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08.国境の町

 強烈な光の洪水が収まり、ゆっくり目蓋を開けば其処は小高い丘の横、丁度影になっていて人目に付きにくい場所だった。

 全てが整えられた離宮とは違う、人の手が入っていない自然の風景にラクジットは目を細める。



「ラクジット様、どうやら此処は他国との行き来を管理する関所の町のようですね」


 先に周囲の確認をしていたメリッサは、自分達が居る場所より少し下った先に見える大きな石造りの建物を中心に広がり、多くの人々で賑わる町並みを指差す。


「此処が、関所の町オライア?」


 ポケットから取り出したイシュバーン国の地図を広げ、現在位置を確認する。

 王都の離宮から転移したのは、国境沿いにある関所の町オライアの近くの草原だった。




 オライアの町は小さいながらも、関所の町ということで旅人の助けとなる道具屋、宿屋に飲食店と各種店舗が充実しており旅人や買い物客で賑わっていた。


 煉瓦造りの家と煉瓦が敷かれた道、休日には朝市が開かれるという中央広場まであり、ラクジットは町並みや店巡りをしたい衝動を振り払うため首を横に振る。


「町を歩くのは初めてだわ」


 前世の記憶にある町並みはアスファルトで舗装された道路の走る車と、鉄筋コンクリートの建物や色合い豊かな家屋が住宅街に建ち並んでいた。

 今、目の前に広がる町並みは煉瓦や石造りの建物は明らかに前世の世界とは違う。

 此処は剣と魔法の世界なのだと実感して、ラクジットは目を輝かせた。


 ビュウッ、強い風が吹き抜ける。

 頭からすっぽりかぶっていたフードがずれかけて、ラクジットは慌ててフードを押さえた。


「ラクジット様、フードが取れないように留めておきますね」


 簡単に外れないようにメリッサは、ラクジットのフードと髪をヘアピンで止めていく。


 この世界の人族は、銀髪をもって生まれる者は珍しい。

 濃いグレーや黒髪の者はいるが、銀髪はごく一部、イシュバーン国の王族の血を濃く引く者にしかいない。

 輝く銀髪と蒼い瞳はイシュバーン王族、竜王の血を引く証。


 その事を、アレクシスに教えられるまで知らなかったラクジットは、この世界の一般常識を知らなかったのだと気が付いた。

 離宮に居る間は特に問題は無いとはいえ、外へ出ればこの目立つ色合いは大問題だ。

 染粉や簡易魔法では変えられない髪と瞳の色を隠すため、フードをキッチリとかぶり目立たないようにする必要があった。

 フード付きのポンチョにワンピースを着て、フードを目深に被っていたとしても子どものラクジットならば違和感は無い。



「良い匂い~」


 関所の建物へ向かっていたラクジットの足は、広場に並ぶ良い臭いに足が止まる。

 シロップの甘い匂いに引き寄せられて、屋台に並ぶカップケーキに目が釘付けとなった。


「お嬢ちゃん、関所を抜けてオディールへ行くのなら、旅のお供にうちの焼き菓子はどうだい?」


 焼きたての美味しそうなカップケーキを店主から見せられて、甘い物が大好きなラクジットの瞳はキラキラと輝いた。


「わぁ美味しそう。買っちゃ駄目?」

「はぁ、仕方がありませんね」


 仕方ないと言いながらも、ラクジットに甘いメリッサは「今回だけですよ」と上着の内ポケットから財布を出した。



「此処で出国手続きを行って、隣国へ向かいます。通行証があるから大丈夫ですよ」

「う、うん」


 カップケーキを買ってもらってご機嫌だったラクジットの表情は、国境の森手前の出入国手続きをする、武装した兵士が立つ関所の建物へ入った途端、緊張で強張っていく。


(前に並んでいる旅人や行商人と同じように、係の役人に通行証を見せるだけだよ。大丈夫。普通の女の子に見えるもの)


 大丈夫だと何度も心の中で自分に言い聞かせ、ラクジットは役人に通行証を見せた。


「女性の子連れ旅は危険だよ。くれぐれもお気をつけてくださいね」

「ありがとうございます」


 通行証を確認した人の良さそうな役人の男性へ、メリッサはやわらかな笑みを返す。


「道中、気を付けてね」

「ありがとう」


 手を振って礼を言うラクジットへ男性は手を振り返して見送る。

 フードを被っていても、まだ子どものラクジットは不審に思われないで済んだようだ。建物を通り抜け、国境の森へ足を踏み入れてからやっと緊張を解いて安堵の息を吐いた。



「何も無くて良かったね」


 国境の森の道は舗装されていて、所々は魔法のランプが灯され道案内をしていくれているため迷う心配も、魔物が出る心配も無い。


「この森を抜ければ、隣国オディール国へ入ります」

「へぇー、オディール国かぁ」


 山間のイシュバーン王国の隣国オディールは、森林と大きな湖がある豊かな国だと地理の勉強で習った。

 季節によって実る果物を使ったタルトが美味しいと、地理の先生は言っていた。特産品は湖や河で獲れる魚介類。オディール国の町へ着いて食事をするのが楽しみだ。

 もう直ぐ他国へ行き、自由の身になれる。解放感からラクジットの足取りは軽くなっていた。




 未知の世界への期待で笑顔になって歩くラクジットを微笑ましく見ていたメリッサは、ふと風に混じる魔力の波動を感じ取り歩く足を止めた。


「ラクジット様っ! 下がって下さい!」


 美味しそうな魚料理の期待と解放感に浸っていたラクジットは、切羽詰まったメリッサの声に反応して後ろへ飛び退いた。


 ジュッ


 たった今までラクジットが立っていた地面に炎の矢が突き刺さる。

 炎の矢がかぶっていたフードを掠め、メリッサが三つ編みに結った銀髪がフードの中から零れ落ちた。


「っ!?」


 驚きのあまり心臓は激しく脈打ち、苦しなったラクジットは胸を押さえた。


茂みの方から草を踏みしめる音が聞こえ、木々の影から火矢を放っただろう人影が姿を現した。

 怯えるラクジットを庇うメリッサの前へ現れたのは、長い焦げ茶色の髪を一纏めにしてイシュバーン王国騎士団の隊服を身に纏い、腰に長剣を挿した長身の騎士。



「銀髪、蒼目、アレクシス王子に似た姿形の少女」


 長身の騎士は、ラクジットの体を頭の先から足元まで一瞥する。


「貴女がラクジット様ですね」


 口調はあくまでも丁寧なのに、騎士の瞳の眼光は鋭く「違う」と否定できなかった。


「城から逃げ出すとは、随分とお転婆なお姫様だ」


 両手を広げた騎士は、ニヤリと愉しそうに口の端を吊り上げる。


「貴方は誰? ヴァルンレッドが寄越した追っ手なの?」


 まだヴァルンレッドが王宮へ行って2日目しか経っていない。ラクジットが逃亡したと察知したヴァルンレッドが手を回し、追手に見付けられてしまったのか。


「いいえ? 私の主は黒騎士リズリス様です。ここ最近、アレクシス王子が不穏な動きをされていたので、監視していたのですよ。まさか、離宮にいらっしゃる御方が王女様だとはリズリス様から聞くまでは知りませんでした。ああ、貴女の護衛をしていらしたヴァルンレッド様ですが、まだ王宮にいらっしゃるはずです」

「黒騎士リズリスって、確か……」


 国王に妄信的忠誠を誓っている黒騎士の一人。

 ストロベリーブロンドの髪を三編みにした見た目は、綺麗な女性かと間違えてしまうくらい綺麗で中性的な外見をした、しかし中身は冷酷な黒騎士だった。

 黒騎士の中では一番魔法に長けていて、戦闘では状態変化や魅了魔法ばかり使う嫌な相手だったと記憶している。



「リズリス様のご命令で、貴女を王宮へお連れします」

「嫌っ! 私は戻らない!」


 近付いて来るリズリスの部下だという騎士を、ラクジットは睨み付ける。


「では、不本意ながら力ずくでお連れします」


 全く不本意では無さそうな騎士は、捕獲者としての愉悦に満ちた顔でラクジットへ向かって手を伸ばした。



 バチッ!


 伸ばした手は、ラクジットへ触れる前に雷撃によって弾かれる。


「ラクジット様、逃げてくださいっ! きゃあっ」


 男が魔力を纏わせた腕を振り、雷撃を放ったメリッサの体が衝撃波に吹き飛ばされて地面叩きつけられる。


「メリッサ!」


 倒れたメリッサに駆け寄ろうとしたラクジットの二の腕を、無遠慮に掴み騎士は自分の方へ引き寄せた。


「騎士の私にそんな程度の魔法は効きません。さて姫、戻りましょうか」

「やだっ! 離して!」


 全力でもがいて抵抗しても、二の腕を掴む一本の手だけでラクジットを確保する騎士の力には勝てない。


 力を込めれば簡単に腕の骨をへし折ってしまうだろう強い力。

 護身用にとアレクシスから貰った指輪の力を使いたくとも、首から下げた指輪へ触れようと腕を動かしたいのに、騎士は二の腕を掴み指の力を更にこめてギリギリと腕を捻り上げていく。

 二の腕に騎士の指が食い込むのが痛くて、ラクジットの目には涙の膜が張る。


 指輪の力を使って逃れることも出来ず、意識を失って地面に倒れるメリッサへ駆け寄ることも出来ない。

涙目になったラクジットの脳裏に一人の騎士の姿が浮かぶ。


(助けて、ヴァル!!)


 彼が側を離れた隙に逃げようとしたくせに、こんな時にだけヴァルンレッドへ助けを求めるとは都合が良すぎる。

 それでも、過保護で怖くて優しい護衛騎士が助けに来てくれると信じて、ラクジットの瞳からぼろぼろ涙が零れ落ちた。


ブックマーク、評価、ありがとうございますm(__)m

因みに、オライアの町名はとあるお菓子の名前から考えました。

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