03.成果
使節団を持て成す王と王妹の努力により、晩餐会は和やかな雰囲気に包まれていた。
給仕係によって運ばれてきたデザート皿がテーブルへと置かれる。
「そうそう、アレクシス国王陛下とラクジット王女殿下には婚約者はいらっしゃらないようですが、何か理由がお有りなのですか?」
唐突にサリマンから問われ、フォークを持つラクジットの手が止まる。
「理由、ですか?」
デザート皿へフォークを置いて小首を傾げたラクジットは、油断していたせいで口を開いたまま固まる、という間抜け顔を晒してしまったのを微笑んで誤魔化す。
三百年前、トルメニア帝国からの侵略から始まった戦争は、暗黒竜と化した前国王の力と黒騎士の活躍によりイシュバーン王国が勝利している。
戦争以来、帝国がイシュバーン王国と接触しなかったのは前国王の力を恐れていたためで、現皇帝は三百年間畏怖していた竜王の力を欲しいはずだ。
表面上打ち解けてきたタイミングでサリマンが質問してきたのは、婚約条件を上手く聞き出すように皇帝から命令されているのだろう。 強い魔力を持つ竜王の血を、人の身であるトルメニア皇族の血筋へ取り込めるかどうか探ってくるようにと。
「前国王陛下が崩御されてから、まだ国内は落ち着いておりません。そのため、私は陛下とともに婚約等はまだ先の話です」
視線を動かして横を見るとアレクシスも頷く。
「それに、我が王家が竜王を祖とするもの、ということはご存知でいらっしゃいますね? 私と陛下が持つ竜の血はとても濃いため、伴侶となる方は強い魔力を持った方でないとなりません。そのため、伴侶選びは慎重にならないといけません。自分達のせいで、伴侶を喪いたくはありませんから」
「強い魔力、ですか」
強い魔力の持ち主でなければ死ぬ、と含ませればサリマンは片眉を上げた。
現皇帝には条件に合うほど強い魔力を持つ皇子皇女はいない。
厳密にはカイルハルト以外は、だが。対外的に第一皇子カイルハルトは病弱で療養中とされているのだ。
「御二人と並ぶには、厳しい条件を合格しなければならないのですね」
穏やかに見えるサリマンの瞳の奥に鋭い光を察知して、ラクジットとアレクシスは目配せをする。
今、サリマンの頭の中では釣り合いの取れる者を探していることだろう。
好意的な態度を此方が見せたことで、下手なことは仕掛けてこないはず……ラクジットの初外交は何とか成功したのだった。
***
王女宮へ戻り、ドレスを脱ぎ入浴を済ませた私は、解放感からソファーに寝転び大きく伸びをした。
普段なら咎めてくる侍女も、晩餐会を終えて疲れているからだ多目に見てくれる。
「あっ、メリッサ。お茶の準備をお願い」
転移魔法の気配がして、ラクジットはメリッサへ紅茶の用意を頼んだ。
「……まだ起きていたか」
部屋の床に展開した転移魔法陣の中から姿を現したのは、寝巻きへ着替えたアレクシスだった。
いくら兄妹でも、夜遅くに異性の部屋を訪れるのはマナー違反だ。とはいえ国王になったアレクシスは、多忙を理由にここ半年の間はよくラクジットの部屋を訪れているため、彼が夜にやって来るのにも慣れていた。
驚きもせずメリッサはティーポットへスライスした林檎を入れる。
甘い香りが疲弊した心を癒していくのを感じて、ラクジットは息を吐いた。
「ラクジットの企みは成功しそうだな」
向かいの椅子へ腰掛けたタイミングで、メリッサはアレクシスの前へ置かれたカップに香り立つ紅茶を淹れる。
「サリマン大使が上手く皇帝に伝えてくれたら、すんなり学園へ潜入出来そうだから良かった」
にこにこ笑うご機嫌なラクジットと対照的に、アレクシスは表情を固くした。
「傍観者になるのなら、極力ヒロインと攻略対象キャラに関わらないと約束して欲しい」
「どうして?」
皇帝の許可を得て帝国を訪問するとなれば、皇太子や未来の側近候補達と何かしら関わることになる。
親しくなるつもりは全くないとはいえ、立場的に全く関わらないのは無理だ。
「ヒロインの攻略対象キャラには帝国の皇太子がいるだろ。万が一ラクジットが泥沼に巻き込まれて、問題を起こして外交問題に発展するのは困るからな。ヒロインの強制力に狂ったヤツは理性を失うんだろ?」
真顔で言うアレクシスも最後の方には渋面となる。
表情からヒロインに関わりたくない、という本音が伝わって来て、ラクジットはプッと吹き出した。
「大丈夫だよ。平和に学生生活を謳歌している、甘えたキャラ達とは恋愛出来るとは思えないもん。いくら推しキャラでも、自分達の立場を忘れて恋愛脳になっていたら幻滅するだろうし、ヒロインが現れても泥沼な女の戦いはしないって」
前世はアラサーの年齢だったし、生き残るために足掻きまくったラクジットからしたら、親の金と権力で守られた学生の攻略対象達は考えの甘いお子様に感じるのだ。
ましてや、甘やかされて育った俺様皇太子に恋するなど絶対に有り得ない。
「もし帝国を訪問することになったら、カイルハルトをどうするんだ」
「一緒に行くのを強制はしない。カイルには自分で決めてもらうよ」
生き残るために強制的に巻き込んで縛ってしまった、と思っているカイルハルト。彼に帝国へ行ってとは言いたくもないし、無理強いもしたくない。
「カイルを縛っていたヴァルはもう居ないから、これからは自由に生きて欲しいの」
母親を死に追いやった、現皇后への復讐をしたいなら手を貸すつもりだったし、皇子の立場へ戻りたければ裏で動こうと思っていた。
復讐を果たし皇太子になれるだけの力を付けたカイルハルトが、ラクジットの傍で生きる道を選ぶとは思ってはいなかった。
未だに、師であるヴァルンレッドの命令に従い縛られているのなら、もう解放されてほしい。
今後選ぶ道がゲームでのカイルハルトと同じく、帝国で反乱を企てて反乱軍のリーダーになろうとしたら止めるけれど。
全く分かっていない片割れに対し、アレクシスは呆れ混じりの溜め息を吐いた。
「……一緒に行くって言うと思うけど」
「何か言った?」
「いや? 最初はヴァルンレッドが強制したかもしれないが、今は確実にアイツの意思でラクジットの側にいると思うけどな」
「そうかな?」
眉を寄せて考え込むラクジットを眺めて「報われないな」とアレクシスは呟いていた。
翌日、王女宮を訪問したサリマン大使の口から「皇帝陛下が許可されました」と、帝都への訪問許可を告げられた。
現在、ラクジットは王妹であり国王代理での公務も行っている。
アレクシスや宰相と相談の上、スケジュールの調整をして帝都への訪問は半年先と決まった。
国賓としての大々的な訪問ではなく、今回は御忍びでの訪問、学園を視察したいというラクジットの願いを聞き入れてもらい、王女の身分を隠し特別に学園へ“短期留学”する。
イシュバーン王国歴史上初めて、王族が他国へ留学するということで慎重に準備を進めていたある日……
トルメニア帝国に潜ませていた密偵により、異世界からやって来た迷い人が帝国に保護された、という報告が入ったのだった。
晩餐会の成果は、原作の舞台を覗きに行くこと。
次話、別視点となります。




