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02.晩餐会

 瞳を輝かせたラクジットの企みを知り、遠い目をしたアレクシスは「阿呆か」と呟いて溜息を吐いた。


「あのさぁ、傍観者とか何を馬鹿なこと言っているんだよ」

「もしもヒロインが異世界転移してきたら、アレクシスが帝国に関わるのは危険でしょ?」


 ムッと眉を寄せて、ラクジットはアレクシスの眼前へ人差し指を突き付ける。


「考えたの。もしもアレクシスがヒロインと運命の出会いをして、ヒロイン補正とか強制力にやられて恋愛脳になると困るって。国王陛下が骨抜きにされて、ハーレムの一員になるのは国としても大打撃だよ。私に色狂いで馬鹿になったアレクシスを討たせないでね」


 勢いよく執務机に両手を突いたため、ラクジットが座っていた椅子がギシリッと悲鳴を上げる。


 “どちらかが狂ったら後始末はマトモな方がする”

 暗黒竜と化した前国王を倒す前に二人で交わした誓い。

 色に狂ったアレクシスを止めるため、などという下らない理由で誓いを実行するのは御免だ。


「ハーレムの一員って……暗黒竜は倒したからイシュバーン王国はヒロインと関わらないだろ。それに、あのヒロインは俺の好みじゃない」


 また阿呆なことを言い出した片割れに、アレクシスは執務机に肘を突いて頭を抱える。

 靄がかった前世の記憶、女子高生ヒロインが所謂イケメンな男達を侍らせている、逆ハーレムなゲームソフトのパッケージを思い出して寒気すら感じてきた。


「分からないよ? 好みじゃなくても強制力はあるかもしれない。いくらアレクシスが巨乳好きでも、天真爛漫なヒロインに興味をもって好きになるかもしれない。ヒロインのことばかり考えて帝国に喧嘩売り、政務をないがしろにする国王になるかもしれないのは危険でしょ」

「巨乳好きって、お前な」


 頭を抱えたアレクシスに追い討ちをかけるように言えば、彼は盛大に口元をひきつらせた。


「それに、カイルの、カイルハルトのこともあるし」


「復讐はもういい」と言いつつも、故郷の名を聞いたカイルハルトの気持ちが揺れているのは感じていた。

 ゲーム内のカイルハルトは、母親の敵討ちのために義母を、自分と母親を見捨てた非情な父親を討つため反乱を起こしていた。

 此処はゲームとは関係無い現実世界だと思っているが、カイルハルトが私の騎士になったことで彼に歪みが生じたら? ラスボスになるための強制力が働いたら?


「カイルハルトは帝国には戻らないと、ラクジットを守ると宣言していただろう?」

「それでいいのかなって不安になるの。私がカイルを縛っているのではないかって。此処はゲームの世界ではないと分かっていても、カイルが強制力によってラスボスにされたらどうしようと不安になる」


 正直に不安な気持ちを伝えると、アレクシスは口元に人差し指を当てて暫時考え込んだ。


「はぁ、帝国の監視はしよう。俺が動かなかったらラクジットは勝手に動くだろ」

「バレたか」


 アレクシスが動かないのならば、城を抜け出す気満々だったラクジットは苦笑いで誤魔化す。


「その代わり、大使の接待は頼んだ」

「えっ!?」


 思いっきり顔をひきつらせたラクジットとは対照的に、アレクシスは「拒否権は無い」言いきり黒い笑みを浮かべた。




 ***




 輝くクリスタルを連ねたシャンデリアが煌めくホールでは、宮廷楽団が晩餐会の賓客の耳障りにならないよう配慮した美しい音楽を奏でる。


 長方形のテーブルに並べられた豪華な料理を堪能してさっさと退席したいのだが、今回ばかりはアレクシスとの約束があるため逃げることは叶わない。

 王女として使節団員から注視されるのも、慣れないドレスを着て気を抜けない食事をするのは精神的に辛く、ラクジットは大使の接待を了承したことを後悔していた。


 晩餐会ということもあり、ラクジットが着ているドレスは派手な装飾が少ないオリエンタルブルー色のイブニングドレス。

 華美な装飾は無くシンプルなドレスで楽な分、ホルターネックのため胸元と背中が見えるのが恥ずかしくて、ショールを羽織りたかったが侍女達、特にメリッサに反対されてしまったのだ。

 普段は化粧などほとんどしない王女を、侍女達はチャンスとばかりに飾り立ててくれたものだから、鏡に映った姿は自分でも「誰?」と思うくらい素晴らしい出来映え。

 サテンの光沢あるドレスに銀髪が映え、幼さ残る顔立ちは大人っぽく艶やかになり、鳥肌がたつくらい綺麗な女性へとよく化けられたものだと感心してした。


 外の警備へ向かうカイルハルトを呼び止めて、珍しくめかし込んだ姿を見てもらいたかったのに、目を大きく見開いて数秒固まった彼はその後全く視線を合わせてくれず、ドレスが似合わないのかと軽く落ち込んだ。




 今夜接待する相手のトルメニア帝国大使、サリマン公に愛想笑いを返してラクジットは大使の背後の壁際へ視線を向けた。

 本当に来るとは思わなかったエルネストが、腕を組んで「しっかりやれ」と睨みをきかせている中では食べにくく、吐きたくなる溜め息を堪えて笑顔をつくる。


 横を向いた時、ラクジットをじっと見詰める使節団の若い男性へにこりと微笑めば、彼は頬を赤く染めた。


「ラクジット王女殿下は、天上の女神の化身だという噂は誠ですな。しかも聡明でいらっしゃる。我がトルメニア帝国の皇太子殿下とお年がご一緒とは思えません。そこの者には仲睦ましい婚約者がいるのですが、王女殿下の美しさに見とれていたようですね」


 ハッハッハッと、サリマンは笑いながら手に持っていたワイングラスを置いた。


 接待をしている相手、栗色の髪に白いものが多く混じった初老のサリマン大使は、とても物腰が柔らかな態度で初対面の孫ほど年齢離れているラクジットでも親しみやすい雰囲気を持つ人物だ。


 もしもラクジットが普通の十代の経験が浅い少女だったならば、彼の外面の良さに騙されていたと思う。

 まだ年若い王と王女なら直ぐに懐柔出来る、との思惑からサリマンを大使としたのだろう。

 残念ながら、ラクジットには前世はアラサーまで社会人として働いていた記憶があり、愛想が良い男は腹に一物を持っていることくらいお見通し。

 更に、エルネストが放った使い魔の情報からサリマンは今でこそ外交官として動いているが、若い頃は軍師として軍部に所属し部下を纏め上げていた人物だと、事前に分かっていた。


 油断ならない相手だからこそ、若い使節団員と話をしているアレクシスも、壁際に控えているエルネストもラクジットとサリマンの会話に耳を傾けている。


「まだまだ幼い部分がある皇太子殿下には、アレクシス国王陛下とラクジット王女殿下を見習って貰いたいくらいですよ」


 顔全体は笑みを形作っていても、サリマンの瞳の奥は全く笑ってはいない。

 サリマンは、ラクジットとアレクシスが彼の外面に騙されていないことに気付いている。

 気付いていて、自分が優位になるよう話を誘導しているのだ。

 今はトルメニア帝国へ、レオンハルト皇太子への興味をラクジットに持たせようとしている。


(これは、大使に任さられるだけあるわ。腹黒い、狸親父ね)


心の中で舌を出したラクジットは、覚られないように口元に手を当てた。


「皇太子殿下は学生でございましょう? まだ延び盛り、学ばれている途中でしょうから、直に私などよりご立派に成られますよ。ああ、学生と言えば……帝都には、皇族も通われる立派な学園があると聞いたことがあります。どのような場所なのでしょうか?」


 帝国に少しでも興味を持った振りをする方が都合いいかと、ラクジットはサリマンの話に乗ることにした。


「学園に御興味がお有りですか?」

「我が国でも、身分性別に関係なく学べる学園を新設したいと考えておりますの。私も学生生活を送ってみたかったですし、是非とも参考にさせて頂きたいですが、よろしいでしょうか?」


 学園の新設は今思い付いた話で後半は本心。

 目を細めたサリマンは、次いでにこりと笑った。


「ええ、私の知識が王女殿下のお役に立つのであれば喜んで。国交が回復したあかつきには一度帝都へ視察に来られてはいかがでしょう?」

「帝都に、ですか? 皇帝陛下が御許し下されば、直ぐにでも伺いたいですわ」

「ラクジット、図々しいお願いはサリマン大使のご迷惑になるだろう」


 弾んだラクジットの声の裏にある、傍観者という企みを知っているアレクシスは呆れ混じりに口を挟む。


「いえ、迷惑などとんでもございません。直ぐにでも皇帝陛下に王女殿下の御願いを伝えましょう」

「ありがとうございます」


 ゲーム舞台となる学園へすんなりと入り込めそうだと、ラクジットは初めてサリマンに満面の笑みで礼を返した。


 王と王女のどちらかを帝都へ招くことは皇帝の目的に沿うものなのか、一定を保っていたサリマンの外面が僅かに揺らいだ。

 この様子では晩餐会終了後、伝達魔法を使ってでも早急に皇帝へ伝えそうな勢いだと、アレクシスは苦笑いを浮かべた。


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