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11.王女と黒騎士

 地下深くから断続的に発せられる地響きと激しい揺れ、そして禁呪とされる強大な空間魔法の気配を感じ、黒騎士達は動きを止めた。


「何、だと!?」


 全身に傷を負い荒い息を吐いて、片膝を地に突いたリズリスは痛みより驚愕に顔を歪める。

 瞠目したままリズリスは、石畳が吹き飛んで剥き出しの地面となった足元を見詰めた。


「くくっ、下では派手にやっているようだぞ? ダリル」


 揺りかごの間へと転移してきたエルネストが、自身が扱える最高位の空間魔法を放ったと感じ取り、ヴァルンレッドは後方に居るダリルへ視線を送る。

 リズリスよりは外傷は少ないとはいえ、右肩と右脇から血を流しながらもヴァルンレッドは肩を震わせ愉しげに笑った。

 重力を操るという反則に近い魔法を使うなど、手加減無しでエルネストが国王を殺りにかかっているようだ。



 ドカーン!! ガラガラガラ!!


 地階で国王の魔力が大爆発し、その衝撃に地面が大きく揺れる。

 地面が波打つ程の衝撃と派手な崩壊音に、黒騎士達はよろめき一斉に背後の城を振り返った。


 大爆発によって宮殿の三分の一程が崩れ落ち、地階まで大きく抉れた穴からは砂埃と黒煙が立ち上る。

 黒煙の間から垣間見えたモノに、宮殿周辺に残っていた騎士と兵士達は悲鳴が上げた。


 黒々とした鱗を持つ巨大な黒龍が大きく翼を広げ、眼下を鋭く睨んでいたのだ。


 バサリッ!


 黒龍が翼を羽ばたかせ、宮殿の屋根の一部が風圧で崩壊していく。



「陛下っ!」

「行かせんと言っているだろう」


 立ち上がり叫ぶリズリスへ、冷たく言い放つヴァルンレッドは剣を振り下ろす。


「ぐっ!」


 牽制のための一撃が左肩を浅く掠め、リズリスは口許を歪めた。


「終わりだ」


 止めを刺すために剣をかまえ直したヴァルンレッドの腕を、ダリルが掴み「止めろ」と制止する。


「そろそろ止めろヴァルンレッド! リズリス! 勝負はもうついているだろう。お前も敗けを認めろ!」

「相変わらず甘いな」


 ダリルに制止され剣を下ろしたヴァルンレッドは、わざとらしく肩を竦めた。


 昔から相性が悪く、お互いを敵視しているヴァルンレッドとリズリスが剣を交える度に、仲裁に入るのはダリルだった。

 今回はリズリスの足止めだけで本気で殺るつもりは無かったとはいえ、ヴァルンレッドは彼を瀕死程度には追い詰めるつもりだったのだ。


「くっ……」


 悔しさで顔を歪め、睨み付けてくるリズリスが口を開こうとした時、


《グギャアアァ!!》


 ドォンッ!!


 宮殿の上空にいた国王が大きく口を開き、地階へ向けて紅蓮の炎を放出した。

 宮殿の一部と地階は一気に炎の海と化す。


「アレクシス様!?」

「陛下っ!?」

「ラクジット様!」


 サッと顔色を変えた黒騎士達は、宮殿へ向かって走り出した。




 ***




 詠唱も魔方陣の展開も無しに転移を行ったエルネストは、大量の魔力喪失と暗黒竜からの攻撃によるダメージで一瞬意識を失いかけた。

 朦朧とする意識をどうにか失わないでいられたのは、腕に抱いた温もりがあったおかげだった。


「ラクジット、馬鹿な真似をするな」


 目蓋を開けるのもつらいと感じるほど体は怠く、エルネストにもたれ掛かったままラクジットは小さく咳き込む。

 城が半壊するほどの衝撃波からエルネストを庇い、暗黒竜の魔力を吸収したのだった。

 小さく息を吐いてラクジットは抉じ開けるように目蓋を開く。


「正気、だな?」


 上から覗き込んだ蒼色の瞳がしっかりと正気の色を保っていたことに、エルネストは安堵し微笑んだ。


「痛い、けど、吸収できたし、何とか防げたよ?」


 力が入らない足を叱咤して、ラクジットは城壁だった瓦礫に捕まり立ち上がる。

 防御壁は張ったから直撃は免れたとはいえ、エルネストや瓦礫に埋もれたカイルハルトとアレクシスはかなりのダメージを負っているはずだ。


「みんなを、回復させなきゃ」


 よろよろと一歩歩き出した時、ごおっ! 轟音を上げて突風が吹き抜けた。


 ドスンッ!


 ぐらりと地面が揺れる。

 くっ、とエルネストが呻く声が聞こえ、ラクジットは顔を上げて息を飲んだ。


 空から降り立った暗黒竜は、恐怖で体を強張らせるラクジットを見下ろして嗤った。

 目算20メートルの距離に降り立った暗黒竜が少し駆ければラクジットへ届く。

 抵抗しなければ喰われると分かっていても、疲労と恐怖で体に力が入らない。


《この体は、もう使えぬ! 娘! お前の体を、早う寄越せ!》


 血走った眼をぎょろりと向け、全身から黒い血と白い煙を垂れ流している暗黒竜から魔力の塊が放出された。


「ラクジット、ぐあっ!」


 魔力の塊が弾丸となりエルネストの腹部を貫き、痛みで彼はがくりと膝を突いた。

 致命傷を負ったエルネストを助けようと感覚が鈍い足を懸命に動かしているラクジットへ、暗黒竜から放たれた漆黒の魔力が触手となって迫り来る。


《おお、我の娘! やっとお前の体を手に入れられる!》


 赤い瞳を愉悦に歪ませた暗黒竜はじゅるりと音を立てて舌舐めずりをする。

 生き延びたくて足掻いていたのに、運命には逆らえず国王の花嫁として喰われるのではなく器として体を乗っ取られてしまう、というバットエンドを迎えるのか。

 触手に絡め取られたくないのに、ラクジットの体は動いてくれない。


 触手がラクジットを捕らえようと広がり、漆黒が視界全体を覆った。




(……あれ?)


 体に力を入れて力を奪われる痛みを覚悟していたのに、痛みも衝撃も襲って来ない。

 間近で聞こえるのは、ハァハァという自分以外の荒い息遣い。

 恐怖から咄嗟に閉じてしまった目蓋を開いた。


「は、ぐぅ、姫、御無事ですか……?」


 漆黒の触手は肩から腰まで絡みつき、息も絶え絶えになった彼は言葉を発す。

 触手が魔力と生命力を奪っていくため、触手に絡みつかれている部位周辺はみるみるうちに黒く変色していく。


「あ、え? なんで?」


 何故、此処へ? 絶対の忠誠と誓っていたはずの彼がどうして贄の王女を庇ったのか。

 現状を理解出来ずに、ラクジットは何度も眼を瞬かせた。


「何故、でしょう、ね。貴女の姿を見たら、体が勝手に、動いてしまった」


 何時も浮かべている意地悪な笑みとは異なり、柔らかく儚げに彼は笑う。

 命の輝きが急速に失われていくのがわかって、ラクジットの視界はじわりと涙の幕が張っていく。


「馬鹿、でしょ? リズリス、何で、私を庇うのよ」


 どうしてと呟くと、ラクジットの瞳から涙が零れ落ち頬を伝う。

 零れる涙を目にしたリズリスは嬉しそうに、そして満足そうに笑った。

 触手に絡め取られておらず、唯一自由に動かせる左手をリズリスはラクジットへ伸ばす。


「くっ、ヴァルンレッド!」


 苦痛に顔を歪めながら左手を伸ばしたリズリスは、力一杯ラクジットを後方へ突き飛ばした。

 後方へ飛ばされたラクジットの体は、転移してきた人物によって背中から抱き寄せられる。


「ヴァル!? ああっ!!」


 転移してきたヴァルンレッドがラクジットを抱き上げる。

 次にラクジットが視線を戻した時、漆黒の触手はリズリスの全身を覆っていた。


《邪魔しおってぇ! リズリス! 我の糧となるがよい!》


 暗黒竜の叫びと、メリメリぐちゃりという音が、大きな塊と化した触手の中から聞こえる。

 あっという間に触手の塊と化したリズリスの体から、彼の魔力と生命力が消える気配がした。


 目の前で起こった光景に、ラクジットの全身がガクガク震える。

 哀しみ恐怖怒り、色々な感情がごちゃ混ぜになった涙が、ラクジットを抱えるヴァルンレッドの腕へと落ちた。



《これでは足りぬ! 崩壊が止まらぬぅっ新しい器をぉ!》


 二度、伸びてきた漆黒の触手を潜り抜けて、ラクジットを横抱きにしたヴァルンレッドはダリルの横へと着地した。


 横抱きにしたラクジットを地面へ下ろし、ヴァルンレッドは流れるような動作で跪く。


「さあ、私の可愛い姫。御命令を」


 目尻を下げて微笑む表情は、黒騎士ヴァルンレッドではないヴァルの顔をしていた。

 涙で濡れた頬を手の甲でごしごしと拭い、ラクジットはヴァルンレッドに“命令”を伝えるために息を吸う。


「ヴァル、みんなを回復させたいの。少しだけ時間を稼いで」

「ええ。貴女の御命令ならば」


 跪いたまま胸に手を当て、ヴァルンレッドはゆっくりと頷いた。


「ラクジット様、陛下の呪いを受けた傷を癒せるのは貴女しか出来ない。アレクシス様をよろしくお願いいたします」


 胸に手を当てたダリルも、ヴァルンレッドと同じようにラクジットの前に跪くと深々と頭を垂れた。


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