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12.悪役令嬢の兄

 レイチェルの兄といえば、次期サリマン侯爵家当主イヴァン・サリマン。


 背中の真ん中くらいの金髪を片方の肩で一つに結い胸元へ流し、妹より濃い碧眼に甘さを含んだ整った顔立ちは、レオンハルトより“王子様”な容姿をしている。

 身分関係なくやわらかな物腰、勉学武術魔術ともに秀でているイヴァンは男女ともに慕われており、熱狂的な親衛隊もいるらしい。


 ゲーム序盤は容易く好感度を上げられる彼は、実は表の顔とは真逆な真っ黒過ぎる本性を隠し持っており、好感度が一定まで上がると病みまくりの本性を出してくる恐ろしい人物なのだ。


 真っ黒な本性とは……気に入った玩具ほど壊したくなるという、犯罪臭がぷんぷんするもので、イヴァンルートのバッドエンドでは、他のキャラと仲良くしたヒロインの足首を鎖で繋いで、監禁して媚薬漬けにするというイカれたもの。

 壊れたヒロインを愛でるイヴァンの、病んで狂気に満ちた笑みを浮かべるスチルはなかなか怖いものだった。

 そういった嗜好は持っていないラクジットは、出来ることならイヴァンとはあまり関わりを持ちたくなかった、と思ってから気付く。



「前生徒会長として困っている妹を放っておけなくてね。シーベルトと一緒に手伝いに来たよ」


 生徒会役員へ来室理由を伝えたイヴァンは微笑む。


(え? これって、この場面って)


 ゲーム序盤、生徒会室を訪れたヒロインとイヴァンが初めて会う場面に似ている気がする。


 ゲーム開始の二年生の春の時点では、役職がまだ生徒会長では無く生徒会役員だったレオンハルトの仕事を手伝いに来たヒロインが、遅れて生徒会室へやって来たイヴァンと出会うというもの。

 ゲーム場面でも、前生徒会副会長はイヴァンと一緒に居た。


 前生徒会副会長であるシーベルト・オリエンパス。

 毛先に癖がある栗毛と穏やかそうな橙色の瞳をした、宰相子息ルーベンスの兄。

 弟のルーベンスより大人びた印象の彼は、ゲームでは序盤のイヴァン登場場面とイヴァンとルーベンスのルートでしか登場しなかった。

 確か、彼もイヴァンと同じ三年生。二人は同じクラスだったと記憶している。

 ラクジットの視線に気付いたシーベルトは軽く頭を下げた。


「やあ、君がラクジット嬢? 僕はイヴァン・サリマン、レイチェルの兄だ。何時も妹と仲良くしてくれてありがとう」


 何も知らなければ、爽やかな笑顔に騙されて警戒等は抱かないだろう。だが、ゲームの知識で裏のイヴァンを知っているラクジットは、つい身を引いてしまった。


「いえ、私の方こそ何時も仲良くしていただいています」

「ラクジット嬢……お馬鹿な奴等が騒いでいるせいで、不快な思いをさせてごめんね。目障りならすぐに処分するけど?」

「気にしていませんから大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 愛想笑いを返すと、にっこりと笑ったイヴァンは自然な動作で距離を縮め、ラクジットの耳元へ唇を近付ける。


「遠慮しなくても、近いうちに馬鹿共は潰すから。安心していて、竜のお姫様」


 バッと、体を仰け反らした時には、イヴァンはラクジットから離れていた。

 不思議そうな顔をしたレイチェルには、「虫がいて」と適当に言って誤魔化す。



「君はこれをここまでやって、ああ、この件は魔法を使うから学園長の承認が必要だな」


 シャツを腕捲りして、イヴァンは生徒会役員達へ次々に指示を出していく。


「さてと、我々には課題レポートもあるし、早いところ片付けてしまおうか」

「ああ。あの馬鹿皇子、ここまで仕事をやらないとは想定外だったな。もっと馬鹿な弟は……後で仕置きだな」


 山と積んである書類に目を通していたシーベルトは、チッと舌打ちをすると次々に書類を仕分けしていった。



 有能な前生徒会長と前副会長の助太刀のお陰で、学園祭の準備と滞っていた生徒会の仕事は大分捗った。

 仕事が片付いたのはよかったとはいえ、これで生徒会役員達のレオンハルトへの不満と不信任感情は更に膨らんだといえる。


 生徒会長なのに仕事をしないレオンハルトと、彼を諌めようとせず自分も仕事をしないアーベルト、ルーベンスに対する生徒達が漏らす愚痴をカイルハルトは無言で聞いていた。




 ***




 全身から不機嫌な気配を撒き散らし、足音高く響かせながら入室したレオンハルトは、生徒会室の壁際に揃って自分を出迎えた生徒会役員達を一瞥した。

 最初に扉を開いてレオンハルトを出迎えたオスカーは、一礼をしてから口を開く。


「お呼び立てして申し訳ありません」


 フンッ、と鼻を鳴らしたレオンハルトは、部屋の奥に置かれている生徒会長の椅子に座る。

 生徒会長レオンハルトは、職員室の通信具から王宮へ連絡を入れて自分を呼び出した生徒会役員達を、殺気を込めて睨み付けた。


「全くだ。アイリのドレスを見立てていたのに邪魔をして!」


 楽しい時間を邪魔された上に、生徒会の仕事を行っていないことを父親である皇帝にまで知られてしまったじゃないかと、レオンハルトの苛立ちは増すばかり。

 学園へ戻るため、同行させていた魔術師に転移魔法陣を展開させていると、側近から呼び出しの件を伝えられた父親が転移魔法を使い現れたのだ。

 冷たい眼差しを向ける父親に「後で話がある」と言われて、背筋が冷えた。


「お邪魔して申し訳ありません。学園祭まで後一週間なのに、生徒会長が何時まで経ってもいらっしゃらないなんて生徒会始まって以来の出来事ですし、今日中に殿下のサインを頂かねば学園祭開催が危ぶまれそうでしたので。あら、アイリ嬢は御一緒ではありませんのね」


 椅子に座りふんぞり返るレオンハルトへ、レイチェルは軽蔑の感情を隠さず薄い笑みを浮かべる。


「アイリは母上に託してきた。お前と違い、アイリは母上に気に入られているからな」


 嫌味もろくに聞こうとしないレオンハルトに対して、レイチェルは内心溜め息を吐く。

 気を緩めたら、落胆の表情を表に出してしまいそうになる。


「左様でございますか。気に入られるも何も、私の皇子妃教育をしてくださったのは前皇后陛下と側妃様ですので、現皇后陛下とは特に接点は有りませんから」


 眉一つ動かさず無感動に言うレイチェルの態度に腹が立ち、レオンハルトは大きな音を立てて椅子から立ち上がった。


「くっ、相変わらず生意気な女だなっ!」


 怒りで顔を歪めたレオンハルトは、執務机に身を乗りだしてレイチェルへ手を伸ばす。

 周りで見守っていた生徒会役員達が息を飲んだ時、オスカーが庇うようにレイチェルの前へと出た。


「殿下、此方に承認のサインをお願いします」


 オスカーが手にした書類を次々に机上へ並べ、レオンハルトはようやく伸ばした手を下ろした。


「オスカー、お前がサインを書けばいいだろうが」


 吐き捨てるように言うと、レオンハルトは自分より背が高いオスカーを上目遣いで睨み付ける。


「会長、副会長以外の者が、勝手に先生方へ回す大事な書類のサインを書くわけにはいきませんよ」

「ちっ、」


 開会式、閉会式、夜会の進行内容や振る舞われる立食メニューの詳細が書かれた書類にざっと目を通し、レオンハルトは流れ作業でサインをしていく。

 黙って見守っていた生徒会役員達は、ろくに内容を確認しない生徒会長の様子に顔を見合わせた。


「ふんっ、俺を呼びつけたのだから学園祭の準備は進んだのだろうな」

「ええ、助っ人に来て下さった方々がいらしたので、大分進みました。この内容は既に先生方には一読して頂きました。後は、殿下のサインを記入して頂いて学園長へ持っていくだけです。これで全部ですね。ありがとうございました」

「助っ人だと? まさか、貴様等関係者以外の者を生徒会室へ入れたのか!?」


 書類を受け取って確認しているオスカーへ、声を荒げてレオンハルトは食って掛かる。


 散々、無関係のアイリ・サトウを生徒会室へ連れてきて、仕事中の役員に世話をさせていたのは生徒会長だったのに、何を言うのか。

 オスカーとレイチェルから、何を言われても口出し無用と事前に頼まれていたため、役員達は唇を噛み締めてグッと堪える。


 予定を邪魔された八つ当たりをオスカーにぶつけようと、更にレオンハルトが怒鳴りつけようとした時、隣の作業室の扉が開いた。


「へぇー殿下にとって、僕達は無関係だというわけか」


 クスクス笑いながら入室したイヴァンは、口元は笑みを形どっていても碧色の瞳に侮蔑の光を宿していた。


「これは、想像以上にイカれ具合が酷いようだな」


 続くシーベルトはレオンハルトを見て、遠慮無く不快感を露わにして眉を顰める。


「くっ、イヴァン! シーベルト!」


 大きく目を見開いた後、レオンハルトはオスカーとレイチェルを順番に睨んだ。


「好きな子とイチャイチャするのも構わないが、任された仕事をやってからにして欲しいな。そんな様子では足元を掬われるよ?」


 昔から、第一皇子と同じくらい自分の邪魔となってきた一歳上の幼馴染みのイヴァンへ、レオンハルトは殺気のこもった視線を向けてギリギリと歯軋りをした。



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