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フランチェスカは、どうするか考える。
本当なら暫く檻にでも入れて、管理するのが手っ取り早いが……流石に相手は王子だ。不味い。しかも、ここはリカルドの屋敷である故、実質無理がある。
なら先ずは、相手の弱みを握ること。実は、これは事前に知っている。別にわざわざ調べたわけではない。ちょっとした所からの噂話程度に聞いただけ故、いまいち信憑性には欠けるが、試す価値はある。
フランチェスカは、にっこりと笑みを浮かべると、猫撫で声を出した。
「殿下……私とリカルド殿下は、政略結婚ですが曲がりなりにも新婚です。少しはこちらに滞在して下さらないのですか?」
「嫌だ」
即答。苛つく。
このクズが……あらいやだわ、口が勝手に。オホホ。
内心苛つきながらも耐えるしかない。我慢、我慢。
「殿下、そう仰らずに……」
だが話の途中にも関わらず、リカルドは立ち上がると部屋を後にしようとする。
フランチェスカはそんなリカルドの腕を後ろから掴むと、思いっきり体重をかけた。
「うわっ⁉︎」
フランチェスカより頭一個分背の高いリカルドも、これには流石によろめき床に膝をつく。
そしてフランチェスカは、耳元で囁いた。
「いいんですか、殿下。……王妃様に報告致しますよ?」
一瞬にして彼の顔が青ざめる。どうやら、噂は本当の様だ。噂では、母である王妃はかなり怖いらしい。そしてリカルドは、王妃を恐れていると……。
公衆の面々では、普通に優しい王妃にしか見えないが……このリカルドの反応からして、かなり怖いのだろうと、推測出来る。
「は、母上には、だ、ダメだ!分かった、暫くは屋敷にいる!故に、それだけはしてくれるな」
「それは、嬉しいですわ。折角夫婦になれたんですから……仲良く致しましょうね、殿下?」
リカルドは青い顔のまま、黙り込んでいた。
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我慢する事を覚えさせないと。リカルドは、これまで己の欲望のままに生きてきた、と思う。
そう、待てすら出来ない犬と同じ……。
フランチェスカとリカルドは、横並びにテーブルにつく。本来ならば、向かい合わせに座るのが普通だが、敢えて横に座った。この方が何かと都合がいい。
「殿下、お野菜全然召し上がっていらっしゃらないんですね」
「……野菜は好かない」
いつもの事なのか、当たり前の様に彼の皿には野菜が1つも盛られていない。ひたすら肉、肉、肉……時々魚みたいな。不健康にも程がある。
「ダメですよ、殿下。野菜を食べないと」
あくまで優しく諭すが……。
「私は、野菜が嫌いなんだ。意見するな」
リカルドはそういうと、そっぽを向いた。これでは、幼い子供と大差ない。
面倒臭いわね。
フランチェスカは、子供の様なリカルドに更に苛つ。だがまさか、無理矢理食べさせる訳にはいかない。仕方がない……。
「あら、このニンジンとっても美味しいわ!こんなに美味しいニンジン食べたの生まれて初めて!う~ん、こっちのトマトも、本当に美味しい!」
かなり、大袈裟にフランチェスカは言ってみた。そして横目で、リカルドの様子を伺う。すると、予想通りだ。
「……そんなに、美味しいのか」
「えぇ、それはもう驚く程に!」
そんな訳無い。これらは、何の変哲もないごく普通の野菜だ。
「殿下も、お召し上がりになられますか?」
暫し沈黙が流れる。彼はかなり悩んでいる様子だ。やはり、こんな今時子供でも引っかからない様な作戦は無理があったか……。
「一口……貰う」
あら、単純でした。お召し上がりなるそうです。
フランチェスカは、笑みを浮かべながらリカルドの前に、ニンジンとトマトの盛られた皿を置いた。