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先日、母が息を引き取った……。
とても優しい母親だった……。
女手一つで僕を育ててくれた唯一の身内だった……。
父親は居ない……。
生前、母は両親(僕の祖父母)に勘当されたとの事だ……。
だから、僕は父の顔も祖父母の顔も知らない……。
詳しい話は母自身も話したくなかったらしく、僕も雰囲気を察して踏み入った事は聞けなかった。
村の人達も詳しい事は分からないとの事だが、どうやら僕の出生に原因があるとの事だ。
この話の出所も、母が酔った勢いで口を滑らせポロッと……少しだけ吐露してしまっただけで、村の人からも話半分で聞いた方が良いとの忠告も同時にされた内容だった。
情報によると、その件以降、母はお酒を飲まなくなったと言う事だったので、核心を突いた話をしてしまった後悔が母にはあったのでは……?と思っている。
葬儀を終え、数日が経った……。
やはり一人と言うのは寂しいものだ。
母と過ごした日々を思い出し、感傷に浸る。
家族葬だった所為もあり、葬儀はしめやかに行われた。
元々、経済的余裕があった訳ではないので仕方が無いと言うのが本音なのだが、母も騒がしい場所が得意では無かったので良かったのかもしれない。
一番の問題は僕がこれからどう生活すれば良いのか?と言う事だ。
役所へ行き、諸々の申請をしようとしたのだが、門前払いされてしまったのだ。
なんでも、家や多少の蓄えなどが有るうちは使えない制度ばかりだと言う事だ。
相手が子供だからと高を括り、あしらわれただけなのかもしれない。
しかし、何の反論も抵抗も出来ず、言い包められてしまったのも事実。
そして、知恵も無ければ知識も無い。それを借りる為のお金も人脈も無い……。
人に頼るのは諦めるしかないだろう。
「さて、これからどうやって生きていけば良いのかな……」
どっぷりと感傷に浸る暇も無く、嫌な現実を思い出してしまう。そして、誰も居ない空間に自分の思いを吐露する。
(何か困った事があった時は裏山の大樹に向かってお祈りするの。あそこにはね、神様が居るのよ。大樹の根元には祠だってあるの。少しみすぼらしい祠だけどね……フフッ)
ふと生前の母の言葉を思い出す。
母がこの話をする時、いつも楽しそうに話すのを記憶している。
事ある毎に裏山に向かってお祈りをしていた。
お祈りと言っても願掛けの延長線上にあるような願い事をする程度のものだ。
しかし、母の言葉を聞く度、疑問に思っていた事がある。
それは……大樹の根元に祠は無い。
村の大人達には『裏山は地盤が緩く危険な場所だから近づいてはいけない』と忠告されていたのだが、興味本位で何度か探索に出かけた事がある。
勿論、大樹の下へも4~5回は行った記憶がある。それでも、祠があったと言う記憶はない……。
他にも気になる点がある。それは、遠くから見ると結構大きく見える大樹なのだが、実際に近くで見た感想は『想像していた程は大きくはない』と言う事だ。勿論、小さいと言う事ではなく、遠くから見た時の方が圧があると言うか迫力があると言うか……。上手くは説明出来ないが、そんな感じだ。
まあ、これに関しては記憶が曖昧なのと遠くから見た時のイメージと近くで見た時のイメージの違いだと勝手に思っている。
(あれ……?そう言えば、何で僕は裏山の探索をやらなくなったんだっけ……?)
少年は母が亡くなった悲しみを紛らわすかの如く過去の記憶を思い返す。
(確か……最後に裏山へ探検に行った時の帰り道……綺麗な花を見つけて、お母さんへのプレゼントとして持ち帰ろうとして……?あれ……?それでどうしたんだっけ……?)
少年にとっては10年近く前の記憶であり、幼稚園に入園して間もない頃の記憶……。一部、曖昧で不明瞭な部分があるのも致し方ない事である。
そんな曖昧な記憶を少年は必死に掘り返す。
(……そうだ!崖崩れだ!僕は崖崩れに巻き込まれたんだ!……何故、こんな重大な事を……忘れそうにない事を僕は忘れてるんだ!?)
少しずつ過去の記憶が鮮明になってきた様子の少年。
(えーっと……。何で生きてるんだろう……?確か、その時……誰かに助けられ……た……?いや、崖崩れに巻き込まれている真っ只中に助け……?そんな人間離れした芸当が可能なのか……?でも、柔らかいフワフワした感じの髪質(?)の様な物に包まれたような記憶は確かに残っている。
そして、崖崩れは実際に発生している。崖崩れの現場も沢山の人が色々な目的で確認している。
しかし、僕を助けたと言う人物は1人として名乗り出なかった。僕を助けた人物を目撃したと言う人も0だった。
元々、崖崩れの危険があると言われていた場所だったので人が近づかず、目撃証言が無いのだ。
崖崩れに巻き込まれた人が偶然助けてくれたのかとも思ったが、当時の崖崩れの被災者は0だ。その可能性も低い。被災者が居ないのは好き好んで近づく人が少なかった事が幸いしたのだろう。
僕は崖崩れが発生した場所の近くで気を失っていた所を駆けつけた人に発見され、救出されたとの事だ。
そう言えば、当時、山の上から落ちたって言ったんだけど、誰も信じてくれなかったなぁ……)
色々と過去の出来事を思い出しているうちに母が亡くなった寂しさからは少し解放されているようです。
「みーー!!」
鳴き声に反応し、声が聞こえた中庭へと顔を向ける少年。
そこに居たのは1匹の猫。
「ねこ……?何処から迷い込んできたの?こっちにおいでー」
少し薄汚れた猫と思しき動物に少年は声を掛けます。
しかし、猫は何の反応も示さず少年を見つめ続けます。
「そう言えば、お母さんも無類の猫好きだったなー……。お腹がすいてるのかな?何か食べる?」
「みぃ?」
少年の声に少し反応を示すものの小首を傾げるのみ。
「人の言葉なんて分からないよね。ちょっと待ってね。今、何か食べ物が無いか探してくるからー」
少年は言葉が通じないと理解しつつ、猫へと声を掛け台所へと足早に移動します。
「確か……この辺りにー……あったー!猫と言えば鰹節!!」
少年は棚の奥の方を漁り、お目当ての鰹節を発見しました。
「みー」
「あー……。待っててって言ったのに来ちゃったかー。しょうがないなーもう……」
少年は猫の行動に呆れつつも小皿へ鰹節を移し猫の前へと差し出します。
猫は警戒した様子で鰹節の匂いを嗅ぎ、少年を観察した後、安全だと判断したのか少し舐めるような感じで少しだけ口に含みます。
「おいしい?」
「みぃ?」
少年の声に多少の反応はしたものの、相当お腹がすいていたのか一心不乱に鰹節を食べる猫。
皿まで食べそうな勢いです。
猫は鰹節を食べ終わり、皿を嘗め回しています。
それはもう、皿洗いが不要になるのでは?と疑いたくなるくらい嘗め回しています。
「美味しかった?おかわりする?」
その光景を見た少年は猫におかわりをするのか問いかけます。
しかし、少年の問いかけも虚しく、猫はその場を立ち去ります。
「あー……行っちゃった……。触りたかったなー……」
懐いた隙を見て触ろうと画策していた少年は少し落胆します。
「みぃ♪」
「ん?」
声が聞こえた方へ顔を向けると柱の陰から猫が少年を見つめていました。
少年が近づくと一定の距離を置いて離れる猫……。
少年と一定の距離を置くのだが、何故か逃げる訳でもなく距離を置いて少年を待つ猫……。
「君は何がしたいのかな?」
少年も少し猫の後を追いかけてみたのだが、一向に縮まる雰囲気のない距離感に嫌気がさしてきた様子です。
猫に触るのを諦め、家へ戻ろうと決意して少年は猫に背を向けます。
「な゛ーーーー」
威嚇をする様な、不機嫌さを全面に出した様な声を出す猫。
少年に何かを訴えている様子です。
「なーに?」
少年は再度、猫の方を振り返るも猫は少年を見つめ続けるのみ。
そして、近づくと離れ、戻ろうとすると不機嫌そうな声を出す。を繰り返す猫と少年……。
「ついて来いって事なの?」
「みー」
「コッチの声は可愛いのに……。はいはい、ついて行きますよー。案内よろしくねー」
少年は少し疲れ、諦めた様子で猫に声を掛けます。
「みーーー♪」
その様子に猫も満足そうです。
少年が猫の後を追い続けると裏山への入口が見えてきました。
入口と言っても獣道に毛が生えた程度で申し訳程度に無駄な草木を切り払っただけだ。
崖崩れの影響で山頂までの道の一部が崩落して以降、使う人も殆ど居なくなった……そんな道。
今では獣道と言っても過言ではない程に荒れ果ててしまっている。
この道は偶に山菜採りで山へ入る人が使う程度の物。
今では山菜採り目的で山へ入る人も少なくなった所為で立派な獣道へと成り下がっている状態でした。
「そっちは危ないよー。戻っておいでー」
少年は猫に声を掛けるものの、猫は何処吹く風と言わんばかりに進み続けます。
「あー……もう!」
少年は憤りを孕んだような声を出しつつも猫の後を懸命について行きます。
裏山の入口に到着した時にも引き返そうと考えたのですが、例の如く戻ろうとすれば不機嫌な声で鳴き、少年が後を追うと一定の距離を空けて進む。距離が空きすぎると猫は立ち止まり遅いと言わんばかりの眼差しで少年を見つめます。
こんな有様なので少年も観念して猫の気が済むまでついて行くしかないと言う結論に至ってしまうのも無理はありません。
人が歩くには些か歩きにくい舗装されていない道。草を掻き分けながら猫を見失わないように必死に追いかけます。
……まあ、見失ったとしても猫自ら不機嫌な声を出して居場所を教えてくれるんでしょうけどね……。
しばらく歩き続けると開けた場所に出ました。
「みーー」
猫の声に反応し周辺をキョロキョロと観察する少年。
少年の目に飛び込んできたのは1本のとても大きな樹でした。
「うわー……。大きい……。裏山にこんな木あったっけ……?こんなに大きかったら歩いてる途中で気が付くはずだけど、何で気が付かなかったんだろう?」
大樹のあまりの迫力に気圧されつつ、感嘆の声と疑問が漏れます。
「みー!!」
「ハッ!……何処に居るのー?」
大樹あまりの迫力に、再度声を掛けられるまで猫の存在を忘れてしまっていたようです。
しかし、猫の声はすれど姿は見えず……。
少年は再度、周囲を見渡し猫の姿を探します。頼りになるのは猫の声のみと言う状態。
「な゛ーーーー」
少年になかなか発見されず、猫は猫で痺れを切らし始めています。
「あー……。居た居た。やっと見つけたー。表に出てくれないと見つけられないよ。……此処がキミの寝床なの?」
大樹の根本。地面と根っこの間を入口とした樹洞があり、その洞の中に猫は居ました。
「みー♪」
無事に発見してもらえて満足気な猫。機嫌も良くなりました。
「じゃあ、家まで送り届けたから僕は帰るね。バイバイ」
少年が猫に帰宅の意を告げ、背を向けて帰ろうとすると……。
「な゛ーーー」
再度、不機嫌そうな声を上げる猫……。
「何?キミは一体何がしたいのかな?寝床を紹介したかった訳じゃないって事?」
不機嫌な猫を無視して帰宅すれば良いものを……。人が良いと言うか何と言うか……。
「な゛ーーー」
少年が洞を覗くも猫の機嫌は治らず。
「な゛ーーー」
猫は少年を一瞥し、背を向けて奥へと進んでいきます。
「えー……」
猫の意味不明な行動に少年の理解は追い付かず呆れ気味です。
「な゛ーーーー」
しかし、奥からは猫の不機嫌な声が響き渡ります。
「これ、入れるのかな……?進んでもバックして戻らないといけないから進み過ぎると戻るのが大変な気がするな……。どうしようかな……」
少し大きめの洞ではあるものの、所詮は猫が寝床にする程度の大きさ。
入口のサイズは少年が匍匐前進をしてギリギリ通過出来るか怪しい高さ。幅は少し余裕がありそうだが、入ったら最後、中で方向転換をする事は不可能でしょう。
少年は入口のサイズ、服が汚れる事、戻る手立てなど色々と思考し猫を追う事を躊躇っています。
「ごめんねー。やっぱりこれ以上は無理だよー。僕、帰るねー」
考えた末に少年の導き出した答えは『帰宅』。まあ、状況的に無難な判断と言えるでしょう。
「……」
少年が猫に声を掛けますが返事がありません。
「あれ……?」
少年が帰宅する事を頑なに拒み続けてきた猫の返事が無いのです。
少年は返事が無い事を不審がります。
「本当に帰っちゃうよー。良いのー?」
「……」
再度、声を掛けますが、やはり返事はありません。
少年も少年で引き留めてほしいのでしょうか……?
何か未練のあるような感じで含みのある言い方です。
「何で返事しないのかな……?中で何かあったのかな……?蛇とか他の動物に襲われて動けないとか?怪我してるとか?……もしかして、今、すごく危険な状態なのかも!?」
妄想が独り歩きして暴走しています。
少年は帰宅する予定でしたが、猫の事が心配になり意を決して洞の中へ突入します。
「暗いな……何も見えない……。一本道みたいだし進むしかないよね……」
外から見た時は光が入っていて中の様子が多少は見えていたのですが、少年が入った事により入口が塞がれ闇が広がっています。
「何処に居るのー?大丈夫ー?怪我とかしてないよねー?」
声を掛けながら穴を先に進んでいきます。
4~5m程進んだ所で少しだけ開けた場所に出ました。
開けたと言っても少しだけで、匍匐前進の状態を解除出来るほどのスペースはありません。
多少だが上体を起こし、腕の位置を変える事が出来る程度の広さです。ただ、外からの光が少しだけ何処からか入ってきているらしく、完全な暗闇ではなく薄暗いが周囲の確認は可能です。
少年の居る場所の少し先から猫の声が聞こえました。
「みー♪」
どうやら猫は少年の気を引く為、態と返事をせずに静かにしていたようです。押して駄目なら引いてみろの精神でしょう。この猫、意外と策士です。
「良かったー。無事だったんだね。あまり心配させたら駄目だよ」
少年は猫の策に嵌り突入した事は気にしていないようです。それよりも猫の無事を確認出来て安堵しています。
「みーー」
「あっ、そうだ。せっかく追いついた事だし、少し撫でてから帰っても良いよね♪」
猫は猫で少年が追い付き満足気。少年は少年で猫を撫でられそうなので満足気。
少年が手を伸ばし、猫を撫でようとしたその時……。
「うわーーーーーーーーーーーー」
少年の上半身があった場所が崩れ、斜面を滑るように少年は落ちます。
……ドサッ!
「いててててて……。そこまで深くなくて良かった……。何とか生きてるみたいだし、怪我もしてない……かな?」
少年は立ち上がり、全身を触ったり、手足を動かしたりしながら怪我の具合を確かめます。
幸いな事に、軽い擦り傷はあるものの大きな怪我はしていないみたいです。
……その時、少年はある異変に気が付きます。
「あれ……?そう言えば、何でこんなに明るいの……?」
地面が崩れ落ち、落下したので現在地は地下のはずですが、周囲が見渡せるほど明るい。
「……って、えぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
少年が驚くのも無理はありません。
自身の無事を確認し終え、周囲を見渡すと……驚くほど広い……。
洞窟や洞穴など比べ物にならない位の広さ。地平線が見える場所もあるので相当広大な土地です。
地面が崩れ落ち、気が付くと見知らぬ広大な土地に居るのです。驚くのも無理はありません。
「どうなってるの?確か、あそこから落ちてきて……」
少年は大混乱中です。
自身が落ちてきたと思しき穴を見つめ冷静に考えようとしますが理解不能です。
「山の麓まで滑り落ちた……?でも、そこまでの距離は落ちてないはずだし……。あー……夢だ。きっと、そうだ。うん、夢だコレ。でも、早く目を覚まさないと大変なことになりそうだな。現実の僕は気絶してるって事だもんね……狭い穴の中で……」
混乱している上に理解出来ない事態に直面し、少年は現実逃避し始めたようです。
さっき思いっきり『いててててて』と言っていたのを忘れているのでしょうか?それとも夢の中でも痛覚があると言う判断なのか?将又、痛がったのは条件反射的なノリと考えているのか……?
それでも一応、穴へ続くほぼ絶壁と言っても過言ではない斜面をよじ登ろうと試行錯誤します。
しかし、結果は芳しくありません。
その時、聞き覚えのある猫の声が聞こえてきました。
「みー」
声の聞こえる先を見ると、そこには先程まで追いかけていた猫の姿がありました。
「夢にまで出てくるとは器用な猫だね……。もしかして、現世で声を掛けて僕を起こそうとしてくれてるから声が聞こえてるのかな?」
此処が夢の中と言うスタンスは崩す気が無いようです。
「みー」
少年の語り掛けを無視し、猫はあらぬ方向へと進んでいきます。
「またー?……落ちてきた穴には戻れそうにないからついて行くしかないのかな……」
少年は猫のマイペースさに半ば呆れつつも猫を追いかけることにしました。
小一時間ほど歩くと壁らしきものが見えてきました。
「もしかして、あそこが目的地?」
「みー♪」
壁に近づくにつれ、その全容が明らかになります。
それは、何も無い場所に突如として現れた家の塀でした。
何も無い荒れ果てた地にポツンと建っている1軒の大きな家。……家と言うよりは屋敷と言った方がしっくりときます。
風景とのミスマッチに違和感と不自然さが際立ちます。
「おっきな家……。……でも、何かボロいな。誰か住んでるのかな?空き家なのかな?」
「みー♪」
猫は一部崩れて出来ていた隙間から塀の中へと侵入します。
「あー……。ちょっとー……」
猫を追いかけようとしましたが、猫の入った場所は人が通るには小さすぎる穴。
少年は完全に置いてけぼり状態……。
猫の行動が理解不能過ぎて軽い放心状態です。
途方に暮れていても仕方が無いと、少年は猫を追う為に中に入れる場所が無いのか探す事にしました。
「あっ、あったー。……けど、勝手に入るのは流石にマズイよなー……。すみませーん!どなたか居ませんかー!?」
屋敷の門を見つけ出した少年は外から声を掛けます。
しかし、返事はありません。
「ごめんくださーい!どなたかいらっしゃいませんかー!?」
諦めずに再度声を掛けてみましたが、やはり返事は無く、少年の声が虚しく響き渡るだけでした。
「家も塀もボロボロだし、廃屋なのかな?」
少年は少し躊躇いながらも、意を決し敷地内へと足を踏み入れます。
門を潜り、正面玄関の前で一旦立ち止まります。
「一見するとボロ屋敷だけど、壊れてる訳じゃないな……。最低限の手入れはされてるみたいだし、やっぱり誰か住んでるのかな?……ごめんくださーい!どなたか居ませんかー!?」
玄関の前に立ち、再度声を掛け直おします。
しかし、返事はない……。
「本当に何なんだろうこの場所?あの猫ちゃんの飼い主さんの家なのかな?」
色々と疑問に思いながらも少年は玄関の戸に手を掛けます。
……ガラッ
「開いてる」
何の抵抗も無く玄関の戸は開きました。
「すみませーん!ごめんくださーい!!」
何度声を掛けてもやはり返事はありません。
少年は意を決し、家の中へと歩を進めます。
「お、お邪魔しまーす……」
先程までとは打って変わり、控えめなボリュームで挨拶する少年。
不法侵入であるのは間違いないので、礼儀が良いのか悪いのか良く分からない状態ですね。
そして少年は当初の目的である猫探しを再開しました。
「おーい……。猫ちゃーん。何処に居るのー?」
何故か家の中に入ってから声に張りが無くなりました。
人様の家なので、あまり騒いではいけないと言う意識が働いているのか、不気味さからくる恐怖のあまり大きな声が出せないのか。
どちらにせよ少年は小声で囁くように猫を探します。
「みー」
廊下の先の方から返事がありました。
「こっちか」
少年は猫の声のした方へと足早に進みます。
襖の前に立ち再度猫へ声を掛け直します。
「猫ちゃん、ここに居るの?
「みー♪」
「ここで間違いなさそうだな」
猫の返事を確認し、襖を開けます。
目の前に現れたのは小綺麗な部屋。The和室と言った感じの部屋です。
中央には背の低いテーブルと座布団。床の間には掛け軸と立派な生け花。
そして角のスペースには猫……。我が物顔で『ここは我のスペースぞ』と言わんばかりの堂々とした佇まいです。
欠伸をし首を掻く動作さや、ペロペロと前足を舐め毛並みを整える姿には子猫ながら貫禄があります。
猫専用と思しき座布団の上で寛いでいるので、本当に猫専用の区画なのかもしれません。
猫に近づき手を伸ばそうとしたその時……。いきなり背後から声を掛けられました。
「誰じゃ」
「……!!!!?」
突然の出来事に驚き声にならない少年。
誰も居ないと思っていたのに突如として後ろから声を掛けられたので驚くのも無理はありません。
「ごめんなさい、ごめんなさい。猫が家に入ってしまって。えーっと……玄関も鍵がかかっていなくて、誰も住んでいないと勘違いしてしまって……本当にすみません!」
驚きと焦りのあまり、かなり早口で謝罪と言い訳をする少年。
「まあ良い。そこまで気にはしとらん。……猫とは、そこに居る猫の事か?」
「はい、そうです。この子に案内(?)されて、ここまで来ました。お爺さん(?)の飼い猫ですか?」
少年がお爺さん(?)と疑問に思うのも無理はありません。
声を掛けてきた人物の見た目は初老と言われれば初老にも、中高年と言われれば中高年にも見える不思議な感じです。
服装は時代劇に出てきそうな羽織袴。溢れ出るオーラと言うか存在感や精気の様な物はとても若々しい雰囲気です。
恐らく服装からくる印象に引っ張られてお爺さんと判断したのでしょう。
「お爺さんで問題ない。しかし、こやつは……仕様もない悪戯を為居ってからに……」
お爺さんは猫の行動に呆れているようです。
様子から察するに、お爺さんにとって猫の悪戯は日常茶飯事なのでしょう。
「な゛ーーーー」
お爺さんに叱られ、不機嫌そうな声を出し反抗する猫。
「連れて来てやったとは傲然たる言い方じゃのぅ。人間を連れてこいと言った覚えなどないわ」
猫と会話……と言うか喧嘩を始めるお爺さん。
猫の言っている事が理解出来るのでしょうか?……羨ましい限りです……。
「あのー……」
喧嘩している様子に少し困惑しつつも少年は2人の会話に割って入ります。
「……おぉ、すまん、すまん。直ぐに元の世界に戻すでな。今、手配するでもう少し待っておるのじゃ」
「元の世界……?やっぱり夢を見てる状況なのか……。明晰夢ってやつかな?」
お爺さんの『元の世界』と言う発言に、夢の中に居ると思い込んでいる少年はある意味納得した様子で呟きました。
「夢ではないのじゃ。お主がイメージしやすいように例えるなら『異世界』や『異次元』と言った所じゃな。……先に言っておくと、転生も死亡もしておらん。生身のまま迷い込んだだけじゃ」
少年の呟きに反応し、お爺さんが返答します。
「異世界……?異次元……?もしかして、時空のおっさんですか!?」
『異世界』『異次元』『元の世界に戻す』のワードから少年が導き出した答えが『時空のおっさん』なのでしょう。
「誰じゃそれは?たぶんじゃが別人じゃ」
しかし、少年の推測をバッサリと切り捨てるお爺さん。
「じゃあ、お爺さんは何者ですか?」
「何者と聞かれても困るのぅ。難しい質問じゃ。ワシはこの世界の住人じゃ。……そう言えば、最近じゃが、お主と同じ世界の少女が迷い込んだ時に名乗った名前があったわい。確か……そうじゃ!狼瀬 有珠じゃ!」
「ローライズ?」
「ちがーう!ろ・う・ら・い・ゆ・ず。狼瀬 有珠じゃ。ワシも気に入っとる名前じゃ。間違わんように!あの時の少女と言い目の前の少年と言い人間は本当に失礼な奴らばかりじゃ……」
少年のボケに一瞬ズッコケそうになるお爺さんでしたが、訂正は怠りませんでした。
最後に小言が入ってしまったのは以前にも同じような事があったのでしょう。
しかし、お気に入りと言う割に思い出すのに少し時間が掛かったのは……お年を召されている所為ですかね?
「音の響きから考えると、お爺さんも日本に関係があるのかな?……でも、狼瀬って苗字は聞いた事が無いしなー……珍しい苗字なのかな?」
少年がブツブツと独り言を呟きながら考えます。
お爺さんの話は半分聞き流している様子です。
「それは違う。ワシが勝手に名乗っただけじゃ。本名は別にある。お主らが分かり易いよう、日本名っぽくしただけじゃ。以前、迷い込んだ少女も日本人なのじゃ。お主と同じ世界の人間じゃ。その子はお主と違い勝手に迷い込んできただけなのじゃ。お主はこやつが迎え入れたようじゃなのぅ」
少年の独り言にも律儀に返答をするお爺さん。
少年は猫に誘われ、少女は迷い込んだ。と言う事でしょう。
お爺さん視点からすれば違いはあるのかもしれませんが、当人からすれば少年も少女も意図せず迷い込んでしまった事に変わりはないでしょう。
「この子もこの世界の住人ですか?」
「いや、こやつはお主と同じ世界の何の変哲もないただの猫じゃ。祠の近くで倒れておったのを助けただけじゃ。それからと言う物、勝手にコッチへ来るようになってのぅ。安全な餌場とでも考えておるのじゃろぅ。先日も勝手に家中を漁り回って、隠していたエサを食べおってからに……。本当に調子に乗って悪戯しおる……」
色々と憎まれ口を叩いていますが、エサをしっかりと用意しているあたり、追い出すつもりは無いようですね。
「な゛ー」
「ワガママ言うでない!少しは反省せんか!」
注意され不機嫌な猫と、その様子を叱りつけるお爺さん。
2人のやり取りを見てクスクスと笑う少年。
「仲が良いんですね」
「見苦しい所を見せてしまい、本当にすまんのぅ。準備が整い次第すぐに返すでな。少しの間、ゆっくりして待つのじゃ」
「な゛ー!な゛ー!!」
「はぁ?何故ワシが……?お主が勝手に連れてきただけじゃろぅ」
「な゛ー!」
「どうしたんですか?」
「いや、大した事ではない……。こやつがお主に良くしてもらったから助けてやれと言って聞かんのじゃ。お主、こやつに何かしてやったのか?」
「いえ、何もしていません。家に来たのでエサを少しあげただけです」
「みー♪」
「何て言ってるんですか?」
「ふむ……。自分が困っている時でも他の人に優しく手を差し伸べる事の出来る良い子だと……。じゃが、お主……。人ではなく猫じゃろぅ……。人に優しくするのと猫にエサを与えるのとでは話が違うじゃろぅ?」
「な゛ーーー」
「また不機嫌?」
「五月蝿い!良くしてもらったんだから、ごちゃごちゃ言わずに助けてやれじゃと……?ワシは関係なかろぅ!!」
鶴の恩返しならぬ猫の恩返しと言うやつでしょうか?
完全に他力本願ですが、そこも何となく猫っぽさが出ていますね。
「そうだよ。僕は君に何かしてもらう為にエサをあげたんじゃないんだよ。気持ちだけ貰っておくね。ありがとう」
「……まあ、話くらいは聞いてやらん事もない。何か悩みがあるなら言うてみるが良い。元の世界に返す準備が整うまで少し時間が掛かりそうじゃ……。それまでの時間潰しじゃ」
猫と少年の様子を見て、少し温和な態度を示すお爺さん。
少年の態度に絆されたのでしょう。
お爺さんに促らせた事もあり、少年は現在自分の置かれている状況を吐露します。
「……と言うのが今の状況でして、この先どうしようかと困っていた時に猫ちゃんが家に来て、今に至るって感じです」
「ふむ……。で、お主はどうしたいのじゃ?」
「『どう』とは?」
少年は時間があるから話せと言われただけで、お爺さんに何かを解決してもらおうとは考えておらず、現状を説明しただけだったので質問の意図すら分かりませんでした。
「何、大した事ではない。現状を変えたいから役所に相談に行ったんじゃろぅ?お主の年齢なら行政以外でも引き取り手は居るじゃろぅ。今住んでいる場所にこだわる理由が知りたかっただけじゃ。言いたくなければ言わんでも良い」
行政以外の引き取り手と言うのは児童相談所や親戚、里親などでしょうか?
児童相談所や里親制度も、一応は行政の仕事なので役所への相談案件なのですが、住む世界が違うので詳しい事情に疎いのでしょう。
親戚に至っては疎遠状態で連絡先も知らない状態です。本気で見つけるつもりなら母親の戸籍などから見つけ出す必要があると思うので、やはり役所の仕事なのでしょう……。
そもそも勘当した娘の息子(孫)の面倒を見てくれるかは謎です。
祖父母以外の関係者なら尚の事、関わり合いにはなりたくないと考えてもおかしくありません。自分の家庭の事もあるでしょうし、正直赤の他人ですから……。
「それは……。親戚などを含め、僕には親族って呼びる人が母しか居なかったんです。その母と暮らした思い出の場所から離れたくないって言うか何と言うか……。母のお墓も近いですし、出来る事なら離れたくないんですよね……。我儘を言っているのは自覚しているんですが、やはり引けないものは引けないって言うか……。せめて母が残してくれた財産が尽きるまでは頑張って守りたいな……と。何て言うんでしょう?上手く説明は出来ないんですが、あの場所からは離れたくないんですよね。守りたい場所って言うんですかね……」
少年は少し考えた後に自分の正直な思いをお爺さんに伝えます。
きっと少年自身、頭の中が真面に整理出来ていない状態で説明したと思われます。最後に恥ずかしくなり照れ隠しの乾いた笑いで誤魔化したのもその所為でしょう。
「ふむ……。お主の考えは理解した。そろそろ帰る準備が整ったようじゃ。……では、ついてくるが良い」
本当にただの時間潰しだったのでしょうか?
自分から促して聞いた割に反応が淡白です。
お爺さんに促され後をついて行くと、そこには無駄に8本もタイヤが付いている大きな車らしきものがありました。
「コレを借りるのに少し手間取りましたが、準備は整っています。ゼ……」
「有珠じゃ」
「失礼しました……。有珠様……」
「うむ……。運転は頼んだぞ。……では、行くとするかのぅ。ほれ、お主も乗るが良い」
「……は、はい。後ろで大丈夫ですか?今から何処に向かうんですか?」
車の迫力に圧倒されていた所為で一瞬反応が遅れました。
少年は車のドアに手をかけ、お爺さんに尋ねます。
少年が聞きたい情報は正確には『何処から帰るのか?』と言う事しょう。
「お主が来た場所じゃ。あの場所から戻れるはずじゃ」
「はぁ……」
何とも気の抜けた返事。
少年は崖をよじ登ろうと何度か試したのですが、無理だと判断し諦めた経緯があります。本当にあの場所から戻れるか半信半疑なのでしょう。
「まあ、疑うのも分からんでもない。行けば理解するじゃろぅ」
お爺さんの返事を聞きながらドアを開けると誰よりも先に猫が車内に潜り込みます。
車の中は……馬車とリムジンを足して2で割ったような感じの内装で、席は向かい合い中央にはテーブルが備え付けられている高級感のある造りです。
「うわぁ……。すごい……」
内装を見て感嘆の声を上げる少年。
「みー♪」
テーブルの中央に鎮座し上機嫌な猫。
「はしたない真似をしおって。ちゃんと席に座らんか」
お爺さんが猫を叱りつけます。
「な゛ーー」
「コッチにおいで。揺れると危ないからここに座らない?」
少年は席に座り、自分の太腿をパンパンと軽くたたきながら猫を誘導します。
猫は無言で少年の足の上に収まります。
「……やっと……触れる……フフフフフフフ……」
少年が本音を漏らします。漫画やアニメだと『キラーン』と言う効果音と共に目が光っている事でしょう。
……今まで我慢していたのが爆発したのか笑い声が少し不気味です。
「み?」
「テーブルに乗ったりオイタしたりと色々な罰もあるから……撫で回しの刑だ~~」
少年はかなりウッキウキな様子で猫を撫で回します……。
「み、みゃーーーーーー」
目的地に到着するまでの間、少年はモフモフを堪能し、猫の悲痛な叫び声が木霊するのであった……。
「着いたぞ」
お爺さんが猫と戯れる少年に声を掛けます。
「あっ、はい」
「み、みぃ~」
猫を存分に撫で回し満足気な少年。
一方、猫は……少し疲れている様子です。声に張りがありません。
まあ、此処へ到着するまでの間、ずっと撫で回されていたので疲れるのも無理はないでしょう。
一行は外に出て少年が落ちてきた場所に近づきます。
「これか……。また派手にやってくれたのぅ……」
「すみません」
お爺さんの独り言に少年は謝罪します。
少年はこの世界に来る意思も無ければ悪意も無い。よって、謝罪する必要も責任も無いのだが……まぁ、条件反射と言うやつでしょう。
「元々、脆くなってた場所じゃ。気にする事ではない。こやつも出入りしてたしのぅ。上まで行く道が崩れ落ちとるだけじゃ」
お爺さんは少年に謝罪の必要が無い事を伝え、猫を見て元々出入りに使われていた場所だと付け加えます。
まあ、実際、少年は何もしてないですしね。
少年が落ちてきた事が最後の引き金になり、道が崩れ落ちたとしても責任は無いでしょう。少年は巻き込まれただけですから。
「はい……。あの穴から元の世界に戻れるんですか?どうやってあそこまで行けばいいんですか?」
「そうじゃのぅ……。アレが出入口である事は間違いないのじゃが、足元が崩れてしまっておるのが、ちと問題じゃのぅ」
「直ぐに元の世界に戻る事は不可能ですか?」
「そう焦るでない。スレイプニルは飛行能力も兼ね備えておる。大丈夫、直に帰れるのじゃ」
「すれいぷにる?」
「その車の名前じゃ」
どうやら此処まで乗ってきた車の車種名が『スレイプニル』だそうです。
仰々しい名前です。しかし、名は体を表すと言うか何と言うか……。8本のタイヤに飛行能力付きで名は『スレイプニル』。……某神話に登場する馬を彷彿とさせます。
「とりあえず穴の近くまで行ってみるのじゃ。もう一度、車に乗るのじゃ」
お爺さんは皆に声を掛け、車を穴の近くに移動するように指示を出します。
全員が車に乗り込むと、車は浮き上がり少年が落ちてきた穴の近くへと移動を開始します。
穴の近くへ到着し、分かった事があります。
それは足場が完全に崩れている訳ではなく、一部(穴の真下付近)だけが崩れ落ちている状態でした。
つまり、何も知らずに穴から出てくると漏れなく落下する罠のようになっているのでした。
一行は残っている足場に車を駐車して現状の把握に努めます。
穴へは残っている足場から足を延ばせば届く距離です。
「想像していたよりも酷い状態じゃのぅ……。足場だけでなく、出入口である穴自体の綻びも酷いのぅ……。この場所も直に使い物にならなくなるかもしれんのぅ……」
哀愁が漂うと言うか、物悲しそうと言うか……。
少し寂しそうな雰囲気です。何か思い入れでもあるのでしょうか?
「有珠様、この少年に修繕を頼んでみては?」
「いやいやいやいや、無理です!こんな未知の物質を修理出来る訳ないじゃないですか!?」
運転手の提案を聞き、お爺さんが反応する前に少年が全力で不可能だと意思表示します。
「……そうじゃのぅ。無理強いはせんが、可能なら依頼したいものじゃのぅ」
少し何かを考えた後、お爺さんは少年に修繕依頼を提言するのでした。
「だから!こんな何なのかも分からない様な謎物質は直せませんってば!」
「おぉ、すまん、すまん。説明不足じゃのぅ……。直してほしいのは元の世界に有る祠なのじゃ。祠を修繕出来ればコレも復元すると思うのじゃ。足場は後でババアにでも頼んでおくのじゃ」
「祠……?何処にあるんですか?」
「樹の根元にあるはずなんじゃが……。はて……?完全に朽ち果てとるのかのぅ……」
樹の根元にある祠……。少年の母が生前に語っていた場所の事でしょうか?
「大樹の……根本に……ある……祠……!!?も、もしかして、お爺さん……じゃなくて、有珠様は神様ですか!?お、お母さんが昔、話をしてました!山の頂上にある大樹の根元に祠が有って神様も居ると!!」
どうやら少年も同じ考えに辿り着いたようです。
相手を神様だと推測した途端『お爺さん』から『有珠様』に呼び方を変更するとは……意外と現金な少年ですね。
しかし、興奮するのは理解出来ますが、興奮のあまり声も大きく、捲し立てるように迫るのはどうかと思います。
興奮している所為もあり、先程までは『母』と言っていたのが『お母さん』に変わり、素が出てしまっていますね。
「……神とな?……知らん。……それより、祠を直してもらえるかのぅ?」
お爺さんは何かを隠している様子ですが白を切ります。
「あっ、はい!やります。是非、やらせてください。有珠様」
少年はお爺さんを『有珠様』と呼ぶ事に決めたようですね。
「うむ。よろしく頼むのじゃ。……修繕するにあたり、1つだけ注意点があるのじゃ」
「注意点ですか?何でしょうか?」
「祠の周辺は人除けの結界が張ってるのじゃ。基本的には人は近づけんようになっておるのじゃ。よって、お主1人だけの作業になってしまうのじゃが良いかのぅ?」
少年が過去に祠を探しに山へ登っても発見に至らなかったのは人除けの結界が発動していたからでしょう。
今回、少年があの場所に近づけたは何かの偶然と言う事なのでしょう。
「はい。分かりました。……でも、人除けの結界があると言う事は僕も近づけないと思うんですが、工具とかを取ってくる場合はどうすれば良いですか?どうやって祠を直せばよいのでしょうか?」
有珠の言う事が確かなら、少年の言った様な疑問が生まれるのも必然です。
「コレを持って行くが良い。それと、こやつも連れて行ってはもらえんかのぅ?」
有珠は懐から取り出した鈴の様な物を少年に渡し、猫も一緒に連れて行って欲しいと頼みます。
「鈴……?通行手形みたいな物ですか?猫ちゃんにも何か役割があるんですか?」
「その鈴は、まあ、証明書や許可証みたいな物と言う認識で良い。猫はお主に懐いておるからじゃ。特に意味はない」
「懐いていますか?……じゃあ、もう一度……モフモフを……」
少年が猫の方へ向き直り、手をわきゃわきゃさせながら近づこうとします。
少し手の動きが卑猥です。
「シャー!!」
先程の一件でモフられることに多少のトラウマがあるのでしょう。
猫は少年を威嚇します。
「……本当に懐いていますか?」
「……」
少年の問いに対し、あらぬ方向を見て無視をする有珠。
少年は運転手の方へ向き直しますが、こちらも目を背けられてしまいました……。
「何か納得いかないなー……」
「威嚇されたのはお主が悪いと思うがのぅ。さっさと謝って仲直りせぬか……。……ワシはこやつの悪戯に手を焼いておるから引き取ってほしいのじゃ(ボソッ)」
何か最後に小声で本音が漏れていたような気がします。厄介払いですね……。幸い少年には聞こえていなかったようなのでセーフです。
「さっきはごめんね。もう無理矢理撫でるような事はしないから仲良くしようね」
「みー♪」
少年の謝罪を受け入れ和解したようです。……が、猫が返事をし少し近づいた時に少年の手が多少わきゃわきゃしていましたが、グッと撫でるのを堪えた事に免じて見なかったことにしましょう……。
「後は元の世界に戻って祠を見つけて修理するだけですね」
「祠の場所なら、そやつが理解しておるはずじゃ。元の世界に戻ったら案内してもらうと良い」
「みー」
「よろしくね。猫ちゃん。……では、お世話になりました。祠は僕が責任を持って直します」
「うむ……。修繕が終わった、また来るが良い。その時は歓迎するのじゃ」
「はい。色々とありがとうございました」
少年が2人にお礼を言い、岩壁の出っ張りを掴みながら穴へと足を延ばします。
少年が足を延ばしたタイミングで有珠が少年に声を掛けます。
「そう言えば、お主の名前を聞いとらんかったのぅ」
「甲示です。僕の名前は宮司 甲示でs……うわーーーーーー……」
急に有珠に声を掛けられ返事はしたのですが、変な態勢のまま答えるのも失礼だと思い、有珠たちの居る足場へ戻ろうとしたのですが、掴んでいた箇所が崩れ、そのまま穴へと吸い込まれるように落ちてしまいました。
猫は少年の後を追い、穴へと飛び込みました。
こうして、少年と猫は無事(?)元の世界に帰還するのでした。
「あの少年があの時の子ですか……。まさか、あの子が……。本当に大きくなられましたね」
「うむ……。すくすく元気に育ってくれていて何よりじゃ……」
少年が去った後、2人が静かに……そして過去を懐かしむように会話します。
2人は少年の事を以前から知っていたのでしょうか?
少年と2人の関係とは……?
― つ づ く ―