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09.臨時講師

 教師の持つ白いチョークが黒板を滑り、次々と魔術式が書かれていく。

 黒板とチョークは、前世の記憶にある学校の物とほとんど同じで、ラクジットはもう朧気になっていた前世の学生時代の記憶が甦り、懐かしくなる。


 魔術式を書き終わり、振り返った教師はラクジットの方を見た。

 振り返った際に、教師の長い緑色の髪が彼の端正な顔にかかり、チョークを持っていた指が髪を掻き上げる。

 後ろの席に座る女子生徒がうっとりと「素敵」と呟く声が聞こえ、ラクジットは口元をひきつらせた。

 

(夢見る乙女に勘違いされるのは嫌だ。頼むから此方を見ないでほしいのに)


 そんな思いを込めて、ラクジットは顔だけは極上だが口を開けば辛辣な、麗しい教師を見た。




 昨日の放課後、学園長からの呼び出しを受けたラクジットとカイルハルトは学園長室へ向かった。


「やぁ、よく来てくれたね」


 胡散臭いくらいにこやかな笑顔で、学園長は二人を迎え入れる。

 にこやかに笑顔でも彼の黒曜石の瞳は笑っておらず、もう嫌な予感しかしない。


「あの、私達に用とは何でしょうか?」


 警戒しまくっているラクジットの態度がお気に召したのか、学園長は心底嬉しそうに口の端を上げた。


「明日から魔法学の教師が産休に入るんだよ。それで、古い友人に代理を頼んでね。彼は君達の知り合いだし、他の生徒より先に知らせてあげようと思って呼んだんだ」


 ぎしり、執務机に手をかけて学園長は立ち上がった。


「入ってくれ」


 学園長の声に応じて、部屋の扉が勢いよく開く。

 開いた扉から学園長の古い友人が入室して、ラクジットとカイルハルトは二人同時に「あっ」と声を出してしまった。


 学園長室へ入室してきたのは、尖った耳を持ち緑色の長い髪を後ろで一つに纏めて緑色の瞳に苛立ちを宿した、見知ったエルフの男性。


「エルネスト!?」


 腕組みをしたエルネストは、ジロリとラクジットと学園長を交互に睨む。


「エルネスト先生、だよ。ラクジット王女が留学してくれたお陰で、彼が臨時教師を引き受けてくれたんだ。君達は弟子想いのいい師匠を持ったね」

「え、それってまさか……」


 睨むことは無いじゃないかと、心の中でエルネストへ文句を言うラクジットへ学園長は爆弾を落としたのだった。

 臨時教師をエルネストが引き受けさせるため、お腹の中は真っ黒な学園長はラクジットとカイルハルトを人質にしたのだ。





「……ジット」


 授業に集中出来ず下を向いていたラクジットは、名前を呼ばれた気がして顔を上げた。

 顔を上げて直ぐに、ラクジットの視線はエルネストの緑色の瞳とかち合う。


「ラクジット、聞いていたか?」

「あ、はいっ」


 咄嗟に、はいと答えてしまったが実は何も聞いていなかった。


「試しにやってみろ」

「えっと? 何を、でしょうか?」


 話を聞いていなかったラクジットへ、エルネストは寒気がするくらいの冷笑を返す。


「目の前での話を聞いて無かったとは、いい度胸をしているな。初期魔法でも、魔力の加算と組み合わせしだいでは高位魔法並の効果がある、という手本を見せてやれ」

「……えーっと、今、此処で? 魔法を使えと?」


 この学園全体には、魔力を抑える結界が張り巡らされ、魔法技能授業と演習場以外での魔法使用は禁止だ。

 この教室も例外無く結界が張られている。

 魔力制御の魔具を外せば、無理矢理結界を破ることくらいはやれるとはいえ、そんなことをしたら停学以上の処罰を受けるはず。


「そうだ。この教室内の魔力抑制結界は一時的に解除する」


 パチンッ、エルネストが指を鳴らす。

 教室内に張られた結界がプチプチと音を立てて切れていく。


 クラス内でも強い魔力を持つ生徒は結界が解除されたのを感じ取り、教室内をキョロキョロ見渡していた。

ゲーム設定と同じく、魔力が強いレイチェルも結界の断裂を感じ取り教室内を確認している。


 教師自ら結界を解除してくれたら、やるしかないじゃないか。

 お手本の回避するのを諦めたラクジットは、立ち上がって両手のひらへ魔力を練り始めた。


「ライト」


 魔法を発動させた瞬間、ラクジットの周囲が明るく輝き、教室中に無数の大小の球体と輝く光の蝶が出現する。

 ふわふわ漂う球体は物に触れると、パチンッと弾けて光輝く粒子と化し消えていく。


「凄い!」

「綺麗だわ」


 唱えたのは幻惑魔法ではなく、闇夜に灯りをともす生活魔法で造られた光。

 教室が別世界になったような光景に、次々に感嘆の声がクラスメイト達から上がる。



「これでいいですか?」


 五分きっかり幻想の世界を楽しんでもらい、ラクジットは腕を一振りして魔法を消す。

 灯りの生活魔法を使った目映い光の球体は、空気に溶けるようにほどけて消えていった。

 即興にしては上出来じゃないか、と自己満足な気持ちでエルネストを見上げて問えば、視線が合った彼はフッと表情を柔らかくする。


「まぁ及第点だな。ではラクジット、何をどうしたか皆に説明してみろ」


 説明のため私は後ろを向き、ぐるりとクラスメイト達を見渡した。


「ライトとエアーカッターを組み合わせて、様々な光を作ってみました。触れた人を傷付けないためには、エアーカッターの威力は最小限に抑える必要があります。石鹸水を混ぜたウォーターを魔法に組み合わせて発動させるとか、少し魔力を調整したら色鮮やかな光も作れますよ。因みに、夜だともっと綺麗に輝いて見えます」


 二つの魔法を組み合わせたと、説明するとクラスメイト達はざわめき出す。

 それはそうだ。二つの魔法を同時に発動させるなど、努力以上にセンスが必要なことを普通はやらない。

 こんな面倒なことやらせるのは、鬼畜なエルネスト師匠くらいだろう。


「このように、魔法とは応用して様々な効果を得ることが出来る。魔力や高位魔法を覚えるだけでなく、発動のセンスも大事だ」


 エルネストが授業を締め括る言葉を言い終わって直ぐに、授業終了の鐘が鳴った。




 食堂で購入したランチプレートを、レイチェルとアマリスの三人で食べようと手にしたラクジットは、中庭に出た途端数人の女子生徒に囲まれてしまった。


「貴女生意気よ」といった物語にある恐い理由ではなく、同じクラスの女子達は羨望に瞳を輝かせてラクジットを見る。


「ラクジットさんって凄いんですねー」

「次の魔法実技訓練が楽しみね。B組は、前回も前々回もA組に負けているから!」

「A組には、レオンハルト殿下もアーベルト様もいらっしゃるし、有利なのよ」

「ラクジットさんは、此処に来る前に魔法を学んだの? もしかして、名のある魔術師の方から指導を受けたのかしら?」


 次々に話す女子達に圧されながら、ラクジットは飲み物を買いに行ったレイチェルとアマリスの姿を探す。

 クラスの中でも、彼女達は経営成金や商人の娘ということもあり庶民的と言うか逞しく新参者のラクジットでは、彼女達の勢いに気圧されてしまった。

 早くレイチェルとアマリスに早く戻ってきて貰いたいのに、昼時の売店は混み合っているらしくまだ戻って来ない。


「ええっとね、鬼みたいな師匠にボロ雑巾になるまで鍛えられたんですよ。魔力の暴発や無茶苦茶な強要をされて、魔力切れで吐いたし何回も死にかけたな。師匠は、有名かもね。鬼畜の上に変人として」

「あぁっ!?」


 輸入品を取り扱う商会の社長の娘が言葉を遮るように声を出した。

 一斉に、目を真ん丸にした他の女子生徒の視線がラクジットの後ろへと注がれる。

 何事かと振り返ろうとしたラクジットの頭を、気配を消して近付いたらしい人物は勢いよく鷲掴みにする。


背後からの不穏な気配と痛みで、ラクジットは自分の状況を察知して顔から血の気が引いていくのが分かった。


「誰が、鬼畜で変人だと?」


 背後の主の低く無感情な声に、ラクジットは条件反射で大きく肩を揺らす。


「げっ、ちょっと何で? いただたたっ!」


 鬼畜なオーラを発する鬼師匠は、問答無用でラクジットの頭を掴み指に力を込めてギリギリ締め付ける。

 年頃の女の子にアイアンクローするとか有り得ない。

ラクジット以外の女の子、貴族令嬢にコレをやらかしたら大問題だ。


「エルネスト先生っ!?」


 困惑した社長の娘が、ラクジットを痛め付ける男の名を叫び、彼女はハッと息を飲んだ。


「えっ、じゃあラクジットさんの師匠は、もしや……?」

「私だが?」

「「「えぇーっ!?」」」


 アッサリ師弟関係を認めるエルネストとラクジットを交互に見た後、女子生徒達は悲鳴に近い叫び声を上げた。


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