07.ヒロインとの遭遇
くるりと振り返った勢いで、女子生徒の肩より少し長い黒髪と膝丈のスカートの裾が揺れる。
「あらっ? 貴女、もしかしてカイル君の幼馴染みの子?」
焦げ茶色の瞳を揺らして問いかけてきた彼女の格好が衝撃的で、ラクジットは言葉に詰まってしまった。
膝丈のスカート丈もそうだが、ブラウスの第二釦まで外して首もとを弛め、袖は腕捲りをするという、この学園に通う生徒として彼女の格好は衝撃的な服装なのだ。
「ねぇ、貴女からカイル君を説得してくれない?」
少し首を傾げて私を見上げてくる女子生徒は、服装以外は全体的に小さく小動物のように見える。
彫りが浅い顔立ちは幼く可愛らしい雰囲気を持っていて、ラクジットに残る前世の記憶が黒髪と黒に近い焦げ茶色の瞳の容姿から彼女は日本人、東洋人なのだろうと告げた。
学園に通う女子生徒にしては校則違反な服装をしている彼女は、ゲームでいうヒロインなのか。
ヒロインは現代っ子女子高生だったとはいえ、初対面の相手に対して馴れ馴れしいと言うか、先ずは名乗ってほしい。
「アイリ様、此方の方は留学生でしょうか? 登校初日で疲れていらっしゃるのでしょう。仲良くなりたいとしても、無理強いはいけませんわ」
「もぉ~何で無理強いとか言うの? 私は仲良くなりたいだけなのにぃ~」
やんわりとレイチェルに注意され、ヒロインはぷくーっと頬を膨らました。
(うわぁ、これは痛い子だわ)
頬を膨らますのを許されるのは幼児までだな、とラクジットは引いて彼女を見た。可愛いと思ってやっているのか、勘違いしている仕草が痛々しく見える。
ヒロインが潤んだ瞳で取り巻きの男子生徒を見れば、見覚えがある金髪の男子生徒が前へ進み出た。
「おい、レイチェル。アイリは留学生と親交を深めようとしているだけだぞ」
親交を深めるためだろうが第三者から見たら、一人を複数で取り囲んでいるのは脅しているようにしか見えない。
輝く金髪の男子生徒、レオンハルト皇太子はそうは思っていないようだ。
「そうそう、キツイ言い方したらアイリが可哀想じゃない」
ふわふわの癖毛の茶髪を三編みにした可愛い男子生徒、帝国魔術師団長の息子、アーベルト・ヒューズ。
レオンハルトとアーベルトの後ろで腕組みをして、レイチェルへ冷たい視線を送っている背の高い赤髪短髪の軽薄そうな雰囲気を持つ男子生徒は、第一騎士団長の息子オスカー・ミュスカル。
見目麗しい三人とも、ヒロインの攻略対象キャラである。
後二人、宰相の息子と悪役令嬢の兄は取り巻きには参加していない。
彼等のこの様子を見てラクジットは内心溜息を吐く。
ヒロインは順調に攻略対象キャラの好感度を上げていると分かった。
「全くお前は……で、そっちは見ない顔だな、誰だ?」
偉そうな態度にイラっとしつつ、帝国の皇太子に敬意を払わなければとラクジットはワンピースの裾を摘まみ軽く頭を下げて淑女の礼をする。
「ラクジット・ローラントと申します。そちらにいるカイルと同じく、オディール国から留学し今日から学園で学ばせていただきます」
「そう言えば編入生は二人だったな。俺はレオンハルト・ジュライ・トルメキアこの国の皇太子だっ……?」
顔を上げたラクジットを見て、口を開いたままレオンハルトは固まる。
「あー、レオンったら綺麗な子だからって見とれちゃっているでしょう」
「なっ、そんなことはない」
一瞬ムッと顔を歪めたヒロインが、レオンハルトの片腕に胸を押し付けるように抱き付いた。
腕に当たる柔らかい感触に流石のレオンハルトも慌てる。
過激なアピールは自由奔放どころじゃない、ヒロインの行動にラクジットは呆気にとられた。
「ア、アイリ様、人前で男性に抱き付く様なはしたない真似はお止めください」
大胆なヒロインの行動にレイチェルも口元をひきつらせて注意する。
「ふふっレイチェル様ったら、本当に頭かったいんだからー」
レオンハルトの腕に抱き付くヒロインの声には、明らかにレイチェルを小馬鹿にした響きを含んでいた。
「貴女は!」
挑発めいたヒロインの言動に、今まで冷静な態度を崩さなかったレイチェルは苛立ちを露にした。
眉を吊り上げたレイチェルに対し、レオンハルトの腕に抱き付いたままのヒロインは怯えた表情で肩を揺らす。
「レイチェル、いい加減にしろ。大声を出したら淑女としてはしたないのだろう?」
「確かに、大声を出すなんて淑女じゃない行為をしたら、アイリのことは言えなくなるね」
敵を見る目でレオンハルトから睨まれ、黙ってしまったレイチェルに向けてアーベルトはニヤリと嗤った。
(これは、とんでもない男子達ね。これがこの国の皇太子と側近達とは……)
一人の女の子を攻め立てるとは紳士とは思えない行為をしているのに、彼等はヒロインを守るナイト役になった気でいるのだ。
彼等はレイチェルを悪役にしようとしているのか。
どちらが非常識な振る舞いかなど、初対面のラクジットでも分かると言うのに、この攻略対象キャラ達のお花畑っぷりは何なのだと寒気がしてくる。
これが、ヒロインの魅力とやらにどっぷりハマった、落とされた状態なのか。
客観的に外見だけ見たら、ヒロインよりレイチェルの方勝っていると思うのにと、ラクジットは内心首を傾げる。
外見だけでなく、ヒロインが怯えているように見せてほくそ笑んでいるのを見抜けないとは。
「あのさ、カイルはこれからどうするの?」
お花畑な連中に付き合うのも馬鹿馬鹿しくなってきたラクジットは、同じく呆れた目で茶番劇を眺めているカイルハルトへ話し掛けた。
「疲れた」
ゲンナリといったカイルハルトの姿に、ラクジットはプッと吹き出した。
「私も疲れたから、少し休憩してから寮へ戻る? レイチェルさん、学園で休める場所はありませんか」
ヒロインを庇うレオンハルトと睨み合いを続けているレイチェルへ、ラクジットは空気を読めない風を装い話し掛ける。
「中庭にカフェテラスがありますわ」
此処に居る中で、ヒロインを除いたら身分は一番下の伯爵令嬢という立場的に口を挟めず、固唾を飲んで見守っていたアマリスが答える。
早くこの場から去りたいというのは、アマリスも私も同じらしい。お互い顔を見合わせて笑ってしまった。
「ラクジットさん?」
きょとんとするレイチェルの横まで歩み寄り、ラクジットは目を吊り上げているレオンハルトへ恭しく頭を下げた。
「申し訳ございません、レオンハルト殿下。私たちは昨日帝都に着いたばかりで、まだ荷解きも済んでおりません。学園規則等覚えることもあるため、今日はこれで失礼いたします」
「あ、ああ。そうだな、時間を取らせて悪かった」
なるべく自然に見えるように微笑めば、何故かほんのり頬を染めたカイルハルトは上擦った声で了承した。
「えーっ残念!」
文句があろうと一番身分が高い皇太子が許可したのだから、たとえヒロインだろうとラクジットを引き留められない。
唇を尖らせるヒロインをオスカーとアーベルトの二人が囲う。
「アイリ、そう残念がらないで? この後街へ買い物に行こう」
「そうそう、甘いものを食べに行くのはどう?」
アーベルトの提案に、ヒロインは表情を一変させて瞳を輝かせた。
「えー? じゃあフルーツタルトを食べに行きたいなぁ」
「では、先に行って外に馬車を用意させておくよ」
「わぁい! ありがとうオスカー」
はしゃぐヒロイン達へ背を向けて、ラクジット達はカフェテラスへ向かうためB棟への通路を戻る。
一番後ろを歩くレイチェルは一度だけ振り返り下唇を噛み締めた。
放課後だからか利用する生徒は居らず、貸し切り状態のカフェテラスでようやく一息つけた。
「何だったんですか? あの強烈な方々、特にあの女の子は?」
答えを聞かなくてもヒロインと攻略対象キャラ、というのは分かるが、何となくあの女子生徒がヒロインなのは受け入れがたい。
ラクジットの問いにアマリスは眉間に皺を寄せた。
「あの女子生徒は本当に非常識な方ですの。レオンハルト皇太子殿下はレイチェル様の、」
「彼女はアイリ・サトウ、異世界からの迷い人ですわ。レオンハルト様の庇護の下に常にあの様な振る舞いで……天真爛漫、というのでしょうか。レオンハルト様や御学友達は、帝国の未来を担う方々……幼き頃より厳しい文武の教育を受けてきたため、学園の女子生徒とは毛色の違うアイリ様と一緒に居ると心が休まるのでしょうね」
自嘲した笑みを浮かべてレイチェルは目蓋を臥せる。
「レイチェルさん……」
レオンハルトの影でほくそ笑んでいたヒロインよりは、今のレイチェルの言葉は本心からのものだろう。
寂しそうに笑う彼女は、とてもヒロインを苛める悪役令嬢には見えない。
「あれが天真爛漫、だと? あの女、挨拶もそこそこで俺のことを「眼鏡男子」とか言い出して、まとわりつかれて騒がしくて堪らなかった。ただの非常識な女だ」
まとわりつかれたのが相当嫌だったのか、珍しく顔をしかめて弱音を吐いたカイルハルトは溜め息を吐いた。
「それは、災難だったね」
ただでさえ腹違いの弟と同じクラスは嫌だろうに、強烈な方々と遭遇してしまったカイルハルトが明日から不登校生徒になったらどうしよう、とラクジットは不安になってしまった。
***
寮に戻り夕食を済ませた私は、ユリアが用意してくれた冷たいレモン水を一口飲んでソファーに体を沈めた。
登校初日で作り笑顔を振りまいたせいか、口元が痛い。
肩や背中が凝って痛いし、すっかり気疲れした。
すんなりと私を受け入れてくれたクラスメイト達と勉強面は心配無い。不安なのはレイチェルとヒロインのこと。
「あの子……東洋人、日本人だよね」
黒髪に黒に近い焦げ茶色の瞳と、黄みがかった肌の色は東洋人の色合い。制服の気崩し具合や手入れされた眉毛から、少し派手な女子高生といったところか。
ただ気になるのは、ゲームのヒロインはあんなに自由なキャラだっただろうか。
行動の選択肢はプレイヤーによるとはいえ、ヒロインはしっかり空気を読んでいた気もするし、悪役令嬢を見下すこともしなかった記憶がある。
傍観者に徹しようと思っていたのに、寂しそうに笑うレイチェルを見てしまったら今後彼女へ手を差し伸べてしまいそうだ。
「姫様、どうかしました?」
ソファーへ体を沈めて膝を抱えて考えていると、ユリアが心配そうに声をかけてきた。
「今日、いきなり強烈な出会いがあってね。その強烈な子と同じクラスになったカイルハルトは大変だなって思ったの」
困ったね、と呟くと、ユリアの目が細められる。
「姫様、お困りでしたら……私が処理してきましょうか?」
「しょ、処理!?」
侍女と護衛を兼ねて仕えてくれているユリアは、下手な騎士よりずっと強い。暗器を使用し、隠密行動を得意としている。
そんなユリアが行う「処理」とは何を処理するのか。
頷いたら、直ぐにヒロインを処理しに行きそうで怖くて訊けなかった。
ヒロイン登場です。




