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07.やって来た逃亡チャンス

 雲一つ無い青空が広がる昼下がり、庭園のガーデンチェアに座ってメリッサから編み物を習っていたラクジットは、黒騎士の正装をきっちりと着込んだヴァルンレッドをキョトンとして見上げた。


 先日、王の警護のために王宮へ行ったばかりだし、黒騎士の正装をして何処かへ行くのだろうか。

 不思議に思っているラクジットの足元へ、ヴァルンレッドは片膝を地面について跪く。


「ラクジット様、片付けなければならない案件があるため、数日間、お側を離れます」

「数日間ってどれくらい?」


 ヴァルンレッドがラクジットの側を離れているのは、長くても一日。

 数日間、側を離れるということは国王の身に変事が起きたのだろうか。


 不安で顔を強張らせたラクジットへ、ヴァルンレッドはやわらかく微笑んで彼女の手を取った。


「五日、いや三日で戻ります。ですから、くれぐれも、無茶をされませんようお願いいたします」


「くれぐれ」も、を強調して言うヴァルンレッドの笑顔に気圧され、ラクジットはコクコク頷いた。


「もしも、無茶をして怪我でもしたら……ラクジット様を繋ぐ首輪と鎖を用意しましょうかね」


 クククッと、喉を鳴らして目を細めたヴァルンレッドは愉しそうに笑う。

 冗談ではなく彼は本気で首輪と鎖を用意する気だと感じ取り、ラクジットの体から血の気が引いていく。


「わっ、私は、愛玩動物ではないよ」


 いくら手のかかる娘扱いをされているとはいえ、首輪に鎖をつけられるペットの扱いはされたくないし、そんな趣味は無い。


「ああ、ラクジット様は皆に愛される愛玩動物ではありませんでしたね。貴女は、私だけの可愛い姫君です」

「え?」


(“私だけの”ってどういう意味で言っているの?)


 護衛騎士ヴァルンレッドはとても過保護で、冷静沈着な黒騎士ヴァルンレッドとはとても同一人物とは思えないけれど、少女好きな変態嗜好を持ってはいないはずだ。


(まさか、手がかかる私のせいでヴァルンレッドは新たなる嗜好の扉を開いてしまったの!?)


 美形で強いとはいえ、加虐嗜好で少女趣味はいくらヴァルンレッドが大好きでも怖い。


(護衛騎士がロリコンは非常に不味い。やたらと抱っこしたがるし……駄目だ。これ以上は深く考えてはいけない、気がする)


 引きつる口元を無理矢理笑みにしたラクジットは、跪くヴァルンレッドに抱き付いた。


「分かったわ。いってらっしゃい、ヴァルンレッド」


 ちゅっ、軽いリップ音を立ててヴァルンレッドの頬へ親愛のキスすれば、彼も嬉しそうに微笑んだ。




 ***




 ヴァルンレッドと同様に、黒騎士ダリルも数日側から離れるからと、アレクシスは朝から離宮を訪れていた。

 茂みの奥の秘密の場所に敷布を敷いて、双子は持ち寄ったお菓子を広げる。


「肉体を維持するため?」


 口の中のマドレーヌを咀嚼して、コクリと飲み込んだラクジットは目を瞬かせた。


「今の国王の体はひどく不安定なんだ。国王の姿は、謁見した時に見ただろう? 今の国王は王家の血筋特有の銀髪じゃなくて黒髪だし、体の持ち主の王子はあまり魔力も強くなかったんだって。そのせいで体が竜の力に耐えられなく定期的に寝なきゃならないし、黒騎士達が棲み処へ呼ばれたのは体の崩壊を防ぐための儀式をするからみたいだ。俺はまだ成長しきってない子どもの体だから憑依は出来ないし。ラクジットもまだ子どもだから子を成せないし、国王と側近達の考え抜いた末の苦肉の策じゃないかな」

「成程。私たちがまだ子どもだからか」


 この世界の成人は18歳。

 だから18歳になったゲームのアレクシスは、国王に憑依され体を乗っ取られるのを恐れて国から逃げたのか。


「でも、それってチャンスだよね」


 国王の一大事は側近達しか知らされない。国王の一大事の、儀式を行う王宮周辺の警備は厳重なものとなる。

 その分、離宮の警備は手薄になるだろう。


「ああ、王周辺の警備に気をとられてこっちは手薄になるな」


 警備が手薄になったお陰で、アレクシスも何時もより警護兵の目を誤魔化して離宮へ来るのは楽だった。

 その分、離宮に張られている結界が強固になっているかと警戒したが、変化は特に無く二人で拍子抜けしたのだ。


「ヴァルは三日で戻るって言っていたから、逃げるなら明日しかないわ」


 ヴァルンレッドの目が離れるチャンスはもう二度と無いかもしれない。

 逃亡を決意したラクジットは、紅茶風味のフィナンシェを勢い良く頬張った。




 翌日、朝食を食べ終えて給仕係と侍女が部屋を出たのを確認したラクジットは、フリルの付いたドレスから身軽で機能性を重視したワンピースへ着替えた。

 着替えと換金しやすい装飾品を詰めたリュックサックを背負い、アレクシスに教えてもらった姿と気配を薄くする状態変化魔法を唱え、忍び足で自室から廊下へ出る。


 ほぼ無人の離宮内には、ラクジットに寄り添って歩く動きやすそうなワンピースへ着替えたメリッサの、二人分の足音しか聞こえない。



「メリッサ、本当にいいの?」


 歩きながらラクジットは、頭一つ分高い長身のメリッサを見上げる。


「私には帰る実家はありませんし、此処に残って居たら罰せられて処刑されますもの。それならば、姫様の側に居て貴女が自由を得るお姿を見ていたいのです」


 ラクジットが離宮から逃亡した後のこと、侍女達の処遇はアレクシスに頼んである。

 唯一の世継ぎ、国王の器となる大事な王子様という立場の彼ならば、軟禁している姫を逃す失態を犯した侍女達を守れる。

 次女達の再就職先として、なるべく平和なところをアレクシスが確保してくれていた。


 昨夜、意を決して逃亡計画を打ち明けてアレクシスの保護下へ行くように伝えたメリッサは、頑なにラクジットの側を離れるのを拒んだ。


「姫様は、ラクジット様は私の娘同然ですから。私が貴女を守ります」


 涙を流してラクジットを抱き締めるメリッサの腕の中は、幼き頃から変わらない安心できる温もりがあった。



「ラクジット、準備は整ったか?」

「ア、アレクシス様……?」


 庭園の端、茂みの奥にある秘密の場所で待っていたアレクシスの姿を目にして、メリッサの瞳は大きく見開かれた。

 震える声でアレクシスの名を呼び、見開いた瞳は涙で潤んでいく。


「アレクシス様、ご立派に、成られて……」


 口元に手を当てたメリッサは、嗚咽混じりの震える声を絞り出す。

 母親の産後直ぐ、ラクジットとアレクシス二人の乳母をしていたメリッサにとって、離れ離れになっていた王子と感動の再会なのだろう。しかし、再会に浸る時間は無い。


 簡単な挨拶を交わし、アレクシスは先日完成させた転移陣を書き込んだ羊皮紙を地面に広げた。


「国境付近に転移するように設定してある。国境警備の砦は通行証が無ければ抜けられない。二人は親子という事にして、上手く切り抜けてくれ」

「うん」


 頷いたラクジットは、アレクシスから手渡された二人分の通行証をワンピースのポケットへ仕舞う。


「ありがとうアレクシス。貴方は残っていて大丈夫?」


 いきなりラクジットがいなくなったら、アレクシスに不利な事が起きないか心配になる。

 もしも、国王や黒騎士にラクジットの逃亡を手伝ったと知られたら、アレクシスは責められやしないだろうか。


「大丈夫だよ。俺はそんなに弱くないから。大概の相手はどうにかなる。黒騎士も器である俺をどうこう出来ないよ」


 ニヤリッと口の端を上げて不敵に笑うアレクシスは、自分と似ている顔立ちで短期間で親しくなった間柄なのに、まるで知らない男の子の顔に見えた。


「上手く逃げて落ち着いたら、連絡するね」

「ああ。そうだ、ラクジット手を出して」

「手?」


 言われるままに右手を差し出すと、手のひらに小振りな紫色の石が一つはまった指輪が乗せられる。


「もしヴァルンレッドが追い掛けてきたらこれを使え。光魔法を閉じ込めてあるから、目眩まし程度にはなる。目眩ましに成功したら転移陣を広げて逃げるんだ。いいかい? 絶対に黒騎士と戦おうなんて考えるなよ」

「うん」


 ラクジットが頷いたのを確認して、アレクシスは広げた羊皮紙に書き込まれた転移陣へ手をかざし魔力を注いでいく。

 魔力に反応して転移陣に描かれた文様が朱金色に輝き出す。


 パアアァー


 息を飲んだメリッサと強く手を繋いだラクジットの体を、転移陣から伸びた真っ白な光が絡み付くように包み込んでいく。

 何処かへ引っ張られる強い力と強烈な光で、堪えきれずにラクジットは両目を瞑った。


ブックマーク、評価をありがとうございますm(__)m

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