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20.学園祭

ラクジット視点に戻ります。

学園祭当日の話。

 常時守衛が立ち、固く閉ざされている学園の巨大な門は、学園祭の日だけは大きく開け放たれていた。


 帝都一の学園で行われる学園祭は、主に在学生徒の家族が優先されるとはいえ、学園を見学する絶好の機会。開園して一時間で来園者多数のため学園への入場制限がかけられた。

 貴族の豪奢な馬車と、徒歩で学園を訪れる平民達は区別され、双方列をなして入場の順番待ちをしている。


 この行列は、毎年学園祭では恒例となっている景色だ。

 順番待ちをしている人達のための移動販売車も出て、学園の門までの並木道もちょっとしたお祭会場状態となっていた。



 学園内では、飾り付けられた各教室と部室で飲食物の販売、フリーマーケット、演劇や楽器演奏が行われ、来演者を楽しませていた。

 2年B組のカフェには開園と同時に人が押し寄せ、教室だけでなくホールの席も満員となる盛況ぶり。



「いらっしゃいませ」


 カフェでは、お揃いのヴィクトリアンメイド服を着て頭にはホワイトブリムを付けた女子が接客をし、コック姿の男子達が調理と裏方の仕事を担っていた。


「ご注文を承りましたわ」


 長い金髪と溢れんばかりの胸を揺らして接客するレイチェルは、艶やかな営業スマイルを男性客へと向ける。

 笑みを向けられて溜め息を漏らす者、顔を真っ赤に染めて鼻の下を伸ばして見惚れる者、記録魔具を使って一緒に写って欲しいという男性客から注視されて慌ただしく働く姿は、様子を見に来たイヴァンが目を丸くするくらいの、普段の姿とはかけ離れた生き生きしたものだった。


 乙女ゲームの学園祭イベントでは、2年B組の出し物は紅茶と焼き菓子を出す上品なカフェ。決してメイドカフェではない。

 前世の記憶、高校時代の学園祭を思い出したラクジットが、お揃いの服を着たら可愛いと口を滑らしてから、女子達が盛り上がってしまい最終的にこうなった。


 実家が飲食店経営だという女子生徒から接客のノウハウを教えてもらい、最初は「いらっしゃいませ」と言うのも恥ずかしがっていたのに、すぐにレイチェルは慣れたらしく気合いを入れて身嗜みチェックをしていた。もしや彼女はメイド服に嵌まってしまったかもしれない。

 レイチェルのメイド姿は見ていて眼福だし、彼女にも楽しんでもらっているなら万々歳だ。

 父親のサリマン侯爵には、大事なお嬢さんに新たな世界を見せてしまい、申し訳ないと少々複雑な気持ちになった。


 ひっきりなしの来客でレイチェルを眺める時間はほとんど無く、新たな来客をラクジットは営業スマイルを顔に貼り付けて出迎える。


「カイル、オスカーさん、いらっしゃいませ?」


 来客用の語尾が疑問系になってしまった。

 出迎えたラクジットを一目見たカイルハルトは、大きく目を見開き横を向いてしまった。

横を向いたカイルハルトは、隠すように片手で顔を覆う。


「どうしたの?」


 何時も編み込みで結い上げている髪を下ろしているし、メイド服は似合っていないのかと不安になり、ラクジットは首を動かして自分の姿を見る。


「いやー、ラクジットちゃんの強烈な破壊力にやられただけだから。気にしない気にしない」


 片手で顔を隠すカイルハルトと戸惑うラクジットを交互に見て、オスカーは声と肩を震わして席へ向かった。



「おすすめって何かな?」

「おすすめはですねぇ」


 メニューの説明をしようと、オスカーの傍まで行ったラクジットの腕をカイルハルトが掴む。


「……近付き過ぎだ」


 不機嫌に言うカイルハルトは、未だにラクジットを直視してくれない。

 オスカー曰く、照れているらしいがこの態度では不機嫌になっているとしか思えない。


「そんなに近付いたら、勘違いするだろ」

「そう? お客様に引かれちゃうかな?」


 少々ずれた、噛み合っていない会話にオスカーは堪えきれず「ぶほうっ」と吹き出した。


「オスカー!」


 顔を赤く染めたカイルハルトがテーブルに手を突き、テーブルの上に置いたコップの水がガチャッと派手な音を立てて揺れた。



「すまない」


 素直に謝罪の言葉を口にしたカイルハルトへ苦笑いを返し、コップから溢れた水を拭いているラクジットの背後からレイチェルの手が伸びる。

 濡れたテーブルを布巾で一拭きし、レイチェルは優雅に一礼をした。


「こんにちは、カイル様オスカー様。なかなかの盛況ぶりでしょう? A組の紙芝居劇場はどうですか?」


 問われてからオスカーは、教室内をぐるりと見渡す。


「女子達が頑張って小さい子や親子連れを引っ張っているけど、客入りはB組に比べたらまだまだだな。一応、俺達は客引きをしに出てきたんだけどね。小腹が空いて来ちゃった」


 悪びれもせず、ペロリと舌を出すオスカーを呆れた気持ちで見たラクジットは、あることを閃いた。


「じゃあ、宣伝で小さい子に飴を配るのはどうかな? 此処でお客様へ配っている飴はいっぱい用意してあるし、直ぐ補充出来るから分けても問題ないよ。レイチェル、いいかな?」


 イシュバーン産の妖精達が集めた蜂蜜を使った飴。

飲食のオマケとして配ろうと、イシュバーンから大量に仕入れてあったのだ。

 護衛をしつつ学園祭を楽しんでいるユリアなら直ぐ用意してくれるし、メリッサに頼めば子ども受けしそうな可愛らしいラッピングもしてくれる。


「かまわないわ。その代わりに、B組の宣伝もしてくださいね」

「こっちでもA組の宣伝をするから、持ちつ持たれつでいいでしょ?」


 ラクジットとレイチェルの提案に、オスカーは「へぇー」と感心した声を出す。


「ラクジット嬢の発想は面白いな。なぁカイル、ラクジットに隠れファンが多いわけがわかった、がっ?!」


 にやけるオスカーの脇腹へカイルハルトは肘打ちを食らわせた。



 ちょっかいをかけてくるオスカーを時折小突く、カイルハルトの楽しそうな様子を横目にラクジットは接客を続ける。

 家族連れがホットサンドを食べ終わったのを確認して、皿を下げているとエプロンの裾を引っ張られた。


「ラクジット嬢、この後はどうするんだ?」


 後ろからオスカーに引っ張られて、エプロンの紐がほどけかける。


「この後? お昼休憩で交代したらレイチェルさんと一緒にランチかな? 実はね、双子の兄が来るんだ。仕事の合間に来るから短時間だけどね」

「アレクシスが?」


 アレクシスが来るのは初耳だったカイルハルトは目を瞬かせた。


「夜会でレイチェルのエスコートを頼んであるから、その前の顔合わせ?」

「そうか、殿下は夜会のエスコートを……」


 夜会のエスコートは出来ないと、レオンハルトからサリマン侯爵邸へ連絡が来たのは昨夜のこと。

「失礼極まりないですわ」と、今朝レイチェルは苦笑いしていた。

 事情を察したオスカーは渋い表情になる。


「でね、この後のランチは二人も一緒にどうかな?」


 いくら学園祭で部外者が来園しているとはいえ、貴族令嬢、それも皇太子の婚約者が見知らぬ異性と親しくしているというのは、些か外聞が悪い。

 アマリスは婚約者とランチをすると言っていたし、味方の人数は多い方がいい。

 折角のアレクシスとレイチェルの初顔合わせなのに、面倒くさいヒロインや取り巻きに邪魔をされたら嫌なのだ。




 ***




 中庭でお喋りを楽しんでいた女子生徒達は会話を止めて、自分達の横を急ぎ足で歩いていく青年を見送った。

 ある若い女性は、果実水が入ったカップを傾けたまま青年に見詰めていたため、テーブルに果実水を溢してしまいペーパーナプキンで慌てて拭く。


「失礼」


 肩が当たりそうになり謝罪された女性は、頬を染めてうっとりと青年の背中を見送った。


 青年は、均整のとれた体躯に背の中程の黒髪を顔周りだけハーフアップに結び、とても整った顔立ちをしていた。

 不思議な輝きを持つ蒼色の瞳は、吸い込まれてしまいそうな魅力を放つ。


「くれぐれも時間厳守でお願いします」


 懐中時計を見せながら確認してくる側近に対して、注目を集める青年、アレクシスは鬱陶しいと、手で追い払う仕草をした。


「ああ分かっている。ラクジット、遅くなった」


 ランチ用のサンドイッチとホットサンドを並べたテーブルが分かるよう、歩いて来たアレクシスにラクジットは立ち上がって手を振る。

 ラクジットが立ち上がり、隣に座るレイチェルの姿がアレクシスからはっきり見えた瞬間、ぽかんと口を開けた。


「なっ」


 メイド服姿という想定外の装いに、アレクシスは大きく目を見開いて固まった。

メイド服の破壊力にアレクシスは動揺する!

次話に続きます。

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