07.暗黒竜の覚醒
王宮の地下にあるという目的地までカルストと侍従の青年に先導され、ラクジットは赤い絨毯が敷かれた通路を歩いていた。
警備を広場の方へ集中させているため、城内の警備兵の数は少ないようで廊下で兵にすれ違っても、彼等はラクジットよりも宰相へ頭を垂れる。
謁見の間の玉座の後ろのスイッチを押し、出現した隠し通路から地下へと続く薄暗い階段を下りている途中、目眩に襲われたラクジットは手摺に掴まり倒れるのを堪えた。
「姫様、大丈夫ですか?」
侍従の青年が差し伸べてくれた手に掴まり、ラクジットは何とか立ち上がる。
「ありがとう」
まだまだ続く階段を下りた先、おそらく目的地に居る存在から重たい圧力と魔力がラクジットを絡め取ろうとしたのだ。
先を歩くカルストと侍従は平然としていることから、恐らくこの存在感と圧力は竜の血を持つ者しか感じ取れないのだろう。
少しでも気を抜けば、あっという間に暗黒竜に意識を奪われてる。
(ドレスから動きやすいワンピースとブーツに替えていて良かった。ヒールのある靴だったら足首捻ったわね)
大きく息を吐くと、ラクジットは魔力で体を包み込み防御力を強化して歩き出した。
永遠に続くかと錯覚するくらい長い階段を下りた後、円柱が並ぶ広い回廊を通り抜けて大きな石造りの扉の前へ辿り着いた。
「此処が?」
物音一つしない地下通路に、靴音とラクジットの声が反響して響く。
「ええ、この扉の先が国王陛下が眠る、揺りかごの間です」
鏡のように磨かれた石造りの扉の中央には、炎を吐く巨大な竜と美しい女性のレリーフが刻まれており、いかにも暗黒竜が居ると分かる扉にラクジットはゴクリと唾を飲み込んだ。
「よろしいですか? では、解錠します」
扉に右手をあてたカルストは、小さな声でぶつぶつと解錠の呪文を呟いた。
ギギギギィ……
両開きの扉の縁が赤く光り、重い軋み音を立てて自動で扉は開いていく。
カルストと侍従の青年に続きラクジットが入って直ぐ、バタンッと大きな音を立てて扉は閉まった。
扉の先には広々としたホールになっており、四方の壁に設置された青白い魔法の明かりに照らされて、此処が地下空間とは思えないほど明るかった。
「ひっ」
先を行くカルストを追いかけ、二十段程の階段を駆け上がったラクジットは小さく悲鳴を上げた。
すり鉢状になっているホールの床の中心部分に、巨大な魔方陣が魔力により描かれており、その中央に漆黒の巨体が膝を抱えるように眠っていたのだ。
魔方陣から伸びた複数の蔦が形成する、半透明の繭にくるまれて眠るのは漆黒の鱗と翼を持つ巨大な竜だった。
記憶の中にある艶やかな黒髪と真紅の瞳を持った国王の姿と、前世のラクジットがやっていたゲーム画面内の暗黒竜の画像が重なる。
眠る竜へ向かって恭しく一礼して、振り返ったカルストは固まるラクジットを見詰めた。
「此方に居られます方が、国王陛下にございます。今は竜化しておられますが、ラクジット王女様のお父上です」
「これが、竜王……」
ゲーム画面越しとは違う本物の竜の迫力と恐怖から、ラクジットの喉から上擦った声が出た。
血を分けた父親だからか、恐怖と畏怖が入り混じった感情と同時に懐かしさを感じてラクジットは自身の腕で両肩を抱く。
竜の血が、本能が暗黒竜を畏れているのが分かる。
震え出しそうになる体に力を込めて、キッと前を見据えた。
「ラクジット様?」
「カルスト、騒ぎを起こせばいいんでしょう? 私が国王を叩き起こすから、貴方は広場に集まっている市民と城に居る人達を避難させてください。アレクシスが来てくれるまで食べられないように頑張ってみるね」
眠る竜を睨んで言うラクジットへ向けて、カルストは首を横に振る。
「いえ、私はラクジット様の補助をいたします。王女様一人で戦わせません」
「駄目、貴方は城内にいる人々を避難させることを優先して、被害を最小限に抑えるために動いてください。私を助けてくれる人は、必ず来てくれるから大丈夫」
にこりと笑って、ラクジットは魔力を抑えていた耳飾りを外す。
「ヴァルから聞いているでしょう? 私の師匠と幼馴染みがきっと来てくれるから」
意識を集中して左手を見れば、エルネストが渡してくれたパームカフの中央にある玉が輝いて見えた。
暫時思案したカルストは、フッと息を吐いてから諦めたように頷く。
「分かりました。私は周囲の被害を抑える役目を担いましょう。既に、王都と広場へは兵達を配備済みですので、心配なさらないでください」
「ええ、分かった。遠慮なくやらせてもらう。幻夢!」
パームカフの中央の玉へと魔力を集中させ、玉の中から出現した剣の柄を握って一気に引き抜いた。
幻夢を引き抜くと、抑えられていた魔力がラクジットの全身から煙のように噴き出す。
「この魔力は、陛下と同じ?」
「カルスト行って」
目を見開いて唖然と呟くカルストの肩を叩き、ホールから出るように促す。
彼の後ろ姿が扉の外へと消えたのを確認して、ラクジットは暗黒竜へ幻夢の切っ先を向けた。
「さぁ起きてください。父上!」
言葉に魔力を乗せて言い放つと魔力を流し込んだ幻夢を大きく振りかぶり、繭の中で眠る暗黒竜へ向けて衝撃波を放った。
バアーン!!
衝撃波は渦を巻き、繭を左右に激しく揺すぶった。
繭にぶつかり竜巻と化した魔力は繭へと吸収され、眠る暗黒竜へと流れ込んでいく。
竜の気配が色濃い魔力が供給され、暗黒竜の長い鉤爪がピクリと動いた。
《……ぐ……何奴だ? 我を起こす者は……この魔力は……》
繭の中でうっすらと目蓋を開いた暗黒竜の瞳は、11歳の時に見た鮮血と似た真紅色。
発せられた地の底から響くような低い声により、ホール中の空気がビリビリ振動した。
竦み上がりそうになる体を叱咤し、ラクジットは両足を踏ん張って暗黒竜の目前へと立つ。
「国王陛下、お久し振りでございます。ラクジットです」
幻夢を持つ右手に力を込めて、刀身へ魔力を流し込む。
「貴方を叩き起こしに参りました。だから、」
魔力を帯びて輝きを増した幻夢を両手で握り直し、野球のバットをかまえるように大きく振りかぶった。
「さっさと起きてください!」
バキィーィン!
幻夢から放たれた衝撃波が繭にぶつかり、暗黒竜を抱き込んでいた繭が赤紫色の魔力に包まれていく。
繭全体を包んだラクジットの魔力に干渉され、ほどけるように魔法陣が解除されていき繭と蔦は崩壊していった。
《ぐあああぁ!!》
咆哮を上げた暗黒竜が腕を伸ばすと、ラクジットの放った赤紫色の魔力は掻き消されてしまった。
ずるりと腕と尻尾を振り回し、ほとんど崩れた繭を引き千切りながら暗黒竜が這い出てくる。
ズドンッ!
繭から解放された巨体が床へ降り立つと、ホール全体が激しく揺れた。
黒光りする鱗に覆われた巨体は、全身十メートル以上はあるだろうか。
爬虫類じみた縦長の瞳孔がある真紅の瞳でラクジットを見下ろし、暗黒竜は鋭い牙の生えた口を開いた。
《ラクジット、ラクジット……覚えている。次の贄となる我が娘か。我とよく似た魔力を持つとは、お前は良い贄、器になりそうだな》
にぃーと細められた瞳には、冬眠から覚めた解放感とラクジットを弄ぼうとする嗜虐的な喜びに満ちていて、背筋が寒くなった。
(気持ち悪いし、恐い。私一人でこれと戦えるの?)
怖いけれど、滋養強壮剤代わりに喰われたくも無いし、体を乗っ取られて好き勝手されるのも御免だ。
ラクジットの行動には国の為にとかいう大義名分もない。宰相達の為に彼の計略に積極的に乗り、国王へ弓を引きたいのではない。
「私は贄にはなりませんよ。寝起きの父上には悪いですけども、足掻いてみせますから!」
無念の思いの中、死を迎えた前世。
せっかく異世界へ転生出来たのだから、今世こそは長生きをして好きな人と結婚して、愛する我が子を抱き締めたい。
その未来の為に生き延びるのだ。
決戦の始まり。
次話から戦闘描写が続きます。




