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有珠達と別れ、無事に元の世界へ帰還した甲示と猫。
甲示はある事に気が付きます。
「あれ?まだ日が高い……?」
向こうの世界で数時間は過ごしていたはず。黄昏時とまでは行かないまでも、もう少し日が傾いていても可笑しくはないです。
「何でだろう?分かる?」
一応、何度も行き来している情報通(?)な猫に疑問を投げかけます。
「み?」
猫は首を軽く傾げ、短く返事をするのみ。
そもそも猫が言葉を理解しているのかも謎です。
話し相手の雰囲気を察して甘えてみたり、怒ってみたりしている可能性もあります。
言葉を理解していても時間の流れの謎を理解していない可能性も勿論あります。
「そっかー。分からないかー……。うーん……。まあ、考えても仕方ないか。猫ちゃん、祠までの案内よろしくね」
楽観的と言うか、諦めが早いと言うか……。切り替えは大切です。
甲示考える事を早々に諦め、自分がすべき事へと考えをシフトさせます。
「みー?」
猫は小首を傾げます。
「んー……。どう伝えれば良いのかな……。祠……祠……。分かる?こう、屋根があって、人がお願いをする様な場所……なのかな?……でもって……」
甲示は一生懸命、身振り手振り祠の形などジェスチャーを交えながら猫に伝えようとします。
「み?」
……ですが、努力の甲斐も虚しく伝わりませんでした。
残念な結果に甲示はガックリと肩を落とします。
「そうだよなー……祠って言っても形はそれぞれだし、此処の祠の形、僕、分かってないしなー……。伝わらないのも無理はないかな……。これからどうすれば良いんだろう……。……あっ!そうだ!!」
甲示は何かを閃き、大樹の周りを歩き始めます。
「お母さんが生前『大樹の根元に祠がある』って言ってたんだから、1周回れば見つかるじゃん♪僕って頭いい~♪」
生前の母の言葉を思い出した甲示は大樹の根元にある祠を探します。
……本人は自画自賛していますが、普通にノーヒントで思いつきます。
大樹の根本を時計周りに探していると、お目当ての祠を発見しました。
「うわー……。ボロボロ……」
発見した祠は見るも無残な状態。屋根の一部は腐って崩れ落ちたのか穴が開き、扉の片方は外れ、少し離れた場所に倒れています。残っている扉も上側の留め具が外れ、傾いている状態。
あまりにも酷い状況に甲示もドン引きです。
甲示は少し考えてから行動に移しました。
「まずは……。扉はこのままだと何時壊れてもおかしくないから……。扉を閉めて開かないように固定して……っと。……よし、これで応急処置は終了……。後は色々と持ってきてからじゃないと直せそうにないかな。……必要な物も多そうだし、まずは家に戻ってメモ用紙と工具一式……んー……。とりあえずはメジャーとドライバーがあれば大丈夫かな?」
「猫ちゃん、すぐ戻るから此処で待っててね」
「みー」
猫へすぐ戻る事を伝え、甲示は必要になりそうな物を忘れないようにしながら一旦帰宅します。
家中を漁り、工具セット(工具箱に入っていた物全部)と鉛筆、ノートを持ち、再度、祠へ向かいました。
「ただいまー」
「みー」
「まずは何をすれば良いんだろう?サイズを測るのが良いのか、修復が必要な場所を洗い出した方が良いのか……それとも、設計図的な物を書いて完成した時のイメージを鮮明にした方が良いのか……。んー……考えても進まないし、これ以上壊れないように注意しながらダメそうな部分を分解しよう」
考えている時間が勿体無かったのでしょうか?頭を動かさず、まずは手を動かす事に決めた甲示。
扉を解体。、壊れないように注意し、地面に置く。
「これで大丈夫。次は……修復が必要な箇所の確認かな?」
全体を隈無く調べ、壊れている箇所や腐って朽ちてしまっている箇所などの確認をします。
「樹に面してる方は意外と大丈夫だけど……。正面がなー……。横側も前半分は結構ボロボロだけど、補強するか腐食防止剤を塗れば大丈夫かな……?土台……?基礎……?の部分は石造りだから大丈夫だとして……。あっ!扉の確認!!」
甲示は凡その修復箇所の書き出しをしています。
「これって、窓の部分は初めから何も無かったのかな?ガラスとかは僕だけじゃ嵌めるのは無理だし、障子紙で良いのかな?でも、吹き曝しだとすぐに破れそうだよな……」
甲示は扉とにらめっこしながら独り言を呟きます。
「考えても分からないから最後に考えれば良いかな。とりあえず、採寸!全体サイズと個別に必要なパーツのサイズだけで大丈夫かな?」
甲示は色々と考えながらメモを取っています。
簡単な設計図とサイズ、使われている部品などが主なメモの内容です。
「今日はもう出来る事は無いかな……。猫ちゃん、帰ろうか」
工具はあっても木材や釘などの材料はない。
これ以上、作業は進まないと判断をし、猫に帰宅の意を告げます。
「みー」
暇を持て余し、自分の尻尾とじゃれ合っていた猫が返事をし、近寄ってきました。
甲示は工具を片付け祠の横へ置きます。
今後も作業で使う予定なので、持ち帰らずに置きっぱなしにするようです。
下山をして帰路に就く途中、甲示は猫に声を掛けます。
「ちょっと買い物がしたいから寄り道しても良いかな?」
「みー」
甲示は猫の声の調子から了承されたと判断をし、とあるお店に立ち寄ります。
立ち寄ったお店は近所の材木店。
「いらっしゃいませー……って甲示か。客かと思ったぜ」
「こんにちは。ケンちゃん。一応、今日はお客として来たんだけど……」
レジ近くで座りながらの接客しているのは甲示の同級生で木材店の一人息子の『財城 健太』
今日は家の手伝いで店番をしているようです。
「マジか……。お客様~、何かご入用ですか?」
客と知るや否や突如始まる接客トーク。
この子も甲示と同じで現金な子ですね……。
「ケンちゃん……。気持ち悪いから普通にして。少し厚めの板が欲しいんだけど、どうすれば良いの?」
「サイズと材質は?」
「みー」
「のぉゎ!!!ビックリした……」
急な猫の出現に思わず変な声が出てしまう健太。
「ごめん、ごめん。猫ちゃん、テーブルの上に乗っちゃダメでしょ。降りて」
「いやいやいや。ペットの入店自体が禁止だから。店の前に喫煙者用のベンチがあるからソコで待たせとけ。他の客に迷惑だろ?」
一瞬の驚きから立ち直り、冷静にツッコミを入れる。
「他の……客……?いつもお客さん居ないじゃん。もう、ケンちゃん冗談が上手いんだからー」
甲示の指摘通り、現に今も閑古鳥が鳴いている状態の店内。
……しかし、他のお客様が居ないからと言って何をしても良い訳ではありません。
「今の発言、後で親父にしっかりと伝えておくからな」
「あー!!なしなし!!今の無し!!猫ちゃん。大人しく表で待ってようねー」
甲示の反応から察するに、健太の親父さんは怒らせると怖い人なのでしょう。
甲示は猫の両脇に手を入れ、表のベンチに座らせます。
「な゛ーーー!!」
例の如く、自分の思い通りに行かないことに関しては不機嫌になる猫。
「すぐ戻るから、ちょっと待っててねー」
猫の返事を待たす、逃げるように店内へ引き返す甲示。
「で、サイズは……」
甲示はポケットからメモを取り出し、健太にサイズや枚数など必要事項を伝えます。
「ふんふん。なるほどなるほど。で、材質は?」
「えーっと……。良く分からないから高く無いヤツが良いかな」
「じゃあ、予算は?」
財布を取り出し、中身とにらめっこする甲示。
(安すぎると神様に失礼な気がするし……。かと言って高過ぎると僕の消費が……。……後で費用の請求とか出来るのかな?……いやいや、流石にそれは失礼すぎるだろ!……)
脳内で色々と自問自答し、セルフツッコミを繰り返す甲示。
「さ、……いや、ご、5000円で!」
一瞬3000円と言いかけたのですが、思いと留まり5000円に変更したようです。
少し声が震えていますが、男気と言う事にして見逃してあげましょう。
「まあ、サイズと量を考えると、高過ぎず安過ぎずって感じか……」
「あっ、そうだ。外で使うから水に強いやつか腐食防止剤?みたいなのがあればそれも欲しいかな」
「水に強い材質か……檜かな……?そうなると5000円だとちょっとキツイかな……」
健太は手元の値段表を見ながらブツブツと口に出しながら考えます。
「甲示、悪いんだけど明日もう一回出直してもらっても良いかな?親父に相談してみないと分からん」
「うん。じゃあ、また明日来るね」
甲示は健太に別れの挨拶を述べ、外に出ます。
「猫ちゃんおまたs……」
甲示の目に映ったのは、猫と戯れる一人の少女。
猫は下顎を撫でられゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らしています。
「あ、杠葉さん、こんにちは」
「甲示君、こんにちは。この猫、甲示君の猫?可愛いね」
彼女の名前は『杠葉 凪沙』
彼女も甲示と同級生の可愛らしい女の子です。
「まあ、黙ってる時は可愛いかもね……。でも、よく触れたね。触ろうとすると嫌がるんだけどなー……」
「そんな事無いよ。声を掛けたら可愛らしい返事もしてくれたし、触っても嫌がられなかったよ。ねー」
「みー♪」
何時もの不機嫌な声ではなく、余所行きの可愛い声で返答する猫。
猫の態度に甲示も心穏やかではない様子。
甲示の場合は『撫で回しの刑』を実行した前科があるので警戒されて当然な気もします。
「あれ?杠葉さんの家ってコッチだっけ?」
「違うよー。友達と遊んだ帰りで、そこの道を通ってる時にベンチに猫が座ってるのが見えたから近づいたんだけど、逃げなかったし触らせてもらってたの。甲示君、この猫の名前は?」
「名前……?えーっと……。ごめん。実は少し預かってるだけだから分からないんだ。名前は今度聞いておくね」
有珠に半ば無理矢理な形で押し付けられた猫ですが、肝心の名前を聞いておらず、杠葉の質問に返答する事が出来ませんでした。
「そうなんだー。名前が分かったら教えてね。……じゃあ、ワタシ帰るね。バイバイ、猫ちゃん」
「みー♪」
「うん、じゃあね。バイバイ」
猫は今まで聞いた事のない程、上機嫌な声で返事をします。
甲示も返事をしますが、杠葉は完全に猫しか見ておらず、手も猫に向かって振っています。
「何だ……。普通に触らせてくれるんだ……」
杠葉と猫の様子を見て猫が触られる事自体を嫌っているのではないと考え、猫に手を伸ばします。
……しかし、猫は甲示が伸ばした手を前足で軽く払い除け、プイッと甲示から目を逸らし、ベンチから飛び降り、帰路に就き始めました。
その背中からは『用事が済んだなら帰るぞ』と言う意思が犇々と伝わってきます
「……」
杠葉への対応と自分への対応の違いを目の当たりにし、甲示は声も出せずにポカーンとしてしまいます。
「な゛ーー!!」
立ち尽くしたまま動こうとしない甲示に不満気な声を出します。
「納得いかないなー……」
甲示は猫の態度が腑に落ちない様子ですが、これ以上、仲が悪くなってはいけないと思い、足早に猫の後に続きました。
甲示と猫が帰宅した時には日は落ちかけ、辺りも薄暗くなってきた時間帯でした。
「もう、こんな時間か……。夕飯の準備しないとなー……」
そう呟くと甲示は台所に向かいます。
野菜室から数種類の野菜を取り出し、洗始めます。
コンビニやスーパーの総菜に頼らずに自炊するとは感心です。
「そろそろ野菜炒め以外も作れるようにしないとな……」
料理のレパートリーについてぼやきながら野菜をざく切りにし、炒めていきます。
……その時、事件は起きました。
「みー」
「あっ……」
猫を見て何か思う甲示。
「ね……猫ちゃんの餌が無い!!……人間の食べ物はダメな物もあったはず……確か、ネギ系はダメって聞いた事があるような。あとはー……チョコレート!……それとー……牛乳も猫用じゃないとダメって聞いた気がする。……ご飯は大丈夫かな?」
甲示の作っている野菜炒めには、玉ねぎが入っています。
猫が玉ねぎなどを食すと最悪の場合、死に至る危険があるので、絶対に食べさせてはいけません。
「猫飯で良いかな?あー……でも、塩分って猫が摂取しても大丈夫なのかな?醤油無しの白米と鰹節だけ?」
甲示の慌てふためく様子をジーっと見つめる猫。
無言の圧力でしょうか?……妙な雰囲気を醸し出しています。
「ね、猫ちゃん、ご飯と鰹節と水で良いかな?」
甲示はしゃがんで猫と自分の視線を近づけ、おっかなびっくり猫へ質問します。
「な゛ーーーー!!!!」
猫は不満を爆発させました。
結果……甲示に飛びかかると同時に爪を立て数ヶ所引っ掻く行動に出るのでした。
……まあ、当然の結果です。
「ぎゃーーーー」
その後、甲示は猫の機嫌を回復させる為、顔に数ヶ所の引っ掻き傷を拵えコンビニダッシュして猫缶を入手するのであった……。
~翌日~
いつも通り登校し、席につき授業の為の準備をしていると、健太に声を掛けられました。
「甲示、おはよっす。昨日、頼まれてた材料の件なんだけど、親父が今日、何種類かサンプルを用意しておくから来いってさ」
「ケンちゃん、おはよー。じゃあ、授業が終わって1度家に帰ってからでも大丈夫?」
「大丈夫だけど、2度手間にならない?少し回り道して帰りに寄った方が早くない?」
「そうなんだけど、猫を1匹にしておくのが少し不安だから、様子を見たいんだよね」
一応、猫用のお昼ご飯は用意してから登校したので、猫自体の心配は無いと思われます。
柱での爪とぎ。走り回った痕跡の残る床。物が落ちる。などの危険性……心配なのは家の方でしょう。
あの猫の事なので何かしらの悪戯をされていても可笑しくありません。
食べ物を食い散らかされている可能性もあります。
そんな小悪魔を何時間も家に放置している状態。気が気じゃないでしょう。
因みに、猫が外に出られるように洗面所の窓は少し開いた状態になっています。
防犯面の不安もあります。
まあ、ド田舎で人も少ないので大丈夫でしょう。
……この油断が一番危ないんですがね。
「じゃあ、親父にはそう伝えておくよ」
「うん、よろしくね」
「よーし、HR始めるぞー。全員席につけ―」
健太は担任が教室に入ってくるのを確認し、そそくさと自分の席へ戻るのであった。
~放課後~
家と猫の様子を確認する為、一時帰宅。
2階の自室へ戻るまでの間、特に荒らされた様子は無し。
自室のドアも閉まっていて、猫が侵入した痕跡もないようです。
「大人しく待っててくれたっぽいな……。よかったー」
甲示は勉強道具の入った鞄をベッドへ投げ、安堵のあまり独り言を呟きホッと一息ついた。
その後、甲示は猫の安否確認を兼ねて猫の捜索に入る。
1階へ降り居間へ行き、猫の不在を確認。次に台所へ向かう途中に置いてある猫用の餌置き場の確認。餌は綺麗に完食されている状態でした。
そして、台所に入ると……。
荒らされ放題の状態。盛大に荒らされすぎて泥棒を疑うレベルです。
荒らされてるのが台所だけなので恐らく猫の仕業でしょう。
「……」
荒らされた台所を見た甲示は口を開け茫然自失と言った感じです。
あまりの光景に口をぽかーんと開け、状況が理解出来ずに言葉も出ません。
幸いな事は食器棚が開き戸だった為、猫が戸を開けることが出来ず、食器が散乱しなかった点でしょう。
「コレは酷い……」
やっと絞り出した言葉がこれです。
甲示は知らないのでしょう……。ある程度の重さの引き戸なら猫は開けられると……。
知らなかった結果が台所の戸を開けられ、この惨状です。
その時、甲示の後ろからトタトタと猫の足音が聞こえました。
甲示の気配を察知し、外から戻ってきたのでしょう。
「みー♪」
猫の姿を確認する為、振り返った甲示の目に飛び込んできた物は……。
猫の足跡☆
土で足を汚したまま洗面所の窓から戻ってきたのでしょう。
洗面所から転々と猫の足跡が続いています。
「あー!!もう、お外で遊んで来たら足を洗わないとダメでしょ!!」
甲示は小さな子供に言い聞かせる様に猫を注意します。……無駄な努力だと思います。
案の定、猫は甲示を尻目に懸けるように居間へと入って行きました。
「猫ちゃん、後で片付けはするけど、僕、今から出掛けるから、これ以上家の中を荒らさないでね」
甲示は家の原状回復を後回しにし、猫の安否を確認出来たので健太の親父さんに会うべく材木店へ足を運ぶのでした。
~材木店~
「ごめんくださーい」
「おっ、甲示、意外と遅かったな。猫は大丈夫だったのか?」
健太が店の奥から顔を出し、甲示に話し掛けます。
「ま、まあ、猫は無事だったかな……家は大変だけど……」
「親父―!甲示来たよー」
健太は甲示に話し掛けたものの、会話の内容は聞かず、店の奥に居る親父さんに声を掛け、甲示の来店を知らせます。
「おー、来たか甲示。ちょっと待ってろ」
「はい」
親父さんは奥で何か作業をしている最中らしく、甲示に少し待つよう要望します。
暫く待つと奥から親父さんが数種類の端材を持ち、甲示の元へと近づいてきました。
「おう、待たせたな。早速、本題なんだが……」
親父さんは端材をレジ横のカウンターへ並べ、木材の説明(値段や特徴、主な用途など)を丁寧にします。
「でさぁ、甲示は何を作るつもりなの?」
「えーっと……」
正直に『祠の修復をする』とは言えず、言葉に詰まる甲示。
「みー」
その時、開けっ放しにしていたドアから聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきました。
「あー!コラッ!前にも店の中に入ったらダメって言っただろ!外で待ってな。シッシッ」
猫の姿を確認した健太が手で追い払う仕草をしながら叱るように注視します。
「ごめんね、ケンちゃん。今、外に出すから」
健太と親父さんに軽く頭を下げ、猫を外のベンチに誘導します。
「此処は入っちゃダメなの。すぐ終わるから、ちょっと待っててね」
猫は無言でベンチに座り毛繕いを始めました。
不機嫌になると思いましたが、今回は予想に反し聞き分けが良いです。
「何だ甲示、猫飼い始めたのか?」
「ちょっと知り合いから預かt……」
「ははーん、分かったぞ。さては甲示、オマエ、猫の小屋を建てるつもりだろう?でも、5000円も出せば猫の小屋は普通に買えるんじゃないか?」
甲示は猫は預かっているだけ。と訂正しようとしたのですが、何かを察した親父さんの迷推理が始まってしまいました。
しかし、言い訳を思いつかなかった甲示は親父さんの迷推理に光明を見出しました。
「そ、そうなんです!せっかくなので自分で造ってあげた方が愛情が伝わっていいかなーって思ったんですよ!」
妙に力強く説明する甲示。
猫の小屋を木材で……?犬小屋じゃないんだから……。とか思ってしまいます。
猫はダンボールとか喜んで住処にするので犬小屋と違い安上がりです。
……せっかくホームセンターなどで小屋を買っても、小屋が入っていた段ボールの方がお気に入りで小屋に入ってくれない事もあるんですよね……。
しかし、正直に『祠の修復』と言えない以上、多少無理矢理な感じでも致し方ないでしょう。
「そう言う事なら仕方ねーな。釘とかネジとか多少は色を付けてやろう」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
懐事情が苦しい甲示にとっては渡りに船。ありがたいお話です。
その後、甲示と健太の親父さんの話し合いは続き、最終的に材質は杉に決定。腐食防止剤とカット込みで予算内に収める事で話がまとまりました。
……かなり親父さんは奮発してくれてた気がします。本当に採算が取れているのか疑問です。
「今から色々と加工したりするから、出来上がりは明日だな。取りに来るか?それとも、自宅に配達した方が良いか?」
「お金は今日お支払いするので、自宅まで届けてもらっても良いですか?明日も学校なので留守の時は玄関前に置き配で大丈夫なので」
「おう。じゃあ、明日、適当な時間に届けておくぞ」
「はい、よろしくお願いします。色々と相談にも乗っていただき、ありがとうございました」
甲示は親父さんにお礼を言い、外へ出ます。
外のベンチには甲示を待ちくたびれたのか、猫は丸くなって寝ていました。
「猫ちゃん、おまたせ。帰ろうか」
「みー」
甲示が声を掛けると猫はゆっくりと起き上がり、ベンチから飛び降り甲示の後をテトテトとついて行きます。
何だかんだ言っても甲示に懐いています。頑として撫でさせる様子は無いですが……。
そして、用事を済ませた甲示と猫は帰路に就くのでした。
家の惨状をすっかり忘れたままだった甲示は台所に入り、肩をガックリと落としながら片付けをするのであった……。
~翌日~
甲示は昨日と同じ轍を踏まないように、洗面所の扉と窓以外、全部屋の扉をしっかりと閉め、外側から突っ支い棒を設置し、猫が侵入出来ないように細工をしました。
……あの猫の事なので、中に入りたいと思った場合、何としてでも部屋の中へ侵入する気がします。
棒を退かしたり、突っ支い棒の無い方の襖を開けて進入したり……。
そこまで頭が回らなかった甲示は棒を設置し、一安心の様子。
最後の仕上げとして、猫に注意をします。
「猫ちゃん、部屋には入れないようにしたからね!昨日みたいに廊下を汚したらダメだからね!」
しかし、猫は甲示の忠告を聞いているのかいないのか……。プイッと明後日の方向を向き外へと飛び出していくのでした。
「分かってるのかな……」
甲示は一抹の不安を感じながら登校するのでした。
学校では、健太に小屋作りの事などで声を掛けられましたが、特に変わった事も無く下校時間になりました。
昨日の惨状の記憶もあったので、甲示は大慌てで帰宅します。
その様子を見た同じクラスの生徒は普段の甲示らしからぬ行動をポカーンと眺めるだけでした。
その行動を目撃した生徒の一部から『母親が亡くなってから甲示は少しおかしくなったのか?』と不名誉な噂が流れるのですが、健太が猫の話を交えながらフォローしてくれたおかげもあり、大事に至らなかったのであった……。
甲示が帰宅して最初に目に入ったのが、玄関前に置かれた木材でした。
しっかりと鉋が掛けてあり、やすり掛け、腐食防止もされていて至れり尽くせりの状態でした。
「あっ、届いてる」
玄関前に置き配されている木材を屋内に運び入れ一息つく。
「ふぅ……。結構運ぶの大変だな……。祠までどうやって持って行こうかな」
大きさや量を考えると1度で全てを運ぶのは大変そうです。
運ぶ量を増やせば1回1回の山登りが大変。運ぶ回数を増やせば1回の山登りは簡単になりますが、その分、山登りの回数が増えてしまいます。
……どちらにしても大変です。
暫く考えた末に、甲示は3回に分けて運ぶことに決めました。
次に甲示は祠まで運びやすくする為、木材を纏める物を探します。
「えーっと……ロープで縛るのは確定として……ズレないようにタオルとか風呂敷みたいな物で巻いた方が良いよなー」
甲示はロープなどを探す為に居間へ移動します。
突っ支い棒の甲斐あってか、猫は侵入していないようです。
廊下には猫の足跡が点々としていたのですが、廊下の汚れは諦めているようです。
居間にロープやタオルの類が無かったので、洗面所へ移動し、雑巾を用意して廊下の雑巾掛けをしつつ台所へ移動します。
台所を物色するとビニール紐を発見しました。
「少し強度が心配だけど、多く巻き付ければ大丈夫だよね……たぶん」
多少の不安はあるようですが、恐らく大丈夫と判断をし、ロープの代わりにビニール紐で妥協する事になりました。
その後、2階へ上がり、程よいサイズのタオル探しを開始します。
「タオルはー……バスタオルが大きいから使いやすいのかな?」
大は小を兼ねるの精神でバスタオルを3枚手にし、玄関へと戻ります。
甲示は運びやすいように3回分にサイズや量を調整しながら木材を分別し、タオルとビニール紐で運びやすいように縛り始めました。
「よし、準備完了♪……そう言えば、猫ちゃんの姿が見えないけど、何処に居るんだろう?」
廊下に足跡。餌は完食。生存しているのは間違いないでしょう。
木材を縛り終え、甲示は祠への搬入時期を考えていました。
そんな折、玄関ドアの磨りガラス部分に小さな影が映り込みます。
「みー」
猫が帰ってきたみたいです。
洗面所の窓が開いていて、自由に入れるはずなのですが、甲示にドアを開けさせたいみたいです。
筆者の実家で飼っていた猫達も、自分で襖やドアを開ける技術を持っているのに、人(筆者)が近くに居る時は自分で開けず、視線や声などで筆者に開けるように訴えていました。
まあ、筆者は猫様の下僕なので喜んで開閉作業に従事させていただきました。
一方、甲示は……。
「おかえりー。今まで何処に行ってたの?」
声を聴き、何の疑いも無く反射的にドアを開け、猫を家の中へ招き入れます。
無意識であったとしても、ご主人様のために働く。これは潜在的にどちらがご主人様か理解し、自分の立場を弁えている証拠と考えて良いでしょう。感心感心。
「みー♪」
その様子に猫もご満悦です。
こちらも生まれながらにして、人間の上に立つ定めを担う者としての立場を理解しています。
流石でございます。
そして、開かれた扉から悠々と家の中へ入り、玄関に置かれた木材の上に飛び乗ります。
「み?」
「コレはね。祠の修復用の木材だよ。爪とぎしたらダメだよ」
甲示が注意した傍から爪とぎを始める猫。
一応、バスタオルで巻いていた場所なのでセーフです。
「あーーーー!!!」
突然の出来事に、つい大きな声を出してしまう甲示。
猫は甲示の声に驚き、家の奥へ逃げるように走り去っていきます。
「あー……。猫ちゃーん。大きい声出しちゃって、ゴメンねー」
玄関から猫の逃げた方へ向かい少し大きめの声で猫に聞こえるように謝罪します。
「此処に置きっぱなしだと不安だな……。よし!今すぐに運び出しちゃおう。善は急げってやつだね」
少考の後、甲示は意を決し行動に移します。
あっ、因みにですが、『善は急げ』よりは『思い立ったが吉日』や『好機逸すべからず』の方が適切だと思います。
しかし、祠の修繕は善行と言えば善行。強ち間違いとも言い難いかもしれません。
まあ、ツッコむ人も居ないですし、甲示の独り言なので気にしないことにしましょう。
家と祠を3往復して木材の搬入を終了します。
「つ、疲れた~。部活に入ってないから体力が無いのは何とかしないといけないかな……」
小さな山と言えど、山は山。流石に荷物を持った状態での山登りを3往復は部活をしていて体力があったとしてもキツイと思います。
木材の搬入が終わり、帰宅した頃には日は完全に落ち、辺りは真っ暗です。
夜の登山は本当に危険なので夜間登山をする場合は装備をしっかり整えて登るようにしましょう。
玄関を開けると猫が家の奥から顔を覗かせます。
「みー」
「ただいまー。どうしたのー?」
「みー」
猫は甲示に声を掛けると台所の方へと姿を隠します。
「来いって事かな?」
甲示が後を追うと、猫は餌入れの前で悠然たる態度で待機していました。
「あー……ゴハンだね。ちょっと待ってね。今、猫缶をあけr……」
猫に声を掛けながら先日コンビニで買い溜めした猫缶に手を伸ばす……も。……手は空を切るばかり。
そうです。今日のお昼の分が最後のストックだったのです。
「あっ……。き、今日は猫飯でも良いk……ぎゃー―――――――――!!!!!」
先日、同様の光景を見た気がします。
……それにしても、いつの間に甲示に飛びかかり、引っ掻く事の出来るような高い位置に移動していたのでしょう?
まるで猫缶が無い事を事前に知っていたかのような早業でした。
そして、甲示は疲れ切った体に鞭打ってコンビニダッシュをするのであった。
言うまでもなく、顔には猫から調教された後をしっかりと残しながら……。
ご主人様(猫)が下僕(人間)を調教&教育をするのは当然の事。今回は主人の食事を用意しなかった甲示に100%の落ち度があるでしょう。
翌日の放課後は小さな荷物をポケットに詰め込んだだけ。ほぼ手ぶら状態で山登り。
甲示の後ろには猫も同行しています。
祠前に到着し、昨日運び込んだ木材の開梱作業を開始します。
開梱作業の途中で甲示はある事を思い出します。
「そう言えば、おじさんがオマケでくれた物の中身、確認してなかったな。何が入ってるんだろう?」
甲示は独り言を呟きながら、健太の親父さんが木材と一緒に置いた小袋をポケットから取り出し、中身を確認します。
「釘と……ネジと……コの字型の釘かな?……それと、かまぼこ板?……あとは紙やすりとメモ用紙?……他には入って無さそう」
中身は大小様々な釘とネジ。コの字型の釘は鎹ですね。
紙やすりは入っているものの、注文した木材には既にやすり掛け等が施されているの状態で必要なさそうですが、甲示が木材を加工した場合の事を考え、一応入れてくれたのでしょう。
至れり尽くせりと言った感じです。
そして、一通り袋の中身を確認し終えた甲示は徐にメモ用紙を確認します。
「釘の使い方とか、打ち方とかのメモかー。ふむふむ……。なになに……。コの字型の釘は鎹で板と板を繋ぎ合わせるのに使う……。へー……これが鎹かー。『子は鎹』って諺でしか聞いた事無かったなー。実物を見るのは始めてかも」
甲示は色々と感心しながら親父さんのメモを熟読します。
メモによると甲示が『かまぼこ板』と言っていた代物はどうやらペット小屋に付ける為のネームプレート用にと廃材から適当なサイズの板を入れてくれていたようです。
……まあ、作るのはペット小屋ではないんですがね……。
誤解を解いてないので仕方ないでしょう。
親父さんのメモを熟読していた所為もあり、読み終わる頃には日も落ち掛け、辺りは暗くなりつつあります。
「今日はもう帰ろう。猫ちゃん帰るよ」
「みー」
完全に日が沈み切る前に帰宅するようです。
甲示は猫に声を掛け、親父さんからのメモをポケットに入れ、釘などは小袋に戻し工具箱の近くに保管し、帰路に就きます。
メモを読むのに時間を取られすぎて何の作業もしていないですね……。今日は散歩しただけです……。
家に着き、猫の餌を用意し、自分の夕飯の準備を開始する。
そして、食事をしながら親父さんのメモを再度熟読。
「やっぱり、学校が終わってからだと時間が無いなー……土日の午前中からやった方が効率良さそうだし、平日は作業しないで土日に集中的にやる事にしよう」
食事を終えた甲示は今日の事を振り返りながら独り言ちます。
部活に入っていないとはいえ、学校が終わり帰宅すると16時半~17時になってしまいます。
そこから山登りをして暗くなるまでの時間となると作業時間が限られてしまいます。
休日に集中してやる方が賢明でしょう。
そして土曜日の朝……。
甲示は身支度をし、山登りを開始します。
親父さんのメモはポケットに入れています。
工具や木材などは祠の近くにあるので今日も手ぶらです。
祠の前に到着し、祠の修復をする為の準備を開始します。
家を出たのが9時過ぎなので現在時刻は10時前と言った所でしょう。
両側面と正面近くに必要な木材を分配します。
割合的には向かって左側面が3割、右側面6割、正面1割程度の配分。
左側面は大樹と大樹の根が雨風を防いでいたおかげで損傷は右側よりは少なめで補強がメイン作業です。
右側面は穴が開いていたり、木材が腐っていたりするので、木材の差し替えが必要。
正面の損傷は酷いように見えますが、大半が扉なので扉を付け直すだけで大丈夫そうです。よって、扉の使い回し&補強、蝶番の交換などの軽い作業内容で十分だと思います。
背後は汚れや軽い傷はありますが、そのままでも問題ないでしょう。
「よーし、頑張るぞー」
甲示は腕まくりをし、やる気満々です。
まずは腐っていたり、穴が開いていたりする箇所。交換が必要な板を外します。
板を外してみると、傷んでいるのは外側だけで、内側の梁などは無事です。
外した板は邪魔にならない場所に重ねて保管。
少し大きめな祠だったり慣れない作業だったりした事もあり、意外と時間が掛かってしまい、両側面の不要な板を外す作業を終えた頃にはお昼を過ぎていました。
「お腹空いたなー……」
「みー」
「ご飯食に一旦家に帰ろうか」
「みー」
猫も甲示の意見に賛同しているようです。
……と言うか、何故お弁当なり、おにぎりなりを持参しなかったのでしょうか?
一旦帰宅し、昼食の準備を開始する甲示。
猫の餌は猫缶を開けて皿に装うだけです。
昼食を終え、再度山を登り、祠の前へ到着しました。
「ふぅ……。1日に何回も登るのは大変だね。明日は食事を持って来よう」
どうやら祠の修復の事で頭が一杯だった為に昼食の事まで気が回らなかったようです。
一息ついて山登りの疲れも取れたので、甲示は祠の修復作業を再開します。
慣れない作業……。釘を打つつもりが指を強打。空を切り何も無い板部分にハンマーを振り下ろす。釘のサイズを間違えて盛大に突き抜ける。etc...
初心者のやりがちなミスを一通り体感したようです。
そして、苦労しつつも一番被害の大きかった右側面の板を付け替える作業が終わった頃には日が沈みかけている時間でした。
「もう暗くなるから今日は帰ろうか」
「みー」
甲示は猫に声を掛け、帰り支度をします。
散らばっている作業道具や木材を1か所にまとめ、片付け作業も完了し帰路に就きます。
帰り道……。甲示は背後から声を掛けられました。
「甲示くーん」
「あっ、杠葉さん、こんばんは。こんな所で会うなんて偶然だね」
「こんばんは。猫ちゃんもこんばんは。仲良くお散歩?」
「みー♪」
猫は挨拶を返し、杠葉の足に首をスリスリと擦りつけます。心なしか猫は杠葉に会えて嬉しそうです。
そんな猫を見て、杠葉はしゃがみ、猫の下顎を撫でます。
それに呼応するように、猫は喉をゴロゴロと鳴らします。
「そう言えば甲示君、猫ちゃんの名前って聞いてくれた?」
「ごめん、預かった後に会ってなくて……。まだ、名前聞けてないんだ……」
「そうなんだ。名前が分かったら教えてね。……あっ、急いで帰らないといけないんだった。……バイバイ。猫ちゃんもバイバイ」
「みー♪」
「うん、またね」
「猫ちゃんの名前かー。有珠様に聞かないと分からないけど、会うことあるのかな?」
杠葉と別れ、猫の名前と有珠の事を考えながら甲示は帰路に就くのであった。
~翌日~
この日も朝早くから準備を整え、祠の修復作業に勤しむようです。
昨日とは違い、今日はおにぎりを作り、水筒にお茶を入れ、昼食の準備も万全。
「みー」
猫も猫で猫缶のある戸棚をカリカリと引っ掻きながらアピールします。
「そうだね。猫ちゃんのお昼ご飯も持って行かないとね」
甲示は準備した昼食と猫缶をリュックに入れ出発します。
「あっ!そうだ。ノコギリ……ノコギリ……」
玄関まで来た甲示は何かを思い出し、下駄箱を漁ります。
下駄箱の一部を物置代わり(主に防災グッズ入れ)に使っているようです。
下駄箱から小型のノコギリを取り出し、リュックに詰め込み出発。
祠の前に到着し、昨日に引き続き祠の修復作業に勤しむ甲示。
前日、丸一日作業をしたおかげで少し手慣れた感じが出ています。
作業に慣れてきた事と一番被害の大きかった右側の修復を前日に終わらせていた為、作業はこの上なく順調に進みます。
お昼前には左側と正面の修復も完了。ノコギリは必要なかったようです。
しかし、甲示は使わなくなった廃材の方へ歩を進め、木材を物色します。
何枚かの板を開けた場所へ運び、次は工具箱から小袋を出し何かを探します。
「コレ使ってみたかったんだよねー」
甲示が独り言ちながら取り出したのは……鎹です。
古い板を外し、新たな板を付け替える時は釘を直接梁に打ち付けていたので鎹は未使用でした。
そして、甲示はメジャーとノコギリも用意。祠の内部を採寸し、ノコギリと鎹を手に廃材の元へ……。
廃材の余計な部分(腐っている部分や穴の開いている部分)をノコギリで切り落とし、数枚の板を鎹で繋ぎ合わせます。
その後、繋ぎ合わせた板を祠の内部に宛がい打ち付けます。筋交いの様な感じにしたいのでしょうか?
普通は外壁を取り付ける前に完了する作業だと思います。
……案の定、狭い空間での作業は難しそうです。
「よし、出来た!」
苦労しながら筋交いを取り付け終わり、甲示も満足そうです。
期待通りの出来に気を良くした甲示は『筋交いもどき』を再度作り、反対側へも打ち付けます。
筋交いの設置が終わり満足そうな表情を浮かべる甲示。
そんな甲示の元へ猫が近づいてきます。
「なー」
「猫ちゃん、どうしたの?」
猫は甲示が持ってきたリュックの方へ移動し、リュックを軽く引っ掻きます。
「なー」
「お腹が空いたのかな?言われてみれば僕も少しお腹が空いている様な……。今、何時だろう?」
甲示は時計を持っていないので、腹時計と太陽の位置で凡その時間を予測する事しか出来ません。
甲示は猫缶を開け、猫へと差し出します。
その後、自分用のおにぎりを取り出し昼食を済ませます。
「そう言えば有珠様、『修復が終わったらまた来て』って言ってたけど、どうすれば良いのかな……。猫ちゃん、何か知ってる?」
「なー」
甲示が猫へ問い掛けると、猫は大樹の方を向き鳴きます。
「えー……。また、あそこから……?」
あからさまに嫌悪感のある声を出す甲示。
他の方法を少し考える。……しかし、代案が思い浮かばずに諦めたようです。
筋交いもどきに使用しなかった残りの板から適当なサイズで割と綺麗な切れ端を持ち洞の前まで来ました。
板を敷き、その上に俯せ状態で乗ります。
少しでも汚れないようにする為の涙ぐましい努力です。
意を決し、甲示は匍匐前進で洞の内部へと突入します。
「相……変わ……らず……狭……い……」
文句を言いながら進みます。
下に敷いていた板は進んで暫くしてズレてしまったらしく、道中に置き去り。
どうやら『甲示と板』よりも『板と地面』の方が摩擦力が大きかったので甲示の身体が板の上を滑った感じです。
漸く進むと、上体を起こす事の出来る地点に到着。辺りを弄ると以前落ちたと思しき穴。
「ここで合ってるよね?何か穴が浅い様な気が……。でも、一本道だったしなー……。どうすれば良いんだろう?」
目的地に到着したものの、途方に暮れる甲示。
……と、その時、穴の奥でキラッと光る物体が視界に入ります。
甲示が入口を塞いでいるのに光が反射するとは不思議です。
「あれ……?何だろう?」
甲示は謎の物体を手に取ります。
「丸い……鏡……かな?」
暗がりに目を細めながら手に取った物を確認します。
大きさは掌よりも一回りから二回り程大きい丸い鏡の様な物体。
光っていたのは鏡面の部分だと思われます。
……が、甲示が手に取った時から徐々に光は失われ、真っ暗闇に戻っていました。
「手触りと薄っすら見えた感じから鏡だと思うんだけど……」
甲示が再度、鏡を確認しようとした瞬間、鏡面部分から目を覆う程の眩い光が辺りを包みます。
「うわっ!!眩しい……」
甲示は余りの眩しさに目を瞑ります。
暫くして甲示が目を開けると、そこは有珠の居た世界。……の様な気もしますが、少し雰囲気が違います。
「あれ?此処ってあの場所だよね?」
甲示が周囲りを見渡すと以前落ちた崖の様な絶壁は無くなり、軽く踏み固められた程度に舗装された道。
そして、『甲示の世界』と『有珠の世界』の境界だった穴があった場所には少しみすぼらしい門。
「そう言えば、有珠様が足場はお婆さんに何とかしてもらうって言ってたような……。それにしても、こんなに立派な道をあっという間に作れるなんて、やっぱり神様って凄いんだなー。この門みたいな物の形はかなり歪だけど……」
「な゛ーーーー!!」
甲示が周囲の変化を確認していると猫の不機嫌そうな声が聞こえてきました。
猫は既に坂を下り、有珠の元へ行く気満々な様子ですが、甲示がなかなか動こうとしないので業を煮やしたようです。
猫の声に反応し、甲示も舗装された坂を下り、有珠邸へ向かうのでした。
道中の風景も少し変化していて、以前は荒れ果てた荒野と言った感じの殺風景な状態でしたが、今では道は軽く舗装され、時折、緑も目に入ります。
空気も心なしか瑞々しさを感じます。
「何でこんなに変わったんだろう?猫ちゃん分かる?」
「なー」
「そっかー……。分からないかー……」
甲示も多少は猫の言っている事を理解出来るようになったようです。
「この調子だと有珠様のお屋敷も直ってたりしてね」
何故か甲示は上機嫌で猫に語り掛けながら歩きます。
そして、有珠邸前……。
「ぼ、ボロいままだ」
周囲の風景は様変わりしていたのですが、有珠邸は……。
塀は所々穴が開き、ボロボロ。周囲が小綺麗に整備された所為でボロさが際立ちます。
さながら『廃村にポツンと佇む幽霊屋敷』と言った感じでしょうか。
「だ、大丈夫なのかな……。心做しか前よりも酷くなってるような……」
甲示は少し不安になりながらも玄関の戸を開け、声を掛けます。
「ごめんくださーい。有珠様居ますかー?」
一応、相手の事を神様と認識していると思うのですが、フランクな感じの挨拶。まるで近所のおじさんの家に遊びに来た子供の様な挨拶です。
「おお、来おったか。待って居ったぞ。無事、修繕は完了したようじゃのぅ」
「はいっ!さっき終わったばっかりで、樹の中で鏡?みたいな物を見つけたんですが、気が付いたら此処に来てました……。って、あれ?あの鏡は……?」
鏡を手にした途端、眩い光に包まれ、移動。手にしていた鏡はいつの間にか無くなっていました。
「はて?樹の中とな?祠に入れておいたはずなのじゃが……」
「みー」
「ぬっ?お主の仕業か……。スマヌが甲示。鏡は樹の中にあるはずじゃ。元の世界に戻った際、祠に戻してくれるかのぅ?」
「はい、戻ったら祠に奉納し直しておきます。……有珠様、1つ気になっていた事があるんですが、よろしいでしょうか?」
「なんじゃ?」
「あのー……。道などは綺麗に整備されていたのに、何故、有珠様の家はこんなに汚n……コホンッ……崩れたままの状態なんですか?直す時間が無かったんですか?あと、元の世界に戻る穴があった場所の門みたいなやつも形がチョット……」
1つと言いながら質問が増えています。
「家に関しては、ババアの嫌がらせで故意に家だけを直さなかっただけじゃ……。あのクソババアめ……。門とやらは、お主が修繕した祠の形が反映されているだけじゃ。お主の技量不足でボロいんじゃろう」
門について散々酷評をしていましたが、歪な形をしているのは甲示の責任の様です。
以前、穴が剥き出しだったのは祠が壊れていたので、門も壊れていたと言う事なのでしょう。
「上手に出来たと思ったのになー……」
「みー」
猫が甲示を慰めるように鳴きます。
「ありがとうね。猫ちゃん。猫ちゃんは僕の味方なんだね」
甲示はここぞとばかりに手を伸ばし、猫を撫でようとします。
……が、払うように手を跳ね除けられてしまいます。
下心が丸見えだったのが敗因でしょう。
「……納得いかないなー」
甲示と猫の所為で少し空気が悪くなった気がします。
「コホンッ……。甲示よ。祠の件に関して、改めて礼を言う。本当に世話になったのぅ。手も煩わせた。助かったのじゃ。ありがとう」
重くなった空気を払拭するように軽く咳払いをした後、謝意を述べる有珠。
「みー」
「おぉ、そうじゃのぅ。何か返報が必要じゃのぅ。何か必要な物や必要な事があれば遠慮なく言うが良い」
「そ、そんな……恐れ多いです。……あっ、でも、材料費と猫ちゃんが食べた分の食費をいただけると助かるんですがー……」
恐れ多いと言いながらも請求するものは請求する。チャッカリしていますね。
「ふむ……。費用はどの程度じゃ?」
「えーっとですねー……。祠が5000円で……。猫ちゃんの餌代が1食180円で1日3食だから……。300に240だから540円になって、それが1週間だったから……。3500と280を足すと……3780円が1週間の餌代。……だから合計が8780円です!」
結構な金額を使っていました。
「しかし、困ったのぅ。お主たちの世界のお金はコッチには無い」
「ハハハ……ですよねー」
有珠の返答を聞き、乾いた笑いと共にガックリと肩を落とす甲示。
期待した分、落胆も大きそうです。
「じゃが、手が無い訳でもない」
「本当ですか!?」
一変して元気になる甲示。
目は希望でキラキラ輝いています。
「うむ……。じゃが、今すぐにどうこう出来るものでもないのじゃ。1週間後にまた来るが良い」
何ともハッキリとしない回答です。
「はい。此処に来るにはどうすれば良いのですか?」
「樹の中にあった鏡に向かってソレを鳴らせば道は開けるはずじゃ」
有珠は甲示のポケットから少し顔を覗かせている鈴を指して説明します。
鈴は以前、結界内に入る為に渡された通行手形。通行手形以外にもこちら側の世界に来る為の鍵の役目もあったようです。
「分かりました。では、今日はこれで失礼します。じゃあね。猫ちゃん」
「……ちょっと待つのじゃ!!」
「はい?」
帰ろうと挨拶を済ませた甲示に対し焦ったように声を掛ける有珠。
まさか、呼び止められるとは思っていなかった甲示は間の抜けた声で返事してしまいました。
「お主、何を言っておるのじゃ?こやつはお主のペットじゃ。連れて帰るが良い」
完全に猫を甲示に押し付ける気満々です。
「な゛ーーー!!!」
猫は猫で不機嫌そうです。
「猫ちゃん、嫌がってませんか?」
「あー……、いやー……。これは違うのじゃ。そのー……」
「何ですか?」
「こやつはお主のペットではなく、お主がこやつの下僕だと反論しているだけなのじゃ……」
猫が甲示の元へ行きたくないと勘違いされては引き取ってもらえないと判断した有珠。非情にも甲示に猫が口にした真実を伝えます。
「みー♪」
猫も真意が伝わって満足そうです。
「……」
甲示は猫の反応を見て、有珠の言っている事が真実だと悟り黙ってしまいます。
「のぅ?こやつもお主の事を気に入っとる」
「納得いかないけど、猫ちゃんが来たいって言ってるなら仕方ないです。猫ちゃん、一緒に帰ろうか」
「みー」
甲示は反論を諦め猫と帰路に就く選択をします。
有珠も猫の厄介払いが出来、ホッと安堵の息を漏らします。
「あっ!そう言えば……。有珠様、この猫ちゃんの名前は何て言うんですか?」
「はて?名前とな?特に名は無い。お主が好きに決めるが良い」
吾輩は猫である。まだ名は無い。何処で生まれたか(ry
リアルで夏目漱石の『吾輩は猫である』の冒頭の様な状況でした。
「みー」
「こやつも下僕なら主人に良い名を付けろと言っておる」
「…………。小さいから『ちぃちゃん』でどう?」
暫く熟考した末、絞り出した名前が『ちぃちゃん』……考えた割に浅い名前です。
「まあ、お主がそれで良いなら文句は言わん。……が、後々大きくなると思うんじゃが……」
偶に居ますね。チビと言う名の大型犬とか……。
子犬の時から可愛がっているんだな。と分かる名前で愛嬌はあって良い名前ではあるんですがね……。
「……この子って雄ですか?雌ですか?」
甲示は有珠に質問しながら猫の脇に手を差し込み持ちあげます。
「イタッ」
案の定、猫は暴れ回り、後ろ足で腕を引っかかれ、手も噛みつかれました。
甲示は痛みで猫を離します。
一方、猫は急な解放にも動じず見事な着地を決めます。
以前も勝手に触って痛い目を見たのに学習能力が無いのでしょうか?
「な゛ーーー!!」
猫ご立腹。当たり前です。
「イテテテテテ……。雄か~」
後ろ足で引っ掻かれた場所を擦りながら猫の性別を呟きます。
『アレ』が付いていたのを確認出来たのでしょう。
「じゃあ、名前は鳴き声から取って『な゛ーくん』でどう?」
「な゛ー!!」
「却下だそうじゃ」
当たり前です。
……と言うか呼ぶ度に喉を傷めそうな名前ですね。
「えー……。可愛い方の鳴き声だと『みー』だから、どちらかと言うと『ちゃん』って感じじゃん?」
不満気な猫に対し、諭すように説明をする甲示。
『みーくん』でも良いと思いますがね。
「普通に『なー』で良いと思うがのぅ?」
「みー」
「こやつもそれで良いと言っておる」
有珠の提案を受け、猫も満足そうです。
「じゃあ『なーくん』って呼ぶけど本当に良いの?」
「みー」
本人も納得しているので名前が決定した瞬間です。
猫の名前は『なーくん』になりました。
「じゃあ、猫ちゃんの名前も無事に決まったので今日は帰ります。来週また来れば良いですか?」
「そうじゃのぅ……。そのくらいの時期で大丈夫じゃろう」
「あのー……」
「どうしたんじゃ?」
「今日は運転手さんは居ないんですか?」
「運転手……?あー……あやつか。あやつは運転手では無いのじゃが、何の用じゃ?呼べば来ると思うぞ?」
「いやー……。今日は車での送迎は無いのかなー……って思いまして……」
意外と距離がありますからね。
歩くと大変なので車で送ってもらいたいのでしょう。
「「……」」
2人の間に沈黙が流れる。
「素直なのは良い事じゃが、家に車は無い」
「えぇーーーー!!」
「アレは借り物じゃ。一時的に借りただけじゃ。歩いて帰るが良い」
「……はい。……お邪魔しました」
甲示はガックリと肩を落とし、トボトボと帰路に就くのであった……。
歪な門の前へ辿り着いた甲示となーくん。
甲示はポケットから鈴の付いた家の鍵を取り出し、鈴を鳴らします。
「……?」
しかし、何も起きません。
「あれ?」
疑問に思う甲示を横目になーくんは門へと近づき爪でカリカリと門を引っ掻きます。
なーくんの行動を見て、甲示は門へと近づき軽く門を押してみると……。
ギギギギギギと音を立てながら、ゆっくり門が開きます。
「帰りは手動なのか……」
甲示は少し残念そうに感想を述べながら歩を進めます。
門を潜ると祠の前に立っていました。
甲示は有珠に言われた事を思い出し、大樹の洞から鏡を探し出します。
「あったー。不思議な鏡。何か知ってる鏡と違う。これを祠に戻せば良いのかな?」
甲示が不思議と言っている鏡は青銅鏡。現在、一般的に知られているガラスを元にした鏡とは別物です。
甲示は大樹の洞から脱出後に鏡の観察。その後、祠中央にある台座に青銅鏡を戻します。
「これで大丈夫かな?」
甲示は徐に鈴を取り出し、2度3度と鈴を鳴らしてみます。
すると鏡から眩い光が漏れ、甲示を包みます。
次の瞬間、甲示は有珠の居る世界へ移動していました。
「よし、成功。大丈夫そうだから今日は帰ろう」
そう言うと甲示は再度、門を潜り現世へ踵を返します。
現世へ戻った甲示はなーくんと共に下山し、帰路に就きます。
家に到着した甲示は居間にて一息つきます。
何とも無しにテレビをつけ、ゆっくりしますが、あることに気が付きます。
「あれ?まだ2時?」
甲示が祠の修理を終えたのが昼過ぎ。
甲示となーくんの腹時計的には12時半頃の出来事。
その後、昼食や大樹の洞での青銅鏡の発見。有珠との再会の後、青銅鏡を奉納し帰宅。
昼食の時間が腹時計頼りなので正確な時間ではないのですが、軽く見積もったとしても16時過ぎになっていても可笑しくはないはずです。
「やっぱり、あっちに行ってる間の時間は進まないのかな?今度、有珠様に聞いてみよう……」
以前にも同じことがあったので甲示の推理的には『時間経過しない』と言う結論なのでしょう。
しかし、考えても仕方が無いと諦めているのか、甲示はあまり気にしていないようです。
「うーん……。微妙な時間だなー……。あっ!そうだ!ホームセンターに行こう!なーくんもくる?」
甲示は買い物に行くようです。
「なー」
なーくんは座布団の上で気怠そうに返事をします。
「いつもコンビニだと高くつくから、今日はホームセンターでなーくんの猫缶を買おうと思ってるんだけどなー」
「みー♪」
『猫缶』の単語に反応し、上機嫌になるなーくん。
耳と尻尾をピーンと伸ばし、期待感、やる気、共にMaxのようです。
「じゃあ、行こうか」
出掛ける準備をし、ホームセンターへ向かう甲示となーくん。
ホームセンターはペット入店OKの様で、ペット連れ専用のカートが用意されています。
「なーくん、これに入ればお店の中に入っても大丈夫だって」
甲示はカートの下の部分。ペットを入れるカゴを開きなーくんを誘導します。
「なー」
なーくんは自由に動き回れない事を多少不満に思っているらしく、不機嫌そうな声を出しますが、甲示の説得もあり最終的には納得しカゴの中へ。
ペットコーナーへ足を踏み入れ、猫の餌を探します。
「こ……これは!!」
猫缶を発見し、驚愕する甲示。
「1缶120円……!!や、安い!!」
コンビニで購入していた猫缶が2/3の値段。あまりの安さに感動し、思わず声が出てしまいました。
ホームセンターが安いと言うよりはコンビニが高いだけの様な気も……。
「なーくん、どの味が良い?」
「みー?」
甲示はなーくんに好みの味を聞きますが、なーくんは理解していないようで、小首を傾げるのみです。
「そうだよねー。食べてみないと分からないよねー」
甲示は同メーカーの猫缶を数種類選び2~3個ずつ購入。なーくんに食べ比べをしてもらい好みを味を把握するつもりなのでしょう。
他にも安上がりだと言う理由で子猫専用のドライフードも購入し帰宅します。
~夕食時~
「なーくん、ご飯だよー」
今日の餌は猫缶とドライフード(少量)の両方を出して様子を見るようです。
甲示自身の食事が終わり、なーくんの食事の片付けをしようとしますが……。
「か……カリカリは1口も食べてない……」
なーくんの餌代が安くなると考えていた甲示はガックリと肩を落とします。
甲示は残っている餌を持ち、なーくんの元へ……。
「なーくん、これも食べてみてよー」
半ば無理矢理口元へドライフードを運びます。
「な゛ー!!!」
休んでいた所を邪魔された怒りと餌の強要への怒りでかなりご立腹の様子。
……しかし、甲示も食費を浮かせるために必死で一歩も引かず、餌を持っていない方の手で無理矢理なーくんの口を開けようとします。
「なーくn……イタッ!」
案の定、暴れたなーくんに引っ掻かれる甲示……。
プイッとそっぽを向き、部屋を後にするなーくん。
「納得いかないなー……」
自業自得です。同情の余地など1mmもありません。
「猫缶……高いんだよなー……有珠様、助けてーーーーー!!」
有珠に一縷の望みを抱きながら1週間を過ごす甲示であった……。
― つ づ く ―