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15.初めての冒険へ

始めての冒険へ出かけます。

 味は不味くても栄養価は高い固形食に小さめの水筒、魔力回復効果のある飴とタオル、月光石を入れる特殊な袋。

 それらをリュックサックに入れて、扱い慣れた短剣を腰にくくりつければ始めてのお使い、もとい探検へ出掛ける準備は出来た。

 動きやすさ重視のワンピースとタイツ、足元は編み上げショートブーツを履き、肩に届かない髪をピンで留めればラクジットの見た目は冒険者の少女の完成。


 腰より長かったラクジットの銀髪は、「傷付く前に」とエルネストの手により肩口でバッサリ切り揃えられてしまった。

 短くなった髪を見たヴァルンレッドは複雑な表情を浮かべ、毎日髪の手入れをしていたメリッサは涙ぐんだが、前世のラクジットは七五三と成人式結婚式以外は肩までしか髪を伸ばしていなかったため、頭が軽くなって嬉しい。


「ドキドキするな」


 始めての冒険への期待と緊張から、気持ちが高揚して頬が上気するのを感じる。さらに、鏡に映る自分の姿は普段と違うせいか、ラクジットのテンションは上がっていく。


「ああ、そうだ。これを持っていけ」


 屋敷を後にするラクジットを見送りに、玄関ホールへ来たエルネストは片手に持った物を差し出した。


「これは?」


 エルネストから渡されたのは、硝子細工の透明感と繊細な輝きを持つ赤紫色の一振りの剣だった。

 透明感があるのに脆さは無く、柄に納まっていても刀身からは強い魔力を感じる。

 重量は短剣とさほど変わらない、大きさと反比例してとても軽い剣。

 刀身が気になり少しだけ鞘から引き抜けば、赤紫色の刀身が鮮やかに輝いた。


「“幻夢”お前の血と、紫水晶、魔石を使って鍛えた魔剣だ」

「わ、私の血!?」


 ええっ、と驚いたラクジットは剣とエルネストを交互に見た。

 いつの間に血を抜かれていたのかだろう。この前、腕を斬られた時の大量の出血を利用されたのかもしれない。


「そのままでも切れ味の良い剣だが、魔力を吸わせれば格段に攻撃力が上がる。百年程前に、先代魔王用に依頼されていた剣を鍛え直した物だ。こいつが完成する前に、先代魔王は反旗を翻した息子に倒されてしまった。材料の一つは貴重な、先代魔王の魔力と血という魔剣。お前の血と上手く混ぜ合わせておいたから、拒否反応も無く扱えるはずだ」

「魔王の血と私の血……」


 駆け出し冒険者が、序盤から最高レベルの武器を持つのはファンタジーゲームではルールー違反ではないか。

 物騒な魔剣を扱える自信は無く、受け取りたく無いのが本音。とはいえ、エルネストがラクジットのために剣を鍛え直してくれた事実は、素直に嬉しく思う。


「ありがとう」


 幻夢と名付けられた剣を抱き締め、ラクジットは素直にエルネストへ頭を下げた。


「カイルハルト、お前も一緒に行け」


 黙ってやり取りを見ていたヴァルンレッドの後ろから、旅装束姿で腰に剣を挿したカイルハルトが前に出てきて頷く。


「あぁ、分かっている」


 さも当然だと言う、カイルハルトへラクジットは「いいの?」という視線をエルネストへ向ける。


「ヴァルンレッドが行かないならかまわんよ。洞窟の入り口まで、転移陣で繋げてある。気を付けていくんだな」


 まさか、気遣う言葉をかけてくれるとは思っていなかった。

 驚くラクジットへエルネストは僅かに微笑む。


「ラクジット様、どうかご無事で……無茶はしないでくださいね」


 見送りに来たメリッサは泣き出す寸前で、目を赤くしてラクジットの両手を握る。

 赤子の頃からずっと乳母として、母親として側に居てくれた彼女から心配してくれている想いが伝わってきて嬉しい。

 生け贄に転生した自分の立場を嘆いたこともあったが、案じてくれている人達がいるのはとても幸せだ。


「メリッサ、あのね、帰ってきたらラズベリージャムのタルトを食べたいな」

「ええ、いっぱい焼いてお待ちしております」


 安心してほしくて笑顔で伝えれば、メリッサは涙を堪えて優しく笑う。


「メリッサ、エルネスト、行ってきます。ヴァル、私頑張って来るね」


 なるべくヴァルンレッドの方を見ないようにして、ラクジットは手を振って背中を向けた。


(……見ていられないよ。ヴァルのあんな顔)


 過保護でラクジットにだけ甘く優しい、ヴァルンレッドの寂しそうで気落ちした顔は初めて見た。




 ***




 転移魔法特有の浮遊感が消え、ラクジットの目前に現れたのは岩山の斜面にぽっかり空いた穴、洞窟だった。


「洞窟! ダンジョン!」


 入り口には、明らかに人の手が加えられた幾何学模様が入った表面が磨かれた白い支柱、所々錆びている重厚な金属の扉。

 薄暗くて此処には魔物がいますよと主張した、いかにもダンジョンといった地面にぽっかり空いた穴の入り口よりは、此処は神殿に近い。


「うわぁ」


 目の前に聳える山を見上げたラクジットは感嘆の声を上げた。

 頂上まで一体何メートルあるのだろう。この山の頂に目当ての月光石はあるとエルネストは話していた。

 月光石は名前の通り月の光の結晶のため、夜間にしか採れない。体力がついたとはいえ、日の出までに頂上まで登りきれるのだろうか。

 不安を振り切るために、ラクジットは入り口の扉へ手をかけた。


「うー! 開かない!」


 引っ張っても押して駄目なら横へ引いてみる。しかし、扉はびくともしない。

 扉と格闘しているラクジットの隣へ並んだカイルハルトは、ボンのポケットから青い玉がはまった鳥の羽を模した銀製の鍵をズ取り出した。


「エルネストから、扉を開くには鍵が必要だと渡されていたんだ」

「持っているなら早く出して」


 余計な体力を使ってしまったじゃないかと、鍵を渡してくるカイルハルトをつい睨んでしまった。


「魔法の鍵?」


 渡された鍵を手のひらに乗せて、しげしげと眺める。

 魔力がこめられた鍵は、前世で楽しんだ某大作冒険ゲームに出てくる三種類の鍵の中でも、綺麗な装飾扉を開ける魔法の鍵に形状が似ていた。

 鍵に付いている青い玉を扉へかざすと、隠された鍵穴が現れた。


 ガチャンッ、ギィィ……

 鍵穴に鍵を差し込んで回すと、あれだけ動かなかったのが嘘のようにあっさり扉は開いた。



 扉の奥は、長い廊下が続いていた。四方を石のブロックで整備されており、壁がぼんやり光っていて薄暗い。

 陽の光が入らないのに仄かに明るいのは、壁に生えた苔がぼんやり光っているためだった。


「光り苔があるから灯り無しでいい?」

「ああ。明るいと魔物が寄ってくる。やっぱり奥の方は魔物がいるな」


 目蓋を閉じて意識を集中させてみると、カイルハルトの言う通り奥の方から生き物の気配がする。

 一番始めに挑むダンジョンだから、比較的弱い魔物だと楽だと思いたいが、鬼畜なエルネストことだ。恐らく、楽はさせてくれない。

 暗い場所が少々苦手なラクジットは後ろを振り返る。


「薄暗くて湿っぽくて、これ一人だったら怖くて無理だったわ。カイルが一緒に来てくれて良かった。ありがとう」

「え?」


 一緒にカイルハルトが来てくれたのは心配したヴァルンレッドの指示だろう。それでも、一緒に来てくれたのはありがたかった。簡単なダンジョンだとしても、弱い魔物しか居ないとしても、薄暗いダンジョンを一人で攻略するなんて無理だ。


 素直に礼を伝えたラクジットを見詰めて、ぽかんと口を開けたカイルハルトの顔はみるみる真っ赤に染まっていった。




 洞窟と言うには整備された山頂までの通路を、魔物に出会さずに順調にラクジットとカイルハルトは先へ進んでいた。

 ゆるい登り坂を歩くと少し広けた場所まで出る。

 先を歩くカイルハルトの足が止まった。


「分かれ道だ。どっちへ行く?」

「う~ん」


 ゲームの世界だったら、くまなく歩き回って宝箱の回収をしたいところだが、実際ここまで整備された場所だと宝箱は無さそう。

 無駄に探索するのは時間のロスにしかならない。


『月光石のある山頂までは大して迷うことは無い。が、もし迷った場合は、魔力の痕跡を感じ取ってみろ。お前は竜の血を持っているから目はいいはずだ』


 エルネストは鬼畜で意地悪だが、いつも事実と的確な答えを教えてくれる。

 目蓋を閉じたラクジットは、深呼吸してから意識を両眼に集中させた。


 自分とカイルハルトとは異なる、生物とも違う静かな魔力を感じて、ゆっくり目蓋を開く。


「魔力……」


 薄暗い分かれ道の右側から、光り苔の明かりとは違う色をした淡い金色の粒子の流れが見えた。


「見えた。こっち」


 金色の粒子が流れている道を指差すと、カイルハルトがラクジットの先を歩き出す。

 皇子として育てられたからだろうか、騎士道精神なのか彼は然り気無くラクジットに気を使い、庇ってくれる。


 まだまだ幼い背中なのに、暗闇が苦手なラクジットからしたら彼の背中がとても逞しく感じた。




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