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06.ミンコレオの女王と、覚醒

虫表現有り。

気持ちが悪い描写があります。

(一人で戦う? この気持ち悪い女王と!?)


 エルネストに言われた事を脳内で数回復唱して、ラクジットは激しく動揺していた。


 女王の脈打つ腹部は、内部に卵を数個抱えているのがうっすらと見え、時折卵が蠢いている様は鳥肌が立つくらい気持ち悪い。それなのにアレを一人で倒すなんて、何時ものキツイ鍛練を通り過ぎた拷問じゃないか。


「なん、なんで一人!?」


 動揺のあまり上擦った声で半泣きになるラクジットを見て、エルネストはあからさまに鼻で嗤うと口角を吊り上げた。


「女王蟻程度を自力で倒せないのならば、この先竜王、イシュバーン国王はおろか黒騎士達を、ヴァルンレッドは倒せんぞ。お前は国王に喰われたいのか?」


「ヴァルを、倒す……」


 ぽつりと呟いてからラクジットの顔から血の気が引いた。


 側に居て護ってくれるヴァルンレッドは黒騎士で、イシュバーン国王への反逆を企むラクジットにとっては敵なのだ。

 ずっと傍に居てくれる方が可笑しい、そんなことは分かっていた。

 分かっているとはいえ、はっきりそう言われてしまうと体の奥底が、心臓が氷になったみたいに冷えていく。


 生まれてからずっと傍に居てくれた“ヴァル”とは戦いたくはない。出来ることならば、戦いたくない、が……


「私、国王の花嫁になるのも、喰われるのも嫌だ」


 今のラクジットは、厳しい鍛錬も冒険者としての生活も、生きていくのが楽しいのだ。出来ることならば、このまま冒険者として世界中を旅して見て回りたいくらいに。

 国王の贄となって無理矢理孕まされるのも、残虐な暗黒竜の本能を鎮めるために糧となるために喰われるのも嫌だ。冗談じゃない。


(今世こそ、生きて、長生きをしたい)


 強い意思を持ってエルネストを見上げれば、彼は珍しく皮肉めいたものではない柔らかい笑みを浮かべた。


「ならば、女王と戦って倒してみろ。お前が喰われそうになったら助けてやる」

「うん」


 頷いたラクジットの頭を一撫でしたエルネストの手は、頭部に巻いてある魔道具の鎖へと触れる。

 カチリッ、エルネストの指が魔道具の留め具を外した。


「封魔具は外す。今のお前の力、本来の力を見たいからな」


 シャラシャラ音を立てて魔道具を外された途端、抑えていた魔力が解放されラクジットの体中へ膨大な魔力が流れる。

 体が魔力過多状態となり、ふらついたラクジットの頬に本来の色へ戻った銀糸が触れた。


「はぁ、はぁ、ふー」


 深呼吸を数回して乱れた息を整えてから、腰に挿していた魔剣、幻夢を片手で抜いた。

 幻夢の刀身へ魔力を流し込むと、魔力過多状態での目眩と頭痛が治まっていく。



「では、解除するぞ」


 覚悟を決めたラクジットが頷くと、エルネストの開いた手のひらの上に紫色の小さな魔方陣が出現した。


 パキィーン


 手のひらの魔方陣をぐっと握り、それに呼応して女王に絡み付く地獄の鎖が四方に弾けとんだ。



「ギャイイー!!」


 地獄の鎖から解放された途端、女王は甲高い咆哮を上げて上半身を仰け反らした。

 赤い目に憤怒の光を宿した女王蟻は、ターゲットとして認識したのかラクジットを見下ろし、じゅるりと長い舌を出して口元を舌舐めずりをする。


「キエェッ!」


 大きく開けた口からは、咆哮と共に粘着性の液体が吐き出す。

 間一髪避けると、液体はラクジットの後ろの壁に当たった。

 シュウシュウと音と煙を上げて、液体が当たった壁は溶けていく。


 口から吐き出された液体には、触れたものを溶解する効果があるのか。

 土壁が煙を上げ溶ける音に、後ろを振り返ったラクジットは僅かに気が逸れた。


 ひゅんっ!


 隙を見逃さずに、距離を縮めた女王の前足が大きくしなった。


 ガガガッ!!


 鋭い鉤爪か生えた前足が、ラクジットが飛び退いた床を深く抉り取る。


「ギィヤー!?」


 飛び退いて着地した床を片足で蹴って、攻撃直後で反応出来ない女王の肩口を真横に斬りつけた。切り裂いた肩口へ返す刃で剣を突き刺し、体の勢いを調節してから後方へ退いた。


「いっ」


 剣を握る手の甲に、急に走った熱と痛みに顔を歪めた。手元を見て確認し、ラクジットは小さく舌打ちする。

 女王蟻の傷口から流れ出た赤い体液が、ラクジットの手の甲へ飛びべったりと付着していた。


「えっ?」


 直ぐに浄化魔法で流そうとして、妙な違和感に気付いた。

 赤い体液が付着した手の感覚が、痛みとは異なる刺激によって鈍くなってきたのだ。


「神経毒か。ヤバイな」


 剣を持つ手を変えて、ラクジットは浄化魔法を早口で唱える。

 口を大きく開いた女王が飛ばす溶解液を掻い潜りながら、防御壁を展開すると共に浄化魔法を発動させて、完全に感覚が麻痺する前に解毒をした。


「アイシクルランス」


 パキッパキンッ!


 鋼鉄をも貫く氷の槍は、女王の下半身を覆う強固な殻に当たっていとも簡単に砕け散った。




 ***




 強固な殻と剛毛により防御力が高い女王は、魔法防御力が高くたとえ魔剣といえども大したダメージを与えられずラクジットは内心焦っていた。

 このまま物理攻撃によるダメージを蓄積させていっても、持久戦になればなるほどラクジットは追い込まれていく。

 剣を振るう度、幻夢に魔力を奪われていくのが分かる。

 それに、防御壁と体液を浴びてしまった際の浄化魔法の同時発動は、思った以上に体に負担がかかってこのまま戦っていては魔力切れになるだけだ。



「ぐきゃあぁ!!」


 ダメージは軽いとはいえ、数度斬撃を浴びた女王は怒りのあまり上半身の毛を逆立てた。

 ミリミリと硬い殻を軋ませて膨らんだ腹部に絡み付いていた触手が増殖し、鞭のように不規則な動きをしてラクジットへと伸びる。


「やぁっ!」


 襲い掛かってきた触手数本を反射的に斬り落とす。

 斬った触手の断面からは緑色の体液がびちゃびちゃ飛び散り、とっさに張った防御壁は間に合わずに少しだけ体液を浴びてしまった。緑色の体液によりワンピースは穴が開き、皮膚には細かい火傷を負う。


 斬り落とした女王蟻の腹部から伸びた触手の切り口は脈打ち、バリバリと縦に裂けていく。

 縦に裂けてさらに枝分かれした細い触手は、いそぎんちゃくみたいに女王蟻の腹部から大量に生える。

 膨れた腹部からは無数の触手が生えている様は気持ち悪くて、生理的嫌悪感からラクジットの全身に鳥肌が立ち吐き気すら込み上げてきた。


「落ち着け私。女王は気持ちが悪いだけ。長引かせないで早く終わらせれば大丈夫」


 震える心を叱咤するため自分に言い聞かせて、ラクジットは幻夢へと魔力を注ぐ。

 魔力切れよりも気持ちの悪さで精神が限界を迎えてしまう。これ以上は、長引かせられない。


「ライトニングバースト!」


 力ある言葉により、大気を震わせて出現した雷が女王を囲い四方から降り注ぐ。


「キィイギャアー!!」


 降り注ぐ電撃に体を激しく揺らす女王へ、ラクジットは魔力を吸い赤紫色に刀身を輝かせる幻夢を薙いだ。

 幻夢から放たれた増幅された魔力は衝撃波となり、いそぎんちゃく状態の腹部を十字に斬り裂く。


 ブツッ!!


 衝撃波が当たった箇所から嫌な音がして、斬り裂いた腹部から黒い何かが大量に飛び出てくる。


「いやあぁっ!?」


 出てきたモノの姿を認識して、ラクジットは悲鳴を上げた。


 大人の手のひらサイズの、蟻よりも蜘蛛に似た細かい毛の生えた黒褐色の体に褐色のミンコレオの頭が乗った生き物が大量に、五十匹以上もの数が弾けた腹から出てきたのだ。

 蜘蛛に似たミンコレオは、カサカサ互いの体を擦り合わせながら黒い塊となりラクジットへと向かってくる。


 魔法を放って蹴散らさなければ、襲われる、噛み付かれる、蜘蛛が体を這い上がってくる。

 何とかしなければならないのに全身から嫌な汗が吹き出して、呪文などとても詠唱出来ない。


「きゃああああっ!! いやあああー!!」


 蜘蛛ミンコレオがブーツの先へと飛び乗り、ラクジットは恐怖と嫌悪感で悲鳴を上げて顔を歪ませた。


(嫌だ! 嫌だ嫌だ!! 気持ち悪いぃ!!)



 “どくんっ!”



 大きく口を開いて涙が零れた時、ラクジットの心臓が激しく脈打った。


「はっ」


 “どくんっ! どくんっ! どくんっ!”


 壊れるのではないかと思うくらい、激しくなる心臓の鼓動。

 死と蜘蛛への恐怖から握っていた幻夢を落とし、ラクジットはぎゅうっと胸を押さえる。


「あつい、なに、これ」


 締め付けられるような心臓の痛み、体の内側から灼熱の何かが無理矢理出てこようとする苦しさによって、ラクジットははくはくと喘いだ。

 突き刺す心臓の痛みと息苦しさで、ブーツに飛び乗り体を這い上がって来る蜘蛛の存在はすっかり消え失せていた。


 “どくんっ!”


 大きく脈打つ心臓の鼓動に、「ぐっ」と呻いた時、ついに心臓から生じた熱いものが決壊し全身へ広がっていった。


「ヒギャッ!?」

「ピキィー!」


 腰まで這い上がり、ラクジットの肌へ牙を突き立てていた蜘蛛達は、強烈な魔力の波動を受けて消し飛ぶ。

 魔力の波動は全ての蜘蛛を消し飛ばし、空間全体を白銀と薄紅が入り交じった色の魔力に染めた。



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