デレがないツンデレはただの罵倒
殿下とリジェ公爵令嬢による婚約者同士のお茶会は、今日も殺伐と終わった。お茶会の後には、反省会が必ず開かれる。参加者は殿下と、殿下の従者である僕の二人だけ。
普段反省会の口火を切るのは殿下だ。でも今日は僕が口火を切った。
「殿下、いいかげんはっきりさせておきたいことがあります」
「なんだ?」
「殿下の婚約者のリジェ様はツンデレではありません」
雷に打たれたように殿下は固まった。
「な、なん、だと」
この世の終わりのように、殿下は絶望した。が、すぐに復活した。
「いいや、そんなはずはない。世界の誰よりもツンデレを愛するツンデレマイスターである俺のツンデレセンサーに狂いはない。リジェは絶対に、ツンデレだ」
あくまで自信満々に言い切る殿下に、僕は尋ねた。
「なぜそう思われるのですか?」
「婚約前の顔合わせで、自己紹介して二言目から悪態をつかれた。ツンデレ以外に何がある」
「殿下、それはツンデレじゃないです。ただの罵倒」
「罵倒、ただの罵倒」
「リジェ様は一目見た瞬間から、とにかく殿下が嫌いだったそうです。元々殿下とリジェ様との婚約は、王家からのたっての要望でした。公爵家としては殿下との婚約にこだわりはありません。なのでリジェ様は殿下に嫌ってもらって、婚約を白紙にするために、嫌悪を隠さない方向でいくことにしたそうです」
「いいや、でも」
僕は反論しようとする殿下に先手を打った。
「殿下、今までのリジェ様の言動にデレはありましたか?」
「は、デレが無い……だと!?」
僕に指摘されてようやく殿下は気付いたようだ。長年従者をしていても、殿下の行動原理はよく分からない。
「ツンデレ好きだと言っておきながら、相手がツンデレかどうか分からない。今後ツンデレ好きだと発言するな、本物のツンデレ好きに謝れ。ツンデレマイスターとかツンデレセンサーとか二度と言うな」
いけない。イライラして素が出てしまった。
「ごほん。現在リジェ様は、殿下のことをドМだと思われているようです。いくら罵倒しようと、ニコニコしてきてものすごく気持ち悪いと。ますます殿下へのヘイトが溜まり、罵倒に磨きがかかっています」
何となく嫌いだったものが、今や本気で嫌いに悪化している。ここからの二人の関係の修復はほとんど不可能だろう。
「今までの話は確かな情報筋からなのか?」
落ち込む殿下は一縷の望みにかけたようだ。
「はい。これ以上ないほどに確かな情報筋です」
「いったい誰だ? リジェ付きの侍女か?」
「いいえ、全部本人から聞きました」
僕の返答に殿下の顎が外れそうになった。
「一向に婚約が白紙になる気配がなく、業を煮やして彼女の方から僕に接触してきました。殿下がリジェ様を大層気に入っているとお話ししたところ、この世の終わりのように絶望して帰られました」
そして今日もリジェ様は、元気に殿下を罵っていた。殿下をドМだと思っているなら、なんで罵るのやめないのリジェ様。ドМに罵りとかご褒美じゃん。ますます殿下に好かれちゃうじゃん。負のスパイラルじゃん。
殿下はツンデレ好きだと、僕はリジェ様に真実を伝えるべきだったのだろうか? 分からない。
殿下然り、リジェ様然り、僕にはその行動原理が全く理解できない。
外れそうになっていた顎を元に戻して、殿下は考え込むように腕を組んだ。
「そうか、では、どうしたら」
一旦言葉を切り、僕を見てくる殿下に、嫌な予感しかしない。
「どうしたら、リジェにツンデレになってもらえる?」
「完全に嫌われている以上無理でっす」
僕は最高の笑顔で殿下に言い切ってやった。