は知らないって。でも、図書館の事を言われて、そんな場所もあったなって思い出させてくれたよ。今日か明日の放課後に行くつもり。パソコンも使えるかもしれないって」
「そう、良かったね」
「うん、杠葉さんもありがとうね」
「ワタシは何もしてないわよ。また何かあったら図書室に来てね」
杠葉は甲示に社交辞令っぽい言葉を投げかけ、教室内へと消えて行きました。
甲示も自分の教室へ戻り、午後の授業の準備をします。
午後の授業中、甲示は図書館の事で頭が一杯でした。
先生に指され、何も答える事が出来ず、話を聞いていなかった事がバレる場面も……。
~放課後~
HRが終わり、帰り支度をしている甲示の下へ健太が近づいてきました。
「甲示、何か様子が変だったけど、何かあったのか?昼休みに杠葉さんと何か話してたみたいだけど関係ある?」
どうやら甲示の事を心配して声を掛けてくれたようです。
「あー……。うん。関係あるって言えば関係あるし、無いって言えば無いかな?」
何とも歯切れの悪い回答です。
しかし、事の発端は甲示が担任に相談をし、図書室へ向かったのが始まり。
杠葉との会話の内容は図書室を出た後の話。
そして、甲示が午後の授業中に考えていた事は今後の行動についてです。
つまり、関係があると言えば関係があるし、無いと言えば無い。
誤った事は言っていません。
「何だそれ。てっきり告白でもされて上の空なのかと思ってた。違うならいいや」
「告白!?違う違う。実はね────」
健太の口から飛び出た思いもよらぬ言葉に驚きつつ、甲示は事の経緯を説明します。
「────って事で、今から図書館に行こうか迷ってただけ。あっ!ケンちゃんのお爺さんの所には、調べものが終わった週末に行きたいから連絡してもらっても良い?」
「週末?土曜?日曜?」
「じゃあ、土曜日の2時に伺う予定で大丈夫?」
「土曜の午後2時な。今日、電話しとく」
「ありがとう。じゃあ、僕、なーくんの様子も気になるから帰るね。バイバイ」
「なーくん……?昨日も言ってたけど、なーくんって誰?」
「なーくんは猫の名前。前にお店に入って怒られた子ね」
「あー……あの太々しい猫か~」
健太はなーくんとの初めて顔を合わせた時の事を思い出します。
「太々しいって……。でも、確かに図々しいかも」
甲示はなーくんの行動を振り返り、ニヤニヤとしながら健太の発言を肯定します。
「何にせよ。少し忙しそうだな。爺ちゃんには連絡しておくから、何かあったら相談しろよな」
「うん。じゃあね、ケンちゃん」
甲示は健太と別れ、学校を後にします。
~自宅~
帰宅した甲示は、廊下に付いたなーくんの足跡を軽く掃除しつつ、利用カードの捜索に入ります。
毎日なーくんの足跡で家が汚れるので、玄関にモップを常備し、帰宅した際にモップを掛けながら移動するのが日課になっています。
一方、廊下を汚した張本人は、現在、居間の座布団の上で気持ち良さそうに就寝中……。
甲示が帰宅しようと、探し物で物音を立てようと微動だにしません。
肝が据わっていると言うか何と言うか……。
甲示は甲示でこの状況に慣れた様子。
なーくんの無事を確認して以降、気にせず探し物に専念しています。
2階にある自宅の机から始まり、母が生前に使っていた部屋、台所と順に探し、現在は居間を捜索中です。
居間を後回しにしたのは多少なーくんに配慮した為でしょう。
押入れを開け、奥からダンボール箱を引き摺り出します。
中には甲示が小学校や幼稚園で作った作品や描いた絵など思い出の品が保管されています。
多少、昔の自分の作品を懐かしみながら中身を広げていると、お目当てのブツを発見。
利用カードは首にぶら下げる事が出来るようにカードホルダーに入れられていました。
「あったー」
発見した利用カードを横に置き、散らかした物を片付け、利用カードを手に2階へ。
通学用の鞄に利用カードを入れ、1階に戻ります。
居間に入ると丁度なーくんが目を覚ましました。
伸びをした後、欠伸をし、首をポリポリと掻き、毛繕い。
「なーくん、明日は帰りが少し遅くなるかもしれないから大人しくしててね」
「なー」
言葉が通じているのかは不明ですが、なーくんは一応返事をします。
甲示もなーくんの返事を聞き、合意が取れたと勝手に推察しました。
その後、夕食の準備や入浴、宿題や翌日の用意などを終え、就寝する甲示であった……。
~翌日の放課後~
図書館に到着した甲示は真っ先にカウンターへ向かいます。
「あの、すみません。お聞きしたい事があるんですが良いですか?」
「はい、どのようなご用件でしょうか?」
「竹で魚籠を……魚釣りとかで釣った魚を入れる籠を作りたいんですが、竹籤の編み方が分かる本は何処にありますか?……あっ、コレ利用カードです」
甲示は利用カードを提出しながら図書館の職員に問いかけます。
「調べてみますので、少々お待ちください。図書館利用カードは本を借りる際にご提示ください」
甲示は職員に指摘され、少し顔を赤らめながら利用カードを仕舞います。
職員は少し移動し、PCを操作。何かを検索しているようです。
暫く待つと職員が戻ってきました。
「お待たせしました。該当する本があるとすれば19番の本棚だと思います。竹細工入門や初級、竹籠の編み方などが有ります。魚籠の編み方で該当する本がない可能性もあります」
「19番ですね。ありがとうございます。……日本十進分類法ってやつは使ってないのか……」
「あら?キミ、詳しいのね。日本十進分類法だと754番よ。背表紙に番号が振ってあるわよ」
お礼を言った後、ボソッと呟いた言葉に職員は反応します。
突然出てきた言葉に驚いたのか職員の言葉遣いに素が出ています。
独り言に反応されたのが恥ずかしかったのか、甲示は照れを隠す様に忙しなく職員にお礼を述べ、足早に19番の本棚に向かいます。
「17……、18……、19。ココだ」
目的の本棚に辿り着いた甲示。
『19』と本棚の番号が掲げられている数字の下に本棚に整理されている本の種類が記載されています。
その中の1つに『754 木竹工芸』と大きく表示されています。
「えーっと754……754……754」
並べられている本の背表紙を指で追いながら『754』のシールが貼られている本を探します。
番号を見つけては、中身の確認。
発見した本の数種類は家具や木工品、茶道具など関係の無い本もありました。
そのような本を除外し、見つけ出したのは4冊の本です。
4冊を軽く斜め読み。
時計を確認すると17時半過ぎ。
「あっ……。そろそろ帰らないと」
4冊の中でも比較的簡単そうな2冊を選出し、カウンターへ向かいます。
「すみません。この2冊をお借りしたいのですが、どうすれば良いでしょうか?」
「はい、少々お待ちください」
対応してくれたのは先程の職員です。
「では、こちらの紙に必要事項を記入し、図書館利用カードをご提示ください。貸出期限は最大2週間です。延長する場合はインターネットかお電話にて対応可能です。時間外の返却は返却BOXへ投函してください」
紙に必要事項を記入し、職員へ渡します。
「あの……」
「はい?」
「今日、使う予定は無いんですが、パソコンは使えますか?」
「はい。ご利用可能です。ご利用されている方がいる場合はご利用できません。事前に予約していただければ1時間の予約利用も可能です。延長につきましては他のご利用者様の状況次第になります。また、ご利用の際は図書館利用カードか身分証明書のご提示が必要となります」
「分かりました。ありがとうございました」
甲示は図書館を後にし、帰路に就きます。
家に到着したのは18時を少し過ぎた頃。
「ただいまー」
帰宅した甲示はモップを掛けながら居間へ。
部屋の隅に鞄を置き、なーくんに声を掛けます。
「なーくん、遅くなってごめんね。今、ご飯の準備をするからチョット待ってね」
「な゛ー」
空腹の所為か少しご機嫌斜斜め気味です。
返事を聞いた甲示は台所へ移動します。
なーくんの食事の準備を済ませ、自分の夕食の準備に取り掛かります。
甲示の夕食は毎度お馴染み『野菜炒め』です。
適当に野菜を切って炒めるだけ。
他に料理が作れないので仕方が無いですが、図書館に行ったついでに料理本も借りればレパートリーが増えたかもしれませんね。
せっかくの機会を無駄にしている事に気が付いていない甲示。勿体無いです。
食事を済ませ、本を見ながら試作品の竹籤を使い練習中……。
「本を見た感じだと、『四つ目編み』か『笊目編み』が良さそうだけど、笊目編みは違う太さの竹籤が必要なのか……。四つ目編みは簡単だけど、笊目編みの方が見た目も良いな……。今の半分か1/3くらいの幅の竹籤も欲しいかも。今度、ケンちゃんのお爺さんに相談してみよう」
~土曜日~
前日に健太の祖父母の家へ向かう準備は終え、荷物は玄関にあります。
時間はまだ午前10時過ぎ。
約束の時間までは余裕があります。
居間の横のくれ縁で日向ぼっこしているなーくんを見つけ、甲示は声を掛けます。
「なーくん、今日、ケンちゃんのお爺さんのお家に行くんだけど、なーくんはどうする?」
甲示の問いに、なーくんは尻尾を2度ペシペシと上下に動かし反応するのみです。
微妙な反応に甲示は少し困り顔。
「うーん……。どっちなんだろう?どっちでも良いけど、起きたらもう1回聞いてみよう」
部屋の掃除などをしながら時間を潰し、気が付くと12時前。
なーくんと自分の昼食を準備します。
なーくんも目を覚まし、皿の前で待機中。
猫缶から皿に餌を移し替える時、甲示は再度質問をします。
「なーくん、ケンちゃんのお爺さん家に行くけど、なーくんも来る?お留守番する?」
「なー」
「……どっちだろう?」
今回は、甲示の質問の仕方に問題があるでのしょう。
なーくんが言葉を話せない以上、返答の雰囲気で理解出来るように質問する必要があります。
「一緒に行く?」
「なー」
「お留守番?」
「……な゛ー!!」
何時までも猫缶を傾けたまま皿に移そうとしない甲示に痺れを切らし、なーくんが甲示の腕に飛び掛かります。
「イタッ」
腕に飛びつかれ、驚きと痛さで猫缶を手放してしまいました。
なーくんは床に転がった猫缶の後を追い、猫缶から直接餌を食べています。
「はしたないなー」
なーくんの行動に多少思うところはあるようですが、五月蝿く注意はせず、水飲み用の皿に水を注ぎ、甲示自身も昼食を食べ始めます。
「結局、どうするか分からなかったけど、一緒に行くなら出掛ける時に近くに来ると思うし、その時声を掛ければ大丈夫かな」
食事と洗い物を済ませ、時計を確認します。
時刻は12時55分頃。
甲示は玄関へ向かい、リュックの中身の再確認をします。
「────試作した四つ目編み、本もある。お世話になってるお礼も買ったけど、もう少し高い物が良かったかな?」
甲示はリュックの横にある近所の和菓子店の紙袋を眺めながら一考します……。
しかし、既に購入済みなので悩んでも仕方が無いと観念し、自転車の準備をします。
今日ママチャリを選択。
リュックを背負い、前カゴに手土産を入れます。
「なーくん、行くのかな?……なーくん、どーするのー?来ないならお留守番だよー」
準備も整い、後は出発するだけの甲示。
玄関から家の中へ声を掛けています。
数秒後、テトテトと玄関に向かってくるなーくん。
「一緒に行く?」
「みー」
なーくんの返事を聞き、前カゴに乗せます。
「なーくん、その袋はお礼の品だから汚さないでね」
「なー」
前カゴに乗せたなーくんに注意をしつつ、玄関の鍵を閉め出発します。
健太の祖父母の家に直行するのではなく、一旦、材木店に寄ります。
「なーくん、チョット待っててね」
返事も待たず、甲示は店内へ……。
「ごめんください」
「今日はどうした?」
今日は珍しく(?)健太の親父さんが店にいました。
「おじさん、こんにちは。ケンちゃん居ますか?今からケンちゃんのお爺さんのお家へ覗う予定なんですが、連絡を入れてあるのかを確認したくて」
「健太なら、その親父ん所だ。何でも数日前に『電話した時に約束した』とか言って午前中に出掛たぞ」
「なー」
「あっ、なーくん、待っててって言ったのに……。おじさん、ごめんなさい。すぐ外に出します」
突如カウンターの上に現れたなーくんを見て、甲示は驚きましたが、すぐに謝罪をし、なーくんを外に出そうと手を伸ばした瞬間、親父さんに声を掛けられました。
「客も居ないし急がんで良い。……で、猫も連れて行くのか?」
「はい。一緒に行きたい様子だったので」
「そうか。……何だったらココで少しの間預かっても良いぞ?連れて行くのも危険だろ?」
親父さんの申し出に甲示は少し悩みます。
前回は自転車の前カゴに収まり静かにしていましたが、今回も大人しいとは限りません。
親父さんの指摘も一理あります。
何かの拍子に出してしまう可能性もあります。
「なーくん、どうする?」
「なっ」
なーくんは短い返事をし、プイッと親父さんに背を向けます。
「じゃあ、絶対に前カゴから出ないでね。大人しくしてないと危ないよ」
「なー」
「なーくんもこう言ってるので、今日は連れて行きます」
甲示はなーくんの意思を尊重するようです。
「そ、そうか……。気を付けてな」
心なしか親父さんはガッカリしているように見えます。
「はい、ありがとうございます」
甲示は親父さんにお礼を言い、再度なーくんを前カゴに乗せ出発します。
木材店への寄り道はあったものの、2度目の訪問。道に迷う事も無くほぼ予定時刻の13時45分頃に健太の祖父母宅へ到着しました。
「少し早いけど大丈夫かな?」
玄関付近の邪魔にならない場所に自転車を止め、なーくんや荷物を降ろします。
「ケンちゃんが先に来てるって言ってたし、早くても大丈夫だよね……?」
甲示は庭の様子を軽く窺い、インターホンを押します。
「ごめんくださーい」
少し待つとドタドタと騒がしい足音が玄関に近づき、戸が開きました。
「やっぱり甲示か。声でそうだと思った」
「おじさんがケンちゃんも向かったって教えてくれたから、少し早いかなって思ったけど来ちゃった」
「早すぎる訳じゃないし良いんじゃない?玄関で立ち話も何だし上がれよ」
「うん、お邪魔します」
「みー」
健太の案内で居間に通されます。
「あらあら、なーちゃんも一緒なのね。こっちにいらっしゃい」
なーくんの姿を確認し、傍に来るよう促します。
「本日もお世話になります。……これ、よろしかったらお食べください」
一生懸命、丁寧な言葉を心掛けているつもりなのでしょうが、少し日本語が怪しいです。
「子供が変な気を遣うんじゃない」
甲示の気遣いを軽く咎めつつ、素直に受け取るお爺さん。
「うふふ……。素直じゃないんだから」
お婆さんは慣れた様子です。
「ゴホン……。甲示君、疲れてるだろう。少し座って休みなさい。……婆さん、お茶!」
気まずさを誤魔化すように咳払いをし、お婆さんにお茶の準備をさせます。
少し乱暴な物言いのは照れ隠しでしょう。
「はいはい」
お婆さんはなーくんを軽く撫で、甲示の渡した紙袋をお爺さんから受け取り台所へ。
「「「……」」」
しばしの沈黙……。
「御持たせで恐縮ですが……」
戻ってきたお婆さんは甲示の手土産のどら焼きとお茶を各々の前に差し出します。
「ありがとうございます」
「いっただきまーす」
甲示はお婆さんへお礼を言い、健太はどら焼きに齧り付きます。
お爺さんは無言でお茶を啜り、お婆さんはなーくんを撫でます。
しばしの静寂……。
一口お茶を飲んだお爺さんがコトッと静かに湯飲みを置き、口を開きます。
「それで、竹籤の件は決まったのか?」
前回、サイズ不明で保留になっていた事を聞いているのでしょう。
「はい、少し相談したい事もありまして────」
甲示はリュックを漁りながら返答します。
リュックから図書館で借りた本、見様見真似で編んだ鍋敷き程度の大きさの四つ目編み、菱四つ目編みの竹籤を取り出します。
そして、本のとある1ページを開きながら話を続けます。
「────この本を参考に簡単に編める2種類の編み方を試したんですが、魚籠を作る場合、ココに書いてある笊目編みの方が良い気がします」
「確かに」
横で一緒に本を眺めていた健太が短い感想を述べます。
「それでですね。この笊目編みは骨組みになる縦方向に太い竹籤。横方向には細い竹籤を使うみたいなんです。縦は先日の太さで良いのですが、その半分か1/3くらいの細さの竹籤も欲しいのですが、可能ですか?」
「……作るのは簡単だが、1/2と1/3どっちにするつもりだ?綺麗に編めるなら細かい方が見栄えも良いと思うが、編む回数が増える分、手間も増えるぞ?」
「うーん……」
お爺さんの質問に対する返答に悩む甲示を見て健太が声を掛けます。
「甲示、竹籤余ってない?」
「試作の時に使わなかったものだけど……」
甲示はリュックから竹籤の束を取り出し、健太に渡します。
「爺ちゃん、ハサミ貸して」
「ほれ」
健太は竹籤の1本を半分の太さに。半分にした竹籤の片方を更に半分に切り、長さを3分割します。
次に、新しく3本の竹籤を取り、本を見ながら編みます。
「こんな感じ?細い方は1/3じゃなくて1/4だけど、どっちが良い?」
「ケンちゃん、上手!」
本を見て一瞬で編み上げた健太に感心する甲示。
「そんな事よりどっち?」
「細い方かな?」
「だってさ」
「じゃあ、作る時に1/3で計算し直すか」
「あのっ!1/4の太さにしていただいても良いですか?」
「構わんが、元の幅は5mmだったな。……5mmだと1/4は1.25mm。……甲示君、確か魚籠を作る予定だったな?」
軽く計算をし、何かを考え後、甲示に質問をします。
「はい」
「飾り物か?実際に使う物なのか?」
「多分、使ってくれると思います」
「魚籠の大きさは?」
「えーっと……。幅がこれくらいでバスケットボールくらいかな?高さは幅より少し高めで、これくらいです」
甲示は身振り手振りを交え、作る予定の魚籠のサイズを伝えます。
「予想していたサイズより大きいな。竹籤の幅を変えても良いか?」
「……?はい、大丈夫です。何か問題がありますか?」
「問題と言うか、骨組みに5mm幅の物を使うとして、どの程度の間隔で配置するかだな。間隔が空き過ぎると強度が不安だな」
「なるほど」
「そこで提案だが、1cmと2mmにしてみないか?流石に1mmは手作業だと誤差が出る可能性がある。だから、2mm前後って事にしないか?」
「……そうですね。提案ありがとうございます。お爺さんの指摘は正しいと思います」
甲示もお爺さんの指摘を理解し、妥協案に賛同します。
「サイズも決まったので、竹取り頑張ります!!」
「甲示、やる気を出してる所、申し訳ないんだけど……」
健太が何やら申し訳なさそうに喋り出しました。
「どうしたのケンちゃん?」
「実は……。竹……、取って来てある」
「え?」
「ココに着いてから昼食まで暇だったから爺ちゃんと取って来てある。車庫の軽トラの荷台に積んであるよ」
「本当!?」
「一服もし終わった事だし、そろそろ始めるか。道具の準備を始めるから2人は竹を庭に移動させなさい」
「はい」
お爺さんの指示を受け、2人で車庫に向かいます。
「おぉ!長い」
軽トラの荷台には甲示の身長よりも少し長い竹が何本か積まれていました。
「暇だったけど、時間が十分にあった訳でもないから、運べるサイズに切り分けて持ってきただけだしな。1人で運ぶのは危ないから2人で持って行こう」
「うん」
健太主導で数回に分け、庭に竹を運び出します。
全ての竹を運び終わりました。
「これで最後っと。爺ちゃん、運び終わったよ」
「ご苦労さん。甲示君はノコギリや鉈を使い慣れていないみたいだし、刃物はあまり使わない作業を主に担当だな。健太は竹を1mくらいに切り分けなさい。甲示君は切り分けた竹を綺麗に拭いてからコッチに運んでもらっても良いかな?」
「はい。よろしくお願いします」
お爺さんの指示を受け、次の作業に移ります。
健太が竹を切り、甲示は竹を拭きお爺さんの下へ運びます。
お爺さんは竹を真っ二つに割る作業です。
割った竹がある程度溜まった所でお爺さんは甲示に次の指示を出します。
「甲示君、運ぶのは終わりで、次は割った竹に印を付けてもらって良いかな?」
「はい。前回と同じように太さを決める作業ですよね?何処に印を付ければ良いですか?」
「そうだな……。今回は1cm幅と2mm幅だから、1.1cm~1.3cmで印を付けてもらえるかな?太くなる分は問題無いから細くならないようにな」
「1.1cmですね」
ペンとメジャーを受け取り、竹に印を付けようとします。
「甲示君、待ちなさい」
「はい、何でしょうか?」
竹に印を付けようとした甲示を見て、お爺さんは作業と止めました。
「そうじゃなくて、まずは竹の外周をまず計って1.1cmで割る。そこから何個作れるか計算してから印を付け始めれば均等に分割し易い。1.1cmで印を付けて最後に端数が出るより、端数の部分は1.2cmや1.3cmを組合せて調整すれば、数ミリの細かい部分を出さずに済む。今回は2mm幅の竹籤も作るから端数が出ても良いのだが、後で区別をする手間が増える」
「なるほど」
お爺さんの指摘を受け、甲示は竹に印を付ける作業に戻ります。
「爺ちゃん、全部切り終わった」
健太は竹の切り分け作業を終了したようです。
「じゃあ、竹を拭いてジジイの所に運んで、全部運んだら、甲示君が付けた印の位置で竹を割りなさい」
「了解」
新たな指示を受け、健太は仕事に戻ります。
作業が終わった人から次の作業を振られ、順調に竹籤作りは進みます。
「よし、残りは仕上げだな。健太は荒剥ぎをそのまま続けて、甲示君は面取り作業だ」
「爺ちゃんは?」
「ジジイは2mm幅の竹籤を作る。荒剥ぎが終わったものを4~5分割する作業だ。甲示君、1cm幅の必要分は面取りを行って大丈夫だが、魚籠を作る時に失敗しても良いように予備を少し多く作っておきなさい」
「分かりました」
お爺さんは最後の指示を出し、甲示が面取りを行えるように丸太に1cm幅で小刀をセット。
その後、お爺さん自身は荒剥ぎが終わった状態の竹を数本持ち、作業に取り掛かります。
「爺ちゃん、終わった」
「健太は2mmの面取りだ。準備の仕方は分かるか?」
「さっき見たからたぶん大丈夫。準備が出来たら確認して」
健太は作業台代わりの丸太がなっかたので、少し大きめの板材を使用します。
小刀を打ち込み、お爺さんに確認を取ります。
「これで良い?」
「どれ……。……よし、問題無い」
幅と角度を確認し、小刀の刺さった板材を健太に返します。
承諾を得た健太は面取り作業に移ります。
「これで最後っと」
「結構な量が作れたね。ケンちゃん、お手伝いありがとう。お爺さんもご協力ありがとうございます」
「竹林管理のついでだ。気にする事は無い。不足したら健太に言えば追加で作るからな。遠慮なく連絡すると良い」
お爺さんは作り終えた竹籤をビニール袋に詰めながら甲示に声を掛けます。
「はい。またお世話になるかもしれません。その時はよろしくお願いします」
甲示と健太は廃材の片付けと掃除。
時刻は17時過ぎ。日も傾き辺りが暗くなる時間帯。
約3時間ぶっ通しで作った甲斐もあり、大量の竹籤が完成しました。
「なーくん、起きて。帰るよ」
甲示はお婆さんの膝の上で気持ち良さそうに寝ているなーくんに声を掛けます。
気怠そうに欠伸をし、膝から降り伸びをするなーくん。
「なー」
寝ている所を起こされ、少し不機嫌そうです。
「健太、一緒に帰るなら少し荷物を持ってあげなさい」
「はーい」
健太は間延びした返事をし、量の多い細い竹籤の束を手にします。
「ケンちゃん、ありがとう。なーくんをカゴに入れないといけないから凄く助かる」
「帰り道は一緒だし、気にすんなって」
帰り支度を済ませた2人。
甲示はお爺さんとお婆さんに再度お礼をし、なーくんと竹籤を前カゴに乗せ、門の前で健太と合流します。
「おまたせ。ケンちゃん」
「忘れ物は無い?」
「うん」
「じゃあ、帰るか」
甲示と健太は大量の竹籤を持ち帰路に就くのでした。
甲示の家に着いた甲示達の一行。
「ありがとうケンちゃん。荷物運びもさせちゃってごめんね」
「いいよ。いいよ。魚籠作り頑張れよな」
健太は返事をしながら玄関内に竹籤を運び入れ、帰路に就きました。
甲示は健太を見送った後、なーくんと竹籤を降ろし、自転車を片付けます。
なーくんは自宅に着く頃にはすっかり目が覚め、帰宅後すぐに夕飯の催促です。
夕食を済ませた甲示となーくん。
甲示は竹籤を取り出し、編み始めます。
なーくんは食事に満足して居間の座布団の上で丸まっています。
「魚籠の底の部分ってどう作るんだろう……?」
ある程度の大きさまで竹籤を編んだ甲示が疑問を口にします。
色々と試行錯誤を繰り返していますが上手く曲線が作れないようです。
「明日、学校の帰りに図書館に寄ってパソコンで調べないとダメだな……」
魚籠の底を丸くする作業を諦め、翌日の準備をして就寝するのでした。
~翌日の放課後~
甲示は図書館へ。
図書館へ入館し、受付カウンターに向かい、PC利用の手続きをします。
簡単な注意事項などを口頭で説明され、PC前へ案内されます。
利用時間は1時間。延長する場合は利用者の状況を見て判断されるので、延長の際は受付で再度相談との事でした。
甲示はブラウザを起動し『魚籠 作り方』で検索をします。
検索に引っかかったサイトを上から順に熟読。
幾つかのサイトを読み漁り、1つの答えに辿り着きました。
「……なるほど。骨組みの太い竹籤を放射状に組んでから編み始めるのか。……あっ、でも、底は円形じゃなくても作れるっぽい。土台部分は四角く作って徐々に丸みを付けていく……っと。んー……どっちの方が作り易いんだろう?」
必要な事などをイラスト付きでメモを取りながら魚籠の編み方の検索を続けます。
尚、イラストの腕前は……ココでは触れない事にしましょう。察してください。
「よし!これでたぶん大丈夫。分からないことがあったらまた来よう」
時計を確認すると検索を始めてから45分程経過。
キリも良いのでPCの利用を終了します。
片付けをし、受付で利用の終了手続きとお礼を言い図書館を後にします。
帰宅した甲示はメモを取り出し魚籠作りを開始します。
底部の丸い魚籠と四角い魚籠の2種類を試しに少しだけ編んだ結果……。
「編み始めは丸い方が少し細かくて大変だけど、労力はあまり変わらないかな……?大黒様から聞いたイメージだと全体的に球体っぽい雰囲気だし、丸い方にしよう」
方針が決まった甲示は四角く編んだ竹籤を分解し、丸い魚籠作りを再開します。
お腹を空かせたなーくんに邪魔をされるまで夕食の時間に気が付かない程に没頭していました。
そして、夕食後も魚籠作りは続くのでした……。
翌日以降も魚籠作りは続きます……。
作り方が分からない部分は、その翌日、図書館で検索。
魚籠作りに精励した甲斐があり、金曜日の夜に魚籠は作り終わりました。
「────あとは、ココに腰紐を付けてっと……。出来たー!!」
細かい所を確認すると、編み方が甘く、多少緩い部分もありますが、初めて作った魚籠にしては概ね良好。
「入り口部分の少し絞ってから広げるのが難しかったなー」
完成した魚籠を眺めながら魚籠作りを想起します。
「よし、日曜日に有珠様の所に行こう」
甲示は片付けをしながら週末の予定を立てます。
~日曜日~
今日は朝早くから準備をし、なーくんと一緒に有珠の下へ。
「ごめんくださーい。有珠様いますかー?」
いつも通り声を掛けると奥の方からドタドタと騒がしい足音を立てながら大黒天が近づいてきました。
「おぉー。やはり甲示殿でしたな」
「大黒様、お久しぶりです。魚籠が完成したのでお持ちしました」
大黒天の姿を確認した甲示は魚籠を差し出し、手渡そうとします。
「少し前に息子も連れて来ていますぞ。ささ、上がってですな」
大黒天は完成した魚籠を見て嬉しそうに甲示を招き入れ、息子の居る部屋へ案内します。
大黒天が好き勝手やっていますが、有珠の住処で大黒天の住処ではないんですよね……。
案内された部屋には有珠と大黒天の息子。テーブルの上には3つの湯飲みと御茶請け。
恐らく、ココで3人が寛いでいたのでしょう。
「甲示、よく来たのぅ」
「お邪魔してます。有珠様」
「甲示殿、今、お茶の準備をしますぞ。座るんですな」
大黒天は甲示の肩をガシッと掴み少し強引に座らせます。
「そんな、大黒様、悪いですよ。お気遣いなく」
甲示は立ち上がり、大黒天の後を追おうとしましたが、時すでに遅し。
大黒天は奥へと行ってしまいました。
「大黒も待ち遠しかったんじゃろう。好きにさせてやると良い」
「そんな……」
「それより、それが完成した魚籠かのぅ?」
「はい」
甲示は魚籠を有珠に渡します。
「所々、不安はあるが良く出来ておる。事代主神も元気が出るじゃろぅ」
有珠は魚籠をまじまじと確認し、感想を述べ、甲示に魚籠を返します。
「事代主神さま……?」
「そこで魂が抜けたように呆けとるヤツじゃ」
視線の先には頬が痩け、体は窶れ、まるで生気の感じられない事代主神が居ます。
甲示は事代主神の姿を見つめ、声を掛けて良いものか迷っています。
そこへ大黒天がお茶を淹れ戻ってきました。
「ささ、甲示殿。お茶ですぞ」
「ありがとうございます。事代主神様は大丈夫ですか?」
「まだ、魚籠を渡してないんですな?甲示殿の魚籠があれば大丈夫だと思いますぞ。甲示殿は気が付いていないようですな。事代主神よりも馴染み深い呼び名がありますぞ。甲示殿、魚籠をいただいても宜しいですかな?」
「はい。……馴染み深い呼び名ですか?」
甲示は大黒天に魚籠を手渡しながら質問をします。
大黒天は魚籠を受け取り、甲示の質問には答えず、事代主神へ魚籠を渡します。
「恵比寿。甲示殿がオマエの為に魚籠を携えてくれたんですな。お礼を言うんですぞ」
「えっ!?えぇーー!!え、恵比寿様!!あの恵比寿様ですか!?」
大黒天の口から出た予想外の名前を聞き、甲示は驚愕します。
「そうじゃ。恐らく、お主の想像している神じゃ」
「えーっと……。大黒様と恵比寿様は親子で……。えー……。大黒様も恵比寿様も七福神で……?恵比寿様はとても膨よかなイメージの神様ですが……。んっ?どう言う事ですか!?」
衝撃の事実に理解が追い付かないようです。
混乱気味なのはイメージしている恵比寿天と、眼前の恵比寿天が似ても似つかない姿をしている事も要因の1つでしょう。
「そのままの意味ですな。親子共々七福神に選出されていますぞ」
「大黒様と恵比寿様は親子だったんですね。知りませんした」
「お……おぉ……おーー!!」
甲示と大黒天の会話を他所に、魚籠を受け取った恵比寿天が目に涙を浮かべながら奇声を発します。
魚籠を手にした恵比寿天は、空気を入れた風船の如く丸みを帯び始め、ゲッソリと痩せ細っていた姿が嘘だったかのように丸々とした風貌に様変わりし始めました。
「恵比寿……戻ったんですな?」
「素晴らしい!この魚籠は素晴らしい!邪な感情が多分に含まれているものの、物凄い気持ちの込められた一品!」
『邪な感情』とは恐らく、成功報酬の事を考えながら作っていたのでしょう。
何はともあれ、恵比寿天を元気な姿に戻す事には成功したようです。
「何か納得いかないなー……」
一定の評価はされているものの、手放しでは喜べない評価。
甲示は小声で少し不貞腐れ気味に不満を口にします。
「まあまあ、甲示殿、機嫌を直してほしいんですな。恵比寿、この子が魚籠を作ってくれた人物ですぞ。お礼を言うんですな」
「何と!我に貢物とな!?」
「違いますぞ。……甲示殿、愚息が申し訳ないんですな」
「いえいえ、お気になさらず」
大黒天は正気に戻ったばかりで状況を把握しきれていない恵比寿天の頭を軽く叩き、甲示に謝罪をします。
甲示としては貢物とされた事よりも、魚籠に対する評価の方が引っかかっているようです。
「どう言う事ですか!?」
「甲示殿にお願いして作ってもらったんですな。しっかりお礼を言うんですぞ」
「そう言う事でしたか。勘違いして申し訳ない。誠に感謝申し上げる」
「いえいえ、恵比寿様が元気になられて何よりです。……で、大黒様、例のアレなんですが……」
魚籠の受け渡しが無事に完了した甲示は報酬の話に移ろうとします。
「はて?アレとは何の事ですな?」
惚けたフリをする大黒天。
「材料費を捻出する為のアレですよアレ」
「有珠殿、甲示殿は何を言っているんですな?材料費の話をした覚えが無いんですぞ?」
「ワシも知らん。甲示はお主の小槌を見て勝手に張り切っただけじゃのぅ」
「な゛!?」
大黒天と有珠の口から飛び出た予想だにしていなかった発言に、言葉を失う甲示。
「どどど、どーゆ―事ですか!?」
やっと搾り出した言葉はかなり動揺しています。
「どーもこーもそのままの意味ですぞ。材料費は無いですな?しかし、約束の品は渡しますぞ。有珠殿、完成していますな?」
「うむ。名付けて『プチ出の小槌』じゃ」
有珠は大黒天に問われ小槌を取り出しました。
「誰が名付けたんですか?」
「ワシじゃ」
「センス無いですな」
「修業が必要なレベルのネーミングセンスだ」
酷い言われ様です。
「ゴホンッ!!名前はどうでも良いんじゃ!!今から使い方を説明するから聞くが良い」
酷評に少し怒り気味の有珠。
甲示に小槌を手渡します。
「はい、よろしくお願いします」
甲示は小槌を受け取り、説明を促します。
「まず、柄の部分に計測器があるのじゃ。数字が並んでおろう?」
甲示は握っている柄の部分を確認すると『0』が並んでいます。
「はい。0が10個あります」
「よろしい。一度振って、数字を確認するのじゃ」
有珠の指示通り小槌を振り、再度計測器を確認すると数字に変化がありました。
「一番下が2になりました」
「ちゃんと動いとるようじゃ。それがお主の稼いだ金額じゃ」
「一振り2円!?」
「もう一度振ってみるのじゃ」
再度小槌を振り下ろし、数値を確認します。
「あれ?7になってる。4じゃない?」
「うむ……。小槌は1回振る毎に1~9の数字が無作為に加算される仕組みじゃ。お主は2回振り、2と5を引いた訳じゃな」
「なるほど。……で、コレをどうすれば良いんですか?」
「槌の上部の出っ張っている部分を押せば清算可能じゃ」
有珠の説明を受け甲示はボタンを押してみます。
「……?あれ?何も起きません」
「清算金額は1円からじゃ」
「でも、今7円……」
「それは銭じゃ。よ~く数字を見るが良い。小数点があるじゃろう。今は0.07円。つまり7銭じゃ」
甲示の発言を遮り、有珠は説明の続きをします。
「そ、そんなー」
説明を聞き、肩を落とす甲示。
「甲示殿、落ち込む事はありませんぞ。継続は力なりですな。振れば確実に増えますぞ」
「そ、そうですね」
大黒天の励ましで多少立ち直りました。
「1~9つまり、期待値は5。1秒2振りと考えると、1分で6円。1時間で360円か」
「……」
「余計な事を言わないでほしいんですな」
甲示の士気が落ちる計算をした恵比寿天を大黒天が咎めます。
甲示は『プチ出の小槌』を複雑そうな目で見ています。
「コホンッ。甲示、2つ注意点がある」
「はい……。何でしょうか?」
まだ説明は終わっていなかったようです。
甲示のテンションはかなり低いです。
「1つは甲示自身が振らねばならん」
「他の人に振ってもらうのは無しって事ですか?」
「そうじゃな。それと、扇風機などに括りつけて回すなどの行為も無しじゃ」
「それはそうですよね。でも、僕が持ってるかはどう認識してるんですか?」
「それは……」
「それは?」
「企業秘密じゃ。人に説明しても理解出来ん力じゃ。魔法や神力の類だと考えれば良いじゃろう」
「はぁ……。では、2つ目の注意点は?」
気の抜けた返事をする甲示。
明確な答えを聞けなかった事に対する落胆か、諦めか?
どちらにせよ、これ以上の追及はしないようです。
「2つ目は清算してもお金が手に入るとは限らんと言う事じゃ」
「えっ!?どう言う事ですか!?」
一生懸命、小槌を振ってもお金が手に入らないとなれば一大事。
甲示の声も大きくなります。
「落ち着くのじゃ。話は最後まで聞くが良い。お主が100円まで溜めて清算すると仮定するじゃろぅ?」
「はい」
「その時、道端で100円を拾う可能性もある」
「それだと100円が手に入ってますよね?」
「但し、それ以外の方法で清算される場合もある。例えば、買い物に行った時に100円分の割引が受けられる。とか、100円分の商品がオマケで付くとかじゃな」
「なるほど。つまり、何が起きるかは分からないんですね」
「そうじゃ。多少の誤差が生じる可能性もあるのじゃ。金額が高い分は何もないが、低い分は誤差分が戻るようになっておる。100円で清算してジュース1本とかも有り得るし、95円分しか使わなかった場合は5円は戻ると言う事じゃな」
「自分の使いたいように使えないお金か。便利なような不便なような……」
「損はしないので暇な時に振ると良いですぞ」
大黒天がフォローになっているのか、少し疑問が残るフォローをします。
「それと最後に。清算されるまでの時間は24時間以内じゃ。ボタンを押した後すぐに清算されるとは限らんのじゃ」
「注意点が3つに……」
「いらぬツッコミはするでないのじゃ。何か質問があれば答えるのじゃ」
甲示は小槌をじっと見つめ、何かを考えています。
「いえ、今の所は……。使い勝手が悪いなって事以外は……」
後半部分は小声で愚痴をこぼすように呟きました。
「不満なら返しても良いんじゃぞ?」
「いえいえいえ!満足してます!わー嬉しいなー!!」
まさかの没収宣言に甲示は焦り、首をブンブンと振りながら前言を撤回。
ついでに棒読みながらも喜んでいる事を伝え、取り入ろうとします。
使い勝手が悪く、思い通りにお金が手に入らなくとも、手放すのは惜しい一品なのでしょう。
「「「……」」」
変わり身の早さに呆れている所為か神様一同、冷ややかな視線を甲示に送ります。
「ハハハハハハ……。大切に使わせていただきます。ありがとうございます」
3人の視線に耐え切れなくなった甲示は乾いた笑いで誤魔化し、謝意を表します。
「まあ、良いじゃろう」
「そうですな。今回、甲示殿にお世話になったのは事実ですぞ」
「我も魚籠を大切にさせてもらう」
「いえいえ、元はと言えば、なーくんが原因だったみたいで……」
何とか微妙な空気を一新し、丸く収まったようです。
「────では、この辺りでお暇させていただきます」
暫く4人で会話。
甲示は時期を見て暇乞いをします。
「うむ。また何かあったら来るのじゃ」
「暇な時は我らの所にも遊びに来ても良いぞ」
「そうですな。その時は歓迎いたしますぞ」
3人の見送りを受け、甲示となーくんは帰路に就きます。
「なかなか面白そうな事を♪お婆様に言われ、嫌々様子を確認に来ましたが、思わぬ収穫ですね♪お三方には少しお話をお聞きして、こんな何も無い寂れた場所とはさっさとおさらば致しましょう♪」
塀の陰から甲示の動向を観察する怪しい人影……。
この人物の正体とは……?
~自宅~
「1時間で360円くらいって言ってたなー。なーくんの食事代くらいは稼ぎたいな」
自宅に戻った甲示は早速『プチ出の小槌』を振ります。
しかし、10分程度振り続けた結果……。
「つ、疲れた……」
1秒2振りで計算して、10分で約1200回。
疲れるのも当然です。
金額を確認すると……。
「57.36……。まだ57円!?」
金額の低さに驚愕します。
なーくんの餌代の半分にも届いていません。
「仕方が無い。時間を見つけて地道に頑張るしかないか」
小槌をテーブルに置き、部屋の隅にある余った竹籤の束を見つめます。
「余ったけど、コレどうしようかな……。捨てるのも勿体ないしなー。……あっ!そうだ!」
何かを思いついた甲示は竹籤を編み始めました。
~数日後~
「完成!」
甲示の手元には竹籤で作られた四角柱の小さな入れ物が2つ。
「ケンちゃんのお爺さんとお婆さん、喜んでくれるかな?後でケンちゃんに連絡してもらってから渡しに行こう」
────後日、甲示は健太の祖父母へ手作りの入れ物を贈りました。
2人は大層喜んで甲示からの贈り物を受け取りました。
お爺さんはハサミやペンなどを入れるペン立て代わりに。
お婆さんは玄関に飾る一輪挿しに使い重宝しているようです。
─ つ づ く ─