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11.湖の館の主

 目の前で展開した光景はまるで、前世でやったことがあるゲーム、エルフの城へ続く泉の結界を解くというイベントみたいだった。


 魔剣により結界を切り裂く、という力業でヴァルンレッドが結界を解除して、姿を露にした光景にラクジットは溜め息を吐いた。


 屋敷がある湖の対岸から、此方へ向かって透明な硝子の橋が伸びてくる。


「では、行きましょう」


 にこやかに笑ったヴァルンレッドは硝子の橋の上に足を乗せた。


 急に橋が割れやしないかと怯えてラクジットはメリッサと手を繋ぎ、もう片方の手はカイルハルトとしっかり繋いで硝子の橋の上を慎重に歩く。

 湖の上を歩くなんて、初めは貴重な体験と恐怖で緊張していたラクジットも、湖の半分歩いた頃には慣れてきていた。前世の記憶にある、高い電波棟の展望台の強化硝子張りの床に立ったときよりは怖くない。



「もう大丈夫だからっ」


 橋を渡りきると、何故か焦ってカイルハルトは繋いでいた手を離す。


 遠慮するカイルハルトと無理矢理手を繋いでいたからか、先に橋を渡りきっていたヴァルンレッドの視線が冷たい。


「ラクジット様、無理強いはいけませんね」


 笑みを浮かべて言うヴァルンレッドの声が怖い。背中が寒くなるのを感じて、ラクジットはメリッサの影に隠れた。


「ご、ごめんなさい」


 無理矢理とはいえカイルハルトと手を繋いで歩いたのは怒られることなのか、と内心首を傾げつつラクジットは条件反射で謝ってしまった。


 素直に謝るラクジットから目を逸らし、溜め息を吐いたヴァルンレッドは屋敷の正面玄関の重厚な扉に手をかけた。


「さて……入りましょうか」


 ギィ……


(ゲームだと、扉を開けた瞬間に違う場所に跳ばされるとか、魔物が出て来て戦うパターン?)


 また何か仕掛けがあるのかとラクジットは身構えるが、呆気なく両開きの扉は開いた。


「鍵をかけてないのは無用心だね」

「こんな大掛かりな仕掛けをしてあるのに、無用心も何もないだろ」


 呆れた声でカイルハルトに言われ、結界で侵入を防いでいて無用心も何も無いかと納得した。




 扉の向こうは、ちょっとした集会が開けそうなくらい広い玄関ホールだった。


 螺旋階段を背後にしてラクジット達を出迎えたのは、子どもくらいの背丈をした柴犬に似た顔とグレーのジャケットにベストという執事服をしっかり着て黒い革靴まで履いている、二足歩行の犬だった。

 全身茶色のモコモコの毛で覆われている彼は、ファンタジー物語によく出てくるコボルトという種族かとラクジットは目を輝かせる。



「ようこそいらっしゃいました」


 執事姿のコボルトは、恭しく頭を下げた。

 スラックスの後ろから、丸まった尻尾がピロッと出ているのが可愛らしい。


「うわぁ、ふわふわ」


 ふわふわな生き物が大好きなメリッサはコボルト執事を触りたくて堪らない様子で、ギラギラしたハンターの目付きで彼を見ている。

 暴走して襲いかかったら大変だ、とラクジットはメリッサの手をしっかりと握った。


「ヴァルンレッド様、主人がお待ちでございます。こちらへどうぞ」

「ああ」


 コボルト執事はヴァルンレッドの前へ進むと、内側に肉球の付いた手で背後の扉を示した。


 歩く度にピコピコ揺れる、コボルト執事の尻尾を見て鼻息荒いメリッサの手を握りながら、ラクジットはヴァルンレッドの後をついていく。


 廊下を歩いた先の扉を軽くノックした後、コボルト執事は彼の主が待つ応接間への扉を開いた。

 開かれた扉の先から香るのは、甘いジャスミンに似た花の香り。


 応接間の中央で腕組みして待ち受けていたのは、長い碧色の髪を後ろで一括りした中性的な顔立ちをした切れ長の髪と同じ碧色の瞳を持つ、とても綺麗な男性だった。


 碧色の髪と瞳、尖った耳と中性的な顔立ちから彼はエルフなのだろう。

 彼が扉の方へ顔を動かせば、纏う長衣の裾が揺れる。


「久し振りだなヴァルンレッド。結界を無理矢理破るなと、事前に連絡しろと毎回言っているだろ。あの結界は、破るより組む方が面倒なのだぞ」


 苛立ちを隠さず、エルフの男性は眉間に皺を寄せてヴァルンレッドを睨む。


「私の気配に気付いた時点で、結界を解除しないお前が悪いだろう」


 小馬鹿にした様に口の端を上げたヴァルンレッドの態度に男性は更に苛立ったようで、額には血管が浮かび眉間の皺が深くなる。


「結界の張り直しはしてもらうからな。しかし今回は……随分面倒な者を連れてきたな。全くお前は、毎回面倒事ばかり持ち込む」


 ギリッと奥歯を噛み締めた男性は、ようやくヴァルンレッドから視線を移す。

 カイルハルトとメリッサを順番に見た後、碧色の瞳がラクジットを捉える。


「私はエルネスト、しがないエルフの魔道具研究者だ。小さな姫君、貴女の名を教えて頂けるかな」


 苛立ちを消して真っすぐにラクジットの目を見詰め、自己紹介をした男性は僅かに微笑む。


「私? 私は、ラクジットです。突然お邪魔してごめんなさい」


 物心付く前からヴァルンレッドが側に居たから美形は見慣れているのに、また違ったタイプの綺麗な男性の微笑みは破壊力抜群。

 思いっきり動揺したラクジットは、上擦った声を出した。


 事情説明と積もる話をしたいからとヴァルンレッドとエルネストに言われ、ラクジットはカイルハルトとメリッサとともにコボルト執事に案内され客用控室へ向かった。



 部屋に置かれた調度品は最低限、ソファーに丸テーブルと椅子だけというシンプルな部屋で、屋敷の主人であるエルネストの性格が表れていると思う。


「では、お坊っちゃま、お嬢様方は此方でお待ち下さい」


 背筋を伸ばした執事は一礼をし、部屋を出て行く。


「失礼します」


 彼と入れ替わりに客室へやって来たのは、二本足で歩行する猫、メイド服を着た猫二匹、否、二人だった。

 ロングスカートの後ろから見え隠れする、長いふわふわの尻尾にメリッサの口元が緩む。

 猫メイドは手際よくテーブルに陶器のカップを並べ、焼きたてのスコーンに木苺ジャムをたっぷり乗せる。


「美味しいっ」


 薄ピンク色のカップに淹れてもらった茶色の飲み物は、香りと味から甘味を抑えたココアに似た味がして美味しい。

 カップもティーカップとは違った形、マグカップに近い形をしていて、ラクジットは両手でカップを持ち息を吹きかけ冷ましながら飲む。


「これはホットチョコレートですね。熱いですから、ラクジット様、カイルハルト様、気を付けて飲んでください」


 二人を気遣う台詞を口にしつつ、メリッサの目線は猫メイドの猫耳に固定されている。

 次に子どものコボルトでも現れたら、彼女の我慢が切れて襲いかかりそう、もとい、抱き付くのではないかと心配でラクジットは横目でメリッサを見た。




「なぁ、あいつは、ヴァルは何者なんだ?」


 意外と猫舌らしく、ホットチョコレートを少しずつ飲んでいたカイルハルトは、テーブルへカップを置く。


「エルネストというエルフも相当な手練れだ。膨大な魔力を持っていたし、大掛かりな目くらましの結界まで張れる者はそういない。そんな奴と友人だなんて、ただの護衛騎士ではないだろ?」


 カイルハルトからの問いに、メイド達に心奪われていたメリッサもさすがに我に返り、ラクジットと顔を見合わせた。


「ヴァルはね、私の護衛騎士で、黒騎士なんだよ。イシュバーン王国の黒騎士ヴァルンレッド、って知らない?」


 ラクジットがヴァルンレッドの名前を口にした途端、カイルハルトは大きく目を見開く。


「黒騎士、ヴァルンレッド!? そうか、あいつは本物の悪魔だったか……」


 “悪魔”、確かにトルメニア帝国側からしたら、イシュバーン王国の黒騎士は悪魔だと評されて当然だろう。


 三百年前の戦では、黒騎士一人でトルメニア軍の部隊千人を葬ったとか、街を一瞬で焦土に変えたとか、色々な逸話がある。

 特に、黒騎士ヴァルンレッドは黒騎士の中で一番強く残虐で、彼と対峙するイコール死ぬ運命から逃れられない、と敵味方双方から恐れられていた。


 そして、三百年前から彼の容姿実力全て変化が無いまま国王に使えている、という話が真しやかにトルメニア帝国軍部では流れており、故にヴァルンレッドは“悪魔”と呼ばれているのを前世の知識としてラクジットは知っていた。


「違うよ。悪魔なんかじゃない」


 黒騎士ヴァルンレッドは、三百年前から魂を縛られているだけだ。


「ヴァルは、私を守る騎士だよ」


 敬愛する国王に命と剣を捧げた、忠誠という名の鎖でがんじがらめにされた彼とはいつか、敵対する運命になるのだろうか。

 想像するだけで体が震えてきて、ラクジットは膝の上に置いた手を握り締めた。


エルフのエルネスト登場。

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