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10.新しい仲間

 ボボンッ!


 空中に出現させた四本の光の矢は、魔力で作られた四つの的のうち二つの的の中心を貫いた。

 残り二本の矢は、二つの的のギリギリ外側をかすって地面に突き刺さる。


 マジックアローを四本出現させるのに集中し過ぎたラクジットは、緊張感から足が震えて出しがくりと地面に膝を突く。


「ふえっ、くしゃんっ」


 吹き抜ける風で舞い上がった砂埃を吸い込み盛大にクシャミをした。

 肩で息をするラクジットの側まで歩み寄ったヴァルンレッドは、光の矢の的とした魔力の塊を腕を軽く振って消した。


「集中力が足りない。魔力を練る時に余計なことを考えてはいけません」

「ううー、それが一番難しい」


 集中力が足りないのは自分でも認めるが、ヴァルンレッドにハッキリ言われると少し落ち込む。

 眉間に皺を寄せて頭を抱えたラクジットへ、数日前から一緒に行動をする事になったカイルハルトが手を差し伸べた。


「イメージを頭の中で思い描けばいい。慣れれば簡単だよ」

「それが、想像力が無いのか簡単じゃないの」


 差し伸べられた手に掴まって立ち上がったラクジットの眉はハの字に下がっていく。


 トルメニア帝国第一皇子として生まれ育ったカイルハルトは、魔法も剣技も幼少時より一流の師から教授されており、幼いとはいえかなりの腕前だった。

 魔法と剣術の練習を開始したばかりのラクジットと彼の差が大きいのは当たり前。分かってはいても自分の出来の悪さに落ち込んでしまう。




「皆さま、そろそろ昼食にしましょう。ラクジット様、カイルハルト様、手伝ってくださいね」


 馬車の方からお玉を片手に顔を出したメリッサに声をかけられ、ラクジットとカイルハルトは顔を見合わせた。


「「はーい」」


 揃った返事にメリッサは嬉しそうに笑うと、煮込み料理中の鍋の前へと戻った。



 小走りでメリッサの方へ行くラクジットに続いて行こうとするカイルハルトの頭を、背後から伸びて来た大きな手のひらが鷲掴みにして彼の動きを停止させる。


「小僧」


 鷲掴みする指には力がこもっていき、ギリギリと握りつぶさんばかりにカイルハルトの頭を締め上げる。


「はな、せ」


 どうにか頭を鷲掴みするヴァルンレッドの指を剥がそうと、カイルハルトは両手で手首を抑えるがビクともしない。


「お前はまだだ」


 カチャッ


 片手でカイルハルトの頭を鷲掴みにし、ヴァルンレッドはもう片方の手は腰に挿した剣の柄へと伸ばす。

 形のよい唇を吊り上げたヴァルンレッドに見下ろされて、カイルハルトの顔色から一気に血の気が引いた。




 折り畳み簡易テーブルの上に、昼食のスープと干し肉、甘くないパンケーキを並べて待っていラクジットはやっと戻って来たカイルハルトの姿を見て息を飲んだ。


 綺麗なカイルハルトの左頬に深い切り傷が出来ており、ラクジットは悲鳴を上げた。

 頬だけでなく、両肩と両腕に無数の切り傷を作ったカイルハルトの後ろから傷を付けた張本人、ヴァルンレッドが優雅な足取りでやって来る。



「いや、出血はもう止まったから……」


 刃物で切られてボロボロになった服の腕の部分は、血が滲んで見た目は悲惨な事になっていて。

 傷が痛むのだろう大丈夫だと言いつつ、カイルハルトは動く度に顔を歪める。


「カイル、大丈夫? ちょっとヴァル! ご飯前にやり過ぎだ、よ」

「ラクジット様、回復魔法の練習に丁度良いでしょう?」


 目が全く笑っていない冷笑を返すヴァルンレッドが怖すぎて、ラクジットの台詞は尻窄みになってしまう。

 まさかとは思うが回復魔法の練習のために、わざとカイルハルトを傷だらけにしたのか。


(え? そんなことする? ヴァルンレッドなら、するかも……)


 口元を引きつらせたラクジットは、黒騎士ヴァルンレッドの冷酷な所業を思い出して青ざめた。



「頑張って治すから、じっとしていてね」


 回復魔法特有の淡い黄緑色の光が、カイルハルトの傷だらけの腕を包み込む。

 淡い黄緑色の光は、切り刻まれた腕の細胞を活性化させていき傷の回復力を促していく。


「どう? 治った?」


 切り傷は全て塞がり、見た目では治ったように見えるカイルハルトの色白の腕に触れ、ラクジットは傷があった箇所を指先で撫でる。


「ちょっ、擽ったい」


 顔を真っ赤にして、身をよじってラクジットの手から逃れたカイルハルトの腕を、今度は横から伸びてきた手ががしっと掴む。


「ギリギリ及第点、といったところでしょうかね」


 僅かに傷痕が赤く残った肌を、ヴァルンレッドの長い指が擦った。


「魔力量が少々多かったですね。回復魔法でも魔法量が多すぎれば回復どころか傷が悪化しますから。今のは傷が裂ける危険がありました」

「うう、ごめんね」


 下手をしたら重症化、大変なことになっていたのか。

 早く昼食を食べたくて集中力を欠いていたラクジットは、必死でカイルハルトに謝るのだった。




 草木が全く生えず、剥き出しの茶色い地肌と大きな岩が転がる荒れ野を馬車で走ること、一週間。


 荒れ野に点在する小さな集落へ、食材購入のため二回寄った以外は馬車で過ごし、果てなど無いのではと思うほど続く赤茶けた大地に飽きてきた頃、岩山に囲まれた黒く濁った沼地へと辿り着いた。

 透明度は全く無い濁った沼地なのに、ヘドロ臭や腐臭は全くしない。むしろ清らかな空気がするという、ちぐはぐな土地。


 御者台に座るヴァルンレッドが、トレーラーから顔を覗かせたラクジットへ「着きました」と微笑んだ。

 ヴァルンレッドはラクジットを抱き上げて馬車から降ろし、広がる沼地を指差す。


「私の友人の住み処はこの先です」


 ヴァルンレッドが指差す方向には、濁った沼地しか見えない。


「沼しか無いよ?」


 友人が住む建物など見受けられず、ラクジットは眉間に皺を寄せて沼を見る。まさか、沼の中に住んでいるわけではあるまい。


 馬型魔獣に水を飲ませていたカイルハルトが、メリッサと一緒に荷物を持ってやって来る。ヴァルンレッドが指さす方向を見て、何かに気付いて顔を上げた。


「結界が、ある?」

「結界?」


 目を細めて見ても、ラクジットには残念ながら結界は見えず濁った沼地が広がっているように見える。

 ラクジットには見えないのに、カイルハルトには結界があると分かるのは、実力の差なのか。


 どうにか結界が見えないものかと、目を細めたり見開いたりして一人百面相をしているラクジットを見たヴァルンレッドは、クククッと肩を震わせて笑う。つられてカイルハルトも小刻みに肩を震わせた。


「ぷっくくっ、その通り。俗世との関わりは最小限にして、屋敷に引きこもり趣味に興じる変わり者ですよ」

「もー、笑うこと無いじゃない」


 頬を膨らませたラクジットの頭をヴァルンレッドの大きな手のひらが撫でる。


「ラクジット様、結界を解除しますからメリッサの側にいてくださいね」

「うん」


 頷いたラクジットは、未だに笑っている失礼なカイルハルトの手を引っ張っぱり二人でメリッサの側まで行く。



 自分の側から二人が離れたのを確認して、ヴァルンレッドは腰に挿した剣を抜き呪文詠唱と共に刀身に魔力を込め始めた。

 解呪魔法の力で白い光を纏った刀身を真横に薙いだ。


 パキィーン!


 空間に張られていた結界がまるで薄い硝子が割れたように、バラバラと大小破片になって沼に落ちていく。

 全ての破片が沼の中へと落ちた瞬間、辺り一面が白い強烈な光に包まれた。


「きゃあっ」

「ラクジット様」


 驚いたラクジットへメリッサは手を伸ばし抱き締めた。


 光は数秒間続き、徐々に消えていく。メリッサの息を飲む音が聞こえ、ラクジットはゆっくりと閉じていた目蓋を開いた。


「わぁ、凄い……」


 つい数十秒前まで、沼地特有の湿った風が吹き抜けていた場所とは思えないくらい、爽やかな空気。岩山に囲まれていた大地は、草木が生えた森へと変わっていた。

 そして何より変化したのは、黒く濁った沼が清らかな透き通る水を湛えた湖となっていたのだ。


 湖の対岸に、ヴァルンレッドが言う変わり者の友人とやらの住み処であろう、白壁の屋敷が建っていた。



カイルハルトが仲間に加わりました!

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