11.私の騎士が抱える執着心
遅くなりました。
ヴァルンレッド暴走中。
傾き始めた太陽の光が静かな湖面に反射してキラキラ煌めく。
ラクジットはヴァルンレッドの膝の上で横抱きにされながら、風が吹く度に波打つ水面を眺めていた。
大好きな人の腕に抱かれ、彼の温もりと匂いを全身で感じつつ、時折甘い台詞を囁かれる。
まるで、前世で楽しんだ恋愛シミュレーションゲームの攻略対象とのスチルのような状況だと、冷静に考えてしまう自分が嫌になって下腹に回されたヴァルンレッドの腕を無意識に握った。
「ひゃっ」
首筋に押し当てられた唇の感触に、思考に浸っていたラクジットはビクリッと体を揺らした。
「何を、考えておいでですか?」
「何って、ヴァルのこと、だよ」
意識してそうしているのだろう、耳元で囁かれる声色は何時もより低く甘い。
王女の護衛騎士ヴァルンレッド、黒騎士ヴァルンレッドはゲームの攻略対象キャラクターではないし、ラクジットも名前が無いモブキャラクターではない。
此処は画面越しの世界なんかじゃない。ラクジットにとってこの世界は、今触れ合っている彼との温もりは現実のものなのだ。
首を動かして後ろを振り返れば、ラクジットの頬にヴァルンレッドの唇が軽く触れチュッとリップ音を立てて離れる。
「今の私、ヴァルは、ラクジット様だけの騎士ですが、黒騎士ヴァルンレッドは剣と命を捧げた国王陛下の命令が最優先となり、陛下には逆らえません。それでも、私は」
言葉を切ったヴァルンレッドは、振り向いたラクジットの頬に手のひらをそえる。
「何が起ころうと、私の心はラクジット様の幸せを第一に願っています」
優しく甘い台詞と欲を含んだ眼差しにラクジットの心は蕩けていく。
(嬉しいけど、直球の言葉は恥ずかしい)
頬にそえられた手のひらから、茹で上がって真っ赤になったラクジットの熱は伝わっていることだろう。
「私の幸せは、ヴァルと一緒に居ることだよ」
離れたくない。
ずっと一緒に居て。
そんな想いをこめて、ラクジットはヴァルンレッドを上目遣いで見上げた。
じっと見詰めるラクジットの視線を逸らすこともなく、ヴァルンレッドは真っ直ぐ受け止めて切なげに眉を寄せる。
「ああ、貴女の全てを奪いたい」
ハァ、と短く息を吐いて、ヴァルンレッドはラクジットの首に顔を埋めて抱き締める腕に力をこめた。
熱い吐息と一緒に、首筋に熱くて濡れたモノが軽く触れる。
首を舐められたのだと気付いて、ラクジットは「ひゃんっ」と変な声を漏らしてまった。
「身も心も全て、純潔を奪ってラクジット様の体に私を刻み付けたいのに、無垢な体で陛下の元へお連れしなければならないなんて。貴女を陛下に譲らなければならないなんて。くっ」
抱き締める腕の力が僅かに緩み、ラクジットはチャンスとばかりに首を動かして彼との間に隙間を作ろうと、身を縮める。
未だに首筋に密着しているヴァルンレッドの唇から少しだけ距離をとろうと、もぞもぞと身動いだ。
「ヴァルちょっと、ぅんっ」
解放されたのは一瞬だけで、直ぐにヴァルンレッドの腕がラクジットの体を抱き締め直す。
唇を尖らせて言おうとした文句の言葉は、唇に重ねられたヴァルンレッドの薄い唇によって飲み込まれてしまった。
ちょうど尖らせていたせいで、パクリと食べられてしまったラクジットの唇をヴァルンレッドの熱い舌先がつつく。
反射的に開いた口の隙間から、唇を重ねたままヴァルンレッドの熱い舌がぬるりと口腔内へと入り込んだ。
「ふぅん、んっ」
歯列を、前歯の裏側をもなぞった熱い舌は、奥に逃げようとしたラクジットの舌先をも絡めとり吸い上げる。
首を振って執拗なディープキスから逃れようとしても、後頭部と肩に回されたヴァルンレッドの手はそれを許してはくれない。
抵抗も息継ぎも上手く出来ないラクジットは、口腔内を味わいつくそうとするヴァルンレッドからの濃厚な口付けに翻弄されるがままになっていた。
静かな湖畔は風の音しか聞こえないため、舌を絡ませ互いの唾液を混ぜ合うちゅくちゅくという音がラクジットの耳から脳内へ届く。
羞恥心と、認めたくないが体の奥から沸き上がってくる興奮によって、全身が高熱を出したかの如く熱い。
「はぁ、」
舌が痺れて感覚が麻痺してきた頃、口腔内を堪能しつくして満足したらしいヴァルンレッドは、固定していた後頭部と肩を解放する。
ふやけた唇から引き抜かれた舌先には、互いの舌を繋ぐ唾液の銀糸が伸び、ぷっつりと切れてラクジットの口の端を濡らした。
「はっ、はぁっ……」
すっかり全身からは力が抜け落ちてしまい、体を離して距離を取れずにラクジットは力無くヴァルンレッドにもたれ掛かっていた。
「あぁ貴女は本当に愛らしい」
「だめっ」
明らかに欲を含んだ瞳で恍惚とした表情を浮かべたヴァルンレッドは、脱力しきった今のラクジットにとって捕食者以外の何者でもない。
胸元に再び回された腕の力はさほど強くないのに、彼からは決して逃げられないと感じてしまうのだ。
「あぁ、そんな顔をして……可愛い。私の姫君」
甘く低く少しだけ掠れたヴァルンレッドの声には、中毒性があるのかもしれない。
耳へ流し込まれれば、腰が痺れて全身から力が抜けていってしまう。
背中を、腹部を撫でる大きな手の平。
幼い頃は泣いているラクジットを抱き上げて何度も背中を撫でてくれた手を同じなのに、両想いになった今はヴァルンレッドに触れられている部分は熱を持ち、胸の奥に甘い疼きが広がる。
これ以上は駄目だと、彼を苦しめるだけだと分かっているのに、もっと触れて欲しくなる。
「貴女の全てを、純潔を奪えないのならば、私の想いを貴女に刻み付けさせてください」
あまりに執拗で濃厚な愛情表現により、すっかり蕩けきってしまったラクジットの思考と体。
愛情というには少々重く、もしかしなくてもヴァル、黒騎士ヴァルンレッドにとんでもなく執着されていたのかとこの時やっと気付いた。
羞恥と恐怖と相反する嬉しさという、複雑に渦巻く感情を処理しきれず半泣きになったラクジットへ、ヴァルンレッドは愛の言葉を囁き続けるのだった。
***
地面に足がついていないようなふわふわした夢心地のまま、ヴァルンレッドと手を繋いで屋敷へ戻った時にはもう日が暮れて辺りは暗くなっていた。
「随分、楽しんでいたようだな」
玄関ホールで腕組みをして待ち構えていたエルネストから開口一番にそう言われ、ラクジットは意味が分からずに首を傾げる。
つい、とエルネストが腕を伸ばし、人差し指がラクジットの首筋に触れた。
「な、何を?」
首筋にエルネストから魔力が流し込まれて、何故、回復魔法をかけられたのか理解出来ないラクジットは目を瞬かせる。
「エルネスト」
静かな声に僅かな殺気を混ぜたヴァルンレッドは、牽制するようにエルネストを睨み付けた。
「痕を消しただけだ。やりすぎだヴァルンレッド、そんなもの付けたままでいたら屋敷中の使用人に睨まれるぞ。特にカイルハルトが暴走しかねん。今、彼奴を失うわけにはいかないんだろう?」
向けられた殺気を受け流したエルネストは呆れた様子でヴァルンレッドを見て、次いでラクジットへと視線を移した。
彼の視線は、首筋と左鎖骨の辺りを注視しており、数秒考えて視線の意味に気付いて……ラクジットの全身から血の気が引いた。
「えっ、痕? 痕って、まさかヴァル」
首筋と鎖骨周辺は、先程まで何度も啄むようにヴァルンレッドから口付けられていた箇所。
前世の知識と体験から、ラクジットは何も知らない小娘ではなく、何をしたら皮膚に痕がつくのかは分かっている。
「貴女の体に私を刻み付けたい」と言って痕を付けたのはヴァルンレッドで、今「痕を消した」と言ったエルネストは、二人で何をしていたのか察していた。
みるみるうちに、ラクジットの顔に熱が集中していく。
「きゃあああー!! ヴァルの馬鹿ー!!」
羞恥のあまり、ラクジットは熱を持つ両頬へ手を当てて悲鳴を上げた。
玄関ホールで上げた叫び声を聞き付け、カイルハルトやメリッサだけでなく、ほとんどの使用人がバタバタ音を立てて集まって来たのだった。




