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09.宣戦布告

 漆黒と白銀、交えた剣はどちらも退かず鍔迫り合いとなり、ギチギチと刃が擦れ合う。


「ヴァルンレッド! どういうつもりだ!?」


 殺気と怒気を放ち問うリズリスに対し、ヴァルンレッドは冷静な表情を崩さない。


「何も? 私は停滞した時を動かしたくなっただけだ」


 ギィンッ!


 瞬間的に力を込めたリズリスの剣が圧し勝ち、ヴァルンレッドは後ろへ飛び退いた。


「時だと? 目覚めた陛下を止めることなど出来ぬ。王女が贄として喰われて終わるだけだ!」


 飛び掛かったリズリスの上段からの切り落としを、剣で受け止めたヴァルンレッドは軌道を変えて難なく受け流す。

 舌打ちするリズリスへ向かって、返す刃で斬り上げた。


「ラクジット様を贄になどさせぬよ。私が何もしないでラクジット様を行かせたと思っているのか?」


 それまで無表情だったヴァルンレッドは、僅かに口の端を吊り上げる。


「お前の隊も王子の命令で既に動かしてある。私が大人しく従っていたのをおかしいとは感じなかったのか?」


 対峙する男は、陛下以外の者から気に入らない命令を受けた場合、命令無視や放棄を平然と行ってきた。

 今回は、命令に楯突くことは無かったため油断していたのだ。

 今にして考えると、ヴァルンレッドが王女の護衛から外れても黙って従っていたのは妙だった。

 王子だけでなく、ヴァルンレッドの行動にも警戒しておくべきだったのか。

 ギリッ、リズリスは苛立ちのあまり歯軋りする。


「お前たちは陛下を裏切るのか!」


 怒りで髪を逆立てたリズリスを中心にした魔力の渦が出現し、足元へ広範囲破壊魔方陣を展開させていく。


 ゴゴゴ……バキバキ!


 魔方陣が展開していくにつれて、広場の石畳が捲り上がっていき地面が露になる。

 広場を吹き飛ばしかねない破壊力を持つ魔方陣が敷かれていく光景に、民を避難誘導させていた兵達から悲鳴が上がった。


「馬鹿が。全てを吹き飛ばすつもりか」


 眉一つ動かさないで吐き捨てるように言うと、ヴァルンレッドは石畳に剣を突き立てるとリズリスに対抗する魔法を組み立て始める。



 広範囲破壊魔法が発動される気配に焦ったのは、兵達へ指示を出していたダリルだった。


「おい! ヴァルンレッド! 派手な魔方は止めろ! もう少し抑えろ!」

「リズリスに言え」


 口元にうっすら笑みを浮かべたヴァルンレッドの魔法が先に完成し、リズリスの破壊魔方陣を抑えにかかる。

 ピンク色の魔力と濃紺色の魔力がぶつかり合った。

 巻き込まれた木々と地面が吹き飛んでいっても、双方とも魔法を解除して引く気は無い。


 周囲の被害を無視して殺り合うつもりだと感じ、眉間に皺を寄せたダリルは部下に「後は任せる」と告げ、魔力がぶつかる嵐の中へと飛び込んだ。




 ***




 壁に設置された青白い魔法の灯りで、淡い金髪は青みがかった白藍色に見えて、ラクジットは何度も目を瞬かせた。


 瞬いた蒼色の瞳から大粒の涙が溢れ落ち、カイルハルトはアイスブルーの瞳を大きく見開いて固まった。


「カイルッ、わたし、わたし……」


 きっと二人は助けに来てくれると信じていた。

 けれども、心のどこかでは「もしかして来ないかも」と不安を抱いていたのだ。

 暗黒竜と対峙して力の差を痛感したラクジットの心は萎え、ついに不安は爆発しそうなくらいに膨らんでいた。

 バッドエンド回避のために足掻いてみせると決意を叫んでも、生まれてから今までヴァルンレッドに守られていたラクジットは、一人ではこんなにも臆病で脆い存在だった。


 手を伸ばしてカイルハルトの服を掴む。

 目の前の彼は、幻じゃなく触れることの出来る実体だと分かった安堵から、更にラクジットの瞳から涙が溢れた。


「ラ、ラクジット」


 助けに来た途端に服を掴んで泣き出され、動揺したカイルハルトは自分を此処まで転移させたエルネストの方へ困惑の視線を向けた。


「ラクジット、泣くのは後にしろ。これ以上は縛がもたん」


 普段とは違うエルネストの声に宿る真剣な響きに、ラクジットは弾かれたように掴んでいた服から手を離して、頬を伝う涙を拭う。

 自由になったカイルハルトも剣を両手持ちへと構え直した。



 炎を吐こうとしていた暗黒竜は、エルネストの魔法により全身を紫色の鎖で押さえ付けられており、鎖を外そうと全身に力をこめる。

 地面から伸びた紫色の鎖は、ギチギチミシミシと嫌な軋み音を立てて今にも引き千切られそうな程脆くなっていた。


 《ぐがああっ!!》


 地下空間が激しく揺れる咆哮を上げて、暗黒竜は力業で鎖を引き千切った。


 バラバラに吹き飛んだ鎖が四方から飛んできて、エルネストが張った障壁に当たって砕けていく。

 自由になった暗黒竜は、自身を縛したことへの怒るのでは無く、赤い瞳を細めて愉快そうに笑った。


 《くくくっ我を縛るとは面白い! エルフ! 貴様は何者だ?》


 暗黒竜が嗤う度にビリビリと空気が振動する。


「私は一介のエルフに過ぎない。ただ、可愛い弟子を竜王の贄として喰わせたくない。そのために邪魔をしに来ただけだ」


 《その娘は我のモノだ。我のモノをどう扱おうとかまわぬだろう》


 フンッと鼻を鳴らしたエルネストは嘲笑いながら口を開いた。


「いくら親だろうが、子の反抗を成長として受け入れずに力で捩じ伏せるのは横暴だな。それに、ラクジットはモノではない。私の可愛い弟子だ」


 《アレは我のモノだ。長らく待ちわびた、完全に同調できる器!!》


 愉しげに嗤っていた暗黒竜はエルネストの一言から、憤怒へと感情を急変させる。

 赤い瞳は敵意に満ちた濁った色となり、大きく口を開いて鋭い牙を剥き出しにして巨体とは思えない俊敏な動きで、暗黒竜はラクジット目掛けて突進してきた。


「カイルハルト、ラクジットを守れ」

「ああ」


 攻撃力、守備力、速さ向上の補助魔法をエルネストから重ねがけされ、カイルハルトは地面を蹴って突進してくる巨大な竜へ正面から対峙した。

 暗黒竜が放った火球を避け、鋭い爪で切り裂こうと振りかぶった前足へ剣を振り下ろした。


 ザシュッ


 《なにぃ!?》


 白銀に輝く剣は、鋼鉄よりも硬いという漆黒の鱗を斬り裂きその奥の組織をも傷を負わせる。

 動植物にとっては毒となる暗黒竜の血飛沫。吹き出る血を浴びないようカイルハルトは斬りつけた後、素早く側から離れた。


「鱗を斬った!? あの剣は何?」


 魔力を吸収されてしまうためか、レベル不足からか、幻夢では傷をつけられなかった硬い鱗を切り裂き、尚且つ猛毒の血液をこびりつかせても腐食しないとは、普通の剣のわけがない。


「ドラゴンスレイヤーに改良を加えて鍛え直したものだ。竜王であろうとあの刃は防げないさ」


 視線は前方へ向けたままでエルネストは言う。

 様々な物語で出てくるくらい有名な剣の名前。白銀の刀身、竜の装飾が付いた剣が彼の有名な剣。

 その剣まで持ち出してくれた事が嬉しくて、ラクジットは胸がじんわり熱くなった。


「まだ泣くのは早い、と言っただろうが。片割れが来るぞ」

「えっ? 片割れ?」


 問う間もなく、ラクジットの横の空間が渦を巻くように揺らぎ、渦の中心から白い軍服姿の王子が姿を現した。

 アレクシスは細かい傷を負ったラクジットの様子に大きく目を見開く。


「ラクジット! 大丈夫か?」

「アレクシスッ!?」


 瓦礫を避けてアレクシスはへたりこむラクジットの傍まで駆け寄る。

 勢いよく肩を掴むアレクシスの指が石の破片で擦過傷に触れるのが地味に痛くて、再会を喜ぶ前にラクジットは顔を歪める。


「小僧、離れていろ。傷を治す」


 不機嫌なエルネストの声でラクジットの怪我に気付いたアレクシスは、慌てて掴んでいた肩から手を退けた。


「これは、」


 自分で治せる、と言いかけたラクジットの体を回復魔法の淡い黄緑の光が包む。

 治してくれるのは有り難いが、細かい擦過傷くらい自分で治せるのにとエルネストを見上げた。


 ドオッ!


「カイル!」

「おっと」


 暗黒竜からの物理攻撃を避けきれず、吹き飛ばされて壁に叩き付けられそうになったカイルハルトを、間一髪アレクシスが抱えるようにして受け止めた。


 いくらドラゴンスレイヤーを持ち、防御力が高い装備品を身に付けていても、暗黒竜と生身の人では体力、魔力、体格差から竜より人であるカイルハルトの方が劣勢なのは分かりきっている。


「カイル、ごめん」

「これくらい、大丈夫、だ」


 物理攻撃を受けて痛めたのか、カイルハルトは脇腹を押さえて咳き込む。

 一人で戦わせてしまって申し訳ない気持ちで、ラクジットは咳き込むカイルハルトに回復魔法をかけた。


 ドスンドスンッ! 足音を響かせて暗黒竜は近付いて来る。

 その体をよく見れば、カイルハルトが斬り付けた傷から白い煙が上がっていた。



 《おおっ! アレクシスッ早う此方へ来い! この壊れかけた体では再生が出来ぬ。お前の力を、血肉を、我に分けよ》

「父上、やはりその体は限界なのですね」


 冷笑を浮かべたアレクシスは、ラクジットとカイルハルトを庇うために二人の前へ立ち、暗黒竜へ右手のひらを向ける。


「俺は貴方を倒します……ホーリーフレイム!」


 無詠唱で言い放ったアレクシスの右手のひらから、闇に堕ちた者を焼き尽くす白く輝く聖なる炎が放たれた。

宣戦布告はアレクシスの台詞から。

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