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04.トラウマ

気持ち悪い描写があります。虫注意!

途中で視点が変わります。


 ザリザリ、ガシュガシュ、


 複数の生物が地面を踏む音が、ラクジットを目指して四方から集まってくる。


 群れで動いているミンコレオは死の間際に救援信号を出す。一体倒せば近くに居る仲間が集まってくると、エルネストは言っていた。

 恐怖とも興奮ともつかない、嫌な汗がラクジットの全身から吹き出してくる。



「うわぁ、本当に来た」


 半壊した建物の中から、枯れ木の影から、数十体のミンコレオはラクジットを獲物と認定し向かってくる。


「ひっ! 気持ち悪い」


 数十体のミンコレオが蠢く様は鳥肌が出るくらい気持ちが悪く、後先考えずに集落ごと吹き飛ばす爆炎魔法を放ちたくなった。


『ミンコレオが集まってきたらコレを使え。私の魔力を結晶化した結界石だ』


 小刻みに震える手をワンピースのポケットへ入れ、エルネストから渡された結界石を取り出す。

 手のひらに鶏の卵大の結界石を乗せて、ぐっと力を入れて握った。


 パリンッ


 粉々に割れた結界石は一瞬で粉になりラクジットの体を包み込んでいく。


 バチッ!


 間一髪、ラクジットへ飛びかかったミンコレオは、結界に弾かれて後方へ吹き飛ばされる。

 次々に襲い掛かるミンコレオは、硝子のように透明で強固な結界に阻まれてラクジットに触れることなく弾かれていく。


「気持ち悪い―!!」


 数十匹ものミンコレオの攻撃が届かないのは有難い。

 だが、透明硝子越しで触れ合っている状態のラクジットは、下半身の蟻部分、関節部分の割れ目や脚に生えた体毛を至近距離、強制的に観察することになってしまいあまりの気持ち悪さで半泣きになっていた。




 ***




 集落の中心部に数多のミンコレオが集中しているのを目視で確認して、エルネストはクツリと笑った。

 結界石が使われた気配もしたから、あの結界内にいるラクジットは無事だ。


 巣穴から這い出てくるミンコレオが打ち止めとなった頃、エルネストは詠唱途中の魔法を再開する。


「散れ、メテオストーム」


 エルネストの力ある言葉により、集落の真上に出現させた朱金色に輝く巨体な魔力の塊が分散し、結界に群がる無数のミンコレオへ降り注ぐ。


 キュドドドドッ!!


 魔力の塊は弾丸となって、確実にミンコレオを撃ち抜く。

 撃ち抜かれた体は内部から破壊され、一気に細胞から融解し蒸発していった。



「あぅう……」


 気持ち悪い蟻の部分に四方を覆われた上に、ミンコレオ達が細切れになり融解して赤や緑色の煙を上げて蒸発していく様を見てしまい、ラクジットは地面に座り込む。

 両目から涙が零れ落ち、込み上げてくる吐き気ではくはくと喘ぐ。

 確実に敵を仕留められる超破壊魔法を放つなら、生き餌なんかいらなかったのではないか。



 全てのミンコレオが融解して消滅した後、ようやくラクジットを包んでいた結界の効果が消えた。

 異臭が立ち込めているかと覚悟したが外の空気は意外と清んでおり、ラクジットは呆然とミンコレオの痕跡が一つも残っていない地面を見詰める。


 ジャリッ、地面を踏みしめる音に顔を上げた。

 無表情でラクジットに近付くエルネストを、涙で潤む目で恨みを込めて睨んだ。


「ご苦労」

「ご苦労、じゃないでしょー! 滅茶苦茶気持ち悪いし! これっ絶対トラウマになる! 周り全部ミンコレオで、気持ち悪かったんだからー!」


 両手を上げて叫んだ勢いで、ぽろりとラクジットの目から涙が零れ落ちる。


「……無事ならば良かろう」


 珍しくばつの悪そうな表情になったエルネストは、これまた珍しく座り込んだままのラクジットへ向かって片手を差し伸べた。


「良くない! 私の心が! 全く無事じゃないっ」


 差し伸べられた手に遠慮無く掴まり、体重をかけて立ち上がる。

 ボロボロ涙を流して、鼻水をずるずる啜る情けない顔で抗議するラクジットへ、エルネストはフンッと鼻を鳴らした。


「邪魔なモノは排除出来た。次は、少々嫌がらせでもしてやろうか」


 右手はラクジットと繋いだまま、左手のひらを下へ向けてエルネストは呪文詠唱を始める。

 紡がれる呪文と共に、地面には薄紫色の光が走り複雑な魔方陣が次々に描かれていく。


「幾何なりし封縛、紫煙の鎖を絡ませ繋ぎ止めん」


 バチバチッ!


 魔方陣から出現した紫と黒の閃光が地面へ向かって伸びていき、地中へ入る直前に閃光は鎖となり消えた。


 地面に描かれた魔法陣が消えた直後、ぐらぐらと数秒地下から振動が伝わりラクジットは両足に力を込めて踏ん張った。


「い、今のは?」

「地獄の鎖を召喚し、女王蟻をこの地に縫い止めた。卵を産むことはおろか身動きも兵に指令を送ることも出来ないだろう」

「……へぇー」


 地獄の鎖というとんでもない魔法を使ったのに、大したことはしていないような口調で言われると何も突っ込めない。

 もうエルネスト一人だけで女王蟻を倒せるのではないのか、鬼畜エルフから魔王へあだ名を変えようか、と色々な思いがラクジットの脳裏をよぎったが深くは考えないようにした。




「まさか、ミンコレオの大群を一撃で葬るとは……」


 魔力の波動が消えた頃、小走りでやって来た警備隊達は畏怖と畏敬が入り混じった視線をエルネストへ送った。


「今のは、地獄の鎖? そんな、禁呪を?」


 驚愕に大きく目を見開いたジュリアの顔色は蒼白になり、小刻みに震える自身を両腕で抱き締める。


「今の魔法は! なんなのだ!? あんた、ただのエルフじゃないだろ?」

「まさか、最上級魔法をこの目で見られるとはなぁ」


 興奮して上気した顔で言うカルロス、感嘆と感激で瞳を潤ませるニイシャンの二人をエルネストは面倒臭そうに一瞥し、警備隊の方へと向いた。


「おい、そこの兵士達、この場で待機して穴からミンコレオが出てきたら駆逐していろ」

「あ、ああ」


 不遜な言い方をされても、間近でエルネストの力を見せ付けられた隊長は素直に頷く。


「巣穴の中に長時間居座る気は無い。とっとと殲滅させて終わらすぞ」

「行かなきゃ駄目?」


 出来ることならば、ミンコレオ達がうじゃうじゃいるであろう巣穴に入りたくない。

 必死で進行を食い止めていた警備隊や魔術師達の前で嫌だ、とは言いにくく上目遣いでエルネストへ「無理、嫌だ」と訴えてみる。


「蹴り落とすぞ」


 冷笑を浮かべ冷たく言い放つこの男なら、本当に巣穴へ蹴り落としかねない。ラクジットの顔色から血の気が引いていく。

 文句を言いたくなるのをぐっと堪え、ラクジットは重い足どりで集落の中心部、広場の中央に開いた大きな穴へと向かった。




 ***




 磨き上げられた石の壁に掛けられた魔法の灯りが洞窟の最奥、広々としたドーム部を仄かに照らす。

 半円型のドーム内に響き渡るのは金属が打ち合う鋭い音だった。


 キィンッ!


 漆黒の魔剣に弾かれた剣が回転しながら床を転がる。

 床へ片膝をつき肩で息をする切り傷だらけの少年を、右手に魔剣を握ったヴァルンレッドは冷たく見下ろした。


「カイルハルト、貴様はこの程度で壊れるのか?」

「くっ、まだ、だ」


 奥歯を噛み締めて顔を上げたカイルハルトの頬や顎にも、魔剣による無数の切り傷が刻まれていた。


 剣を飛ばされ床へ膝をついている状況では負けも同然。

 それでも敗北を認めずに、剣を無くしても素手で挑もうとしているらしい。

 往生際の悪いカイルハルトを見下ろし、ヴァルンレッドは鼻で嗤う。


 チャキッ

 口角を上げたヴァルンレッドは、カイルハルトの顎先へ魔剣の鋭い切っ先を向ける。


「残念ながら剣技だけでは、まだまだ私に勝てぬようだな」

「くそっ!」


 まだ一度もヴァルンレッドには勝てないとはいえ、この三年余りで彼は剣技も魔法も見違える程に上達をした。

 奴隷へ落とされたカイルハルトを拾った当初、彼が生き延びる目的としていた憎い女への復讐も成し遂げるであろうくらいの力、帝国軍の将軍や皇帝と戦って勝てるだけの力を、本人は気付いていないが得ているのだ。

 復讐を忘れて心底敗北を悔しがるカイルハルトの様子に、ヴァルンレッドは満足し笑う。

 可愛い姫の頼みで助けた時は必要な手駒の一つ、としてしか見てはいなかった少年に対し、今ではそれなりの情は感じているのだ。


「このままでは出血死しかねんな。魔封じの結界を解いてやろう」

「そんな情けなど、いらない!」


 満身創痍なのに生意気に吠えるカイルハルトを見ていると、冷酷な“黒騎士ヴァルンレッド”の意識が強まっていく。

  生意気な小僧をズタズタに切り裂いて可愛がってやりたくなる。


(回復魔法をかけても三日は動けぬようにしてやろうか。否、駄目だ。姫が悲しむ)


『ヴァル……やり過ぎ!』


 ズタズタにしても、その後に可愛い姫がカイルハルトを気遣うのも癪に障る。

 可愛らしく怒る姫が、頬を赤くして本人は睨んでいるつもりで見上げる愛らしい表情を見たい気もするが、自分以外の者を思ってそんな表情になるのは後々苛立つだけ。


 可愛い姫とは違い、悔しさから殺気すら混ぜて睨んでくるカイルハルトの視線の心地良さに、フッと息を吐いてヴァルンレッドは顎先に突き付けていた剣を下ろした。


「いい気概だな。ならば、死ぬ気で私の動きを覚えろ」


 床へ膝をつくカイルハルトに背を向け、ヴァルンレッドは数歩歩いて弾き飛ばした剣を拾う。そのまま振り返らず、拾った剣を後方へと無造作に放り投げた。


 ガッ!

 放り投げた剣は、カイルハルトの膝先数センチの床へ突き刺さる。


「私の戦い方をその身に刻め」

「あんた、何のつもりだ? 何でこんな……」


 普段の鍛練ならば膝をついた時点で終了しており、ここまで執拗に攻められない。

 戸惑いながらもカイルハルトは剣を支えに立ち上がった。


「さて、な」


 無駄な問答に答える気は無く、振り返ったヴァルンレッドは剣をかまえる。


 彼が“ヴァルンレッド”ではなく“ヴァル”として与えられた自由が終わる日は、刻一刻と迫っていた。



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