06.双子の密談
抱いた嫌な予感を振り切るため、籐で編んだ籠に入ったチョコチップクッキーへ手を伸ばしたアレクシスは、クッキーを一齧りする。
「あのさ、君の騎士は、ダリルが「ヴァルンレッドは陛下の次に戦いたく無い」って言っていたくらい強いし、冷酷な奴なんだ。絶対に気付かれないよう、上手くやらないと逃がしてもらえない。俺は国王の器としてダリルに鍛えられているけど、ラクジットは普通の女の子だ。戦えないでしょ? 失敗したら捕まって拘束されて監禁される危険もある。此処から、ヴァルンレッドから逃げるということは、そうとうな覚悟が必要だよ」
真剣な表情でアレクシスから言われ、ラクジットは膝の上に置いた手を見詰めた。
「そう、だけど」
ヴァルンレッドの強さはゲームの知識として知っている。改めて言われなくとも、ラクジットにも自分に戦う力が無いのは分かっていた。
「それでも、私の初潮が来る前、来年の誕生日には此処から逃げるの」
「初潮? 何で来年の誕生日?」
「えっとね、初潮っていうのは女の子の初めての生理のことで。だいたいの女の子は中学生の頃には初潮を迎えるの。前世の私は12歳頃だったから、それまでに逃げないと私の貞操が危ない。最近成長期みたくて、胸も膨らんできたし、とにかく危ないのっ」
双子とはいえ異性に体の変化について話すのは恥ずかしくて、頬を赤くしたラクジットは下を向いた。
「い、いくらあの国王でも、12・3歳は相手にしないと思うけど……」
「甘いわねアレクシス。世の中にはロリコンというカテゴリーがあるくらいだし、あの鬼畜、謁見の間で私が怯えたのを見て喜んでいたの。初潮が来て子どもを孕めるようになったら、絶対に手を出してくるはずよ。ゲーム開始時のアレクシスの年齢は18歳くらいだったでしょ? ヒロイン達と最終決戦でお城へ戻った時、確か、城に3歳くらいの銀髪の男の子がいたの。その子がゲーム内のラクジットが生んだ子だとしたら、あと三~四年くらいしか私には猶予がないと思う。あんな変態王に好き勝手されるくらいなら、死んだ方がマシだよ」
「ラクジット……お前」
顔を上げたラクジットの表情を目にして、アレクシスのハッと息を飲んだ。
感情が高ぶったせいか白い頬は赤く染まり、大きな蒼い瞳は涙の膜が薄く張って潤んでいる。
アレクシスとよく似た顔立ちなのにやけに可愛く、瑞々しい色気すらあるように見えて……ラクジットの言葉が理解出来た。
本人は、全く自覚を持っていないようだが無自覚でこんなに可愛い顔をされたら、嗜虐心を擽られた国王に弄ばれてしまうかもしれない。
「アレクシスはいいよね。まだ猶予はあるし、ヒロインと出会えれば助かる可能性も高いし」
黙ってしまったアレクシスにラクジットは唇を尖らした。
「……あのヒロインと関わるなんて嫌だ」
心底そう思っているのが分かるくらい、アレクシスは嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「いかにも天然ですって顔をして、いろんな男にいい顔しようとする女は嫌いだ。男に気を持たせて侍らすとか、気持ち悪い。しかも相手にするのは、美形で将来有望な男ばかりだろ? いくら助かるためとはいえ、そんな計算高い女に近寄りたくもないし、ヒロインを彼女にするとか考えたくもない。ヒロインの力を借りるくらいなら自力で何とかする」
恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~2でのアレクシスはツンデレ設定のヒーローだ。
ヒロインとのイベントが進んでいくうちにツンツンが無くなって、ヒロイン限定で蕩けるように甘く優しい性格に優しくなる。
「ヒロインは可愛いし一生懸命だから、ゲームのアレクシスは「しつこい奴だ。だからこそ、目が離せないんだ」って真っ赤になって言うんだよね。それから徐々に優しくなっていくって、ツンデレを拗らせたキャラじゃないっけ? 貴方は違うの?」
ゲームのアレクシスは、普段はツンツンしているのに、魔物に襲われたヒロインを助けてお礼を言われると、目を逸らして赤面するくらい純なキャラだったりする。
他のキャラとヒロインが仲良くする場面に出会しても、その時は「お前何か興味無い」って態度でヒロインを傷付けるのに、二人っきりになると嫉妬から壁ドンをして「俺以外は見るな」とか言う、素直になれない性格だった。
ゲームのキャラ設定を伝えれば、アレクシスは溜息を吐いて顔を歪める。
「何それ? 壁ドン? それってプログラムされたゲームのキャラ設定だろ? 普通の男は、しつこくされるとドン引きすると思うんだけど。俺はしつこくがっついてくる女は怖いよ。それに胸がでかい子が好きだし。普通の女子高校生っぽい外見のヒロインより、ライバルの悪役令嬢の方が好みだったな。妹には全否定されたけど」
「アレクシスはレイチェル推しかぁ」
王立学園編でヒロインのライバルキャラ、公爵令嬢レイチェルは金髪碧眼ナイスバディの派手な美人である。
王子キャラの婚約者で、王子と親しくなっていくヒロインに嫌味を言い嫌がらせをして、最終的に断罪されてしまう。
「確かに、恋愛ゲームの主人公って現実で考えたら滅茶苦茶だよね。現実で、王様以外がハーレム、ヒロインが逆ハーレムを作っていたら大変なことになるね。私は攻略対象キャラだったら誰だったら付き合えるかな? うーん、無理だ。俺様王子やワンコ系、チャラ男、脳筋、濃い方々ばかりで彼氏にするとかはちょっと考えられないかな。もし、アレクシスがヒロインに惚れたら殴って止めるね」
すっかり忘れていた他の攻略対象キャラを脳裏に思い浮かべて、彼等と恋愛とか無理だと首を振った。
外見はキラキラした中身は個性的な面々、よくこんな濃いキャラ達と恋愛しようと考えたなと、ゲーム設定でもヒロインは凄い。
逆ハーレムは乙女ゲームヒロインの特権だが、端から見たら個性的な男子に囲まれていたら引く。
ほとんどの女の子は、イケメン達に周囲を固められた状態になったら嬉しいよりも戸惑うと思うが、ヒロインは違うのか。
女子の友達に引かれまくっていたら、「浮いている」と焦るけど。
関わらなければ見せ物として楽しめるかもしれない。しかし、見目麗しく地位のある男達を引き連れたヒロインに恐怖を抱く、アレクシスの反応は正常な男子として普通の反応なのかもしれない。
「私は、彼氏や旦那様には特殊な方々より、普通の一般男性がいいや」
見目麗しい男性は観賞用には最適でも、伴侶にしたいとは思えない。隣に立つだけでも気疲れしそうだ。
「じゃあ、ヴァルンレッドは?」
唐突にアレクシスからヴァルンレッドの名前を出され、ラクジットはきょとんとする。
「ないない。ヴァルはお父さん兼お母さんって感じだもん。大好きだけど、怖いし。それに黒騎士だし、陛下の手下だから」
ふぅん、とアレクシスは呟く。
「ヴァルンレッドが恋人とか想像がつかないけど、小さいころに、お嫁さんにして欲しいとお願いして困らせた事もあったかな」
首を傾げたラクジットは、ヴァルンレッドと恋人関係になった場面を想像して、傾げた首を横に振った。これも攻略対象キャラと同様に無理だ。
ラクジット限定で過保護な騎士の恋人になったら、とことん甘やかされまくって人として駄目にされる。
籐の籠の中に残っていた、最後のチップチップクッキーを口の中へと放り込んで、アレクシスは立ち上がった。
「じゃあ、この前の続きをするか」
「うん」
頷けばアレクシスは両手を広げて周囲に張った遮断の結界を強化する。上着の内ポケットから丸めた羊皮紙を取り出し、敷布の上へと広げた。
ズボンのポケットからインクが入った瓶と、ナイフを取り出し鞘から抜くとラクジットを見る。
「いい?」
「うん、一思いにやっちゃって」
右手を差し出したラクジットはぎゅっと目を瞑る。
冷たい物が手首に触れ、プツリッと皮膚が切れる音が耳に届くと同時に、鋭い痛みが襲いかかった。
「いったぃ」
叫びたくなるのは唇を噛んで堪えても、ナイフで皮膚を切り裂かれる痛みに涙が出た。
手首から流れ落ちる血液を、アレクシスは素早くインクの瓶で受け止める。
「もういいかな。治すね」
回復魔法の淡い緑色の光がアレクシスの手のひらから放たれ、ラクジットの手首の傷を癒していく。数秒後には、傷は完全に塞がっていた。
敷布の上に広げた羊皮紙へ、アレクシスはラクジットの血を混ぜたインクを使って魔方陣と紋様を書き込んでいく。
傷口は治癒してもらったとはいえ、未だに熱をもっている手首をハンカチで押さえながら、ラクジットは作業を見守る。
ほぼ魔方陣が書き終わると、ラクジットとアレクシスは手を添えて二人分の魔力を組み合わせて魔法陣へ注ぎ込んだ。
「よし、出来た」
双子特有のよく似た魔力を組み合わせ、完成した魔方陣は転移陣。
転移陣の魔力を複雑化させておけば、使用後の軌跡で追跡は難しくなる。
ラクジットの逃亡用転移陣。
今後、身の危険を察知したアレクシスも逃亡出来るように、二人で文献を読み漁り試行錯誤しながらようやく納得できるものが完成したのだった。
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