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18.誕生日プレゼント

 雲一つ無い晴天の下、芝生に敷いた敷布の上で寝間着姿のラクジットは両足を伸ばして座る。


 暖かな陽気の、頬を撫でる風が心地よくて目を細めて自然と笑みを浮かべた。

 寝間着姿で外へ出て素足を晒すだなんて、現実世界だったらメリッサかヴァルンレッドが血相を変えて駆け付けていた。

 だが、此処は現実ではなく夢の中、精神干渉魔法で繋げた意識の世界。ラクジットを咎める者は誰も居ない。


 胡座をかいてラクジットの隣に座るのは、同じく寝間着姿のアレクシス。

 竜の血を持つ双子の利点、波長を繋げて二人だけの精神世界を作り出して互いの近況報告をしていた。



「カイルハルト?」


 ラクジットからの報告に、キョトンとしてアレクシスは聞き返す。

 自分とよく似た顔立ちなのに、首を傾げたアレクシスが可愛く見えてラクジットは内心悶える。流石、まだ幼いとはいえメインヒーロである。


「この世界と似たゲーム、“恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~”学園編でのラスボスで、トルメニア帝国の第一皇子は覚えてない?」

「トルメニア帝国の第一皇子って、公には病気療養中とか言われている? ラスボス? カイルハルトって確か、妹が「氷の皇子様っ」って叫んでいたような気がする。え? ラクジットの側に男がいるの? よくヴァルンレッドが側に置くのを許したね」


 困惑した表情を浮かべたアレクシスは腕組みをしてうーん、と唸った。


「カイルとは偶然立ち寄った町で出会ってね。奴隷にされていたのを見捨てることが出来なかったというか、助けようとしていたらヴァルが彼を助けてくれたの。ラスボス戦でのカイルハルトは強かったし、国王と一緒に戦う味方は多い方がいいかと思って旅の仲間になって貰ったのだけど」


 話しながらラクジットの視線は、段々と下を向き眉尻も下がっていく。


「最近のカイルはまともに顔を合わせて話してくれないし、急に話し掛けると慌て出すし、すぐに目も逸らされるし。私の都合にばかり付き合わしていたから、もう嫌になっちゃったのかな? そりゃそうだよね、ゲーム沿いなら近い将来反乱を起こす皇子様が自分の復讐を果たせないとか、ヴァルからイジメに近い鍛練をされるとか、不満だらけだよね。カイルハルトとして、自由になりたいのかもしれないな」


 出会いから数ヶ月、初めてできた同年代の友達。戦友だと思っていたカイルハルトは、実はラクジットの存在を疎ましいと感じているのかもしれない。自分で考えてみて悲しくなる。


「嫌になったというか、気になる女の子に戸惑う思春期男子の正常な反応じゃないかな? ラクジットって自分のことには鈍いよな。明らかにカイルハルトは……ってこと、だろ?」

「ん? なーに?」


 クッキーを口に入れて咀嚼していたラクジットの耳には、アレクシスの言葉は最後まで入ってこない。


「あー、何でもないよ。しかし、エルネストって何処かで聞いたことがある名前なんだよなぁ」


 眉を寄せて考えるアレクシスは、ぽいっとクッキーを口の中へと放り込む。


「そうだ、ヴァルは元気? 他の黒騎士達と仲良くやっている?」

「ヴァルンレッド? 戻って来て早々、嫌味を言って絡んできたリズリスとは一触即発になってダリルが止めていたな。常に不機嫌丸出しの顔でいるものだから、周りの者達が怖がって近付けないみたいよ」


 アレクシスが王宮内で見知っているヴァルンレッドの様子は、貼り付けた無表情の鉄仮面は動かず冷静沈着な態度で任務をこなす黒騎士。

 ただでさえ冷たい雰囲気と実力で恐れられているヴァルンレッドが、不機嫌で隠しきれない苛立ちを放っているものだから周囲の者達を震え上がらせていた。


 アレクシス第一王子の生誕祝賀会出席は黒騎士の責務だと割り切ってはいても、ヴァルンレッドは“ヴァル”としてラクジットの傍らへ戻りたいのだろう。

 鉄仮面の表情は変化に乏しく分かりにくいが、アレクシスの側仕えの黒騎士ダリルは苛立つヴァルンレッドに驚き、そして珍妙なモノを見る目で見ていた。


「早くラクジットに会いたいんだろう」

「私もヴァルに会いたな」

「……本当に鈍いよ」


 目蓋を閉じるラクジットは、黒騎士筆頭として畏怖されているヴァルンレッドにどれだけ溺愛され、執着されているのか気付いていない。アレクシスは鈍い双子の片割れの今後と、巻き込まれたカイルハルト皇子の今子が心配になった。


「ラクジットも一緒だったら良かったのにな」


 自分だけに聞こえる声でアレクシスは呟いた。

 ラクジットが隠された立場で無ければ王女として臣下や国民達から祝われ、美しく着飾った姿で自分の隣に並んだのに。

 やるせない気持ちになって、肩までの長さに切り揃えられた彼女の銀髪へアレクシスは指を伸ばす。

 同じ髪色なのに、自分より細くサラサラとした銀糸は、指の間を簡単にすり抜けていった。



「ヴァルとリズリスって仲悪いのね。あっ、アレクシス」


 敷布の上に置いた懐中時計の針が12を指しているのに気付き、ラクジットは勢いよく髪を弄るアレクシスの手を握った。

 日付が変わった“今日”は二人の特別な日なのだ。


「はっぴばーすでー♪ とぅゆー♪ はっぴばーすでー自分~♪」

「「12歳の誕生日おめでとう!」」


 両手を握ったラクジットとアレクシスはにっこりと笑い合う。

 いつか、夢の中ではなく現実世界で祝えるようになればいいのにと願い、互いに祝いの言葉を掛け合った。




 ***



 シャランッ


 鏡を見ながら、頭をぐるっと一周させた輝きを抑えた銀色の鎖を触れると、鎖はシャラシャラ金属音をたてる。


 銀髪でも今の色でも、この魔道具は控え目で目立たない。細い鎖に施された然り気無い細工からエルネストのセンスの良さが分かる。

 見目麗しく実力もあり魔道具も作れるエルネスト、これで性格も良ければ完璧で極上な男なのに。


(エルネストって、ヴァルと並んでも遜色無い美形で強いし魔力だけならヴァル以上だろうな。意地悪な鬼畜エルフじゃなきゃ惚れていたかもしれない。ううん、この世界の美形は皆癖がありすぎて惚れるのは無理だわ。特に鬼畜エルフと鬼畜暗黒竜は対象外だな。死亡フラグしか思い浮かばない)


 溜め息を吐いた時、鏡越しに鬼畜エルフことエルネストの姿が見えて、心の声が聞こえてしまったのかとラクジットはびくりと肩を揺らした。


 動揺して引きつりかけているが、何とか笑みを形作ってなるべく平静を装り振り向く。


「ほぉ、その色にしたのか」


 頭の上から足先までラクジットを見下ろして、エルネストは意味深に呟いて口の端を吊り上げる。


「金髪や茶髪は私らしくないし、この色が自分の中で一番しっくりくるんだよ」


 頭を軽く振ると魔道具の力によって色を変えた“黒髪”がフワリと揺れる。


 銀髪は黒髪へ、瞳は蒼色から焦げ茶色へと変化させていた。

 日本人だった前世を思い出したラクジットには、黒髪と黒に近い瞳の色は懐かしく親しみあるものだから。


「素敵な誕生日プレゼントをありがとう」


 これで町へ行くのにも人前に出るのも、髪の色を気にしなくていい。

 素直に感謝を伝えれば、エルネストはラクジットの頭を一撫でした。


「戻ってきたヴァルンレッドがどんな顔をするのだろうな。ふっ、これは見ものだな」

「何で?」


 まさか、ヴァルンレッドは黒髪を嫌がるのだろうか。

 不安になりエルネストに訊いても「大丈夫だ」と軽く流されるものだから、浮ついた気持ち落ち込んでいった。




「ヴァル! お帰りなさい!」


 片手で扉を開けて玄関ホールへ入ったヴァルンレッドは、ラクジットの出迎えの声に顔を上げて……動きを止めた。

 何時も冷静沈着、あまり感情を表さない藍色の瞳が大きく見開かれる。


「ラクジット、さま?」


 ぽかんと、口を半開きにしたままのヴァルンレッドの表情を見たラクジットは、彼の反応に満足してにんまりと満面の笑みを浮かべた。


「見て見て、エルネストが色を変える魔道具を作ってくれたの」


 足取り軽くヴァルンレッドの方へ歩き、彼との距離をほぼ0にする。

 固まるヴァルンレッドを見上げて微笑み、ラクジットは自分の髪に指を絡めた。


「髪の色はね黒にしてみたんだ。髪の色はヴァルとお揃いになったね」


 一瞬、驚いたように目を丸くした後、ヴァルンレッドは片手で自分の顔を覆った。


「はぁ、貴女という方は」


 甘さを含んだような溜め息に似た息を吐いて、ゆっくりとヴァルンレッドは顔を覆う手のひらを外す。

 目元をほんのりと赤く染め、熱のこもった藍色の瞳でラクジットを見詰めた。

 優雅な動きで右膝を折り、跪くヴァルンレッドにラクジットの胸は高鳴っていく。


「お誕生日おめでとうございます。私の可愛い姫君」


 物語のお姫様にするように恭しくラクジットの手を取り、そっとヴァルンレッドは手の甲へと口付けを落とす。


 お帰りなさいからの甘い展開。普段と違う雰囲気を放つヴァルンレッドに、対応できないラクジットの脳内は沸騰寸前になっていく。


 手の甲へ口付けたヴァルンレッドは、指の一本一本に口付けを落としていき……ついにはラクジットの全身は、ボフンッと音をたてて真っ赤に染まった。



 

次話から三章に入ります。

二年後、14歳からの話です。

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