14.捨て身戦法で怒られる
鬼師匠ことエルネストからしごかれる、もとい、鍛練を始めて早くも三ヶ月が経った。
以前より体力はつき、初級魔法しか使えなかったのが上達して中級魔法まで覚えた。剣を振るう姿は多少様になってきたと自分では思っているのに、悲しいかなエルネストには全く歯が立たない。
ファンタジーゲームでは、エルフという種族は魔法に長けていても、体力武力はそこそこではないのか? とゲーム製作者に問い詰めたくなるくらい彼は強く、何度もラクジットは悔し涙を流していた。
朝から夕刻まで森の中で剣技と魔法の練習をして、屋敷へ戻る頃には魔力を使いきってフラフラ状態、身体中痣だらけの切り傷だらけ。
夕食後はカイルハルトと一緒に、魔力理論や薬学、兵法などの座学をエルネストから習う。
イシュバーン王国の離宮で、ヴァルとメリッサに守られてのほほんと暮らしていた半年前が、遥か遠い昔のことのように感じる。
(今日こそは、一泡ふかしてやりたい)
今日も朝から始まったエルネストとの鍛練。
ラクジットばかり汗を流して息を切らし、エルネストは余裕の笑みを浮かべゆったりと片手で剣を構えた。
昨日剣を交えた時と同じ構えなのに、ラクジットがなにか企んでいると気付いたらしく、彼の身に纏う魔力から隙が無くなっていく。
余裕綽々な笑みが苛々するが、洗練された構えには全く打ち込む隙がなくて、ラクジットは内心舌打ちした。
どこから攻撃を仕掛けたとしても反撃は避けられない。
エルネストは、黒騎士になる前のヴァルンレッドと一緒に冒険していた仲間だと、以前話していた。
エルフだし三百年以上は生きているだろう彼と、いくら竜王の血を継いでいるとはいえ最近鍛え始めたばかり、一般人に毛が生えた程度の自分との差は明白で…こうなったら反撃は覚悟の上。
覚悟を決めて、ラクジットは思いっきり地を蹴った。
キィン!
動きを読まれていたようで、初撃はあっさりかわされてしまう。
「くっ」
エルネストからの斬撃を受け止める度に太刀を握る両手が痺れる。
まともに受けていたら力で押し切られてしまうため、後退しながら何とか受け流す。
一太刀目を何とかかわしても直ぐに二太刀目がやってくる。
打ち合う度、確実にラクジットの体には細かい傷が刻まれていく。
それでも、彼が手加減していると感じて悔しくなる。
イシュバーン王国アレクシス王子の片割れで、竜王の血を継いでいるラクジットは魔力量が多くて、人族の同年齢の娘よりは多少身体能力が高くて頑丈。それだけだ。
これがチートと言えるものかは分からない。
関わる者達を魅了して、強制力によって都合の良い展開にするような、恋愛ゲームのヒロイン補正などラクジットには無いもの。
「フッ、お前の全力はこんなものか? これでは何時までも私には勝てない」
「絶対に負けない!」
声を張り上げれば、エルネストの嘲笑が深くなる。
完全に面白がっている様子に、かっと頭に血が上った。
悔しい。でも、普通に戦っていたら絶対に勝てない。
(やってやろうじゃない!)
剣の柄を強く握り、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
一太刀目を刀身で受けながらエルネストに近付く、二太刀目は……ざくり、皮膚と肉を切り裂く嫌な音がして血しぶきが上がる。
「何!?」
「ぐぅ! いぃっ」
左手首を切り裂かれたことによる叫びたくなる程の激痛は下唇をきつく噛み、泣き叫ぶのを堪えた。
ようやくエルネストに出来た一瞬の隙、これを逃す訳にはいかない。
「たぁっ!」
動きに反応されるより早く、ラクジットは手首を返して剣を振るう。
ザッ!
エルネストが避けるより僅かに速い動きになり、剣の切っ先が左肩を掠める。
「なにっ!?」
冷笑嘲笑以外に表情を動かさないのではないか、というくらい鍛練中は表情を変えなかったエルネストは、驚きに目を見開く。
「やった! かすったぁー!」
痛みと緊張から膝が震え出して両足の足の踏ん張りがきかず、雑草で滑ったラクジットは地面に尻餅をついてしまった。
「肉を切らせて骨を断つ! 作戦成功っ」
明るい口調で言いつつも、ラクジットは苦痛で顔を歪ませる。
全身から脂汗が吹き出て、痛みで気を抜くと意識が飛びそうだ。
左腕の傷は、かなり深いもので骨までザックリ斬れている。
切断を免れただけ上出来かもしれない。ラクジットは出血だけでも止めようと、傷を直接手で押さえて回復魔法をかけた。
「ふっ、くくくくっ」
ラクジットの剣先が掠めた肩口を見て、エルネストは込み上げる感情のままに笑った。
捨て身で挑んだラクジットの浅い斬撃では服しか掠められなかったとはいえ、ここまで来るのにあと半年はかかるとエルネストは予測していたのに。
どうにか傷の止血をしようと回復魔法をかけているラクジットの姿に、エルネストは新しい玩具を見付けた子どものように嬉しくなり声を上げて笑う。
正直、自分の片腕を犠牲にしてまで攻撃を仕掛けてきたラクジットの捨て身の行動に、意表をつかれたのだ。
「まったく、とんでもない娘だな」
長命のエルフ故か元々の性格からか、エルネストは他者に対して魔道具研究以上の興味を持てなかった。
気紛れで冒険者として旅をしていた時に仲間になった者達は、それなりに面白いと感じていたが。ヴァルンレッドは以外、すでにこの世にいない。
ヴァルンレッドが連れてこなければ、イシュバーン王国の王女だというこの娘にも特に関わる気にもなれなかった。
ただ己の境遇を悲観し、ヴァルンレッドの甘言に踊らされているまま足掻いているだけだと思っていた姫君が、まさかここまでやってくれるとは感嘆してしまう。
「本当に面白い娘だ。だが、実戦でこんな戦い方をしたら死ぬぞ」
「知っている! でもこれしか浮かばなかったの! 泣くほど痛いけどエルネストの鼻っ柱をへし折ってやりたかったもの! どうだっ、」
言いかけて疲労と出血から目眩がして、ぐらりとラクジットの体は傾いでいく。
地に崩れ落ちそうになるラクジットの体を、瞬く速さで移動したエルネストが片手で抱き止める。
ポタポタと、塞がりきらない腕の傷口から鮮血が流れ落ちた。
「痛い~」
必死でかけた回復魔法によって、斬られた骨は何とか繋がった。とはいえ、皮膚と血管はまだ完全には治癒出来なかった。
流れ落ちる腕からの出血が、茶色い地面を赤く染めていく。
回復魔法をかけたのにこの出血量では出血多量で倒れるかな、ぼんやりそんなことを思っていたラクジットの腕をエルネストの大きな手のひらが傷口ごと握った。
「いぃいっ!?」
あまりの痛みに、潤んでいたラクジットの瞳からついに涙が零れ落ちた。
「泣くな」
とめどなく頬を伝う涙を、エルネストは人差し指でそっと払う。
鬼畜な男の意外な行動と労るような指先の動きに、ラクジットは一瞬痛みを忘れて彼の翡翠色の瞳を見詰めてしまった。
ラクジットから視線を外したエルネストは背後を振り向き口角を上げる。
「フンッ、血の臭いを嗅ぎ付けて、来たか」
言い終わらないうちに、すぐ横の地面に転移陣の模様が浮かび上がる。
「ラクジット様!」
青白い光が集束し、転移陣から現れた人物は苦痛を含んだ声を似た声を上げた。
「ヴァル?」
「やれやれ、過保護な保護者に見つかったか」
クツリと喉を鳴らし、エルネストはラクジットの腕の傷に高レベルの回復魔法をかけていく。
黄緑色の光が腕の傷を包み込み、斬り裂かれた血管や腱を繋げていく。同時に痛みも和らいでいった。
血の気の失せたラクジットの顔色と、地面に出来た血溜まりで何があったのか瞬時に判断したヴァルンレッドは視線だけで相手を殺せそうな、抜き身の刃を彷彿させる殺気をエルネストへ向けた。
「エルネスト……貴様ぁ」
強烈な殺気を放ちヴァルンレッドの手が腰の剣へと伸び、ラクジットは慌てて腕を掴むエルネストを振り払い、怒りに燃える過保護な護衛騎士へ駆け寄った。
「ち、違うよ。私が避けないで突っ込んだから、エルネストのせいじゃなくて、ケガは自業自得って、痛いぃ!」
治癒途中で完全に塞がりきっていない腕の傷。
眉間に皺を寄せたヴァルンレッドに手首を引っ張られ、ラクジットは傷がひきつる痛みに悲鳴を上げた。
「貴女は、どれだけ私を心配させるのですか。こんな傷を作って、くっ」
「痛いーヴァルのばかぁ」
強く引っ張ったせいで傷口は開いてしまった。
情けないことに、殺気を消して心配するヴァルンレッドの顔を見てしまったラクジットは、堪えていた傷の痛みと気の緩みから声を出して泣き出してしまった。
「……治しますから、じっとしていてくださいね」
優しく頭を撫でたヴァルンレッドは開いた腕の傷に回復魔法をかける。
「ありがとう」を伝える前に、エルネストからラクジットが行った捨て身の攻撃を聞き、ヴァルンレッドは盛大な溜め息を吐いた。
「肉を切らせて戦法? 絶対に馬鹿な真似はしないでください。捨て身の攻撃など、ラクジット様は何を考えているのですか。万が一顔に傷でも残ったら……聞いていますか?」
「は、はい」
真顔で説教するヴァルンレッドの後ろで、口元を歪ませて笑いを堪えているエルネストをラクジットは涙目で睨んだ。
この後、カイルハルトにも怒られてラクジットは「頑張ったのに怒られて解せない」と拗ねた気持ちになったという。
次話、はじめての冒険で出掛けます。




