17.月光石
背を向けて歩き出したカイルハルトの服の袖を掴み、ラクジットは中央に在る石の柱を指さす。
「月光石はあの巣みたいな所の中かな?」
「そうだな」
あからさまに怪しい、木の枝で組まれた何かの巣へ近付くのは嫌だった。
だが、近付かなければ月光石は手に入らない。仕方なく、ラクジットはカイルハルトの一歩後ろをついて行く。
ぎこちない動きのカイルハルトが石の柱へ近付いた時、周囲を明るく照らしていた月明かりが陰った。
バサッ! バサバサッ!
大きな羽音が聞こえ、二人は同時に顔を上げた。
「ラクジット!!」
焦るカイルハルトの声で、弾かれたようにラクジットは後ろへ飛び退いた。
カッカカカッ!
ラクジットが立っていた場所、剥き出しの岩肌の地面へ大きな羽が数本突き刺さる。
「ハーピー!」
上空で翼を羽ばたかせ睨む魔物を見上げ、カイルハルトは叫ぶ。
吊り上がった眼に裂けた口から覗く鋭い牙、前世の記憶でいう般若のような女性の顔と胸、猛禽類の巨大な体を持ったハーピーは、ファンタジー物語では定番の魔物だ。
定番の魔物でも、初めて目にしたラクジットは恐怖で身震いした。
「襲ってくるってことは、月光石があるのは巣の中か。隙を見て取るか、ハーピーを倒すしかないな」
ハーピーから視線を動かさずにカイルハルトは片手で腰の剣を引き抜く。
「魔物からのドロップアイテム……そうか」
霞みがかった前世の記憶が浮上してくる。ゲームの中、終盤で武防具の精製に必要となる月光石はハーピーを倒して手に入れるのだった。
そこまでゲームに沿わせなくてもいいのに、とラクジットは下唇を噛む。
ハーピーと戦うことになると分かっていたから、エルネストとヴァルンレッドはカイルハルトを同行させたのか。
「ラクジット、俺が戦っている隙に巣の中から石を探せ」
両手で剣を構えるカイルハルトの背中越しに巨大な巣を見れば、巣の中で身を潜めた何かが動くのが見えた。
「カイル、駄目だよ。巣の中にあと二匹いる」
「ハーピーが三匹か!」
潜んでいる気配に気付いたと分かったのか、巣の中に潜んでいたハーピーが翼を羽ばたかせて翔び出てくる。
「私も戦う!」
上空にいるハーピーへ向けてカイルハルトが地を蹴ると同時に、ラクジットは二匹のハーピーへ向けて右手を突き出した。
「サンダーボルト!」
力ある言葉と共に、ラクジットの右手に集中させた魔力が電撃へ変換される。
「散れ!」
「「ぎゃああっ!?」」
真っ直ぐに伸びた電撃は、ラクジットの声に応じて上下左右へ枝分かれし、避けようとしたハーピーの体を絡めとった。
風属性のハーピー相手に火炎や氷魔法を放ったところで、風の障壁によって防がれてしまう。
散らした電撃では大した威力は無いが、ハーピーの動きを止めるには十分だ。
狙い通り、巣から飛び出して来た二匹の動きは電撃に驚き止まる。
『魔法は発動後に隙が生じる。放つ前に次の対策をしろ。竜の血を持つイシュバーン王女なら、お前ならこれくらいやれるだろう』
魔力を使いすぎて肩で息をするラクジットを、見下ろしたエルネストは不敵な笑みを浮かべる。
『二つの魔法の同時詠唱』
『そ、そんなの無理だって!』
『出来るまで屋敷へ帰れんぞ』
冷笑を浮かべたエルネストは、たとえラクジットが倒れても課題が出来るまで決して許してはくれないと、今までの経験から分かる。涙目になりながら、ラクジットは呪文を唱えた。
(大丈夫、鬼畜エルネストに比べたら、ハーピーなんて怖くない)
息を吐いたラクジットは左手を高く空へと突き上げた。
「アローレイン!」
ズバババババッ!!
左手から放出された魔力の塊が、無数の光の矢となり動きを止めたハーピー二匹へ降り注ぐ。
「ぐきゃあぁー!!」
ドスンッ!
光の矢に貫かれた一匹のハーピーは、羽と血を撒き散らしながら大きな音をたてて地面へ落ちる。
「浅かった!?」
魔法の矢によるダメージが軽かったハーピーは、怒りの形相をして鋭い鉤爪をラクジットへ向けて急降下してくる。
魔法を唱える余裕など無いと判断し、ラクジットは腰の剣を引き抜いた。
「たぁっ!」
鞘から引き抜いた瞬間、剣の柄を握る手の平から魔力が吸いとられるのが分かった。魔力と体が引っ張られるような感覚がした後、紫水晶に似た刀身の輝きが増す。
斬り上げる動作で刀身から衝撃波が生じ、向かって来たハーピー真っ二つに斬り裂いた。
「凄い……」
ハーピーを一撃で葬った幻夢の攻撃力の高さに、剣を振るったラクジットは呆然と呟いた。
呆気無く仲間が倒されたことに動揺し、逃げようと背中を見せたハーピーを斬り伏せ、カイルハルトがラクジットのもとへ駆け寄る。
「ラクジット! 大丈夫か!?」
カイルハルトの声に呆けていたラクジットは顔を上げる。
「ああ、ごめん。月光石を見付けなきゃ」
絶命して灰塵と化すハーピーを横目に、二人は木の枝や蔓で作られた巨大な巣によじ登った。
巣の中には、木の枝と動物の骨に混じって様々な輝きを持つ石や貴金属が埋もれており、月明かりに照らされて輝く貴金属の中でも一際強く輝く石、探していた月光石はすぐに見つかった。
目印にしていた魔力の筋を凝縮した石、月明かりの下で輝きを増す月白色をした円形の石こそが目当ての月光石。
「これが月光石。白にも金色にも見えて、綺麗だね」
そっと手のひらの上に乗せれば、ラクジットの魔力に反応してやわらかな光を放ち周囲を明るく照らす。
「凄く、綺麗だ」
「カイル?」
真後ろから聞こえた感嘆の声に、振り向けば聞こえていたとは思っていなかったらしい、カイルハルトの顔は真っ赤に染まる。
手に入れた月光石を袋へしまい、二度長い梯子を降りて通路を抜けて出入り口まで辿り着いた頃には、もう夜明けを迎え空は白んでいた。
ハーピーを倒したからか帰り道で魔物と出くわしても逃げて行き、行きの半分程度の時間で入口へ戻れた。
重厚な扉を押し開け、外へ出たラクジッットとカイルハルトは「あっ」と同時に声を上げた。
「二人ともよくやったな」
扉の先には、朝日を背にして腕を組むエルネストが待っていたのだ。
「ハーピー三匹を相手にして無事とはなかなかやるな」
「迎えに来てくれたの?」
そこまで情が深い男とは思っていなかったため、意外な行動だとラクジットはキョトンと訊いてしまった。
「ああ」と頷き、エルネストは視線を動かして後ろを見て横へ動く。
「こいつがうるさいから迎えに来た」
エルネストの背後から現れた人物の顔を見て、ラクジットは目を見開いた。
「ヴァル?」
「ラクジット様」
強張っていたヴァルンレッドの表情は、頭のてっぺんから足元までラクジットを見下ろして心底安堵したものへと変化する。やわらかい表情になったヴァルンレッドを目にした途端、ラクジットの胸にあたたかいものが込み上げてくる。
駈け出せば、ヴァルンレッドは両手を広げて身を屈めた。
「ヴァルー!」
両目に涙を浮かべたラクジットは、勢いよくヴァルンレッドの広い胸の中へ飛び込んだ。
「私ね、頑張ったよ」
馴染んだ香りを肺いっぱいに吸い込み、ヴァルンレッドの胸にぎゅうっと抱きついて頬を擦り寄せる。彼のぬくもりを感じて、緊張が一気に緩み体から力が抜けていく。
「ええ。よく頑張りましたね」
大きな手のひらで頭を撫でられて、規則正しいヴァルンレッドの心臓の鼓動を聞くようやく帰って来たという実感がわいた。
(ああ、やっぱりそうか。私は怖かったんじゃなくて、ヴァルが傍に居なくて心細くて堪らなかったんだ)
抱き付いて甘えるラクジットを抱き締め、愛おしそうに微笑んだヴァルンレッドはそっと彼女の頭頂部へ口付けた。
「小僧、あの男からラクジットを奪い取るのは大変だぞ」
ビクッと、大きく肩を揺らしたカイルハルトは慌ててエルネストを睨む。
「お、俺は、奪うとかじゃない。あんたが、だろ?」
「フン、私は想定外の動きをする面白い娘に興味を持っているだけだ」
お前とは違う、と言外に含ませて、エルネストは器用に方眉を上げてカイルハルトを見下ろした。




