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03.兄妹という関係

 ふと気が付くと、クリーム色の霧に包まれた広い空間にラクジットは立っていた。


「此処は夢の中?」


 うーんと唸ったラクジットは寝る前のことを思い出す。

 昨日は、アレクシス王子の生誕祭用のドレスと装飾品選びのため、着せ替え人形にされたせいかベッドに入って直ぐに寝てしまったのだ。


 何故か、リズリスまで侍女達と一緒になってあーでもないこーでもないと言い、何度も着せ替えさせられて服を着せると見せかけて肌を触られ、「もっと寄せ上げて」と言いながらむぎっと胸を触られ掴まれた時は、悲鳴と共にリズリスの足を思いっきり踏みつけてやった。


 その後もベタベタ触ってきたことから、リズリスは嗜虐趣味のある変態なんだろう。

 美容に詳しい変態騎士に少女好きな騎士。恐れられている黒騎士が変態だとは。

 ヴァルンレッドのことは大好きでも、ラクジットが幼女の頃からの行動を思い出してみて客観的に考えたら完全アウトだと離れてみて思った。

 抱っこはともかく、14歳の少女に頬擦りして体にキスをするのは護衛騎士の立場ではしない。危険人物の枠にはまると思う。


 二人と同じ黒騎士、まだ会ったことがないダリルは、ゲーム画面では見た目で筋肉隆々な屈強な戦士タイプの男性。

 彼に育てられたアレクシスは真っ当な考えを持っているから、ダリルは黒騎士の中でも常識人だと信じたい。




「……ジット」


 思考の淵にはまっていたラクジットは、自分の名を呼ぶ声に弾かれたように顔を上げた。


「アレクシス?」


 声の主の名前を呼べば、クリーム色の霧は一ヶ所に集まり人の形となっていく。


「ラクジット」


 完全に霧はアレクシスの形となり、彼は嬉しそうに笑って両腕を広げる。

 笑顔で駆け寄るラクジットを、ぎゅっと抱き締めた。


「すぐに来れなくてごめん。やることが多くて身動きが取れなかったんだ。おまけにリズリスが離宮の結界を張り直したから、侵入するのに時間がかかってしまった」

「アレクシスは王太子様だし、国王代理だからしょうがないよ」


 腕を伸ばしてラクジットもアレクシスを抱き締める。


 腕をしっかり伸ばさないと抱き締めにくくなったアレクシスは、ラクジットよりも肩幅は広くなり背もかなり高くなっていた。


 顔に当たる胸や抱き締める腕には鍛えられた筋肉が付いており、ラクジットは首を動かして双子の片割れを見た。

 光の加減でラクジットの銀髪は白にも見える白銀色。アレクシスの銀髪は少しだけラクジットより暗い銀鼠色、シルバーグレイに近い色で、切れ長の目は蒼色というより碧色。

 顔の造作は似ているのに、双子でも色合いが僅かに違うため一見すると双子には見えない。


 以前は体つきも顔立ちもよく似ていたのに、二年前から急に彼は背が伸び変化してきた。


「まさか私が王太子妃候補とか、吃驚したよ? まあ、国王のお妃候補よりはマシかな?」


 苦笑いしたラクジットがそう言うと、アレクシスはばつの悪そうな表情になる。


「カルスト、宰相から提案された時は俺も吃驚した。国王派の奴等を欺きやすいからって言われて了承したけど、ラクジットは嫌だった?」

「ううん。吃驚しただけ。アレクシスに代替わりした時のために私を王太子妃にするってことなら、今の国王の状態はかなり悪いの?」


 三年半の間、国王は体を維持するために眠っている。可能ならば今すぐ代替わりしたいだろう。


「そうみたいだな。ずっと冬眠させているのも肉体が崩壊するから、今回は少しの間覚醒させるってさ。一旦起こして、俺が成人するまでの期間で徐々に魂を馴染ませ肉体を乗っ取っるつもりらしい。今の国王の体は不安定だから、一気には乗っ取れない。これは母上のお陰だな」

「アレクシス?」


 俯いたアレクシスが泣き出しそうに見えて、ラクジットは彼の頬へと指を伸ばした。


「不安なの?」


 上目づかいで問えば、ラクジットを抱き締める腕に力がこもる。


「不安で不安で堪らない。俺は恐いんだ。国王が冬眠前、暗黒竜化した姿を俺に見せたんだよ。真紅の目をした暗色の竜で『早く成長しろ』と地響きみたいな声で言われた。あの時は、体の震えが止まらないくらい恐かった。覚醒直後に倒さなきゃ、体を乗っ取られてしまうのに戦うのが恐い。情けないだろ?」


 自嘲の笑みを浮かべたアレクシスの全身が小刻みに震える。


「一緒に足掻こう。私と貴方はある意味一心同体でしょ。アレクシスが乗っ取られたら私も終わりだもん」


 頑張ろう、とにっこり笑えば少しは落ち着いたのかアレクシスの震えは止まった。

 アレクシスの背中を撫でていた手を離し、ラクジットは腕組みをして唸る。


「近親相姦のバッドエンドだけは避けたいし。親子、兄妹近親相姦エンドとか、エロゲというか鬼畜ゲームのジャンルじゃない。このゲームは健全な恋愛と育成のゲームだったはず。現実とゲームは違うとは分かっているけどね」


 今やこの世界はゲームの世界とは考えてはいないとはいえ、脇役にもならないラクジットが足掻いてイレギュラーの動きをしたから、色々なことが変わってきたのかもしれない。

 確か、ゲームの年齢制限はR15、しかし今の状況はR18を越えている気がする。


(え、待って。もしかしたら……?)


 そこまで考えて、ラクジットは首を捻った。

 長らくアレクシスが次期国王の器として狙われている、と思っていた。

 国王は男性だから彼が狙われている、と思い込んでいたのだ。


(私も国王の、竜王の血を受け継ぐ王女だった。私も器の資格がある……器か、目覚めたばかりで不安定な肉体を保つために暗黒竜の栄養剤されるかもしれない?)


 下手をしたら栄養剤代わりで暗黒竜に喰われるか、繋ぎとして体を乗っ取られる可能性があることに気づいた。

 嫌な汗が背中を流れ落ちる。悲鳴を上げずに我慢出来た自分を誉めてやりたい。


 死亡、破滅フラグの他に器、栄養剤フラグが増えた気がして、ラクジットは身震いする肩を抱き締めた。




 ***




「鬼畜、か」


 顰めっ面で腕組みをして唸っているラクジットを見詰めながら、ポツリとアレクシスは呟いた。


 前世の記憶が甦った後、妹のラクジットを探したのは双子の片割れだからじゃない。

 自分と同等の危機に瀕した、絶対に裏切らない仲間を探して運命を共有したかったからだ。

 探し当てた後、彼女の前世は同じ国で似た時間軸を生きていた転生者と分かって嬉しかった。双子の妹以上に自分と同じ転生者という存在、裏切らない存在がやっと出来たと歓喜した。

 だが、成長した今では彼女が自分と全く違う存在だと分かる。


 少女から女性へ成長しつつあるラクジットを見ていると、体の奥底から訳の分からない感情が沸き上がって来るのだ。

 竜である国王への恐怖や、守ろうとしてくれた母上に対する情とは違う感情。


 “この雌を、欲しい”


 暗黒竜を見た瞬間、弾けるように目覚めた自分の内に存在する竜が、時折贄を欲しいと囁く。

 贄を口にしたら人には戻れない。贄の甘美な味に溺れてしまい、もっと欲しいとラクジットを望んでしまう。

 それは暗黒竜たる国王も、黒騎士達も同じ。現に、アレクシスが苦手意識を持っている相手、リズリスもラクジットを気に入り毎日のように彼女の元へ足を運んでいると、離宮の侍女に紛れ込ませた密偵から報告を受けている。

 護衛として、監視を理由にしていてもリズリスがラクジットに触れているのかと思うだけで、アレクシスの内に怒りが生じた。


 暗黒竜の干渉は、国王が破壊の性を自分に見せつけた11歳の時より始まっている。

 竜の血が強い魔力を持つ女を求めているのか、同じ血を持つラクジットを求めているのかは分からない。

 喰らいたくなる衝動は理性で抑えられるが、心の奥で渦巻く感情は年月を重ねるにつれて抑えられなくなってきていた。


(このままラクジットを妃に据えてもいい、と少しでも思っていると知られたら、全力で逃げ出すかな?)


 それとも、優しい彼女は戸惑いながら自分を受け入れてくれるのか。



「どうしたの?」

「いいや」


 胸に渦巻くどす黒い感情を知らないラクジットは、不思議そうにアレクシスを見上げる。

 三年前はよく似た顔立ちだった妹は、今では少女から大人の女性へ成長しかけていた。

 形の良い唇は赤く色付き、僅かに突き出しているのは「食べて欲しい」と訴えているように錯覚してしまう。


(駄目だ。ラクジットは妹だ。だが、もしも双子の妹だと知らなかったら? 互いの関係を知らず、俺の妃候補として出逢っていたら……迷うことなく愛を請う言葉を囁いていたのか?)


 目蓋を伏せたアレクシスは首を横に振る。この感情の意味は、全ての決着を付けた後考えればいい。


 それよりも、アレクシスが成人するまでの三年間で国王の体が保てなくなったら、暗黒竜は確実にラクジットを喰らうか彼女の体を奪うはず。


「そんなことは、させない」


 全く親類の情など抱いても無い父親にこの身を乗っ取られるのも、体を維持するための繋ぎとして大事な妹が暗黒竜に喰われるのを回避する。

 アレクシスが今考えることは、生き延びるため足掻くこと、ただそれだけだ。


干渉されて揺らぐアレクシスの思い。

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