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05.歪んだ感情

 離宮の自室で食後のお茶を入れてもらい、侍女達と明日着る衣装の確認をしているラクジットは部屋へ近付いて来る気配に気付き、眉を顰めて溜め息を吐いた。


「姫様?」


 ドレスを手にした次女の声に重なって扉をノックする音が部屋に響く。


「姫様、いかがいたします?」


 夜半の時間に連絡無しの訪問は、いくら護衛といえどもマナー違反だ。

 困惑顔の侍女へ、ラクジットは首を縦に動かして「入れるように」と指示を出す。


 侍女が扉を開き、部屋へ入ってきたのはピンクブロンドの髪を背中へ流した黒騎士。

 優雅な動きで私へ向かって一礼したリズリスは、控えていた侍女達へ鋭い視線を送った。


「下がれ」


 逆らうことは許さないという圧力を声に込め、冷たく命じられた侍女達はビクリと肩を揺らし、怯えた表情でラクジットの方を見る。

 安心させるようにラクジットは彼女達へ笑みを向けると、リズリスの視線から侍女達を遮るために一歩前へ出た。


「貴女達は下がっていて。大丈夫だから」


 兵士でもない普通の女性達へ、殺気を込めた圧力をかけるとはどういうつもりなのか。

 抗議の視線をリズリスへ向けたまま、ラクジットは侍女達へ退室を命じた。


 侍女達が退室するのを確認してから、ラクジットは余裕綽々な笑みを浮かべるリズリスを睨み付ける。



「リズリス様、こんな時間にどうされました?」


 いくら女子力が高いといっても、こんな時間に部屋へ来るとは非常識すぎる。まさか、一緒にお茶を飲みに来たわけでは無いだろう。

 訪問の用件を訊こうと見上げるラクジットへ、リズリスは片手を伸ばして手招きする。


(はぁ? 手招き? 用があるならそっちから来なさいよ!)


 苛ついたラクジットは心の中で毒づきながら、足音高くずんずん歩いてリズリスとの距離を縮める。


「此処へ来た用件は……少し確認をしておきたくてね」


 あと一歩歩けば互いの体が当たるまで、近付いたラクジットの肩をリズリスは片手で掴んで引き寄せた。


 バチィッ!


「わっ!?」


 勢いよく引き寄せられたラクジットの体がリズリスの胸へ触れた瞬間、強力な静電気に似た青白い光が室内を白く染めた。


「静電気?」


 派手な光と音を発したのに光による痛みはなく、何だろうとラクジットは首を傾げた。


 一方のリズリスは、守護魔法による電撃を受けて軽い火傷を負い赤くなった手のひらを一瞥し、クツクツ愉しそうに喉を鳴らす。


「やはり、ヴァルンレッドの奴……仕返しのつもりか」


 昼間、張り巡らした結界をすり抜けてヴァルンレッドが離宮へと侵入したのは、リズリスには想定内だった。


 王女を溺愛しているヴァルンレッドは、自分以外の男が王女の傍に近寄るのはとても許せない我慢ならないことだろう、とは思っていた。

 だが、リズリスへの仕返しに男限定で触れると発動する高位守護魔法をかけるとは。


 自身のことには鈍感な王女は、守護魔法をかけられていたとは全く気付いてもいない。

 成長した王女に興味を持ったのは、リズリスの周りにいないタイプだったからか。

 戯れに気のある素振りを見せれば、すり寄ってくる従順な淑女の鏡といった令嬢とは異なる、愚鈍で難解で愛らしい娘だからか。


 沸き上がってくるこの感情の名は何なのか考え、リズリスは顔をラクジットへ近付けてじっと見下ろした



「近っ! ちょっ、離して!」


 静電気に驚いている隙に、肩から背中へ腕を回してきたリズリスに抱き寄せられて、ラクジットは慌てふためいた。

 どうにかして密着する互いの体を離そうと、胸を押してみるが華奢に見えるリズリスは全く動じない。


「離す? ヴァルンレッドには肌へ触れるのを許しているのに?」


 からかうような口調でも、リズリスの瞳は冷たい光を宿しラクジットを見下ろす。


「ヴァルはずっと私の傍にいてくれた人。私を監視している貴方とは違うもの」

「違う、か。確かに、貴女のお守りと監視はヴァルンレッドへの嫌がらせを込めていたが……姫から口から否定の言葉が出ると、分かっていても些か傷付くな」

「は? 何を言っているの?」


 嘘臭い笑み以外の、人らしい苦笑という表情を見せたリズリスを見て、戸惑ったラクジットは眉を寄せて彼を見上げた。


「奴が姫の肌へ触れたと思うと、苛つくのは何故だろうか」


 独り言のように呟き、ラクジットの背中へ回されたリズリスの腕に力がこもっていった。


 二人きりの部屋で男性と密着する状況は、鈍いラクジットでも否応なしに危機感が高まっていく。


「リズリス、離して」

「私が膝を折った最初の陛下、あの頃の陛下と同じ髪色、瞳の色……」


 ラクジットの意思を無視して、肩までの銀髪を絡めていた指先は彼女の目蓋を一撫でし、頬を滑り落ちていき親指と人差し指で顎を掴む。


「造形は違うのに、似通っていると感じるのは魔力の質がよく似ているからか。陛下によく似た存在へと成長した貴女を……ヴァルンレッドに渡すのは赦しがたい。アレクシス王子に渡すのも惜しい。だが、陛下に奪われるのならば、仕方がないと納得出来る」


 顎を掴む手はそのままで、親指が下唇を往復して撫でる。


 無表情で見下ろしてくるリズリスの瞳には、困惑歓喜苛立ちといった様々な感情が浮かんでは消えていく。


「リズリス?」


 早く彼から離れなければ、このままでは危険だと、本能が警告する。

 顎を掴む手をどけようとラクジットが両手で押さえても、悲しいことにびくともしない。

 足を踏んでやろうとスカートの中で足を上げる。が、ひょいっと横に避けられて失敗に終わった。


「本当にいけない姫だ。たった数日で私を虜にするとは。近付いたのは嫌がらせだったのに、ヴァルンレッドが貴女を愛でる理由が分かってしまうとは、自分でも滑稽な話だ」

「リズリス、離してっ」


 肩から背中へ回されていた手が、撫でる様に腰へと絡み付く。


「私が近寄って落ちない女はいなかった。手に入らないのならば……」

「やっ、んんっ」


 目蓋を閉じたリズリスは、半ば噛み付く勢いでラクジットへ口付けを落とした。


 口付けを拒絶する台詞は、ラクジットの唇を食むリズリスの口腔内へと消えていく。

 ぎゅっと唇と目蓋を閉じて体を強張らせているラクジットの耳へ、フッと鼻で笑う音が聞こえた。

 同時に唇を啄んでいた唇が離れていき、体を拘束する手の力も弱まる。


「貴女が陛下の力を充填する贄となるのか、アレクシス王子が成長しきるまでの器となるのか。陛下がどちらを選ばれるかは分かりませんがね」

「私は贄じゃないし器にもならない!」


 無理矢理された行為に、怒りと嫌悪感で溢れる涙を流してラクジットは叫ぶ。

 怒りと羞恥のあまり、抑えていた魔力が漏れ出してリズリスへと襲いかかった。


「いくら黒騎士でも、こんな事をしたら許されないのでは!?」


 漏れた魔力による衝撃波を片手で防いだリズリスは、半歩下がり愉しそうに口角を上げた。


「許されない? 陛下が御許しになれば全て許されるのですよ」

「私に触らないでっ!!」


 二度、腕を伸ばしたリズリスを拒絶する叫びは力となる。

 火事場の馬鹿力ならぬ、怒りで沸き立つ竜の血は敵を殲滅するために膨れ上がる。

 ラクジットから放たれた魔力は防御壁を突き抜け、リズリスの右頬を真一文字に切り裂いた。


「あっ……」


 リズリスの頬を伝って流れ落ちる赤色を目にして、怒りで燃え上がった激情は霧散しラクジットの全身から血の気が引いていく。


「ご、ごめんなさい」


 目を見開いたまま頬の傷に触れ、血に塗れた指先を見詰めるリズリスへ、手を伸ばしかけて止まる。

 回復魔法をかけた方がいいだろうかとラクジットは迷った。

 ゲームでのリズリス戦で、顔を傷付けられた彼がぶちギレてパワーアップしたイベントを思い出したのだ。


「私の顔に傷をつけるとは……八つ裂きにしても足りないくらいの赦せない行為なのに……」


 目蓋を伏せてぶつぶつ呟いていたリズリスが顔を上げて、ラクジットはギョッと目を見開いてしまった。


「えっ、ちょっと、大丈夫なの?」

「フフフッ、他の者だったら即殺しているが、姫につけられた傷だと思うと赦してしまえる。貴女の魔力はこんなにも甘美なものに感じるのだな」

「ひぃっ」


 真一文字に裂けて、血を流す傷を撫でるリズリスの恍惚とした表情が怖すぎて、ラクジットは先ほど感じていたものとは違う意味の恐怖からズリズリと後ずさってしまった。


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