13.似て非なる二人
誰かに名前を呼ばれた気がして、顔を上げたラクジットは「あれ?」と声を漏らした。
エルネストの屋敷の与えられた部屋で眠ったはずなのに、ベッドではなくクリーム色の霧が立ち込める空間でラクジットは膝を抱えて座っていたのだ。
クリーム色の霧以外は何も無い、四方全て真っ白な空間。
ラクジットが着ているのは寝間着で裸足のままだし、寝ている間に誰かに連れて来られた? それともこれは夢?
現実味が無い場所だし、連れ去られたら直ぐに駆け付けるだろうヴァルンレッドの気配が無く、この場所は危険も無く安心できると直感が告げていた。
(此処は、暗黒竜からの干渉を受けた場所? にしては怖く無いし、気持ちが落ち着く)
「……ジット」
微かに誰かの声が聞こえた気がして、ラクジットは目を凝らしてクリーム色の霧を見る。
霧はぼんやりとしているが、濃淡から人の形に見えなくもない。
「ラクジッ……ト」
今度はハッキリと声が聞こえた。聞き覚えのある声に、ラクジットは立ち上がって辺りを見渡す。
「アレクシス?」
まだ声変わり途中の幼さが残る少年の声。
大事な片割れの声。聞き間違えようもない。これは、確かにアレクシスの声だと確信した。
ラクジットがアレクシスの存在を認識した途端、目の前にあったクリーム色の霧が一ヶ所に集まっていき人の形を形作る。
「やっと、繋がった」
完全に人の形となった霧は、紛れもなく私の双子の片割れアレクシスだった。
光沢のある青いシルクの寝間着を着た彼は、ラクジットを見て嬉しそう頬をほんのり染めてニッコリ笑った。
イシュバーン王国を出て約二ヶ月。
成長期の少年だけあって、アレクシスは少しだけ引き締まった顔付きになっており、ラクジットよりも大人びて見えた。
「どうしてアレクシスは此処に? あれ?」
イシュバーン王国の城に居るだろうアレクシスが現れたということは、この場所はやはり現実世界では無いのか。
「もしかして此処は、夢の中?」
「正解」
悪戯が成功した子どもみたいにアレクシスはニカリと歯を見せて笑った。
二人で密会していた離宮の庭園の端、地面に敷いた敷布の上にラクジットとアレクシスは並んで座る。
再会した空間からここまで手を繋いで歩いてきて、完全に離すタイミングを逃してしまった手は繋がれたまま。
夢の世界だから、状況と場面は好きに変えられるらしい。賑やかな場所より神秘的な場所よりも、二人が選んだのは何度も作戦会議をした秘密の場所。
「わぁ!」
ポンッと音をたてて膝の上へラクジットが思い描いた、大きな苺が乗ったショートケーキが出てくる。
前世で大好きだったショートケーキ、女の子がマスコットキャラのチェーン店のケーキが想像通りの形で出現してくれて、夢だと分かっていても懐かしさに涙が出てくる。
「このケーキ、懐かしいなー」
前世はほぼ同じ時代を生きていたアレクシスも、懐かしさに目を細めて苺の乗ったケーキを頬張っていた。
「俺達は双子だから、精神感応魔法を使えば夢で繋がるかもと思い、何度か試していたんだよ。今までは、ヴァルンレッドがラクジットの周りに結界を張り巡らしていて繋がるのは無理だったけど、急に違う結界になったからやっと繋がれた」
安堵したのが伝わるくらいやわらかく微笑むアレクシスに、ラクジットの胸がキュンッとなる。
自分とよく似た顔立ちなのに、彼の方が格好いい上に可愛く感じるとはどういうことかと、少しだけ疑問が浮かぶ。
カイルハルトも同じくらい綺麗な少年でも、彼の方が少年らしくてアレクシスは中性的というか竜王の血を継いでいるからか、人の範囲外の美少年なのだ。
さすが幼くてもメインヒーロー。双子に生まれていなければ、年相応の精神年齢だったらアレクシスに魅了されていた。
「アレクシスは元気だった? そっちは大丈夫なの?」
囚われていた王女を逃がしたせいで、彼は黒騎士や国王の側近に咎められてないだろうかと。国王の器となる彼は、危険な事はほとんど無いと分かっていても心配だった。
「国王は“療養中”だからね。意識は時折覚醒しているけど、肉体が崩壊しないように眠っているんだよ。国王が動けない時は代わりに公務をして、官僚や軍部に信頼出来る人脈と体制を作っているところだから大丈夫」
「アレクシスが国王の代わり?」
まだ幼いのに代理で国政に関わるとは、王子様といえども優秀じゃないか。
「ダリルや宰相に補佐してもらって何とかやっている。俺が全面に出て動いた方が、国王に体を乗っ取られてからは都合がいいみたいだから周りも協力的だよ。俺達の今後を考えたら、味方は多い方がいいだろう?」
「うん、そうだね」
国王の正体を知っている側近中の側近としたら、アレクシスが有能な王子でいてくれた方がこの先彼が成人を迎え、国王が転生の儀を終えた後も周囲に違和感と不信感を抱かせない。
アレクシスは側近たちの考えを逆手に取って、信頼できる人脈や有利になる法令を整えているわけか。
ラクジット同様、アレクシスも生き延びるために必死だということだ。
「ラクジットは? 魔力が洗練されてきたね」
「私は……」
アレクシスに比べたら、家出に鍛錬という自分がやっていることが稚拙に感じてしまい、つい彼から視線を逸らした。
「鬼師匠に鍛えられて、毎日へとへとだよ」
見た目は綺麗でも鬼畜な男の冷たい瞳を思い出して、ラクジットはブルリッと身震いした。
***
流れ落ちて来た汗を拭い、震える膝に力込めた。
無感情で攻撃を繰り出す冷酷な男に、段々腹が立ってきたラクジットはキッと彼を睨み付ける。
自分は土と汗にまみれてボロボロなのに、周囲の木々の新緑色をした長い髪は少しも乱れていないのが苛つく。
「おや、もう限界なのか?」
「まだまだ! いけるよっ!」
「フンッ、威勢だけはいいようだな。しかし、疲労が足にきて立ち上がることも無理だろう。自分の限界を見極めるのも、退くのも、生き延びる術だぞ」
両手で持った剣を支えに立ち上がろうとしたラクジットは、そのまま崩れ落ち派手な音を立てて顔から地面に倒れてしまった。
倒れた拍子に、雑草で顔をざっと擦ってしまい小さく呻いた。
顔がひりひりするところをみると、細かい擦過傷が出来てしまったのだろう。
擦りむけた鼻と頬がジンジン痛くて、涙を浮かべて回復呪文を唱えるが集中力と魔力が足りずに魔法は発動しない。
「うーっ」
魔法も剣もエルネストに掠りもしないし、無感動で冷たい視線で見下ろされて悔しい。
絶対に泣くものか! と、ラクジットは涙が零れ落ちないように唇を噛み締めた。
「泣いたところで、力が増すわけではない。不細工な顔は見苦しいだけだ」
いかにも作ったと分かる意地悪な顔をしてエルネストは鼻で嗤う。
涙目で睨むラクジットの側へ近づいて来るエルネストは、鍛錬モードになると優しさなど排除したように冷酷になる。厳しくてもヴァルンレッドはここまで辛辣ではなかった。
見目はとても麗しいエルネストは、魔法だけでなく剣技にも長けており、魔力量は飛び抜けて多い。
彼が吐く辛辣な言葉に傷付くし、ヴァルンレッドならもう少し手加減してくれるのにとすら思ってしまう。
(ムカついても、彼の言っていることはもっともで、何も言い返せないわ。ヴァルだったら、私をここまで追い詰めない。甘くする)
鍛錬をしてくれるのがヴァルンレッドだったら、きっと彼は情けをかけてしまう。それを考慮してエルネストが鍛錬に付き合ってくれているのだと分かる。だから、悔しくても痛くても情けなくても頑張れるのだ。
サラリとした翡翠色の髪が、涙を堪えるラクジットの頬を撫でる。
ほわっ、あたたかい黄緑色の光が擦りむけた鼻と頬を包んで傷を癒していく。
鬼畜なエルネストが回復魔法をかけてくれるのは意外で、ラクジットは内心首を傾げて彼を見上げた。
「ありがとう」
戸惑い混じりでも素直に感謝を伝えれば、エルネストは綺麗な指を伸ばして親指と人差し指でラクジットの顎を掴む。
「顔に傷をつけて戻ったら屋敷の奴等、特にヴァルンレッドがうるさいからな」
目が覚めるくらい綺麗な男に顎を掴まれている状況なのに、全くときめかず恐怖を感じるのは鬼畜認定しているエルネストだからか。
ラクジットを研究対象にしている彼は、異性、人扱いではなくモルモットを観察するような視線を向けてくるからか。
感情が全く読めない硝子玉のような瞳に見下ろされ、固まっているラクジットの腰へエルネストの腕が回される。
「わぁっ!?」
理解する前に、ラクジットの視界は一気に高くなって体が反転する。
何事かと横を向いて、真横にエルネストの横顔があったため驚いて体を揺らした。
「お前を担いで戻ったらヴァルンレッドがどんな顔をするかな。くくくっ、見物だと思わないか?」
「思わない! おろしてー!」
荷物を担ぐように肩に担がれたまま、ラクジットは手足を動かして暴れるが腰に絡み付くエルネストの腕は外れてくれない。
逆に腕の力が強くなっていき、ギリギリと腹部を圧迫するものだからラクジットは危うく失神しかけた。
その後、屋敷へ戻った後の方がある意味修羅場だった。
泥まみれで半泣きになっているラクジットを担ぐエルネストに、ヴァルンレッドは問答無用で魔法剣をぶっぱなしたのだ。
愉しそうに笑い、エルネストは担いでいたラクジットを盾にしたものだから、危うく衝撃波が直撃しかけた。
「いやぁー!!」
「ラクジット様ぁ!?」
直撃する寸前でエルネストが結界を張ったから怪我は追わなかったとはいえ、ラクジットを攻撃してしまったとヴァルンレッドの落ち込み様は見ていられないくらいだった。
「小娘一人で黒騎士ヴァルンレッドがこの有り様とは。変わるものだな。姫のおかげで……人の心を取り戻せたか」
クツクツ声を出して笑うエルネストの表情は穏やかで、抗議しようと口を開いたラクジットはつい彼を凝視してしまった。
エルネストが師匠になりました。




