14.来世へ繋がる離別
長い白銀の髪を後ろで一括りにして、黒い軍服を纏った国王は蒼色の瞳を細めて笑う表情は、あたたくて優しげな印象を与えるものだった。
とてもじゃないが、先程まで戦っていた暗黒竜と同一人物には思えない。
驚くラクジットとアレクシスが口を開く間もなく、国王の姿は空気に溶けるように消えてしまった。
残されたのは、呆然と真っ白な空間を眺める二人だけ。
「此処は何処だろう? 今のって国王陛下、だよね?」
「銀髪蒼目だし国王だと思う。死後の世界、じゃないといいがもしかして此処は狭間の世界?」
青年が国王だとしたら此処は何処なのか。果てが見えない白一色の空間は、夜の闇を知っているため真っ暗よりも雪とは異なる白の世界は異質なモノに感じた。
それに花畑も無く川も流れていなくても、此処が死後の世界じゃないという確証はない。
「私達、どうなったんだろう」
ポツリ呟けばアレクシスは「さぁ」と力無く答える。
「まさか、失敗したの?」
魔力の塊から強力な魔力が流れ込んできた時、暴走させた感じは全く無かった。
もしや、巨大な魔力に二人そろってのみ込まれてしまったのか。
全身から血の気が引くのを感じ、ラクジットとはよろめいた。
「失敗ではありません。大成功ですよ」
唐突に聞こえた声に、ビクリッと肩を揺らしたラクジットはアレクシスにしがみついた。
アレクシスの腕にしがみつきながら振り返ると、声をかけてきた人物、宰相のカルストが立っていた。
彼の後ろには、身形と雰囲気から高位貴族であろう壮年の男女十人も控える。
「アレクシス王子、ラクジット王女、陛下を闇から救ってくださいましてありがとうございます」
カルストを筆頭に、貴族達も恭しく頭を垂れて臣下の礼をとる。
「これでようやくイシュバーンと、我らの止まった時が動き出しました」
「カルスト、時が動き出したとはまさか、元老達も逝ってしまうのか?」
元老、カルストの後ろへ控える者達は、垂れていた顔を上げてアレクシスの問いを「はい」と頷き肯定する。
「ええ。皆、陛下のお供をさせていただきます。私や元老達の後継者達は、しっかり育て上げておりますからご安心ください。アレクシス殿下の治世を見られないのは残念ですが……」
そこまで言うと、カルストは笑みを浮かべラクジットを見る。
「ラクジット王女がご一緒ならば何も問題はありますまい」
「そうか……皆には、世話になったな」
漏れそうになる嗚咽を抑え、アレクシスは掠れた声で言うと口元を手で覆う。
国王の次代の器として一歩引いて接する側近達の中、カルストは時期国王としてアレクシスへ指導をしていたのだ。
いくら前世の知識があるとはいえ、ダリルとカルストが居なければアレクシスの精神はとっくに疲弊していた。
「アレクシス様」
肩を震わすアレクシスに対し、カルストは息子を見るような優しい眼差しを送っていた。
カルストの後ろに控えていた元老の一人、中年の女性がラクジットの前へと進み出る。
「ラクジット王女殿下。私は貴女様がお生まれになった時に、お世話を任せられた者でございます」
白髪混じりの焦げ茶色の髪をした柔和な女性は、微かに震える手を伸ばしてラクジットの両手を握る。
「本当に……ご立派になられましたね。ラクジット様の健やかなご様子は、ヴァルンレッドから逐一聞いておりました。やっと御会いできて嬉しゅうございます」
見上げてくる女性の目元にはうっすらと涙が浮かぶ。
生まれてすぐに離宮へ隔離され、育てられてきた自分の事を知っていて、成長を案じてくれていた人がいた。それだけで、ラクジットの胸の奥がほんのりあたたかくなっていく。
「私のことを気にかけてくれていてありがとう。あと、あの、ヴァル……ヴァルンレッドは?」
遠慮がちに訊くラクジットへ、女性はにこりと微笑んだ。
「ヴァルンレッドは只今此方へ参りますわ。王女様、これからは御幸せになってくださいね」
名残惜しそうに、ぎゅっと握った両手に力を入れて私へ一礼した女性は一度だけ振り返り、カルストの後ろへと戻って行った。
元老達の元へ女性が戻ると、彼等は一斉に頭を垂れ臣下の礼をとる。
「アレクシス王子、ラクジット王女、どうか善き王と成り臣下と民を導いていってください」
別離の台詞をカルストが言い終わった直後、彼と元老達の姿は光の粒子と化す。
光の粒子は瞬く間に上昇し、白い空間と同化するように消えてしまった。
「逝っちゃったの?」
「輪廻の環へ戻っていっただけだ。陛下が滅され、停滞していた三百年の時が動き出したからな」
ラクジットの呟きに、男性にしては高めの声が応える。
白い空間がグニャリと歪み、歪みの中心からピンクブロンドの髪を緩く三編みにした青年、黒騎士リズリスがラクジットの真正面へと姿を現した。
「リズリス?」
暗黒竜に喰われたリズリスは怪我ひとつ無く元気そうで、ラクジットは彼が一人で現れたことに首を傾げる。
「お前だけか? ダリルとヴァルンレッドはどうした」
アレクシスも疑問に思ったのか、ラクジットが口を開くより先にリズリスへ問う。
「先を譲る、そうだ。ダリルなら彼方にいる」
「わかった」
チラリとラクジットを見てから、アレクシスはリズリスが示した方向へ走っていった。
何を譲るとは問わずに、ラクジットはリズリスを見上げる。
「あのね、庇ってくれてありがとう。痛く無かった?」
意地悪だし嫌味も言うけど、リズリスはゲームのキャラクターとは違い、厭らしい攻撃をする敵ではない。
イイ人、とは微妙に違うけど女子力高めの騎士。何よりも、身を呈してラクジットを助けてくれた。
「……貴女は、本当に無遠慮で無防備だな。危なっかし過ぎて目が離せない」
苦笑いを浮かべたリズリスは溜め息を吐く。
「ヴァルンレッドが溺愛するのも分かる。もっと早く貴女に逢えていたら、私が王女の護衛騎士だったならば、貴女を愛でていられたのに」
「リズリス?」
目を細めたリズリスはラクジットの銀髪を指に絡めた。
今にもリズリスが泣き出しそうに見えて、思わず髪を弄る彼の手に触れる。
「ふふっ、彼奴が喧しいからそろそろ代わらなければなりません。姫、どうか御幸せに……」
一瞬だけ触れ合った指が離れる。
胸に手を当てたリズリスは一礼すると、先程のカルスト達と同様に全身を光の粒子と化していった。
白い空間を上昇していく光の粒子を見送り、ラクジットはすんっと鼻を鳴らした。
目の奥が痛い。
油断すると涙が溢れてしまいそうで、ぎゅっと目蓋を瞑った。
「ラクジット様」
背後から優しく抱き締める彼の腕を、ラクジットも両手で抱き締めた。
振り返らなくても、背中から抱き締めてくる相手が誰なのかは、彼の香りとぬくもり、息遣いで分かる。
「ヴァル……」
ゆっくり振り返れば、藍色の瞳を笑みの形にしたヴァルンレッドが居た。
「お怪我はありませんか? お体に異変は……」
腹部に回されていたヴァルンレッドの手が、頬から肩、腰へと滑り落ちていく。
「くすぐったいって。大丈夫、どこも怪我はしてないし変化はないよ」
「良かった」
体を撫でる手のひらの感触がくすぐったくて、クスクス笑うとヴァルンレッドは安堵の息を吐いた。
光の粒子となって逝ったリズリスと同じような儚さを、安堵の表情で此方を見るヴァルンレッドから感じて、ラクジットはヴァルンレッドの手を握り締めた。
「ヴァルも、逝くの?」
心臓がバクバクと早鐘を打ち始める。
否定をして欲しい、という思いを滲ませたのが分かったのだろう。
優しく目尻を下げた“困った時のヴァル”の顔をして、彼は切なげに頷いた。
「ええ。ラクジット様とアレクシス王子が陛下の魔力を吸収した後、一気に時の流れが押し寄せてきました。私の肉体は既に朽ちておりますから」
「そんな……」
頭のどこかでは分かっていた。
この空間に出現した彼等が儚げに感じたのは、肉体を喪失した魂のみの存在だったから。
(此処は、生と死の狭間だもの)
そう理解すると、抑えていた感情が、涙腺が弛みだす。
涙腺が弛むどころじゃない。壊れてしまっかのように、ラクジットの瞳からは涙がボロボロ流れ落ちてヴァルンレッドの手と服を濡らしていく。
「泣かないで、私の可愛い姫。貴女に泣かれると輪廻へ還る決意が鈍ってしまう」
涙が止まらないラクジットの顔を胸元に埋めさせ、抱き締めるヴァルンレッドの声が微かに震えていた。
優しい彼はきっと「逝かないで」と泣いてすがり付いて言えば、現世に留まってくれる。
でも、それでは駄目だ。
これ以上ヴァルンレッドを縛り付けるなんてできない。
ズビズビ鼻を鳴らしながら、ラクジットは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。
「また……逢える?」
新たに零れた涙をヴァルの長い指が優しく拭う。
「来世、必ず私は貴女の元へと戻ります。貴女がどんな姿に成ろうとも、必ず探しだしますから」
涙を拭った目元へ、そっと口付けが落ちる。
「絶対だよ? 絶対、次はずっと私の傍に居てね」
「ええ、来世の命にかけて誓いましょう。愛しい私の姫」
甘く低い声で誓いの台詞を言ったヴァルンレッドの口付けが頬を掠め、次いで唇へと落とされる。
触れるだけの口付けは、次第に唇を食むようなものへ変わっていく。
堪らず口を開くと、隙間からヴァルンレッドの熱い舌先が口腔内へと侵入する。
「んっ、はぁ」
口腔内へと侵入した舌が歯列をなぞり、ラクジットの舌へ絡み付く。
舌が絡み合い唾液が混ざるくちゅくちゅという音と、口腔内を貪り尽くされる甘い刺激に朦朧としてきて、ヴァルンレッドの黒い騎士服を握った。
濃厚な口付けからようやく解放された時にはラクジットの足腰は力が入らず、背中に回されたヴァルンレッドの腕に支えられて何とか立っていた。
腰砕けにしてくれたヴァルンレッドの手のひらが、熱を持って赤らむラクジットの頬を包む。
「ラクジット様……どうか、私に縛られず御幸せになってください」
ゆっくり唇をなぞる親指の感触に目を細めると、ヴァルンレッドの全身が光輝き始めた。
「ヴァルッ!!」
逝ってしまう。
咄嗟にしがみついたラクジットの手は、光の粒子となったヴァルンレッドの体をすり抜けてしまう。
愕然とするラクジットを置いて、光の粒子はどんどんと上昇していき、溶けるように消えてしまった。
“ラクジット様、アレクシス様、この国の未来をよろしくお願いいたします”
二度溢れてきた涙と嗚咽を堪えようと目蓋を閉じたラクジットの耳に、三人の黒騎士の声が重なって聴こえた気がした。
***
ヴァルンレッドとの別離。
一方、アレクシスはダリルとの離別に熱い包容と涙を流しておりました。
アレクシスにとって、ダリルは師であり父でもあった存在です。
次エピソードで4章完結となります。




