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03.生餌になる

気持ち悪い描写があります。

虫注意!

 アラクネーの強力な糸と魔石の粉末を織り込んだ特注の防具。

 シルクの肌触りで軽いのにミスリル防具より防御力が高くその上全魔法攻撃への耐性もあるという、ギルドからの依頼で知り合った妖精族のシルフが作ってくれた膝上丈ワンピースに着替え、腰にはショートソードと魔剣を挿した。

 背中に背負ったリュックには、水筒にメリッサ特製非常食とハンカチに薬草も入っている。

 準備万全でラクジットはエルネストの部屋を訪れた。



「お待た、せ?」


 勢い良くノックして扉を開いたラクジットは、ぱちくりと目を瞬かせる。


「何だ?」


 腕組みをしてラクジットを待ち構えていたエルネストの姿は意外だった。


 彼が着ているのは、普段の長衣と長い丈の上着ではなく白いシャツと黒いズボン、足元は皮のブーツというシンプルなもの。

 シャツは腕捲りをして、肘から手首までは色白だけど筋肉質で剣を振るう者の腕をしており、腰には長剣と短剣を挿し、下ろしたままでいる事が多い長い髪を後頭部の高い位置で一括りに、所謂ポニーテールとしているのを見たのは初めてだった。

 髪を下ろしている時は、隠れているシャープな顔のラインや首筋がバッチリ見えて、鬼畜な性格だと分かっていても発せられる色気にドキッとしてしまう。

 何時もなら、魔術師か錬金術師風の外見なのに今のエルネストは剣士に見える。

 男性にしておくのが勿体無いくらいの美貌の持ち主でも、広い肩幅や薄付きながも筋肉質な体つきは、やはり彼も男性なのだと実感した。



「どうかしたのか?」


 訝しげな声で問われ、弾かれたように我に返ったラクジットはヘラリと笑って誤魔化す。

 普段、反抗している相手に見惚れていただなど絶対に悟られたくない。


「いや、本当に一緒に戦ってくれるんだと思っただけ」

「たまには私も本気で暴れたくなったのでな」

「暴れる?」


 冷静沈着で腹黒なエルネストの大声を出し暴れる姿は想像出来ないが、黒騎士ヴァルンレッドが認めているくらいなのだから、彼の実力は黒騎士達と並ぶ強さなのかもしれない。



「では、向かうぞ」


 コクリッと頷いたラクジットがエルネストの横へ並ぶと、部屋の床一面に転移魔方陣が浮かび上がった。


「くっ」


 転移する時の浮遊感は、前世で乗ったジェットコースターの急降下のような感覚になり、何度経験しても慣れない。

 両手を胸元に当てて口をきつく結んで、浮遊感を堪えていたラクジットの肩へ温かい手のひらが置かれた、ような気がした。




 パキィーン


 空間を振動させて、殺伐とした雰囲気の荒れ野に転移魔方陣が描かれる。

 転移魔方陣の発する光から現れた人影を認めると同時に、武装した二十名程の兵士は一斉に身構えた。


「待てっ!」


 今にも矢を放とうとクロスボウを構えた若い兵士を、隊長であろう体格のよい厳つい中年の兵士が右手を上げて制する。

 転移魔方陣の光が収まり、現れた若い娘とエルフの青年に兵士達は警戒をゆるめた。


「貴殿方はもしや、ギルドからの者か?」

「はい。ギルドマスターより緊急の連絡を受けて参りました。貴方達は?」


 ラクジットの問いに答える前に、男性は振り返り背後の部下達へ武器を収めるように指示を出す。


「失礼した。我々は辺境伯から此処一帯の管理を任された警備隊だ」

「私達は、」


 名乗りへと続く台詞は、バタバタと走る足音で掻き消された。


「ラクジュちゃんっ!」


 聞き覚えのある声に、ラクジットはハッとして兵士達の方を見る。

 兵士達を押し退けてやって来たのは、黒いローブを羽織った赤銅色の長髪の男性と眼鏡をかけた金髪の女性、ギルドで何度か会話したことがある者達だった。


「カルロスさん、ジュリアさん、どうして此処に?」


 彼等はギルドへ登録しているフリーの魔術師と封魔師だった。ラクジットと同じようにギルドからの要請されて来たのだろう。


「俺達は、ミンコレオが集落から出られないように交代で結界を張っていてね。今はニイシャンが結界を張っているんだ」


 カルロスが向けた視線の先、木板の柵で囲われた集落の入り口には、目蓋を閉じ胡座をかいて魔力を放出している男性が居た。

 男性、ニイシャンは東国出身の魔術師である。

 東国人は黒髪に焦げ茶色の瞳を持ち彫りが浅い顔立ちをしており、前世の自分と同じ東洋人に似た容姿からラクジットはニイシャンに対し密かに親近感を抱いていた。


「突然の事だったから、魔術師と封魔師がなかなか集まらなくてね。もうくたくたよ」


 溜め息混じりで言うジュリアの顔には疲労のためか、目の下にはくっきりと隈が出来ていて顔色も青白くなっていた。


「今、集落はどんな状況なの?」

「警備隊と一緒にミンコレオを倒して生き残った住民は避難させたが、半数以上の住民は連れ去られてしまった。最初は戦っていたんだが、ミンコレオは巣穴から際限無く出てくるからね。多勢に無勢で撤退を余儀無くされた。今は、援軍が来るまで集落全体を結界で覆って奴等を出られないようにしているとこ」


 ギルドが召集をかけていても、まだラクジット達以外の冒険者は集まっていない。エルネストの転移魔法によって早く辿り着けたが、転移魔法を使えない者は着くのに時間がかかるのだ。


 魔術師達の魔力が尽きて結界を維持出来なくなれば、巣穴から這い出て来たミンコレオは新たな餌を求めてこの地域一帯へ散っていく。


「もって半日、というところだな」


 腕組みをしたエルネストは、ニイシャンを一瞥してからカルロスとジュリアへ冷たく言い放つ。


「集落の周囲を結界で閉じ込めていても、地下の巣穴が集落から離れた地まで伸びてしまえば其処から地上へ出てくる。地下深く、女王が居る場所まで届く結界を張らねば意味はない」

「む、無意味ではないわ。確かに地下深くまで結界は張れないけど、半日もあれば辺境伯やギルドマスターが交渉し、援軍を送ってくれる筈よ」

「ほう、大した自信だな」


 睨むジュリアへエルネストは嘲笑を返す。

 思わずジュリアが後退るほど圧力を持つエルネストの笑みに、ラクジットは背筋が冷えた。

 この笑みを形作った唇から、この後とんでもない台詞が紡がれると今までの経験上知っていた。


「待っていても女王が卵を産み続けていき数が増えていくだけだ。さっさと巣穴へ入り女王を駆逐する。ラクジット、集落へ入るぞ」


 背を向けて集落へ向かおうとするエルネストに、警備兵達からは口々に「はぁ!?」「無謀だ」という声が上がる。


「ミンコレオ達に襲われるぞ!」

「かまわん。むしろ好都合だ」


 血相を変えて詰め寄るカルロスに対して、エルネストは不快感を露にして眉を寄せた。


「巣穴の中へ入れば派手な魔法は放てんからな。今のうちにミンコレオの数を減らす」

「えーと、エルネストさん、数を減らすってどうするの?」


 動きが制限されて戦いにくい巣穴より、地上でミンコレオを魔法で倒して数を減らすのには賛成だ。しかし、嫌な予感がするラクジットはエルネストの案を素直に受け入れられない。

 口角を上げたエルネストからはニヤリ、と効果音が聞こえた気がした。


「巣穴から大量に誘き寄せればよい。ラクジット、生き餌になれ」

「簡単に生き餌とか言わないでよー!」


 鬼畜で策士のエルフが、真っ向からミンコレオが蠢く集落へ入るとは思ってはいなかったとはいえ、ついラクジットは叫んでしまった。




「生き餌とはなによ、せめて囮って言ってよ。鬼畜エルフ」


 ブツブツ文句を呟きつつ、人気の全く無い集落の中へと足を踏み入れたラクジットは腐敗臭のような臭いに、唇を固く結んだ。

 数日前までは人が生活していただろう場所は壊され、乾燥地帯の土地で苦労して育てていただろう作物や花は、無惨にもミンコレオに喰い荒らされていた。

 木と土煉瓦で造られた住宅の影とは異なる影が姿を現す前に、ラクジットは握った右手に魔力を込める。


「キシャー!」


 甲高い鳴き声と共に姿を現した魔物、上半身は雌ライオン、ただし目はライオンとは異なり、白目部分は真っ赤に染まり黒目部分は爬虫類のような縦長の瞳孔をしていた。

 肘より下は黒光りする巨大な蟻のミンコレオは、発見した新たな獲物を捕獲しようとラクジットへ向かって突進する。


「ファイアランスッ!」


 炎の槍がライオンの頭部を貫き、断末魔の声を出す間もなく頭部の穴から脳髄を撒き散らして倒れた。倒れたミンコレオの上半身はファイアランスの火柱に包まれる。


「キシャァ!!」


 仲間を包む火柱に怯むこともせず、建物の影から現れた二体目のミンコレオが涎を垂れ流してラクジットへ襲いかかった。


「はっ!」


 ミンコレオの攻撃を横へ跳び避けて、腰のロングソードを抜いたラクジットはライオンと蟻の体の境目部分を袈裟懸けに切り下ろした。


 蟻部分の切り口から、びちゃびちゃ音をたてて飛び散る体液は緑色で、ピクピク細かく痙攣する蟻の脚が気持ち悪くて直視するのが嫌になり、ラクジットは視線を逸らす。

 ミンコレオの情報など知りたくもなかった。

 ライオン部分は血のような赤い体液、蟻部分は緑色の体液だったなんて。


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