22.夜会へのエスコート
前半、アレクシス視点です。
サリマン侯爵邸のエントランスで待っていたアレクシスは、緩くカーブになっている階段を下りてきたレイチェルを見上げて、大きく目を見開いた。
緩く結われた金髪は蜂蜜の輝きを放ち、ホワイトリリー色のドレスの布地は、金糸を混ぜて織られているため動く度にキラキラと煌く。
ドレスの胸元は大きく開いているが下品には見えず、胸元と裾に施されているミッドナイトブルーの刺繍には、よく見るとターコイズ色の糸も混ぜられていた。
思わず感嘆の息が漏れる。仕上がったドレスを見せてもらえず、今初めてドレスを目にしたアレクシスは体が熱くなるのを感じた。
ホワイトリリー、白百合の花言葉とさりげなく混ぜられた自分の瞳の色。
作為的なものだと分かっていても、これでは意識してしまう。
湧き上がる感情を抑えるため、アレクシスはコクリと唾を飲み込んだ。
「お待たせして申し訳ありません。あの? どうなされました?」
吊り目で気が強そうな令嬢が、不安げに上目遣いで見上げてくる破壊力はかなりのもので、アレクシスはレイチェルからの顔から目が離せなくなる。
「あ、いえ。貴女の姿があまりにも可憐だったので、つい、見惚れてしまいました」
意識して熱くなる熱を誤魔化すため微笑めば、レイチェルの全身が真っ赤に染まる。
「まぁっ、そんな……嬉しい、です」
頬に手をあてて真っ赤に染まった頬を隠すレイチェルが可愛く思えて、アレクシスは頬を隠す白い手に自身の手を重ねるように添えた。
「今夜は、私を貴女の婚約者と思い接してください。そして、貴女を蔑ろにした愚かな皇子に仕返しをしましょう」
「仕返し?」
「ええ、これほどまでに貴女は可愛らしいお嬢さんだと、見せ付けてやるのです。今夜だけ、貴女の肌へ触れるのを許可して下さいますか?」
「……はい」
ゆっくり頷いたレイチェルの傍らへ、流れるような動作でアレクシスは跪くと白い手の甲へそっと口付けを落とした。
***
夜会開始時刻まであと少しとなり、会場となる学園中央棟大ホールには生徒達が続々と集まっていた。
天井から豪奢なシャンデリアが吊り下がるホール中央では、フリルと真珠で装飾された可愛らしいピンク色のドレス姿のアイリが、はしゃぎながらベルベットの燕尾服を着たレオンハルトへしなだれかかっていた。
髪にはピンクダイヤと真珠の髪飾り、耳と首元にも大粒のピンクダイヤのアクセサリーを身に付けたアイリは、物語のお姫様になったような気分で会場を見渡す。
婚約者がエスコートしてくれない悪役令嬢は外聞を気にしてか、まだ会場入りしていないと内心ほくそ笑んだ。
「アイリ、やはり君が一番綺麗だ」
甘く囁きながらレオンハルトはアイリの黒髪に口付けた。
「レオンも凄く格好いいわ」
髪に触れるレオンハルトの手にアイリは指を絡ませて、甘えるように頬擦りをする。
先日の学園内での魔法使用未遂、無差別攻撃魔法を使用したとして停学処分を受けた取り巻きのアーベルトは夜会には参加出来ず、生徒会の仕事を放棄したと父親と兄からギッタギタに締め上げられたルーベンスは、誓約魔法をかけられて婚約者のエスコートをしているため、アイリの側から離れていた。
邪魔するものは誰もいないとばかりに触れまくるレオンハルトに対し、口では駄目といいつつアイリは受け入れている。
イチャイチャしている二人とは極力関わらないよう、周囲の者達は一歩も二歩も引いているせいで、彼等の周りだけぽっかりとピンク色の空間が出来ていた。
学園祭の夜会だから多少羽目を外してもいいのだろうが、ホールの真ん中を陣取ってピンク色の空気を撒き散らすのはどうなのか。
会場入口まで、カイルハルトにお姫様抱っこをされて来たラクジットでも、ああいうのは会場外でやってくれと思う。
隣にいるカイルハルトも小さく「馬鹿か」と呟き、珍獣を見る目で二人を見ていた。
学園祭の夜会で、婚約者の悪役令嬢ではなくヒロインを選んでエスコートした皇太子から愛を囁かれる場面は、確かゲームではハッピーエンドへ到達するのに必要なイベントだった気もする。
前世の記憶では、綺麗なスチルとレオンハルトからの愛の囁きボイスに身悶えていたが……現実となると全く違って見える。
改めてイチャイチャしている二人を見たら、周囲の状況と空気を全く読めない馬鹿、もとい痛々しい二人にしか見えない。
子爵令息だという婚約者と共にやって来たアマリスは、アイリとレオンハルトを見て露骨に眉を吊り上げた。
「何故、殿下はアイリ嬢をパートナーにしているの? レイチェル様はどうなさったのかしら?」
広げた扇で口元を隠して耳打ちをするアマリスへ、ラクジットは唇に指を当てて大丈夫と伝えた。
「もうすぐ着くと思うから。物語の主役は遅れ気味で登場して周囲の注目を浴びるものでしょう?」
ザワリッ
ラクジットが言い終わるや否やくらいのタイミングで、ホール出入り口付近からざわめきく声が広がる。
「ほら、やっぱり」
ピンク色の空気を塗り替えるような雰囲気を纏った二人の登場に、空気を読まないヒロインの敗北を確信したラクジットは満面の笑みを浮かべた。
ホール出入り口付近から聞こえてきたざわめきと共に、空気が変わっていったのを感じて、イチャイチャから我に返ったアイリは周囲を見渡した。
ざわめきの中に、「レイチェル」という言葉が聞こえた気がして何事かと、レオンハルトの腕を引きながらアイリは出入り口の方へ向かう。
「はっ?」
人の隙間から見えた、感嘆の声と羨望の眼差しを一身に浴びている人物を確認して、アイリは驚愕のあまり大きく目を見開く。
「何でっ? 誰よアレ?」
ざわめきの原因、黒髪の美男子にエスコートされて歩いて来たのは、婚約者にエスコートしてもらえなかった哀れな悪役令嬢、レイチェル・サリマン。
何度か目を瞬かせて見直しても、何時もの気の強そうな悪役令嬢といった雰囲気は皆無の彼女は、ドレスの色も相まってまるで可憐な白百合のような美しさを放っていた。
光の加減で煌めくホワイトリリー色のドレスは、魔法を使える者なら魔力が込められたものだと分かるほど手の込んだもので、身に付けているアクセサリーは全て魔石を加工した物。
扱いの難しい魔石を、ここまで加工出来る技術は帝国でも見たことがない。
ドレスと装飾品もそうだが、何よりアイリを驚愕させたのは……レイチェルをエスコートをしている青年だった。
長い黒髪を横に流してゆるく一纏めにして、黒色の燕尾服を着たとても整った顔立ちの青年は、時折蒼色の瞳を細めてレイチェルを愛しげに見詰めている。
少年から青年への過渡期であろう年頃の彼は、レオンハルトと同等、否、纏う雰囲気の分を差し引いても比較出来ないくらいの美形で、堂々とした立ち振舞いには王者の風格すら感じさせた。
滲み出てくる色香でもあるのか、通りすがりに彼と視線が合っただけで立ち止まり頬を染める女子もいる。
口元に手を当てたアイリは「こんなキャラは知らない」と呟いていた。




