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01.王女の帰還

4章、暗黒竜編になります。

 約束の日、漆黒の騎士装束を纏った見目麗しい黒騎士は、恭しく騎士の礼をして片膝を突いた。


「お迎えに上がりました。ラクジット様」

「ヴァル……」


 目尻を下げて微笑んだヴァルンレッドは、ラクジットの右手を取ると手の甲へ口付けを落とした。




 銀細工の縁取りが施された姿見に映るのは、花の妖精を彷彿させる可憐な美少女だった。

 淡いピンク色のドレスは派手すぎず少女によく似合っており、陽光に反射して煌めく銀髪は光の加減で淡い金色にも見える。


 新緑にも青にも見える蒼色の瞳、ふわりとのせられた白粉と頬紅によって少しだけ大人びた少女を見詰めた侍女達は、うっとりしながら感嘆の息を吐いた。


「姫様、お綺麗ですわ」

「姫様がアレクシス殿下の横に並ばれたら、絵物語の王子様とお姫様のようでしょうね」

「そ、そう?」


 妖精のような美少女こと、ラクジットはひきつりそうになる口元を何とか笑みの形にする。

 今のラクジットは、先代国王の娘ではなく“王家の遠縁、竜の血が濃く現れた公爵家の姫”という触れ込みでイシュバーン王国へ戻ってきたのだ。現国王ではなく、まさかのアレクシス王子の妃候補として。


 イシュバーン王国や近隣国では親兄弟との婚姻は受け入れられておらず、近親婚、母を同じくする者同士の婚姻は罪だという風潮がある。

 国王が体を乗っ取っていたとしても、肉体的には双子の兄妹の婚姻という倫理に反する事実を誤魔化すためとはいえ、これだけ似た顔立ちの花嫁は無いだろう。

 妃が住まう離宮の付き侍女は、ラクジットよりも少しだけ年上で綺麗な顔立ちに淑女な立ち振舞いからして、貴族のご令嬢だろうか。

 貴族令嬢の彼女達がアレクシスを知らないとは思えない。アレクシスの顔を知っていて、ラクジットに対して世辞を述べている彼女達は相当な曲者だ。それとも、王家の血をひいているから姿形が似ているのは当然と教育されているのか。



「姫様の肌のお色でしたら口紅は淡いピンクがいいかしら?」

「お胸があるのに腰がとても細くて……コルセットは必要ありませんね。羨ましいですわぁ」

「輝くお髪がもう少し長ければ、色々な髪型を試せるのに残念でなりません」


 楽しそうに弾む侍女の会話に、ラクジットは愛想笑いを消して閉口してしまった。


 “似合っている”ドレスは、ラクジットの希望で華美になり過ぎないもの。

 しかし、生地はピラピラした足首までのロングスカートで裾にはフリルが付けられている、一見したら可憐なドレスでも実際は動きにくく重い。足さばきには邪魔で、今すぐ脱ぎ捨ててしまいたくなる。

 エルネストの屋敷で着ていた膝丈のシンプルなワンピースか、鍛練時に履いていたズボンへ着替えたい。

 剣を振り回して魔物を蹴散らすような冒険者をしていたと知ったら、清楚で可憐な姫だと勘違いしている侍女達は卒倒しそうだと、ラクジットは内心苦笑いしてしまった。




「では、失礼いたします」


 頭を下げた侍女達が退室し、扉が閉まるのを見送ってからようやくラクジットは肩の力を抜いた。



 一人になって改めて与えられた部屋を見渡す。

 淡いクリーム色で小花柄の壁紙、物語のお姫様が眠る天蓋付きベッド、可愛らしいチェストと丸テーブル、細かい装飾が付いたランプに、幼いラクジットが転ばないようにと配慮して敷かれた毛足の短い絨毯。


 この部屋は、物心ついた頃から三年半前までラクジットが使っていた部屋だった。

 物をぶつけて傷付けてしまい、こっそり磨いて目立たなくさせたチェストの角の小さな引っ掻き傷を見付けた時は、懐かしさに微笑んだ。


「こんなに小さかったんだ」


 11歳当時の背丈と変わらない高さのチェストは、今のラクジットの背と比べると低く感じる。


「三年も経てば変わるものね」


 手を伸ばせば、11歳の時には届かなかった壁に掛かった照明の傘にだって触れられる。

 離宮から離れた後、成長期へ入ったのか鍛錬のおかげか、冒険者として活動していた二年間で随分と背が伸びたと思う。


 乳児の頃から11歳までラクジットが此処で過ごしていた事実を「お妃様のために整えられた離宮」と得意顔で説明してきた侍女達は知らない。

 アレクシスの花嫁候補として迎え入れられたラクジットは、王女であることや国王の正体について何も知らない、公爵家の姫として振る舞っていなければならない。

 きっと、秘密裏にアレクシスとヴァルンレッドが動いているはずだから。



 三日後に控えたアレクシス王子の聖誕祭で覚醒する予定の国王は、まさかまだ15歳の息子の成熟しきっていない身体には憑依しないだろう。

 国王側の思惑は、おそらく転生の儀式はゲーム通りこの国の成人年齢、18歳になった頃。

 それまでラクジットの立場はどうなるのだろうか、アレクシスの花嫁候補のままでお妃修行でもさせられるのか。


 ソファーに座ったラクジットは「うーん」と腕組みをして唸った。

 こんな時、相談出来る相手が居てくれればいいのにと、侍女たちの顔を思い浮かべて直ぐに消す。

 泣きそうな表情でラクジットを見送るメリッサを思い出して、ぎゅっと目を瞑った。


「メリッサ、ヴァル……」


 迎えに来たヴァルンレッドに手を引かれてイシュバーン王国へ転移し、城内へ足を踏み入れたラクジットはそのまま離宮へと連れて行かれた。


 出迎えた侍女達へとラクジットを託し、ヴァルンレッドは後ろへ下がる。

 振り返って見上げた時には黒騎士ヴァルンレッドの顔になっており、離宮へ入ってからは彼の姿を見ていなかった。

 以前のように傍に居てくれることは出来ないとはいえ、ヴァルンレッドに逢えなくて寂しい。メリッサが側に居ない不安になる。

 彼が黒騎士に戻りラクジットの傍から離れたのは十日前なのに、こんなにも離れているのが不安だなんて。




 トントントン


 思考の淵へ落ちていたラクジットはドアをノックする音にびくりっと肩を揺らす。


「ど、どうぞっ」

「失礼いたします。姫様、黒騎士様がいらっしゃいました」


 一礼してから入室した侍女の言葉に、ラクジットは大きく目を見開き勢いよく立ち上がった。



(ヴァルが来てくれたの!?)


 逸る気持ちを抑え侍女に先導されて着いた応接間の扉を開けた瞬間、ラクジットの足はピタリと歩みを止めた。


 開いた扉から見えたのは黒に近い濃紺色の髪ではなく、金色にピンクを混ぜたようなストロベリーブロンド色の長髪だったのだ。

 膨らんでいた歓喜の感情は一気に萎んでいく。



「貴方は……」


 動揺を抑えたつもりなのに、ラクジットの口から硬く僅かに震えた声が出る。


 応接間に居たのは黒騎士しか着られない漆黒の騎士装束に似合わない、ストロベリーブロンドの長髪を緩い三編みにした切れ長な碧色の瞳の、綺麗というより派手な顔立ちの女性、に見える男性が優雅にたたずんでいた。

 長い睫毛に妖艶な唇という妖しい魅力を持つ外見でも、細身でも長身でしっかりとした体躯の男性は口角を上げた。


「フッ、ヴァルンレッドでは無く、ガッカリされましたか?」


(どうして、彼が此処へ来たの? 国王の側に居るのではないの?)


 前世でのゲーム知識では、彼は常に国王陛下の守護をしていたはずだ。

 目と口を開いたまま固まるラクジットへ、男性にしては高めの、女性だったらハスキーな声を発した黒騎士は、明らかに小馬鹿にした笑みを返した。


「お初にお目にかかります。私はリズリス・グレイシーと申します」


 華麗な動きで騎士の礼をとるリズリスは、一見すれと女性騎士にしか見えない外見。だが、実物の彼はゲーム画面の立ち絵よりずっと男性らしく見えた。

 ゲームでは常にヒロイン達を見下し高慢で残酷、そして国王への歪んだ愛を抱く女性的なキャラクターとのギャップを感じてラクジットは戸惑う。


「私は、ラクジットと申します。リズリス様、ヴァルンレッドはどうしたのですか?」


 淑女らしい礼の後、暗に「何故貴方が来たの」という思いを含ませて問えば、リズリスは器用に右眉だけを上げた。


「ヴァルンレッドは過去、護衛対象であった王妃様を護りきれなかったという失態を犯しています故。大事の前に、主賓の一人となる方の傍には置けないでしょう?それに……」


 言葉を切ったリズリスは、意味深にクツクツ喉を鳴らして口の端を上げる。


「王妃を死なせた罪悪感からか、まさか血も涙もない無慈悲な男が王女の護衛を自ら申し出るとは驚きでしたよ。それも、気味が悪いくらい熱心に王女を護るとはね。王女の我が儘に付き合ってやるくらい、ヴァルンレッドは余計な情を貴女に対して抱いているようですから。情に流されて妙な動きをされては困る。現に、貴女を鍛えて余計な力を付けさせたでしょう?」


 イシュバーン王国へ戻る前、エルネストから貰った魔具で魔力を封じたのに。舌打ちしたくなるのをラクジットはぐっと堪える。


 国王に絶対の忠誠を誓っている者達は、王女を帰還させると決めた時にヴァルンレッドを遠ざけるつもりだったのだろう。

 別れ際にヴァルンレッドが見せた寂しそうな表情が脳裏に甦り、ラクジットは握っていた両手の指に力を込めた。

 ヴァルンレッドに逢えないのだという事実に、沸き上がってくる寂しさから涙腺がゆるみそうになる。

 この先、確実に敵対するリズリスに泣き顔を見せたくなくて、涙が零れ落ちないようラクジットは目元と口元に力を入れた。


 顔を歪めたラクジットを見下ろすリズリスは「ほぉ」と愉しげな声を漏らした。


「生意気なアレクシス王子に似た娘には興味は無かったが、王子とは違い貴女はなかなか可愛らしいようだ。ご安心を、ヴァルンレッドとは生誕祭で会えましょう。では、明朝までごゆるりと御過ごしください」

「っ!」


 爪の先まで整えられたリズリスの長い指がラクジットの頬を一撫でし、反射的に身を引く。

 ヴァルンレッドの手に撫でられるのは大好きでも、リズリスに触れられるのは嫌だと感じた。


 肩を竦めながら応接間から出ていくリズリスの後ろ姿を見送り、脱力したラクジットの目から涙が一粒零れ落ちた。




 扉が閉まりリズリスの足音が遠ざかると、両膝がふるえ出してラクジットはその場に座り込んだ。


「ヴァル……メリッサ……」


 乳児の頃より育った場所へ戻って来たのに、幼い頃から傍に居てくれた二人は此処には居ない。

 さらに、護衛騎士に就いたのはとても受け入れられそうにない相手、リズリス。


『何が起ころうと、私の心はラクジット様の幸せを第一に願っています』


 切なそうに眉尻を下げたヴァルンレッドは、自身の魂とイシュバーン王国の解放以上にラクジットの幸せを願ってくれた。


『ラクジット様、私も一緒に連れて行ってください!』


 涙ながら同行することを訴えていたメリッサは、ラクジットが生き延びて幸せになることを願ってくれた。

 きっと、エルネストとカイルハルトも城へ潜入する策を練ってくれている。


「一人じゃない。大丈夫、負けない」


 大丈夫だと、自身に言い聞かせたラクジットは目尻に溜まった涙を手の甲で拭った。



リズリスはゲーム内では仕草がオネエなキャラです。

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